第10話

 説明会が始まり、今回の新技術についての話が始まった。説明するのは女性の研究者で、かなり髪が短くあまり手入れがされていないように見える。歳は30代前半ぐらいで、うっすらと目の下ににクマも出来ており、不摂生な生活をしているのが予想できた。


「はい初めまして。今回新技術について説明させていただく加納良子かのう りょうこと申します」


 加納良子と名乗った研究者は頭を掻きながら説明を続ける。


「えーっと今回導入されるものは、新技術というか新機能というものなのですが、現在使用している端末にインストールして使う、アプリケーションです」


 講台の上に置いてあったスマートフォンを手に取りながら説明する加納。


「今までは霊のカテゴリを判断するのに、周囲の温度を逐一はかる必要がありました。

 早々に甲種か丙種の判断がついた霊につきましては特に問題はなかったと思いますが、問題は乙種です。

 乙種は周囲の温度が変化し続けるという特徴のある霊です。一度温度を測っただけでは判断がつかず、何度も温度を測り直さなければならなかったでしょう」


 加納は実際に手にしたスマートフォンでインストールしたアプリを操作する。


「カメラと併用するアプリで、このアプリを使えば、半径五メートル以内にいる霊を補足し、温度を含めた総合的な甲乙丙の判断を自動でしてくれます。

判断の基準は温度以外にもありますが、今回の説明では長くなるので省かせていただきます。

一度アプリで補足すると、その霊の状態を一定時間ごとに知らせ続けるという機能も付いています。

今回は説明のためにパワーポイントを使ったプレゼンを用意してあるので、こちらをご覧ください」


 後ろのスクリーンにスライドが映し出され、講堂にいる者全てに見えるようになった。


「霊を補足した際に、丙種なら緑色に、乙種なら黄色に、甲種なら赤色に変化します。

ちなみに一定時間ごとに霊の状態を知らせる機能は、現在お使いのウェアラブル端末と連動させて通知を受け取ることも可能です。

これから寒くなる時期に入り、温度での判断が難しくなってくるとが予想されるため、このアプリを役立てて頂ければ幸いです」


 後ろのスライドが切り替わり、説明が続く。


「また、このアプリをインストールした端末同士で共有設定をし、一つの端末で行った判断の結果を、複数の端末で受け取ることが可能です。

こちらの機能は各課での連携を取る際等にご活用ください。

ただ、テストを行った段階では問題なかったのですが、何かしらの不具合が出る可能性は全くないとは言えませんので、端末のバックアップは忘れずにお願いします」


 説明は続き、細かいアプリのインストール方法等についての話などが伝えられ、説明会も終盤へと移っていく。


「霊への研究は発展途上ということもあり、判明していないことも多いです。

そのせいで現場で実働される皆様には負担が多いと存じますが、私達も精一杯お力になれるよう研究を重ねさせていただきますので、よろしくお願い致します。

では最後に、質疑応答に移らせて頂きます。

今回のアプリのこと以外でも質問を受け付けますので、ご不明な点があればご質問ください」


 会場にいる者のうち何人かが手を上げ、タブレットやその他の端末にもインストール可能か等の質問を行っていく。


 質問がまばらになり、最後の質問というところで梶原が手を挙げた。


「霊用集音マイクはまだ実用レベルに至ってはいないでしょうか?」


 梶原は以前加藤と相馬の案件で話が上がっていた、霊用集音マイクについて質問をする。


「申し訳ございません。霊の声を拾うというメカニズムがまだきちんと判明しておらず、実用レベルには至ってないですね」


 返答は芳しくはなく、当分梶原の力は現場で重宝されそうだった。


「そこでお願いがあります。そのメカニズム解明のために、周りに霊を感じ取れる能力をお持ちの方がいる場合、協力をお願いしたいです。

例えば、今お使いの端末で利用できる権限行使『流』ですが、これは霊媒体質のかたの体を調べさせてもらい、それを部分的に再現した機能です。霊媒体質ではないかたが使用するには時間を制限せざるを得ませんでしたが、この機能を使用できるようになったおかげで霊の対処に大幅な進展をもたらしました。どんな能力をお持ちのかたでも構いません。ご協力お願いします」


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 説明会が終わり他の二人と一緒に引き上げようとしている時に、梶原は加納に声をかけられた。


「もしかしてあなたが梶原さん?」


 声をかけられるとは思っておらず、しかも相手が自分の名前を知っていたことに驚く梶原。


「そうですが……何故私の名前を?」


「やっぱり!」


 不思議そうに返答を返す梶原に声をあげる加納。


「霊の声を聞くことが出来る人がいるってことで、お名前を聞いたことがあったんですよ! 霊用集音マイクのことを聞いてきたので、もしかしたらと思って!」


 加納は講演で話していた時よりも明るい雰囲気で、思ったよりも話しやすそうだと感じられた。


「霊用集音マイクの開発があまり芳しくないので、霊の声を聞けるという梶原さんとお会い出来たら何か参考になるようなことが聞けるかと思っていたんです!」


 なるほどと納得する梶原。どこから噂が流れたのかはわからないが、精度が上がった新しい集音マイク開発の参考になるかもしれないという事で、興味を持ってもらえているということを理解した。


「お役に立てるかわかりませんが、私が出来ることなら協力させて頂きます」


 営業用の笑顔で対応する梶原。すると加納は思いがけないことを伝えてきた。


「協力していただけるんですねありがとうございます! 何か新しい技術や機能が開発出来ましたら、いち早く梶原さんにお伝え出来ますので!」


「マジですか!?」


 願ったり叶ったりの条件に、素の反応をしてしまう梶原。


「ぜひ協力させて頂きます」


 加納の両手を取りギュッと握り表明する梶原。それに対して笑顔を返す加納。


「では今日はあまり時間がないので後日ということで。私の名刺をお渡ししておきます」


 お互いに連絡先を交換して、やり取りは終わりを迎えた。


「梶原ってあぁいうのが好みなの?」


 加納とのやり取りを見て問いただす根本。


「いや別にそういう訳では……新技術の情報出たらすぐに教えてくれるっていうからテンション上がっただけで」


「なるほど。梶原を釣るにはそういうのがあれば良いのね」


「いやお前には釣られないと思うけど……」


「自分はあぁいう人結構好きです」


 最後に何故か木下がカミングアウトしてきたが、特に触れることなく話が終わり、不可視物管理課の事務所に戻ることになった。




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「みーかっ! ただいま!」


 事務所にいた相馬を見つけ抱き着く根本。


「うわっ! びっくりするじゃないですか由紀さん」


 抱き着かれて驚く相馬に、お構いなしという感じで頬ずりをずる根本。


「よーしよしよしよしよし! 美香は今日も可愛いなぁ」


 今日は比較的抱えている案件は少なかったらしく、殆んどの職員は事務所で報告書の作成や、資料の整理をしている者が多い。


「根本君達おかえり! 説明会はどうだったかな?」


 課長である高田が声をかける。


「何か良い感じの新しいアプリの説明会でした! 詳しい話は一番熱心に聞いていた梶原から聞いてください!」


 適任だと思ったのか面相臭かったのか、受けてきたアプリの説明を梶原に丸投げする根本。だがその丸投げを特に気にした様子もなく、梶原は説明役を引き受ける。


「今回もとても有意義な時間でした。後で皆に共有させて頂きます」


「うん! 梶原君はこういうのホントやる気満々になるよね。良いことだ」


 キリっとした表情で話す梶原に、うんうんと頷く高田。


「佐々木さんも後で聞きますよね!」


 梶原が奥の席でカタカタとノートPCを叩いていた女性に声をかける。佐々木と呼ばれた女性は、ウェーブロングの長い髪で、少し目元がきつめの女性だった。


「聞く」


 親指をぐっと立て短く答える佐々木。フルネームは佐々木美里ささき みさと。主に不可視物管理課で事務を担当している職員だ。年齢は30歳、人妻。


 梶原と同じように新技術などの話が好きで、趣味が合う。梶原が持ち帰った、新しい技術や知識を聞くことも多い。だが講演などの人が多く集まる場所にずっといるのはあまり好きではないらしく、自分では説明会に行ったことはない。


「それにしても楽しかったです! こんな事が出来るようになったんだぁとか色々知ることが出来て良かったです! また行きたいなぁ」


「私も行ったことあるけど最初は新鮮だよね! あと講堂に集まってる人達見て、この人達全員が私達と同じ仕事してる人達なんだぁとか何か感動したりもした!」


 興奮した様子で話す木下と相馬。それを聞いて高田が笑いながら答える。


「ホントは皆参加させてあげたいんだけど、各課から二~三人って決まってるからね。それに完全に事務所をあける訳にもいかないし」


 そんな話をしてるうちに、事務所にいなかった船越が戻ってきた。不可視物管理課の事務所は、後から増えた部署という事と、その業務の特殊性から区役所の別棟に配置されている。


「戻りましたよっと。お? 三人とも戻ってきてたんだ。お疲れ様」


「令姉さんただいまっす」


 根本が船越の懐に入りギュッと抱きしめる。身長は船越の方が高いので、根本が船越の胸に顔をうずめるような形になる。


「はいはいおかえり根本。説明会はどうだった?」


「いやぁ新鮮ではあったんですけど、もうお腹いっぱいですわ。今度からは別の人に行ってもらって、私は行ってきた人から説明聞くだけでいいっすね」


 根本は自分が聞いた説明を人に伝えるのが億劫だったようで、一度体験したから良いというような感じだった。


「そういえば加藤はどこかの現場ですか?」


 梶原が加藤について聞く。基本的に不可視物管理課の職員は、霊に関する業務を行う時は二人以上で行動するが、今回は加藤一人だけ姿が見当たらなかった。



「そうそう。私はちょっと所要で出てただけだけど、加藤自部手続きで外に出てるわ。多分今日中には解決するだろうっていう話だったから、事務所には戻って来ると思うけど」


 船越が加藤の居場所を話したことで、梶原は安堵した。少し前に加藤がバイだということをカミングアウトされ、一緒にいると身が危ないのではないかと思ったからだ。


 職場内恋愛はしないと言っていたし、そこまで見境なしではないと思うから大丈夫だと梶原は思っているが、不安が拭いされなかったのだ。ちなみに特に口止めされた訳ではないが、このことは不可視物管理課の誰にも言っていない。梶原の本能がなんとなくそうさせた。



「よし、じゃあ定時までもう少しだから皆頑張ろうか。あっ加藤君と大原君には後で話すとして、今日説明会で聞いたことを皆に共有してもらえるかな梶原君」


「わかりました」


 高田が梶原に指示をし、説明を受けたアプリについて資料を交えて共有した。


「あっそういえば今日前から言っていた飲み会だからねー」


 高田が飲み会の件を伝え、今日の不可視物管理課の業務を終えた。

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