第21話

「志衣さん。このままだとあなたは、人に害を及ぼすモノになります」


 梶原がそう伝えると、才賀志衣は目を閉じて少し考えるような仕草をした。


『成海達にも……迷惑をかけてしまうことになるのじゃろうな』


「はい……」


 しばらく沈黙がつづき、先に沈黙を破ったのは、志衣だった。


『ワシを……消してくれ』


「…っ」


 予想はしていた。覚悟もしていたつもりだった。それでも実際にその決断を迫られると、本当にそれで良いのかという疑問が湧いてきた。


 本当にそうするしか手段はないのか。もっとほかの手段はないのか。もっと一緒にいさせてあげることは出来ないのか。



『予感はあった。というかそろそろ限界だと思うんじゃ』


 そんな梶原の葛藤を察したのか志衣は語りだした。


『お主がワシの言葉を伝えてくれたくれた事で、ワシの意思が伝わり成海にワシが祖母だと分かってもらうことが出来た。そしてワシのしたかった事が少しだけ出来たのじゃよ』


 その言葉を聞き、梶原が顔を上げて希望のこもった眼差しで見つめた。


『だが欲が出てきてしまった。それだけで満足出来なくなってしまった。それ以上を求めるようになってきてるんじゃ!』


 志衣は目元に涙を溜めていた。


『このままだと成海を! この家を! 家族を! 思い通りにならないこの自分自身を! 呪ってしまいそうじゃ!』


 そしてその部屋の温度は、急激に下がっていった。


「俺が……伝えたからか? それがきっかけになったのか?」


 梶原は後悔し始めていた。霊の声を聞くことが出来るという特技を生かし、この仕事を続けてきた。

 プラスになる事はあっても、マイナスに働いた事なんてなかった。


 霊の意思を伝えることは、生きている人間との橋渡しが出来る、素晴らしい能力だと思っていた。


 だが今回は梶原が霊の言葉を伝えた事がきっかけになり、才賀志衣は甲種に堕ちてしまった。


 霊判アプリやウェアラブル端末での温度確認を行わなくても分かった。今この瞬間、乙種から甲種に転じてしまった事。


 どこで間違えた? 何が悪かった? 梶原は思考のループに囚われた。自分が余計な事をしなければ、こんな事態にはならなかったのではないか。そんな考えがグルグルと回り始めていた。

 その時、後ろから声をかけられた。



「梶原さん!」


 ただならない雰囲気を察し、駆け付け声をかけてきた相馬。そしてその後ろには才賀親子がいた。


『優先順位を間違えないでください』


 梶原は加納良子が言っていた言葉を思い出した。そうだ。現状の優先順位を間違えてはいけない。


 才賀親子を見た志衣は、うめき声のような物をあげながらゆらゆらと体を揺らしながら近づいて行った。


「まずい相馬! 権限を行使する準備をしておけ!」


「わかりました!」


 業務用スマートフォンを取り出した梶原は瞬時に取り出す。加納良子からの電話の後、過去の資料を確認したところ、志衣のようなケースは何故か、封印用SDカードに封印することが出来なかったという報告が上がっていた。


 カメラを起動し、志衣を撮影する梶原。封印用SDカードへの転送を試みる。しかし、業務用端末にはERRORの文字。やはりSDカードへの封印は失敗した。


「音声認証。梶原御影!」


『認証確認』


「権限行使、流!」


『行使を承認します』


 電子音声が流れると共に梶原の体に流れ込む志衣。


「相馬! 今回は弱らせてる余裕がない! 俺を縛れ!」


「了解!」


 相馬は自分の腕時計型ウェアラブル端末に向かって叫ぶ。


「音声認証。相馬美香!」


『認証確認』



「権限行使、縛!《ばく》」


『行使を承認します』


 腕時計型ウェアラブル端末から、狙いを定めるためのターゲットルーペが展開する。その言葉と共に、梶原の体が縛られたように動かなくなる。そして志衣の霊も一旦は梶原の中で落ち着いたように見えた。


 その様子を見ていた成海が狼狽え、梶原達に声をかける。


「あんたら何やってるんだ!? 婆ちゃんに何してるんだ?」


「さっき待っている時に説明したでしょう? 今志衣さんは、人に害を及ぼす霊になる可能性があるって。それになってしまったんです!」


「そんなことは分かってる! これから婆ちゃんをどうしようっていうんだ!?」


 相馬が説明をするも声を荒げる成海に、梶原が答える。


「浄霊が出来なかった志衣さんを除去! 除霊します!」


 唇を噛みしめながら叫ぶ梶原に、やめろと叫ぶ成海。父親である才賀勝も、同じように叫ぶ。


「他に手段はないんですか!? せっかくまた会えたのにこんな終わりだなんて」


 その言葉を聞き、妻である才賀杏樹が辛そうにしながらも勝に返す。


「他に手段があるならそうしているでしょう? あなた、多分もうお義母さんは……」


『もう良いんじゃよ』


 梶原に流れ込んだ志衣が意思を伝えてくる。


『十分じゃ。もう十分なんじゃ。ワシが欲張りな望みを持ってしまっただけじゃ。このままだと自分で自分を抑えきれなくなるじゃろう。だから家族に、孫に害を及ぼす前に……消してくれ』


 梶原は唇を噛みしめる。このままの状態も、長く保っておけるわけじゃない。決断をしなければならない。


「権限行使、撃!」


『行使を承認します』


「ぐっ」


 体に衝撃が走り、膝をつく梶原。縛り付けていた志衣の魂が、想いが、消えていく。


『最後に伝えておいてくれないか。成海に、孫に愛していると。人として男として愛していたと』


「……伝えておきます」


 そして志衣に最後の止めをさす。


「権限行使、撃!」


『行使を承認します』


「婆ちゃん!」


 成海が最後に声をあげる。最後に志衣は、元の亡くなった時の姿で現れ、消えた。


『ありがとう』


 その言葉を残して。


 ――――――――――――――――――――


「……婆ちゃんは最後になんて?」


 志衣が消えてしばらくして梶原が落ち着いた後に、成海が志衣が最後に残した言葉を聞いてくる。


「志衣さんは……幸せになってくれと」



 梶原は志衣の言葉をそのまま伝えることはしなかった。彼女の想いをそのまま伝えてしまっては、この家族はきっと幸せにはなれない。だからこそ、これで良い。


 泣き出しそうな顔をしたまま梶原を睨みつけたままの成海。両親は成海に強引にお辞儀をさせ、お礼を述べた。


 梶原と相馬は事後処理を済ませ、不可視物管理課へと戻った。


 ――――――――――――――――――――


 事務所で今回の案件の報告書をまとめる梶原。明らかに気を落としている梶原に、相馬が声をかける。


「梶原さん。今回の件は仕方なかったと思います。あまり気を落とさないでください」


 梶原の肩に手を置き、慰める相馬。梶原はそんな気遣いに、精一杯の笑顔で返す。


「そうだなありがと。っとお前も昨日から続いて疲れただろうから、自分の報告書と日報まとめて定時には上がれよ? しっかり休め」


「……はい。梶原さんも、ちゃんと休んでくださいね」


 梶原に自分からどんな言葉をかけても、これ以上梶原を慰める事が出来ないと感じた相馬は、それ以上声をかけることはせず、時間が解決するのを待つことにした。



 定時が過ぎ、帰路に着き始める職員達。梶原は少し残り、今日の振り返りを行っていた。


 もっと別の解決方法もあったのではないか? 自分がこの案件を担当しなければ良かったのではないか? そんな考えが頭をよぎる。


「駄目だ。こんな後悔を今したところで、どうにもならない事は変わらない。分かってる。分かってるはずだ」



 独り言を言い始めた梶原。その時後ろから両肩をポンと掴まれた。


「梶原君! まだ残ってたんだね」


 声をかけてきたのは船越だった。


「船越さん……」


「少し話は聞いたよ梶原君。今回の案件、難しい依頼だったんだね」


「……はい」


 俯きながら話す梶原に、船越は梶原の手に自分の手を乗せ目を見ながら話した。


「梶原君。私はね、梶原君のしたことは間違ってないと思う」


「ですけど、俺が関わらなければ」


「梶原君が関わらなければ、ご家族の方にずっと伝わらないまま、霊の気持ちは全て届かなかったんだよ?」


「……」


「私、こんな霊媒体質なんていう特殊な体質だから。だからこそ、色んな霊の気持ちを知る事が多い分、霊の声を届けることは大事なんだなって思うの。思いが伝わらないなんて悲しすぎるから」



「そう……ですね。ただ、私の一存でご家族の方に伝えなかった事もあります」


「そうなんだ……でも、それは梶原君がそのご家族のことを考えてそうしたんでしょう?」


「はい」


「なら私はそれで良いと思うんだ。私達の仕事は、霊の対処をすること。でもその仕事は、生きている人間が幸せになる手伝いをすることでもあると思うの」


「……っ。そう……ですね」


唇を噛みしめながら俯く梶原。


「こんな結果にはなってしまったけど、それでも後悔しないで欲しい。声を、思いを伝えらえれたこと自体は、絶対悪いことではないから……」


「……わかりました」



 梶原は船越をまっすぐに見つめ、微笑んだ。


「ありがとうございます船越さん」


「うん!」


 船越も梶原に微笑んだ。


 ――――――――――――――――――――


 志衣がいなくなった後の才賀家で、才賀成海は志衣が残した人形の手入れをしていた。


「婆ちゃんもこれくらいなら許してくれるだろ」


 伸びてまばらになった人形の髪を、元の長さに切りそろえる成海。


「婆ちゃん。俺、幸せになれるよう頑張るよ」


 人形は成海が手入れをすることになり、処分されずに才賀家に残されることになった。もう志衣はいないと分かっていながらも、成海は人形に語り掛ける。


「あと言えなかったけど、若い頃の婆ちゃんめっちゃ好みだったわ。正直、俺ロリコンかもしれない。家族じゃなかったら求婚申し込んでたかも」


 少し恥ずかしそうに話しながら、成海はそばに置かれた志衣の若い頃の写真と人形を見る。


「もし来世とかがあるんなら、俺と結婚してくれよな婆ちゃん」


 不気味だと感じられていたはずの日本人形が、成海には優しく笑ったように見えた気がした。でもそれはきっと気のせいだろうと、成海は思った。

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