第28話

 七海が亡くなったのはおよそ一年前。横断歩道を渡っていたところ、信号を無視した車に轢かれてしまい、命を落としてしまったということを後から聞かされた。


 仕事が終わる直前に電話で知らされ、信じられない気持ちでいっぱいだった。どうして七海が? 本当に七海が? 病院に駆け付けた時にはもうすでに七海は息を引き取った後で、七海の遺体の前で泣き崩れた。


 告別式が終わった後、悲しみにくれながら自分の部屋に戻ると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「御影! 御影おかえり! もうー遅いよ待ちくたびれた!」


 まさかと思い、自分のスマートフォンを起動させ部屋の中を写すと、そこには死んだはずの七海の姿があった。


「へへ。来ちゃった」


 その姿を見て声を聞き、告別式で流した涙とは別の意味を持つ涙が溢れ出した。もう二度と会えないと思っていた七海と再会することが出来た。


 それから数カ月後、不可視物管理課が発足され配属されることになる。


「御影ならそこでの仕事で役に立てるんじゃない?」


 その言葉を受け、不可視物管理課に入ることを決めた梶原。何より、七海にそう言ってもらえたことが一番大きかった。自分は七海のような亡くなった者のために、働くことが出来るのだと。



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「七海、今日はもう仕事を休んだから、勘弁してくれないか」


 梶原の借りているマンションの中は荒れていた。


 割れた皿が散らばり、棚は倒れ、ベッドがひっくり返っている。


「じゃあ今日はもうどこにも行かない?」


「あぁ。行かないよ」


 七海の問いかけに答える梶原。普段七海の姿を写すのに使っているタブレットも、今は床に落ちており、七海の姿を写していない。


「わかった……」


 七海の答えに、ひとまずこれ以上物が壊されることはないと思い、安心する梶原。


 今日の朝、仕事に行こうとする梶原を、行かないでと言って止めた。理由は寂しいから一緒にいて欲しいということだった。


 出来るだけ早く帰ってくるからと仕事に行こうとする梶原を、七海は予想もしなかった力を使い止めた。


 なんと、触れられないはずの玄関の鍵を閉めたのだ。それでも何とか仕事に行こうとする梶原を、家の中の物を壊したり浮かせたりすることで妨害したのだ。


 梶原は今まで接してきた霊の中で、こんな力を使う者に遭遇したことがなかった。


(七海がこんなこと出来るようになってた事も驚きだけど、こんな事してまで俺が仕事に行くのを止めようとすることも初めてだ)


 一緒に外に出掛けたことも少なくない二人。だが梶原の仕事の都合上、職場まで来られるのはさすがにまずい。


 たまに寂しいと言われることはあっても、少し早めに帰ってきて一緒に過ごしたり、休日に一緒に外出することで、今まではやっていけていたのだ。


「七海、昨日は一日一緒に過ごしたけど、それでは足りなかった?」


「足りない……」


 声がした方向にプライベート用の自分のスマートフォンではなく、業務用端末のスマートフォンのカメラを向ける。するとそこには七海が自分の服の裾をつかみ、涙目になりながら梶原を見つめていた。


「ねぇ御影。これからはずっと一緒にいてよ。仕事にも行かないで」


 無茶な要求だった。仕事に行かない状態が続けば辞めるほかなく、仕事をせずに金を稼ぐことが出来なければ、生きていくことが出来ない。


「七海それは……」


「私ね御影。昨日一日ずっと御影が一緒に過ごしてくれて嬉しかった」


 押し黙る梶原。七海が何を言おうとしているのかを測りかね、聞くことに徹する。


「でもね。最近寂しい気持ちがどんどん強くなっていくの。なんでかなって考えても、分からないの。分かるのはただ御影が一緒にいない時間が、前よりも辛くなってるってこと」


「七海……」


「だからね。ずっと一緒にいてよ御影。私から離れないで。私を一人にしないで」


 七海からの切実な訴えに、何も言うことが出来ずに話を聞き続ける梶原。


「ごめんね? 無理な事言ってるのは分かってる。でもずっと一緒にいたいの。ひと時も離れたくないの。何だかそんな考えが、頭の中をぐるぐる回るの」


 梶原は話し続ける七海の姿を捉えていた業務用スマートフォンで、霊判アプリを起動させた。


(やっぱり……ダメなのか)


 霊判アプリで写し出された色は赤。結果は甲種。人間に危害を加える恐れが高い種類だった。


 もともと不可視物管理課に配属された際に確認した時は、確かに丙種、人に危害を加える恐れが低い種類のはずだった。


「無理……だよね。御影はご飯食べないと生きていけないもんね。仕事しないとご飯食べられなくなっちゃうもんね……」


「何とかして、手段を探すことは出来るかもしれない。でも、どこかで限界が来る。ずっと一緒にいるって事は、たぶん出来ない」


 霊判アプリを閉じ、通常のカメラの画面に戻した業務用スマートフォンに写し出された七海は、うつむいていた。


「ねぇ御影。私最近感じた事があるの」


「何だ?」


「御影今の仕事に就いて少しずつ変わって来てる。私は今御影と一緒にいるけど、変わることはもう出来ない。御影と一緒に歳をとることも出来ない」


「……あぁそうだな」


「夢の中で御影と肌を重ねることは出来ても、もう実際に御影に触る事も出来ない……」


「あぁ……」


 業務用スマートフォンに写し出された七海は涙を流しながら言葉を続ける。


「最初は死んだ後だって、御影と一緒にいられるだけで良かった。だって御影と話が出来るもん。御影の顔が見られるもん。御影は私の声を聞いてくれるもん。生きている時と何も変わらないって」


 両手で目を覆い隠し、泣きじゃくる七海。


「でも違った。私は御影と同じ時を過ごしていくことが出来ない! どんなに一緒にいても、御影と本当の意味で一緒になれる日は、もう来ない!」


 顔を上げ、涙を流しながら梶原を見つめる七海。


「やだよぅ……御影と一緒になりたい。もう一度、御影に触れたいよぉ……」


「七海……」


 その姿を見て、胸が締め付けられる想いにかられる梶原。自分の胸元を掴みながら何とかそれに耐えようとする。


 今すぐにでも七海を抱きしめたい。だが今の霊になってしまった七海を、抱きしめることはもう梶原には出来ない。だが梶原は七海のことを諦める気はなかった。


「それでも最後まで……付き合ってやる」


 その時、七海が何かを思いついたように顔を上げ、梶原に声をかけた。


「そうだ! 一つだけ方法がある!」


急に明るい表情になった七海に、梶原は問いかける。


「どんな方法?」


 その言葉を聞いた時、梶原は一つの答えが予想出来た。。それは考えてみれば一つしかない。単純で、簡単な答えだ。


「ねぇ御影! 御影も私と同じように、死んで?」


 答えは梶原が死ぬこと。そうすれば、霊になっている七海と、一緒になる事が出来る。

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