霊は零度で悪意を持つ

猫被 犬

不可視物管理課

第1話

『ソレ』が視覚的に確認出来るようになったきっかけはある一つのスマートフォンだった。

 目まぐるしく世代交代を繰り返すスマートフォンの一種類。新しい技術を使用し、今までよりも綺麗な写真を撮れるカメラを搭載したという触れ込みで出回ったものだ。


 そのスマートフォンを通して見た景色には、時々肉眼では見えなかったものが写りこんだ。やがてその新技術を搭載したカメラは他のスマートフォンにも搭載されるようになり、一、二年の間にほぼ全てのスマートフォンに搭載されるに至った。


 そして今まで確かにそこに存在しながらも、一部の者にしか見られることがなかったソレは、スマートフォン越しに全世界で認識されるようになった。



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梶原かじわら君! 何か阿佐ヶ谷のマンションに住んでる住民からの連絡で、最近お隣さんの部屋をずっと見ているヤツがいるから何とかしてくれって苦情が来てるの! 今のところは害はないらしいんだけど、気味悪くてしょうがないからどうにかしてくれだって。今から一緒に私と来てくれない?」


 黒髪でポニーテール。頭の後ろで髪をまとめ、スーツを着た女は、同じ事務所にいる20代の中頃に見える男に声をかけた。ポニーテールの女は、女性としては身長が高く170cmを越えている。



「マジっすか……最近多いっすね。新設されてから半年しかたってない部署なのにやる事多いなぁ」


 梶原と呼ばれた男はうんざりした様子でしぶしぶ了承し、身支度を始める。事務所にはその時他に人は殆んどおらず、出払っているようだった。梶原は自分のデスクに広げていた資料を片づけ、座っていたオフィスチェアの腰掛部分ににかけていたスーツの上着を着なおす。


「しょうがないでしょ。必要だってことで新設された部署だし、今は同じような部署が沢山出来てどこも大忙しよ」


 オフィスチェアから立ち上がり、女の横にトボトボと歩いてきた梶原はうーと声をあげる。並んで立つと二人の背は同じくらいになる。


「どこも忙しいってことは分かってるんすけど、それでもキツイことには変わりないっすよ船越ふなこしさん……」


 船越と呼ばれた女は、コルクボードにかけられていた車の鍵を手に取りながら頬を膨らませる。



「もうっそんな事ばっかり言っててもしょうがないでしょ! ほら仕事仕事!」



 梶原の手を引っ張りながら車へ連れていく船越。煮え切らない態度の梶原に少し腹を立てながら車の助手席に乗せ、自分は運転席に座る。



「それにしてももう9月に入ってるって言うのにまだまだ熱いわね」


 スーツの上着を脱ぎ、後ろのシートへ投げ入れた船越。その姿を見た梶原は急に眼を見開き、姿勢を正した。


「船越さん。俺ちょっと元気出たので頑張れそうです」


 食い入るように船越を見つめながら不意にかけられた言葉に、船越は不思議そうに梶原を見つめながら、

「そ、そう? なら良かった」と答えた。


 スーツを脱いだ船越は、下に半そでの白いワイシャツを着ており、少し汗に濡れたそのシャツは透けてピンクのブラが見えていた。


 梶原はその姿を見て興奮し、やる気を出した。


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 住所を車のナビに入力し、オートドライブで運転せずに目的地に向かう。


「そいえば梶原君、今日仕事終わったら飲みに付き合って」


「え? 船越さん今日彼氏の誕生日だからパーティするって言ってませんでした?」


「昨日別れた」


 突然の船越のカミングアウトに車内に重い沈黙が流れる。梶原はどう返そうかと考え、返答に困っている。


「だって聞いてよ! 誕生日私がご馳走作ってあげるって言ってるのに、どこか食べに行こうって譲らないのよ! 私のご飯食べたくないの? ってきいたら無言になるし!」


 梶原に掴みかかり、昨日あった出来事を思い出し興奮しながら語る船越。


 肩をガクガクと揺らされ、落ち着いてくださいと宥める梶原。


「ちょっ! ちょっと船越さん! 車内でこんな揺らさないでください! 事故りますって」


「オートドライブ中なんだから平気よ! 目的地まで運転しなくていいんだから!」


 ひと昔前から車にはオートドライブの機能が搭載されているものが多い。住所を入力すれば目的地まで自動で連れて行ってくれる優れものだ。


 行ったことがない場所や、知らない場所に行くことが気軽に出来るようになった。交通情報をネットでリアルタイムに検索して最短ルートをたたき出し、目的地までの移動時間を短縮してくれる。


 船越によって揺らされる車体。車内が揺れすぎると運転にも影響が出るのだが、そんなことよりも昨日の彼氏の態度が気に入らないと主張を続ける船越。言っても聞いてくれないとしぶしぶ返答する梶原。


「でもそれだけで別れちゃったってマジすか? 結局どっちも譲らなかったんですか?」


「譲らなかったわ。私もアイツも」


 彼氏はどれだけ船越の料理を食べたくなかったのだろう。そこまで食べたくない料理とはどんなものなのだろうか。そして船越は現在28歳と聞いている。女性では婚期も少し危うい時期のような気がすると梶原は思った。


「ど、ドンマイっす!」


 色々な事を想像したうえで、やっと梶原が出せた言葉がそれだった。なんの慰めにもなっていない。


「今ここでじゃ全部吐き出せないから、飲みながら話したいのーーーっ」


 再びガクガクと梶原の肩を揺らす船越。わかりましたと諦めたように言葉を返す梶原。


「じゃあそろそろ着きそうなんで準備始めましょう。タブレットは持ちましたか?」


 目的地までもう少しで着きそうなことを確認し、準備を始める梶原。はぁいと元気のない船越も現地で使う道具を確認し始めた。


 

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