第14話

 結局加藤と梶原は、その日太一の友達に憑いている霊を対処するため一日を費やした。件数は二件、太一の件を含めると合計三件だった。


「ほんっと昨日は最悪だったな」


「あぁ。流石にちょっとキレそうになったな」


 出勤して報告書をまとめながら、梶原と加藤は昨日のことを話す。


「加藤がキレそうになるって珍しいよな。俺はもともと気が長い方じゃないから、あぁいうのを見るとイライラして我慢できなくなるんだけど」


「俺もあんまり気が長い方ではないよ。これに懲りてもうあぁいうことはしなくなる事を願おう」


「そうだと良いけどなぁ」


 そんなやり取りをしていると、一本の電話が入った。課長の高田が取り、電話のやり取りをする際中、少しずつ表情が険しくなっていく。


 電話が終わり、内容までは聞き取れなかった梶原は、気になり高田に声をかけた。


「なんだか様子がおかしかったですけど、何の電話だったんですか?」


「梶原君と加藤君。昨日依頼してきた山岸太一さんなんだけど、また心霊スポット行って霊に憑かれたらしい」



 絶句する梶原と加藤。梶原は顔が引きつり、加藤は自分のデスクで肘をつき、頭を抱えた。


「加藤さん。懲りてないみたいです」


「そうみたいだな」


 その時近くを木下が通りかかり、頭を抱える加藤に心配そうに声をかけた。


「加藤さんどうしたんですか? 何かあったんなら僕に手伝えることならしますけど……」


 顔を上げ、木下を見て少し考える加藤。


「木下、お前腹筋鍛えてたりするか?」


 木下は大原の問いに、なんでそんなことを聞くんだろうと、不思議そうな顔をして答える。


「はい。野球やってて今でもたまに社会人の草野球に参加してたり、エアガンで遊ぶサバイバルゲームっていうものもやってて体は鍛えてますし、腹筋もそれなりにはあると思いますけど?」


「スマンじゃあちょっとストレス発散に付き合ってくれ」


 加藤は立ち上がり、木下の前に立った。


「はい俺に出来ることなら良いですよって……ぐぇっ!!」


 加藤は木下の腹に向かって右フックを放っていた。


「ちょっ待っ……確かに良いって言ったけど」


「せいっ!」


「ぐぇあっ……加藤さんこれ流石にパワハラですよ。ぐぇあっ!」


 その姿を見て梶原は高田に話しかける。


「高田課長、俺も良いですかね?」


「いや良くないよ。なんでナチュラルに上司殴ろうとしてるの? いや気持ちはわかるけどね?

 昨日の時点ですごくイライラしてたの知ってるし、それでコレだからね? 加藤君もやめてあげなさい」


 加藤は高田から声をかけられるも耳に入っていないようで、木下を殴るのをやめる気配がない。


「高田課長も体鍛えてますよね?」


「いや鍛えてるよ? 鍛えてるし、多少自身もあるけど、ソレと上司殴るの関係なくない?」


「スミマセン俺もう我慢出来そうにないです」


「女の子から言われたかったなぁ! そのセリフ!」


 梶原を静止めるのを諦め、スーツのジャケットを脱ぎ始める高田。


「しょうがないから付き合ってあげるよ! さぁ来なさい! 私が日頃から鍛え上げたこの肉体、そう簡単に音を上げたりはしないから!」


「オラァッ!!」


「ぐっ」


 容赦なく高田の腹を殴る梶原。腹筋に力を入れ、耐える高田。


「良いパンチ持ってるじゃない梶原君。でもこれくらいで倒れる私じゃないよ?」


 せいっ! オラァッ!という声が響き渡り、不可視物管理課の事務所に残っている職員は、そこで繰り広げられている光景を見て首を傾げる。


「佐々木さん。なんでしょうかアレは?」


 加藤に殴られる木下を見ながら、佐々木に問いかける根本。


「さぁ?」


 その問いに答えられるはずもなく、端的に返事を返す佐々木。


「何か楽しそうなんで私も混ぜて貰ってきますっ!」


「えぇ……」


 止める間もなくかけていく根本を、佐々木は見ているしかなかった。


「か、加藤さん……さすがにもうやめてください」


 音をあげる木下に、根本が割って入ってきた。


「ほら、木下はもう駄目みたい。可哀そうだしこれで終わりにしなよ!」


 殴られ続ける木下を不憫に思ったのか、止めにきた根本に即答する加藤。


「スマン。怒りに我を忘れてしまって」


「もうダメだろ加藤! こんな可愛い子を殴っちゃ!」


「ありがとうございます根本さん……」


 加藤のフックが止まり、一安心しつつも殴られたことを不服そうにする木下。


「スマン我慢できなかった」


 我に返り申し訳なさそうにする加藤に、それでも機嫌が治らない木下。


「僕だったら殴って良いっていう理由にはなっていません」


 そのやり取りを見ていた根本が口を挟む。


「おーよしよし痛かったね木下! お姉さんが慰めてあげよう!」


 根本が木下を抱きしめ自分の胸に顔をうずめさせる。驚いた木下は何とか抵抗を試みるが、加藤に貰ったボディブローが効いているのか、根元のされるがままに近い状態になってしまう。


「ね、根本さん胸、胸があたってます!」


「あててるの。もっとぎゅーってしてあげるからね」


 抗議するも受け入れてもらえない木下は、諦めて抱きしめられることを受け入れた。


「加藤! やるなら私にデコピンならぬ乳ピンするとかにしときなさい!」


 妙な提案をしてくる根本に、加藤は呆れたように答える。


「女の子がそんな事させようとしない。それに俺はもう木下の体で満足したから」


「その言い方妙な意味に聞こえるんでやめてください加藤さん!」


 むぅとむくれる根本と、焦って声を荒げる木下。


「じゃあ根本君の胸は私がチチピンしよう!」


 横で殴られ続けていた高田が反応し、提案してくる。


「課長は嫌です。セクハラで報告しますよ?」


「なんで私は駄目なの!?」


 そのやり取りを見ていた梶原は、高田の腹を殴るのをやめ、今日取り組むことになる案件の詳細を求めた。


「それで今日も、太一さんの所に行けば良いんですか?」


「あぁそうなんだよ。ただ今日は取り憑かれた友達があと四人いるらしい」


 一瞬その場の空気が凍った。


「増えとるやないかいっ!」


「なんで関西弁!?」


 怒りに任せて高田をビンタした梶原。頬に手をあて、涙目になりながらあまりにもな扱いにさすがに抗議する高田。


「いい加減、私も怒るよ!? いくら何でも上司にこの扱いはないでしょう?」


「スミマセンついノリで……」


 その場のノリで行動してしまった梶原は素直に謝罪を述べる。


「じゃあ流石に五人を一組で回るのは無理だから、二組に分かれて当たってもらおう。ちょうど木下君と根本君は今抱えている案件はないはずだから、もともと昨日から当たっていて事情を知っている梶原君と加藤君は別々に行動するとして、加藤君と木下君、梶原君と根本君の組み合わせで頼むよ」


 話がまとまりそれぞれが現場に向かう準備を始める中、根本は何もしてもらえなかったことに不満を募らせる。


「うぅー結局誰も私には何もしないんですねぇ」


「だから安易に男にそういう事させようとするな根本。ここ職場だぞ?」


 まだ諦めない根本を諭す加藤。そして通り過ぎる際に根本の肩を叩き、耳元でささやいた。


「そんな事ばかり言ってると躾するぞ?」


 通り過ぎ、木下と一緒に出ていく加藤を見つめながら、根本ははぁはぁと息を荒くしていた。


「俺らも出発するぞ根本」


 梶原に声をかけられはっと我に返る根本。


「ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃってた」


「お前何かいつも興奮してね?」


 そして梶原達も準備を終え、大学生達のもとに向かった。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「もうこの際霊が憑いてる大学生、全員一か所に集められればいいのにね」


「そうだな。ただ甲種を複数体一気に相手にするかもしれない可能性は、出来るだけ排除しておかないとな」


 甲種はカメラで撮り封印する際に少し時間がかかるため、複数相手にするときは気をつけなければならない。一体を相手にしている間に、他の甲種に襲われる恐れがあるからだ。


 だから一件ずつ回るしかなく、それ故に手間がかかる。


 加藤と木下は太一の所ともう一件の合計二件。梶原と根本は三件回る予定になっていた。

 話ながら公用車で現場に向かい、一件目の大学生の家に着き、様子を見ることから始まった。


 太一の友達に憑いていた霊は、昨日太一に憑いていた霊と同じく呼びかけても反応はなく、業務用スマートフォンで写真を撮り、封印用SDカードに封じるに至った。


 太一の友達の大学生は、類は友を呼ぶというような理由からかノリが軽く、根本にナンパまがいの事をしてきた。


「お姉さん可愛いっすね。良かったら連絡先とか教えてくれないですか?」


「あらありがと! でも仕事中だしそういうのはお断り。まぁ仕事中じゃなくてもお断りだけど!」


 眼鏡をくいっと上げながらキッパリ断る根本。その光景を見て梶原は正直少し驚いていた。普段の根本の行動を見ていると、こういう事は断りそうにないと思っていたのだ。


 公用車で次の現場に向かう際中、梶原は根本に話しかけた。


「ちょっと意外だったよさっきの。てっきり連絡先教えるのかと思った」


「いや別に年下は嫌いじゃないけどね。私誰にでも気を許すわけではないし、気を許してない人にHなことしたりされたりしたいわけでは無いから」



「そうなの!?」


 予想外の返答に驚く梶原。


「いや驚き過ぎでしょ。私のこと何だと思ってるの」


「誰にでもエロいことする痴女……」


「梶原オブラートって言葉知ってる?」


 根本の意外とまともな価値観を聞きつつ、車中で話は進む。


「たまたま課の男性陣は私好みの人が多いだけだからねー。あっ課長と加藤は別」


「そうなのか? 理由は?」


「課長は遊んでそうだし軽そうだからヤダ。加藤は見た目も性格も悪くないんだけど、何か直観的にというか、私と同じものを狙ってるようなというか……なんていうか女の勘でダメ」


「あれ? でもお前加藤に何か言われて興奮してなかった?」


「ま、まぁそれは私の性癖をついた加藤がしてきたからでその……」

 ゴニョゴニョと声が小さくなる根本。

 高田のことが嫌な理由はわかった。だが恐らく話を聞く限りでは、根本は加藤がバイだということを知らないようだ。それでも本能的な何かで感じ取っているらしい。


「俺お前のこと誤解してた。なんか少しホッとしたよ」



「んー解ってもらえて何より!」



 顔を綻ばせる梶原に、笑顔を向ける根本。


「あと梶原も私好みなんですぜ? 顔とか性格とかさ!」


 不意打ちの言葉に、梶原はどう反応して良いかわからなくなる。


「そ、そーかよ!」


 照れて根本の顔をまともに見れなくなり、プイっとそっぽを向く梶原。根本はその仕草を見て満足そうに微笑んだ。


「そういう所じゃよ」


 そこでそのやり取りは終わり、二人は次の現場に向かった。

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