第拾弐話
咲妃ちゃんを救おうと、僕達に刀を向ける月翔さん。白狐さん黒狐さんの知り合いだから、多分僕より年上でしょうね。
「くらえ!!
そして、月翔さんは持ってる刀を振り抜き、僕達に向かって刃の形にした灰を飛ばしてきます。
やっぱり髪色が灰色だし、隠してもしょうが無いと思ったのか、もう完全に出してしまっている耳と尻尾の毛色も、灰色ですからね。灰を使ってくるのは容易に想像出来ましたよ。だからこうです。
「風鳴り、
そして僕は、右手で狐の影絵を作ると、そこから風の塊を放ち、相手を吹き飛ばします。
凝縮したそれは、僕の手から飛び出すと同時に太鼓の音みたいなものが鳴り響きます。
「いっ……?! ぐぁっ!!」
因みにその音で耳を攻撃するから、ちょっと耳鳴りがするんですよね。それで油断させてドカンと吹き飛ばすのが、この妖術なのです。
それと、相手の灰も風で吹き飛ばしたので、僕とは相性悪そうですね。
「げほっ、くっ……負けるかぁ!! あぐっ!」
「止まらんか、灰狐」
あっ、月翔さんが立ち上がった瞬間、今度は背後を取った白狐さんから拳骨が振り下ろされましたね。
「くっ……白狐さん黒狐さん、その名で呼ぶな! 俺には月翔という名があるんだよ!」
「あぁ、そうだったな。だが、こっちの方が妙にしっくりくるんだよ」
「ぎゃひっ!! し、痺れ……か、雷は卑怯だ……ぐぬ、しかし俺は負けん……!」
今度は黒狐さんの黒い雷を浴びせられて、膝を突きそうになってる。
それでも、咲妃ちゃんの方を見て気合いを入れているけれど、咲妃ちゃんは呆れた顔をしていますよ。
「へっ? えっ、お、お嬢様?」
「月翔、私は別にここに囚われてはいないわよ。もう帰らせて貰える雰囲気だったんだけど、あなたが全部台無しにしたの。そもそも悪いのは誰か……あなたなら分かってるでしょう?」
「あっ、かっ……そ、そんな……それじゃあ、私のやってることは」
「無・駄」
「……はぅ……」
そのまま月翔さんは白目を向いて倒れちゃいました。黒狐さんの雷を受けたからね、そりゃ倒れると思いますよ。
それにしても、この月翔さんも悪い妖狐じゃなさそうですね。ちょっと一人相撲が過ぎただけで……。
「ごめんなさい、皆さん。月翔は、昔から私の事になると周りが見えなくなるの」
「あぁ、知っとるわい。だから追い出されたのじゃよ。人間の女子に恋をして、あろう事か無断で里に連れて来たのじゃ」
なるほど、妖狐の里っていうくらいだから、規則とか厳しそうな感じがします。
「あっ、あなた達は月翔と知り合いでしたのね。それなら、私なんかより月翔の事を知っていそうですね」
「さぁな。こいつが追い出されてから、数百年以上は経ってる。その間何をしていたのかは分からん。だが、性格は当時のままだな……」
数百年……やっぱり僕より年上でした。
それにしても、そんな風に恋に盲目になる妖狐なんだったら、もしかして今度は咲妃ちゃんの事を……。
「すいません、今日はこれで失礼させて貰います。あっ、でも……椿さん、連絡先を聞いても……」
「へっ? あっ、良いですよ」
「本当ですか?! あの、私が敵か味方かもまだ分からないのに?」
「君が敵なら、この月翔さんと一緒になって暴れてるでしょう? それに、君からは敵意を感じないから大丈夫です」
僕は昔から、人の表情を読む力がちょっとだけ強いんです。
完璧には分からないけれど、何か隠してるとか、敵か味方か、ちょっと怪しいとかなら、他の人や妖怪よりも敏感だよ。
そして携帯を取り出した僕を見て、咲妃ちゃんは喜んでいます。
「やった、やった……! 妖狐とお友達になれた……うふ、うふふふ。おじいちゃんに自慢しよう!」
「ちょ、ちょっと……そのおじいちゃんは大丈夫でしょうね?」
「大丈夫です! おじいちゃんは昔から、他の妖怪さんとも仲が良いんです!」
へぇ、そんな人がいるんですね。僕もちょっと会ってみたいなぁ。
「特に親友と言える妖怪さんが居て、確か……鞍馬天狗さんだったかな?」
「へぇ……へぇっ?!」
いる、ここに居る! おじいちゃんならここに居る! おじいちゃんの人間の友達?! 嘘でしょう!
因みに僕の前にいるおじいちゃんは今、天狗の格好しているんですよね。今の会話で、おじいちゃんも気付いたみたいです。
咲妃ちゃん、目の前の妖怪を誰だと思ってるんでしょうか……。
「咲妃ちゃん……前の妖怪」
「へっ? あ~天狗さんですよね。そうそう、おじいちゃんの言ってる鞍馬天狗さんも、こんな感じで他の天狗よりも数段立派なお鼻を持ってて、修験者の格好で……」
「コンプリートしてますよね?」
「……あれぇっ?! 鞍馬天狗さんだぁ!!」
「今気付いたの?!」
君はおバカさんですか? 今のは完全に素でした。ワザとじゃない……。
「そう言えば、あやつ孫娘がおると言っておったが、お主じゃったか。陰陽師の組織はあやつが何とかすると言っておったのだが……」
「ごめんなさい、そのおじいちゃんは式柱から追い出されました……」
「やはりな……最近連絡がないのも、負い目じゃろうな。全く、小さいことを気にしおってからに」
やっぱり、中には陰陽師の団体、その式柱のやり方に納得のいかない陰陽師がいて、対抗したりしているようです。
それなら、その人達と接触して情報を集めるのも良いかと思いました。
その為にも、咲妃ちゃんとは仲良くした方が……うん、程々が良いかなぁ。
おじいちゃんの家の妖怪さん達が、いつの間にか部屋の入り口からコッソリとこっちを見ていて、楽しそうに咲妃ちゃんと話す僕に、嫉妬の視線を向けていました。
「あの……椿さん。出来たら後ろの妖怪さん達も……」
「あっ、うん……後で紹介します」
「やったぁ!! ふっ、おじいちゃんに勝った!」
「なんの勝負してるの?!」
「妖怪のお友達を何人作れるか勝負!」
「なにやってるんですか、君達は!!」
そんな勝負を祖父としているなんて……そんな陰陽師ばかりなら、こんな事にはならなかったのにとか、普通に思っちゃいました。
「アウトロォォオ!!」
そして、飯綱さんは今度はどんな動きをする飴を食べたんですか?! 反復横跳びしながら前に進んでる!!
「あの、今の人は?」
「あ~管狐の半妖、飯綱さんです。というか、この家には他にも半妖がいるよ。雪ちゃん!」
「うっ、私……ちょっとその陰陽師の子、苦手かも……」
へぇ、雪ちゃんにも苦手な人いるんですね。あっ、そういえば、君のお母さんの氷雨さんの接し方に、ちょっと似てますよね。
「……半妖、妖怪と人の合いの子……お友達カウントは二分の一かな……」
「何そのカウント?」
半妖の人に失礼ですよ、それは。
「ちょっと、私を二分の一みたいな扱いしないで。これでも、他の半妖に比べて、妖気を高めているんだから」
そう言うと、雪ちゃんはその手のひらに小さな吹雪を生み出して、咲妃ちゃんに見せつけます。
普通半妖はこんな事出来ません。雪ちゃんが僕と一緒に居るために、一緒に任務をするために、ここまで力を高めたのです。
その一途で純粋な想いに、僕の方が折れちゃいました。
「ふふ、私は椿の愛人だからね」
「うぐぅ……」
いつの間にかちゃっかりと愛人ですよ。そしてね、それに対して白狐さんも黒狐さんもね……「女の子同士だから問題ない」とか「むしろ絵になる」とか言ってくるの。
妖怪だから、人とは違う感情や価値観なのは分かるよ。
でも、僕は一度人間の男の子になっていたからかな、モヤモヤするんだ……本当に僕を好きなの? 好きなら嫉妬くらいしてよね!!
「椿の嫉妬顔、可愛い……」
「う~!!」
それなのに、白狐さん黒狐さんは気付いてない。
「今夜は妲己さんと仲良くしといて下さい」
「な、何を怒っとるんじゃ椿?」
「いつもいきなりだな……あっ、もしかして、つわ……」
「違う!!」
そんなわけないでしょう! こういう事に関しては、二人とも鈍感ですよ。そして妲己さんはわかっているのか、凄い笑顔。
ついでに咲妃ちゃんも目を輝かせています。しまった、この子ってもしかして危ない子?
とにかく僕の日常に、また厄介な人達と厄介な問題が増えていってます。
僕って、のんびり生活する事が出来ないんでしょうか?
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