第23話

「思ったよりも早く終わったな」


 加納の研究所での検査が終わり、自宅に帰宅する途中だつた梶原は街で昼食をとろうとしていた。


「あれ? 梶原じゃないか」


「げっ! 加藤!」


 そこで出くわしたのは、同じ不可視物管理課の加藤隆史だった。


「失礼な反応だな梶原」


 梶原は加藤がバイだとカミングアウトされてから一歩ひいた付き合いをしていたが、不意の遭遇により態度に出てしまったのだ。


「むっ……そうだな今のは俺が悪かった。もしまだ昼飯がまだだったらお詫びに奢らせてくれ」


 申し訳無さを感じた梶原は、加藤に自分から昼食の誘いをする。


「そういう事なら遠慮なく」


 その申し出に満面の笑みを浮かべながら加藤は頷いた。


「なぁ加藤」


「なんだ梶原」


「もしかして最初から奢らせるつもりだった?」


「バレたか」


「チクショウやっぱりか」


 そんなやり取りをしながら2人は手頃な店を探した。


 ________________________


 近くにあったファミリーレストランで注文を終えた2人。梶原は加藤に前々から気になっていた質問をぶつけた。


「加藤さ。お前がバイになったきっかけとかあったりするの? もし嫌じゃなかったら聞かせてくれないか?」


 すると加藤は特に気にする様子もなく答えた。


「あぁ別に構わないが、ただ少し長くなるぞ?」


「おっ話してくれるのか。少し長くなるくらい良いさ。興味あったんだけど、こんな機会でもないと聞けないからな」


「こんな話に興味あるなんてお前も珍しい奴だな」


 微笑んでから加藤は話し始めた。


「高校生の頃初めて彼女が出来たんだが、女の子に寝取られたんだ」


「マジで!?」


 第一声から思ったよりも驚く内容に、梶原は感嘆の声をあげる。


「あぁ。ただ当時はどう考えて良いかわからずに、仲の良かった男友達に相談したんだ」


「ま、まぁそうだな。俺も男が相手なら怒ったり悲しんだりするかもしれないが、どう反応して良いかわからない」


「あぁ。俺もそうだったんだ。怒りや悲しみの感情よりも戸惑いの方が大きくて、友達に相談したんだ」


「それで相談した男友達にはどう言われたんだ?」


「わからないと返された」


「だよなぁ」


 梶原と加藤はお互いに腕を組み、うんうんと頷いた。


 高校生の男子にそんな経験がある方が希で、相談された方も困ってしまうだろう。


「それで男友達の方に、自分達も同じようになってみれば分かるんじゃないかと言われたんだ」


「マジで!?」


「あぁ。その時の俺は彼女を女の子に取られて精神状態がおかしくなっていたせいもあって、誘いに乗ることにしたんだ」


「えっどういう事だ?」


 会話の意味が汲み取れず、疑問符を浮かべる梶原。


「その男友達と付き合う事にしたんだ」


「マジで!?」


「梶原、お前さっきからマジでしか言ってないぞ?」


 梶原も先程から自分がマジでとしか言ってないなと思いながらも、続きが気になり話を促す。


「で、付き合ってみたら何かわかったのか?」


 少しの沈黙の後、加藤は答えた。


「男の良さを理解した」


「そこで目覚めちゃったかー」


 納得したような素振りを見せる梶原に、加藤は続ける。


「結局俺は初めて出来た彼女が取られてしまった事が悲しくて、ソレを埋めるための行為だったんだろうと今では考えられるんだ。だが友達は最初からそのけがあったんだろうな」


「あーそうだったんだろうな。そうでもなきゃそういう提案してこなさそうだし」


「今では自分のそういう所を引き出すきっかけになった、彼女を取った女の子にも嫌な感情は残ってないな」


「はーそういうモノなのか。色々な趣味嗜好が世の中にはあるものなんだなぁ……」


 話が一段落したところで注文した料理が運ばれ、食事をはじめた。



 ________________________



 加藤との食事を終えた後、梶原は駅まで一緒に向かっていた。


「あれ? 梶原さんと加藤さんじゃないですか」


「木下じゃないか。休日に会うなんて珍しいな」


 出くわしたのは木下幹鷹。交差点の前の信号で立ち止まり加藤が先に挨拶をし、梶原は後から声をかける。


「木下はここで何してるんだ?」


 木下は腕を組み、少し考えるような仕草をした後に話し始めた。


「実は心霊スポット巡りをしてまして……」


 その言葉に梶原と加藤は目を合わせて渋い顔をした。


「木下お前なぁ……」


 梶原たちの職業は霊と接する職業で、何かと問題が多い。心霊スポットで肝試しをする若者に悩まされてることで、そういった事には敏感になっている。


「あっ勘違いしないでくださいね! 別に面白半分で回っているわけではなくて、本当に心霊スポットとして危険な所なのかを確認して近づかない様にする場所かどうかを確かめてるんです!」


 それを聞き加藤が疑問を口にする。


「何でそんな事してるんだ?」


 それに対し木下は矢継ぎ早に言葉を並べ立てた。


「過去に家族が心霊スポットで危ない目にあったことがあるんです。なのでそういった所はホントに危ないか確認して、近づかない様にって注意喚起をしようと思って。心霊スポットかどうかただの噂ならいいですし、本当だったら仕事にも生かせるでしょう? この前の肝試しした子達の件でそういった所に近づかない様にするための標識作りも強化するって話でしたし」


「お、おう。何か休日まで熱心だな木下。別にそういうことなら良いんだ。俺達みたいな仕事をしているとちょっと心配になっただけだからな」


 梶原からのその返答を聞いた木下は安心したようにふぅと溜息をついた。


「良かったです。怒られちゃうかと思いました」


「同僚を頭ごなしに怒ったりしないさ」


 加藤は笑いながら木下の頭をガシガシと撫でた。身長差があるせいで兄弟のようにも見える。


「何か子供扱いされてるような気がしないでもないですけど、何か兄ちゃんみたいだから別にいいです」


「木下兄ちゃんがいるのか?」


 木下は少しの沈黙の後、


「えぇいますよ」


 とだけ答えた。


 一通り頭を撫でた加藤は、よしと一声あげて木下に提案した。


「木下、お前の心霊スポット巡りに俺も付き合って良いか?」


「え?」


 加藤の予想外の提案に面食らう木下。


「え? 加藤も行くのか?」


 梶原も加藤の提案は予想しておらず、訝しげに加藤の顔を覗き込んだ。


「あぁ。この前もそうだが肝試しに参加する若者が後をたたない現状で、その調査はしないといけないと思っていた。ちょうどいい機会だし、せっかく休日に木下に会ったのも何かの縁だし一緒に行きたいんだ。ダメか?」



 木下は首を横に振り、嬉しそうに答えた。


「ダメだなんて事ないですよ! 一緒に行ってくれるなら心強いことはないです!」


「そうかなら良かった。ご一緒させてもらおう」


 二人は心霊スポット巡りを行う事を決め、さっそく場所を確認し始めた。


「梶原も一緒に行くか?」


「スマン俺は良いや。ちょっと今日は家に帰らないといけないから」


 加藤が梶原も誘うも、申し訳なさそうに梶原は断った。



「二人で行ってきな。何か大変な事になりそうだったら連絡しろよ?」


「了解です!」


 敬礼の格好をして木下が梶原を送り出す。


「じゃあまた」


 何故か加藤も敬礼をしながら、梶原を送り出す。


「なんなのお前らのそのノリ……」


 梶原は苦笑しながら自身も敬礼をし、二人に見送られながら帰路についた。


________________________


 梶原と別れた後、加藤と木下は心霊スポットだという噂がある廃墟に向かうことにした。


「木下は梶原と仲が良いのか?」


加藤が歩きながら木下に話しかける。普段は職場でもそこまで一緒にいるというわけではない二人。お互いの交友関係に詳しいわけではなかった。


「それなりだと思います。でも梶原さんのこと自体は好きですよ? 何だか他人って気がしなくて」


「他人って気がしないってのは?」


「えぇっとなんていうか……同じ境遇に置かれているような気がするというかなんというか……上手く説明できないですね」


「そうか……まぁ上手く言語化できないことを、無理に言葉にする必要はないさ。なんとなく伝わったしな」


「そですか? なら良かった」


話がひと段落したところで不意に加藤が前触れなく話を変えた。


「そういえば木下は彼女いないのか?」


「ぶっ……」


予想外の事を聞かれ、噴き出す木下。


「い、いませんが急にどうしてそんな事聞くんです?」


「いや単に興味本位でな。普通にいそうだと思ったんだが」


「あー高校は男子校で、大学の頃は一度彼女出来たんですけど……」


「出来たんだけど?」


「煮え切らない僕の態度が原因で、何もすることなく別れちゃいました」


「む……そうなのか。何か悪いこと聞いたか?」


「いいえ。奥手な僕がいけなかったんですよ。本当に私の事好きなの?って聞かれるような感じでしたし」


「そうか。まぁ木下ならすぐ彼女くらい出来るだろう」


「ありがとうございます!」


ニコニコしながら答える木下は今度は加藤に同じような質問を返す。


「逆に加藤さんは彼女いないんですか?」


「俺はいないな。欲しくない訳ではないんだが」


「そなんですか。気になっている人とかは?」


「んーまぁいるにはいるな」


「え! 誰ですか? 僕の知っている人ですか!?」


「それは秘密だ」


にやりと笑い、木下の質問には答えない加藤。


結局木下は加藤からそれ以上詳しく教えてもらうことは出来ず、その日訪れた廃墟も雰囲気は不気味だったものの危険な霊は見つからず噂だけだったことを証明し帰宅した。

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