第捌話

「ほら、香奈恵ちゃん、起きなさい!」


「む~あとちょっとぉ……」


 翌朝、僕はいつものように香奈恵ちゃんを起こします。今日は朝ごはんはバッチリ!


「そう言ってたら遅刻するよ! ほら、起きて!」


「……お母さん、説得力ない」


「うぐっ!」


 文句なら左右の2人に言って下さい! 僕を寝たまま抱き締めてきて離さない、白狐さんと黒狐さんにね!


「ん~椿の匂いは変わらず良い匂いだな。いや、これは……更に甘い匂いが増している」


「ふむ、確かにな。甘さがまた増したな、椿よ」


「ひゃぅっ!! 首筋舐めないで、白狐さん! 匂いも嗅がないで、黒狐さん!!」


 相変わらずこの2人に弄られると、僕は骨抜きになっちゃいます。というか、そんな体にされちゃったんだけどね。

 そして、香奈恵ちゃんが嬉しそうな顔して僕を見ています。しまった、母親としての尊厳が……。


「ほれ、香奈恵。朝食は出来とるだろうし、準備もヤコとコンにして貰え」


「は~い、お父さん。お母さん、ごゆっくり~」


 香奈恵ちゃん、それはカナちゃんの顔! そのホクホク顔はカナちゃんの顔です!

 布団から出た後、白狐さんと黒狐さんの後ろからニンマリと笑みを浮かべるその顔は、完全にカナちゃんの笑い方と一緒だよ。


「ほれ、椿……今日はじっくりと可愛がってやる」


「う~!!」


 とにかく、これ以上は本当に母親としての尊厳というか、お母さんとしての僕の立場が無くなっちゃう!

 だから必死に暴れるけれど、2人は僕をガッシリと掴んで、しっかりとホールドしているから逃げられない!


「暴れるな、白狐と共にまた甘美な世界に連れてってやる……」


 だけど、僕は今日はダメなんです……用事があるんです!


「う~ダメぇ!! 僕も今日は学校に用事があるの!! 『風来ふうらい』!!」


「なんじゃとっ?! うわっ!」


「うぉっ!! これは……!!」


 そして、僕は風の妖術を発動し、突風を生み出して2人を吹き飛ばしました。

 元々、神の力を持った強力で特殊な妖気、神妖の妖気を使った神術で風を使っていましたからね。風の妖術は直ぐに覚えられて、しかも一級品のレベルで使う事が出来ます。僕って、風の属性を持っていたのでしょうか? 


 とにかくこの風の妖術が、今の僕の新たな力という事なんです。それはそれとして白狐さんと黒狐さんの力も使うよ。2人と同じ毛色になると喜ばれるから。


 とりあえずそれでなんとか2人から抜け出せたけど、2人とも壁に激突しちゃいました。

 もうこの妖術は何度も見てるじゃないですか、油断しちゃって……。


「ふぅ……さて、香奈恵ちゃん。学校行こっか」


「お、お母さん……ごめんなさい。だから、その荒ぶる風を止めて……恐いよ」


「あっ、いっけない」


 ついお母さんとしての威厳をと思って、力入っちゃいましたよ。


「つっ……用事があったのか、椿よ、先に言え」


「全くだ、それなら止めたのだがな」


「ご、ごめんなさい白狐さん、黒狐さん……でも、2人が無理やり……」


 その後、僕は慌てて2人に謝ります。すると、2人は起き上がって僕の横に来ると、にこやかな笑顔を向けてくる。あっ、これ嫌な予感……。


「よし、椿よ、今夜は2人目を作るか」


「むっ、白狐、次は俺の子だぞ!」


 やっぱりそう来ましたか……でも、このやり取りもいつも通りで逆にホッとするけれど、背中から刺すような視線が……。


「あの……白狐さん黒狐さん。妲己さんが入口から睨んでます」


 せめて今夜は妲己さんを抱いて上げて下さい。モヤモヤするけれど、こんな視線を突きつけられる方が胃が痛くなるんです。


 ―― ―― ――


「全く椿ったら……最近ちょっと調子にのってないかしら?」


「うぅ、そんな事はないです」


 その後、朝ごはんを食べて準備を終えた僕達は、大きめの雲操童さんに乗って、香奈恵ちゃんの通う学校へと向かっています。何故か妲己さんと、白狐さん黒狐さんも一緒にね。


「妲己よ、そうむくれるな。分かった、今夜はお前を……」


「あら、ありがとう、久しぶりに抱かせてくれるのね~黒狐~」


「んっ?!」


 抱かせてくれる?


 ちょっと待って下さい。妲己さんと黒狐さんと白狐さんってね、性別を変えられるの。

 白狐さんと黒狐さんは性別が定まってないタイプの妖怪らしいけれど、まさか妲己さんまでとは思いませんでした。妲己さんは性別定まってるでしょう……。


 とにかく、そんな妲己さんが抱かせてという事は……。


「ま、待て……女として抱かれるのは、あの一夜だけで……」


「あ~ら、そんな約束何時したの?」


 妲己さんが恐い、妲己さんが怖い。


「黒狐よ、頑張れ……」


「あんたもよ! 白狐!!」


「なに?! 何故我もだ!!」


 うわ~白狐さんも女体化して、男になった妲己さんに……あっ、ちょっと見てみたいかも……でも、僕の中の嫉妬心に火が点きそうなので、今日はおじいちゃんの家に泊まらせて貰おう。


 という事は、晩御飯も向こうかな。なんて考えながら、僕は香奈恵ちゃんに話しかけます。


「香奈恵ちゃん、久々におじいちゃんの家でゆっくりしない? お話もしたいし」


「ん? 良いよ、お母さん。妲己お姉さんから逃げられるならね」


 すると、妲己さんが突然僕の頭を掴みます。


「あんたもよ、椿……3人一度に可愛がってあげる」


「んっ?!」


 なんで僕もですか!!


「ちょっと、カナちゃん助けて!!」


「こんな時に親友扱いしないでよ!!」


「なに? 椿、香奈恵。今のはどういう事じゃ!」


 あっ、しまった……慌てちゃったから、つい……。

 白狐さんが驚いた顔をして、僕にそう聞いてきました。どうしよう……。


「椿のその言葉は、親友の香苗に対して使っていたな……まさか本当に?」


 そして黒狐さんが追撃してくる。

 ダメです……これはもうダメだよ。しかも、香奈恵ちゃんも親友として反応しちゃいましたからね。多分お互いに慌てちゃってましたね。


「椿ちゃ~~ん?」


「ご、ごめん……香奈恵ちゃん」


「今更娘扱いしても、もう遅いじゃん」


 そうですよね……謝ってもダメですよね。でも、白狐さん黒狐さんには内緒にとは言われてなかったです。


 だけど、娘として扱って欲しいという時点で、白狐さん黒狐さんにも黙っていて欲しいという事だったんだと思う。

 それでも、いつかはこうなると思っていたのか、香奈恵ちゃんはあんまり怒らずに、仕方なく自分の事を話しました。


 そしてそれを聞いた3人は、別に驚く事もなく、そんな事かと言わんばかりの顔をしました。


「ねぇ、椿ちゃん……私って視野狭いのかな? この2人に正体隠して娘扱いして欲しいと思ってたけど、正体分かっても娘扱いしてきそう。妲己さんも、私を妹みたいにしてくるし」


 うん、正体分かった途端、妲己さんが香奈恵ちゃんを膝の上に乗せて来ましたからね。


「な~に言ってんの? あんたは死ぬ前も生まれ変わってからも、ずっと私の妹よ。ふふ……どうやって初めてを散らし……ギャフン!!」


「それは許しません……風棍砕華ふうこんさいか


 危ない危ない……妲己さんたら、香奈恵ちゃんになんて目を向けるんですか……最初からそのつもりで香奈恵ちゃんを見ていましたね。


 妲己さんがとんでもないことを言った瞬間、僕は風の塊で作った棍棒みたいなもので、妲己さんを押し潰します。

 これくらいではダメージにならないけれど、香奈恵ちゃんを逃がすには十分です。


「あっ、あぁぁ……お母さんありがとう!」


 そして、香奈恵ちゃんは咄嗟に妲己さんから逃げ、僕に引っ付きます。


「ふふ、しょうがないわねぇ……その分、椿。あんたで我慢するわ~」


 もしかして1番厄介な敵って、妲己さんでしょうか? だけど、玉藻さんに宜しくと言われたし……うぅ、三大九尾の狐は、僕達の手に余ります。


 とにかく、僕の今夜の予定は決定しちゃいました。僕、明日の朝日を拝めるかな……。


「お、お母さん……」


「大丈夫、香奈恵ちゃん。お母さんとしてこれ位は……」


 そうやって格好つけようと思ったら、香奈恵ちゃんの手になにか……それカメラ? えっ……。


「今夜もバッチリ撮るから……いっぱい乱れてね。つ・ば・きちゃん!」


「…………」


 目を爛々と光らせない!! 香奈恵ちゃん……カナちゃん、君って人は!!!! しかも今夜もって、毎回撮ってたって事?!


「はぎゅぎゅ!! お母さん、ごめんなさい!!」


「そう言ったら許されると思ってるの、ねぇ、カナちゃん?! やっぱりいつか、一緒に妲己さんに抱かれよっか?!」


「そ、それだけは許してお母さん!! それと、同時に引っ張らないで!」


 流石の僕も、香奈恵ちゃんのほっぺを思い切り引っ張って、影の妖術で尻尾も引っ張ります。


「あ、あの……皆さん。もう学校に着いてますが……」


 そんな雲操童さんの言葉に気付くまで、僕達はこの妖怪さんの上で暴れていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る