第30話

 ~二日前、土曜日午後~


「お話聞かせて頂きありがとうございました。検査のの結果と照らし合わせて今後の参考にします」


「いえいえ。俺のこんな話が役に立つのならいつでもお話します」



 値段が手ごろなファミリーレストランで話をする加納と梶原。加納は新機能説明会の時や少し前に研究所で会った時とは打って変わって、きちんと身なりを整えたおしゃれな格好で待ち合わせに来ていた。

 加納との話がひと段落したところで、梶原は話を切り替える。


「加納さん。霊の研究をしている方から参考までに聞かせて欲しいんですけど、もともと丙種だった霊が、甲種に転じる事はあると思いますか?」


「そうですね。可能性は十分あります」


 梶原からの質問に、肯定の返答を返す加納。


「霊の研究は日が浅く、解っていないことが多いです。一体の霊を長期的に観測したことがないので断言は出来ませんが、乙種の様な霊もいることから、丙種から乙種、乙種から甲種に転じる恐れはかなり高い確率であります」


「やっぱりそうですか……」


「何か心当たりでも?」


「実は……」


 梶原は七海のことを出来るだけ詳しく加納に話した。


「不可視物管理課に配属されて、業務用端末が支給されてからすぐに七海の種別を確認したんですが、その時は温度や様子から見ても確かに丙種だったはずなんです」


「それが最近様子が変わってきたと?」


「はい。今日霊判アプリで確認したのですが、黄色の反応。乙種を示していました」


 乙種は霊が不安定な状態。害のない丙種や、逆に害を与える恐れがある甲種のどちらにも転じる種類だ。


「最近今までしなかった事をしてくるようになったので、もう一度確認しなおしてみたところ、乙種になっていました。実は今日、加納さんから連絡がなければ、私から加納さんに相談しようと思っていた所だったんです」


「そうなんですか。それはタイミングが良かったですね。さすが私」


 少し得意げになる加納。自画自賛する加納を見て、こういう面もある人なんだなと感じ、苦笑いをする梶原。


「それで、今までしてこなかった事とはどのような?」


「え、えっと……」


 最近してくるようになった事の内容を言うのをためらう梶原。内容が内容だけに言いよどんだが、加納の真剣な眼差しに、観念して話しだした。


「ゆ、夢の中で一緒にエッチを……」


「今なんと……?」


「夢の中で性行為をしてくるようになりました……」


「ほう……」


 恥ずかしさを堪えながら話を続ける梶原。興味深そうに話を聞く加納。


「話の流れでそういう事が出来るというふうに言われ、実は既に夢で私と性行為を試していたことがわかったんです」


「なるほど。そしてその後も行為に及んだ……と」


「はい……」


「ただその行為は、梶原さんの体にとってあまり良くない可能性が高いです」


「やっぱりそうなんですか?」


「やっぱりということは、何か気づいてたんですね。霊と夢の中で行為をするというのは、生気を吸われるということにあたるので、何度も続けていると梶原さんが衰弱してしまい、最悪死に至る可能性もあります」


「そんな気は……してました」


 梶原は七海と行った夢での行為は、自分の体に良くないのではないかということはうすうす感づいていた。


「起きた後に少し気だるかったので、そうなのではないかと思っていました。

 ただ、乙種になった彼女を見て、一緒に過ごせる時間がもう残り少ないのかもしれないと感じて、彼女がしたいということは、全部やっておきたいと思ったんです」


「そう……なんですね」


「はい。七海は私の恋人なので」


 はっきりと言いきり微笑む梶原を見て、加納は同じように笑顔を返した。


「あと単に私が彼女としたかったというのもあるんですけど」


「梶原さん。せっかく良い感じでまとまったのに、そんなことせきららに語らなくて良いです」


「スミマセンつい……」


赤面しながらうつ向く梶原に、加納は楽しそうに声をかける。


「まぁもしかしたら起きたときに気だるかったのも、あの男性特有の賢者モードというヤツに入ってたからかもしれないですし、必ずしも夢での行為は悪い影響を与えるとは限らないですよ!」


 賢者モードとは、男性が射精をした時におちいる、無気力状態の事だ。


「夢でしただけなのに、賢者モードになるわけないでしょ!? 何言い出してるんですか加納さん! っていうか賢者モードって言葉知ってるんですね加納さん!」


「いやぁ何か梶原さんて、なんとなくからかいたくなりますね。で、夢の中でどんなプレイを楽しんだんです?」


「もうそれ今回の件解決する話と関係ないですよね!?」


「個人的に興味がありまして……」


 真剣な話をしていたはずが、良く分からない話になり、その日はお開きになった。


 別れ際に加納は、何かあったら連絡をくださいと言い残して去っていった。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 七海のことが解決した次の日の火曜日、不可視物管理課に出勤した梶原。


 その日の仕事が終わった後に、船越に呼び出された。


「梶原君。やっぱりあなた私と付き合いなさい」


 事務所の裏側にある誰もいない喫煙スペースで、唐突に告白される梶原。


「今の梶原君には、一緒に過ごしていく人が必要だと思うんですよ……」


 船越は梶原の返事が出る前に、持論を語りだす。


「すぐには彼女の事忘れられないだろうし、気持ちの切り替えも難しいかもしれない。でもね、それでも少しずつ気持ちを切り替えるために、一緒に過ごしていく人が必要だと思うのさ」


「船越さん」


「だからね。ちようど今フリーでしかも美人な私が、君と一緒にいてあげることで、君にも良い影響が……」


「船越さんったら」


「ん?」


「よろしくお願いします」


「えっ!?」


 船越は肯定の返事が返ってくると思っていなかったらしく、予想外の展開に驚いている。


「良いの? 職場内恋愛は勘弁とか言ってなかった?」


「言いました。でも……」


 少し間を置いて、船越に微笑みながら梶原は話しだす。


「理屈を感情が上回っちゃいました。好きです船越さん。俺と付き合ってください」


「う、うんっ……よろしく! うわー嬉しい!!」


 不可視物管理課の仕事はこれからも続いていく。梶原の霊の声を聞く力も、船越の霊媒体質も、これからもこの仕事に生かされ続けていく。


 近未来。科学の発達と偶然の発見によって誰もが霊を認識出来るようになった世界。一時パニックに陥った世界は、時間の経過とともに落ち着きを取り戻していった。そしそれに伴い、霊に対処する組織が必要になり、各自治体の役所に新部署が設立されることになった。


 その部署の名は「不可視物管理課」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊は零度で悪意を持つ 猫被 犬 @kaburi-cat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ