第11話
業務が終わり、飲み会の席。遅れてやってきた加藤で不可視物管理課の面々が揃い、飲み会が始まった。
場所は区役所の近くの居酒屋で、座敷の一部屋を貸し切っている。
「スミマセン。お寺に供養してもらうSDカード持って行ってたら遅くなりました」
加藤が遅れてきた謝罪をしながら席まで移動する。
「まぁ遅れたのそれだけが理由じゃないんですが……ここに着くまでに他の居酒屋の客引きの女の子に捕まっちゃって、抜け出せなかった」
「そうか大変だったね……」
高田が加藤に労いの言葉をかけ、自分の席の隣に誘導した。
「まっまぁちょっと遅れたくらいだし、今は飲み会の席なんだからいいじゃないか加藤」
梶原が若干引き気味に加藤に声をかけフォローする。加藤がバイだと発覚してからは距離の取り方がわからず、妙な距離感になってしまっている。
「ありがとな梶原」
そして加藤は梶原と距離をつめ、耳打ちする。悪寒を感じ、ビクッと体を震わせる梶原。
「あぁそうだな梶原。ところでお前俺のこと課の人達に言ってないんだな」
「言わねぇよ。っていうか言えるわけないだろ同僚がバイだなんて。そもそもどういう風に言えば良いんだよ」
必要以上にビクビクし、小声で話す梶原を見て加藤は吹き出してしまった。
「はははっ! まぁお前はそこらへんは口硬いしなぁ。俺、人が自分のことを警戒してビクビクしてるの見るの面白くて好きなんだよ!」
加藤は上機嫌で笑い出すが、梶原は不満げだ。
「お前まさか俺の反応見るためにカミングアウトしたの? 性格悪いぜ。……はっ! まさかバイっていうのも嘘!?」
「いやそれは本当」
「……そっすか」
少し期待を持った梶原は一瞬でどん底に落とされた。結局加藤との妙な距離感は続きそうだ。
そして不意に少し遠くの席に座っていた佐々木から梶原に声がかけられた。
「梶原こっち」
自分の隣の畳をぺしぺしと叩き、隣に来いというジェスチャーを送る佐々木。
「あっ今日の新商品説明会の詳しい話っすかね? はーい今行きまーす」
加藤から逃げるように佐々木の方に駆け寄る梶原。もともと趣味が合い、仲の良い梶原と佐々木は、ちょくちょく二人で話をすることがある。
「そういえば今日研究者の人から直接話しかけられて名刺貰ったんすよ! 何か霊の声聞こえるっていう俺のこと知ってたみたいで」
佐々木の隣に座り、今日あった出来事を話す梶原。
「……羨ましい」
「でしょ? 霊用集音機の開発の参考になるかもしれないからって、俺の話を聞かせて欲しいらしくて。協力するかわりに何か新しい技術とか発見とかあったら、こっちにもすぐ連絡してくれるって言ってました!」
「羨ましいーーーーー!!」
興奮して梶原の左肩を両手で掴みがくがくと揺らす佐々木。
「ちょっ! 話聞けたらちゃんと佐々木さんにも教えますって! っていうか握力強っ!」
「自慢じゃないけど旦那のを強く握り過ぎて、お願いやめてって懇願されたことあるからね」
握力が強いことを指摘され、何故かどや顔で少し控えめな胸を張る佐々木。
「……何を強く握ったかは聞かないでおきます」
そのやり取りを少し離れた席で見ていた船越は近くにいた相馬、根本に話しかける。
「なんかあの二人仲良いよねぇ。私もあぁいうふうに梶原君と話したい」
「あの二人は趣味合うらしいですからね! 船越さんは梶原さんともっと仲良くなりたい感じですか?」
元気よく聞く相馬に。船越はそうなんだよねぇと返す。
「令姉さんは今彼氏いないんでしたっけ?」
「うん最近別れたぁ」
少し前に聞いていた話を思い出し、根本が話しだす。
「おっじゃあ梶原狙ってる感じですかぁ? 良いんじゃないですかねぇ。奴は私的にもなかなかポイント高いですよぉ?」
「うん。でもこの間酔った勢いで付き合ってって言ったら、職場内恋愛は勘弁って言われた」
「もう告ったんですか姉さん……早いっすよ」
「アラサー舐めんな。こっちも焦ってんだよ」
「スミマセン」
いきなり凍り付く空気。根本を睨みつける船越。うつむく根本。相馬が慌てて場を和ませようとする。
「ま、まぁ良いじゃないですか! それに一回断られたからと言って完全にダメって決まったわけじゃないですし! そもそも付き合えない理由は船越さんが嫌だからとかじゃないわけだし! 職場内恋愛が嫌って言っても今後どうとでもなるというか!」
「そ、その通りだっ! 美香は良い子だなぁー。よーしよしよしよしよし」
「由紀さん恥ずかしいですって」
明るく元気にフォローを入れる相馬の頭を撫でる根本。この場の空気を変えようと乗っかる。
「あっでも最後に彼女もいるって言われたや」
その場に沈黙が流れる。
「それはもう……」
「さすがに無理なんじゃないですかねぇ……」
相馬と根本はその話を聞き、船越と梶原とくっつけるのを一瞬で諦めた。
「ふ、船越さんは美人だしスタイルも良いですし、すぐ彼氏とか出来ますよ!」
なおもフォローを入れ続ける相馬に、船越は若干テンションを下げつつ答える。
「それ全く同じこと梶原君にも言われたよ。ホントに出来るのかねぇ彼氏……」
ぐすんと涙ぐむ船越に、相馬は力強く言い放った。
「大丈夫ですよ! 船越さん魅力的だし、私が男性だったら絶対付き合いたいって思いますもん! 女性の私でもドキっとすることありますし」
その言葉を聞いて船越は涙ぐんだまま相馬を見つめなおした。
「そうまぁああああああああああ!!」
「みかぁあああああああああああ!!」
相馬の言葉に感激し、抱き着く船越。なぜか便乗して後ろから抱き着く根本。
「くっ、苦しいです」
二人から抱き着かれ苦しそうにする相馬だったが、その場の雰囲気を和ませることには成功した。
相馬は船越と根本から逃げ、席を移動しようと試みる。すると誰とも話をせず一人で飲んでいる者を見付けた。
「あれ? 誰とも一緒に話してないの幹鷹?」
「あっ相馬さん……」
一人で飲んでいたのは木下幹鷹。不可視物管理課では最年少の職員だ。
「ちょっと輪に入り損ねちゃって……」
「そっかぁ! じゃあお姉さんが話し相手になってあげよう!」
ニコニコしながら木下の隣に座りこむ相馬。相馬は木下の一個上で、なにかと面倒を見たがる。
「ありがとうございます相馬さん。相馬さんと話が出来るの嬉しいです」
既にほろ酔いの状態になっている木下は、相馬に笑顔で返答をする。
「へへーそうでしょうそうでしょう。いい子だねー幹鷹は」
えっへんと胸を張り、小柄な割に大きい胸を突き出しながら話す相馬に、木下は一瞬目を背ける。
(相馬さんて背はちっちゃいのに胸は大きいから時々目が胸にくぎ付けになっちゃうことあるんだよなぁ。女性は視線に敏感だっていうから、見過ぎないように気をつけよう)
内申ドキドキしつつも、木下は胡麻化すように話す。
「何かさっき船越さん達と彼氏が出来るか出来ないか話してたのが聞こえたんですけど、相馬さんは彼氏いないんですか?」
相馬は少しむくれながら話し出す。
「むー今いないんだよぉ。学生時代は彼氏いたんだけどね? 何か皆特殊性癖の人ばっかりだったから別れちゃった」
「特殊性癖?」
「ろりこん」
押し黙ってしまう木下。相馬の見た目は幼く、その上で胸が大きいというその手の人にはかなり人気がありそうだ。ただ職場の先輩にそれをここで言うのは憚られた。
「何か部屋に行ったらね? 元カレがトイレに行っちゃった時とかに気になってエッチな本とか探しちゃったわけさ。そしたら実写の児童ポルノっぽいのが沢山見つかっちゃったりしてさ……」
「あ、あぁ……」
「さすがに無理だなと思ってお別れして……時間があいてまた付き合った人も似たような感じのことがあったりしてさ……」
「お、おうふ……」
会話の内容のアブノーマルさに良い返しが思いつかずに、ただ聞くだけになってしまう木下。相馬の顔をまともに見ることが出来ない。
「まぁでも良いのさ! 昔から童顔だとかロリとか言われてるけど、一定の需要はあるようだから、私みたいのを好きになってくれる人の中から、私が好みの人がきっと見つかる!」
相馬が落ち込んでいると思いどう返答しようか考えていた木下だったが、相馬自身はもう吹っ切れている様子で安堵した。
「そんな風に考えられるのって良いですね! ちなみにどんな人が好みなんです?」
「えっとねー! 背が高くて落ち着いてて、守ってくれそうな人!」
木下はほうほうと頷きながら、身の回りにそういう人いたような気がするけどなーと思いを巡らせる。
「幹鷹はどういう人がタイプなの? 確か彼女いなかったよね?」
「んー僕はあんまり女の子女の子しているタイプの人は苦手なので、さばさばしててちょっと落ち着いてる感じのボーイッシュな子が好きですね!」
ボーイッシュな子かぁと呟き少し考え込んだ後相馬は、
「私みたいな感じ?」と軽く返した。
「相馬さんは落ち着いてる感じじゃないのでなしです!」
「失礼だな!」
怒りを露わにした相馬は木下に襲い掛かり、アームロックをかけながら迫っていた。
(相馬さん胸あたってるよ)
胸が押し付けられるような状態になりながらも、美味しい状態の木下は、甘んじてアームロックを受け入れた。
場所は変わり、課長である高田と加藤が話し込んでいた。
「しつこいキャッチに捕まっんだね加藤君。そういうのはいくらでもいるから、かわせるようになっておいた方が良いよ?」
「そうですよね。いちいち構ってたらキリがないですし。ここに来る用事が無かったらもっと長い時間捕まってたかもしれないです」
項垂れる加藤。そんな加藤を高田は励ます。
「まぁまぁこんな事でそこまで落ち込まないで加藤君。私だったらそうだねぇ。お姉さんと一緒に行きたいのはやまやまなんだけど、こっちも予定があるからって伝えて、今度機会があったらお姉さんと一緒に飲むからとでも言うかな?」
「私には無理です課長」
即答する加藤。
「まぁ大抵はそこで終わるんだけど、良さそうな子だったらホントに行ってあげたりして、そこから仲良くなれたら……」
「もうソレ別の話になってます課長。あとそういうことホントにやってたら、梶原経由で奥さんや娘さんにも伝えますよ?」
加藤が高田にくぎを刺す。
「なんで梶原君といい加藤君といい、妻とか娘とかに伝えようとするの!? 君達は彼女らに何かお金でも握らされているの!?」
「いえ。ただ単に娘さんが弁当を届けに来た時に私も居合わせて、協力を求められただけです」
その二人がいる時に弁当を届けに来たなんて、タイミングが悪いなと苦笑する高田。
「あっそういえばその時に初めて娘さん拝見しましたが、娘さん可愛いですね」
大原が高田の娘、高田実貫のことを可愛いと言った瞬間に高田の目の色が変わった。
「うちの娘に手を出したら承知しないよ加藤君」
「いや俺ロリコンじゃないですし……っていうかそうでなくても出しませんよ手なんて……」
「そ、そうかい。なら良いが……」
「年下は好きですし、躾けるのも楽しいですけど」
一瞬でその場の空気が変わった。
「加藤君ってさ。一見しっかりしてそうに見えるけど、なんかそういう所あるよね」
高田が若干引き気味に答えると、加藤は慌てた様子で撤回した。
「じょっ冗談ですよ? いや年下が好きなのはホントですけど」
「絶対冗談じゃなかったでしょ? とりあえずうちの娘には近づかないでね?」
「りょ、了解しました」
微妙な雰囲気になったその場の空気を変えようと、加藤は話題を切り替える。
「そういえば課長。課長がスーツ脱いだ時に思ったんですけど、けっこう良い体してますね」
「あぁわかるかい? 実は日ごろから鍛えていてね。体には自信があるんだ」
主な理由は女性にモテたいからというものだろうが、それでも健康的で引き締まった体というものには魅力がある。
「そうなんですか。スミマセンこの飲み会が終わった後なんですけど、個人的にどういう鍛え方しているかとか教えてくれませんか?」
「ん? あぁ良いよ。たまには男性職員とこういう話をしてみたいと思っていたんよ」
佐々木との話が一段落して、近くの席だったためその会話が耳に入ってきた梶原は、高田の身に危険が迫っている予感がした。
(高田課長、もしかしたら今日加藤にヤラレちゃうんじゃないだろうか)
ふとそんな考えが頭をよぎる。
(まぁでも良いか。ヤラレてそういう道に目覚めちゃった方があの人の浮気癖も治るかもしれないし)
そういう道に目覚めてしまった場合、別の問題が出てきて色々なことに支障がきたすかもしれないということは深く考えず、梶原は高田を見捨てた。
そしてしばらくしてこの飲み会は幕を閉じた。
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