僕、妖狐になっちゃいました 弐

yukke

序章 愛及屋烏 ~お母さんとしての僕~

第壱話

 暖かな春の陽気の中、朝早くに僕は目覚めます。


「んっ……ん~」


 大きく伸びをして、それからいつものようにフサフサした尻尾と耳の毛の手入れです。

 これは白狐さん黒狐さんのお気に入りですからね。毎朝欠かさず手入れです。さて、今日も朝ごはんを作らないと。


 そして、僕は布団からモゾモゾと起き上が……。


「……くっ、いつもの事だけど、もう……」


 背中までの白い長髪、白い毛色の尻尾と耳、たれ目で優しそうな白狐さん。

 そして首元までの黒い短髪、黒い毛色の尻尾と耳、つり目でちょっとキツそうな黒狐さん。僕はその2人に挟まれて寝ています。


 僕が妖狐になった頃からあんまり変わってない、2人のスキンシップ。でも、今はちょっと違う事もある。


「んっ……」


「あっ、大変大変、香奈恵かなえちゃんを起こすところだった」


 前から抱き締めてくる白狐さんと僕との間に、もう一つ小さな影があります。そう、僕と白狐さん黒狐さんとの愛の結晶、僕の子供です。


 まぁ、毛色が白いから多分白狐さんの子供なんだけどね。


「うん、まだ寝てるね……それなら今の内に」


 とにかく、僕は朝にやる事があるんです。この3人の朝ごはんの用意とか、昨日の洗濯物とかね。お母さんは大変です。


 ―― ―― ――


 ここは伏見稲荷大社のある、稲荷山の麓の一軒家です。


 僕と白狐さん黒狐さん、そして妲己さんと今はここで生活しています。

 京北の方の鞍馬天狗のおじいちゃんの家には、よく遊びに行っているから、もちろん向こうの皆とは仲が良いよ。


 あれから十数年、白狐さん黒狐さんと結婚してから数年後に、ようやく香奈恵ちゃんを産み、今は家族としてここ稲荷山の麓に住み、人々の願いを聞いたり、悩み事、または事件などを解決したりして過ごしています。


 僕の容姿は……あんまり変わらないかなぁ。胸は少しは大きくなったけど、やっぱり普通より小さいです。

 髪の毛は相変わらずの癖っ毛で、毎朝直すのが大変だけど、髪質はサラサラしているから、時間はかかりません。


「あっ、お姉様おはようございます!」


「朝ごはんの準備は殆ど出来てます!」


「……おはよう。また僕の仕事取られてる」


 そして台所に向かった僕は、そこでフサフサの尻尾を振りながら挨拶をする、おさげ髪の2人の妖狐の女の子達に挨拶されました。


 この子達はヤコちゃんとコンちゃん。


 こことは別の世界にある、妖怪達の世界『妖界』

 そこにある封印されていた裏稲荷山に閉じ込められていて、寄生妖魔に寄生されていた所を僕が助けました。と言っても、僕の方が年下なんです。お姉様とか言われて、凄く違和感を感じるよ。未だにね……。


 そして、この家を用意したのもこの2人です。僕が香奈恵ちゃんを産んで直ぐに、この家を用意した事を言いに来たんです。


 香奈恵ちゃんの事もあったから、直ぐには引っ越さなかったけれど、ある程度香奈恵ちゃんが大きくなった時に、折角だから家族で過ごせと、そう鞍馬天狗のおじいちゃんに言われたので、ここに越してきました。


 広さは十分過ぎて、1階だけでリビングと広めの部屋が2つ、更には2階と3階もあります。どの階も2つ以上は部屋があるので、正直広すぎます。どれだけ僕と妲己さんで子供を産ます予定でいるんだろう?


 ヤコちゃんとコンちゃんは伏見稲荷から来てるから、実質今はこの広い家は僕と白狐さん黒狐さん、そして香奈恵ちゃんと妲己さんで住んでます。


「とにかく、お味噌汁は僕がやるよ」


 そして、慌てて寝間着から割烹着に着替えた僕は、手早く味噌汁を作る準備をします。もちろん妖怪食だよ。

 ワカメさんが僕の口に巻き付こうとしてくるけれど、もう今はそんな事でいちいち動じません。口に巻き付かれないように押さえつけながら、素早くカットしていき、水につけておく。


 その間に、暴れまくるじゃこで出汁を取ります。普通の味噌汁と一緒なんだけど、この食材達は油断するとね……。


「あっ、ヤコお姉ちゃん、卵が!」


「えっ? あぅっ!!」


 こうやって、妖気を込められた食材の逆襲に遭います。

 あ~あ、卵がヤコちゃんの顔面に飛びかかり、そのまま割れましたね。自爆する卵ですね。


「もう、気を付けて下さ……」


「椿お姉様、手元!」


 えっ……? 卵が転がってき……あっ、しまった! これ自動自爆卵……!!


 数秒後、卵の黄身塗れになった僕達は、しばらくその場で呆然としていました。


 ―― ―― ――


「ふぅ……なんとかなりましたね」


「もう、ヤコお姉ちゃんったら……」


「何よ、あなたが買う時にもう少し注意して、大人しいのを選んでいればこうはならなかったのよ!」


 喧嘩は止めて下さい。なんとか朝ごはんは出来たからさ。


 お味噌汁は蓋をしていたから助かったけど、他はまた1からでした。

 だけど、もう料理を作るのは手慣れたもので、僕がちゃちゃっと作り上げました。


「さてと……白狐さん黒狐さんと香奈恵ちゃんを起こしてくるね。今日は神社の方でお仕事があるって言ってたし、香奈恵ちゃんも学校があるからね」


「あっ、はい、分かりました。それでは配膳しておきますね~」


 そう言うと、ヤコちゃんコンちゃんはお椀とかお箸を用意し始める。その間に、僕は3人を呼びに行かないとね。

 そう言えば、妲己さんは昨日の夜飲みに行くと言っていたし、帰りが午前様になっていたなら、起こすのはもっと後の方が良いかも。


 実は白狐さん黒狐さんと一緒に寝るの、最初は交代制にしていたの。

 ただ……ね、気付いたら毎日僕なんだ。なんでかな? 妲己さんは良いの? う~ん、分からないです。


 そんな事を考えながら、リビングを出て直ぐ右手にある部屋に入り、白を基調をした赤いスカートタイプの巫女服に着替えると、そこで変わらず寝ている白狐さん黒狐さん、そして香奈恵ちゃんを起こします。


 目覚ましは鳴っているけどね……起きないんだよね、この3人は。


「3人とも、ほら起きて。時間だよ~」


「ん~」


「あと5分じゃ……」


「むにゃ……スースー」


 香奈恵ちゃんは完全に無反応、寝息立てちゃってます。

 一応白狐さん黒狐さんは反応……というか、白狐さんのそれは寝言なのかな?

 しょうがない、僕の妖術で尻尾をハンマーにして、それで叩き起こして……。


「きゃっ!!」


 嘘っ?! 尻尾をハンマーにした瞬間、白狐さんに腕を掴まれて布団の中に引きずり込まれた!


「ちょっ……白狐さ……」


「静かにしろ、椿」


「起きてるじゃないですか……」


 しかも、何で股間の硬いのを僕に押し付けているんですか! 朝ですよ、朝!

 朝からそんな事……ありますね。男性ならよくあるあの生理現象でした。僕は男の子になっていたから、その感覚もまだ多少は覚えてます。


「ちょっ……離して白狐さん。お仕事あるんでしょう!」


「少しだけじゃ……」


「んぅっ?!」


 すると、大声を出してきた僕の口を、白狐さんがキスして塞いできます。

 しまった、このままだとまた気持ち良さに負けてしまって、為すがままになっちゃう!


「やっ、白狐さん……そこ、駄目……んっ」


「声は抑えろ……」


「そんな事言われても……」


 白狐さんの手が、ゆっくりと僕の胸、お尻を撫でていく。

 白狐さんは焦らしが得意だから、こうやって焦らして、僕が我慢出来ない状況に持っていかれちゃうんだよ。


「くっ……止め……白狐さ……」


「んっ……ぅ。お母さん?」


「あっ、おはよう香奈恵ちゃん」


「……………………」


 危ない危ない……香奈恵ちゃんが起きてきました。

 この子にだけは見られるわけにはいかないから。母親としての尊敬とか、色々あるからね。


 だから僕は、再び尻尾をハンマーに変えて、白狐さんの頭を殴り付けて気絶させると、直ぐに尻尾を戻しました。この間僅か0.8秒。危なかったです。


 ごめんなさい白狐さん。あとでいっぱいキスしますから……。


「あれ? 白狐のお父さんどうしたの?」


「ん~何回起こしても起きないんだよね~あっ、そうだ。香奈恵ちゃん先にご飯食べてて。今日から学校でしょ?」


「あっ、そうだった!」


 そう言うと、香奈恵ちゃんは急いで布団から飛び起き、そのままタンスの方に向かうと着替えを始めます。この活発さはカナちゃんによく似ています。


 容姿は、僕みたいな癖っ毛が肩まで伸びていて、顔立ちも僕にそっくり。

 たれ目がちな大きな目と、綺麗な瞳、最近ちょっと胸が出て来ていて、このまま成長されたら僕の方が負けそうかもしれません……。


 でも、この子は香奈恵と言う名前だけど、辻中香苗つじなかかなえという、死んでしまった僕の親友の産まれ変わりじゃないかも知れない。だって……。


「お母さん~今日帰り早いからね。お昼までだから」


「あっ、うん、分かった。お昼ご飯用意しとくね」


「その後は鞍馬天狗のおじいちゃんの家に行く!」


「あ~はいはい、分かったよ」


 カナちゃんとはちょっと違う性格をしていて、そして前世の記憶を持っていませんでした。


 あの時の約束破ったね……カナちゃん。

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