第7話

 梶原から受け取った預金通帳の場所と暗証番号が書かれたメモを山下親子に渡した相馬。

 メモを渡された山下親子は半信半疑になりながらもそのメモが書いてある場所をすぐに探してみることになり、病院を後にした。


「これで梶原さんが霊の声が聞こえるってこと信じるでしょ!」


 身長の割にはふくよかな胸を張りながら答える相馬。


「どうだろうな。メモに書いてあることが当たっていたとしても、梶原自体のことを信用してもらえるかどうかは分からない」


 何故か誇らしげに仁王立ちをしながら話す相馬に加藤が答える。


「えぇ!? これで信用しないとかどうなんですか!」


 納得がいかない様子の相馬に加藤は淡々と答える。


「俺があの親子の様子を見ている間中、娘さんはずっと役所はいつからこんなに胡散臭くなったのって頑なに信用してくれなかったんだ。霊の声が聞こえるってことまでは信じてくれるかもしれない。だが霊が言ったことを伝えただけとはいえ、預金通帳の場所と暗証番号だぞ? もし悪用されたらと考えるのが普通だ。霊の声が聞こえるということを信じて貰えたとしても、不信感を持たれる可能性は大いにある」


「……梶原さんは悪用なんてしません」


 むっとした顔をして加藤を睨む相馬。


「俺だって梶原のことは信頼してる。お前の気持ちも良くわかる。だがあくまで一般論の話だ。」


 相馬を宥めるように言葉を続ける加藤。


「俺達は俺達が出来ることをするだけだ。さぁ戻るぞ」


「……はい」


 加藤は顔を膨らませたままの相馬の頭を小突きながら、


「ホントお前は可愛いやつだな」

 と言って笑った。


「うるさいです」


 返事を返しながら、相馬と加藤は梶原がいる病室へと戻った。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 山下親子は梶原のメモに書かれていた場所で預金通帳を見つけ、銀行に行き暗証番号も間違っていないことを確認し、帰宅していた。


「ねぇ明保。実は私あなたに隠していたことがあるの」


 母親の明菜が娘に後ろめたそうな表情をしながら話しかける。


「なぁに母さん? そんな深刻そうな顔をして」


 母親の明菜の何かを躊躇うような様子に、娘の明保は真剣な眼差しを向ける。


「お父さんね。出て行ったんじゃなくて私が追い出したの。浮気したことが許せなくて。

 その後もお金を工面しようとしてきたんだけど、いらないって言って断ってたのよ。気持ちが収まらなくて。でもあなたには、本当のことが言えなくて嘘をずっとついてきたの。ごめんなさい」


 少し驚いた顔をした明保だったがすぐに元の表情に戻り、返事を返した。


「別に良いよそんなの。浮気したのは事実なんでしょ? 私でも許せないもん。同じようにしたよ」


「……そう。ありがとう」


 明保の言葉に胸を撫で下ろす明菜。そして意を決したように言葉を続ける。


「それでね。やっぱりあの区役所の人に頼んでお父さんの声を聞いてあげたいの。お医者さんにもいつ容体が悪化してもおかしくない状態だって言われてるし。最後になるかもしれないんだから……最後くらい聞いてあげたいの」


 涙を流しながら懇願する明菜に、明保は母親を抱きしめながら言った。

「わかった。一応梶原って人が声を聞いたってことで渡されたメモも間違ってなかったし、母さんがそう言うなら」


 預金通帳の中にはかなりの額の金額が残されていた。恐らく父親が溜めていたのであろう金額は、娘の養育費などで工面するつもりだったものだろう。


 今更こんなお金を渡されても気持ちは収まらない。たった一度の過ちだったとしても、家族を裏切ったことには変わりないと明保は思っていた。


 だが一緒に苦しんできた明菜の頼みだ。その頼みを断ろうとは思えなかった。父親の最後の言葉を聞きたいと思ったわけではない。母親の頼みだから聞くのだと自分に言い聞かせた。


 母親が落ち着きを取り戻し、話せるようになったところで加藤から聞いていた連絡先に電話をし、翌日に梶原と父親の病室で父親の言っていることを聞かせて欲しいと頼んだ。


 連絡を受けた加藤は少し驚いているようだったが、快く承諾した。梶原を連れてくることを約束しその電話を終えた。


 そして翌日の早朝。

 父親のみのるは容体が悪化し、治療の甲斐なく病院で息を引き取った。

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