第15話

 梶原と木下は一人目の大学生の対処を終え、公用車で山岸太一のもとへ向かっていた。


「山岸太一って子は、昨日も霊に憑かれたってことで依頼があったんですよね? なんでまた同じこと繰り返しちゃったんでしょう?」


「わからない。何か理由があるのか、何も考えていないのか……何か理由があって欲しいというか、頼むから何か理由があると言ってくれ!」


 木下の質問に答えながら、お願いごとをするようなポーズをとる加藤。


「ホント今の若者が、何の理由もなくこんな事繰り返す馬鹿だとは思いたくないよ……」



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「いやぁ……今回はイケるかなと思って!」


「いや何でイケると思ったんですか太一さん……」


 太一の借りているアパートに着き、どうしてまた霊にちょっかいを出しに行ったのかという問いを投げかけたところ、そんな答えが返ってきた。その答えに片手で自分の両目を覆い、勘弁してくれという様子で話を聞く加藤。


「これ何も考えてなかったパターンですかね……」


 加藤の耳元で呟く木下。すぐにスマートフォンで太一の周囲を確認し、霊判アプリで霊の種類の確認をする。霊判アプリで映し出された結色は赤。甲種で間違いなさそうだった。


 今回憑いているのは中年の男性の霊で、太一を凄い形相で睨みつけていた。


「何か今日ちょっと体調が悪いんすよねー。肩が重いというか」


「まずい」


 明らかに霊の影響を受けてきている。昨日の霊とは違い、太一にすぐに影響が出ていた。このままでは太一はどんどん衰弱していき、最悪は死に至る可能性もある。そのことから即座に対処する用意をする大原。


「木下、SDカードのストックはもう最後だったか?」


「そうですね。最後の一つです」


 昨日から封印を繰り返していたため、封印用SDカードのストックも底をつきかけていた。


「太一さん。ホントにもうこれっきりにしてください。私達にも対処しきれないこともあるので」


「はーい!」


 本当にわかっているのかどうか不安になるような返事を返す太一。それでも処理は終わり、加藤達は不可視物管理課に戻ることになった。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 不可視物管理課の事務所に戻った加藤は焦っていた。

 自分の業務用スマートフォンが見当たらないのだ。太一の家を出る際に、ポケットに入れたはずだったが、実際に手元にはないのが現状だ。


「加藤君。やっぱり見つからない?」


「はい。乗ってきた公用車も確認しましたが、見つかりませんでした。私個人の携帯を使って着信音を鳴らしてみることも試しましたが、音も聞こえないので、近くにはないみたいです。依頼者の太一さんの所にも連絡してみましたが、電話に出なくて……」


 高田に業務用スマートフォンの所在を聞かれ、答えを返す加藤。特殊な用途で使う業務用専用端末を紛失したとなれば一大事だ。しかも自分の不注意でだ。


「近くにないってことが分かれば、逆に探しようはあるよ。GPSを使って、加藤君の業務用端末が今どこにあるのかを絞り込もう。少し時間がかかるから待っててね」


「申し訳ございません。お願いします」


 GPS(Global Positioning System)は全地球測位システムの略語で、人工衛星からの電波で現在地を測り知る装置だ。通常のスマートフォンには常設されている機能で、業務用端末にも当然搭載されている。この機能を使って、別の端末から大原の端末の現在位置を絞り込む。


 自分のデスクで頭を抱え、落ち込む加藤。不可視物管理課に配属されて今回までに、こんなミスをしたことは一度もなかった。仕事に対して真面目過ぎるところがある加藤は、自分の犯したミスに必要以上に責任を感じてしまっていた。


(分かっている。必要以上に落ち込んでも意味はない。今後どうするか対策を立てて、このことは考え過ぎないようにするしかない。頭では分かっている。分かっているはずだ)


 自分自信の性格を分かっている加藤は、気にし過ぎないようにしろと自分に言い聞かせる。だがそれは頭では分かっていることでも、なかなかすぐに切り替えるということが出来なかった。


「大原さん、大丈夫です。GPS使ってすぐに見つかりますよ」


「そうですよー。そんなに落ち込まないでください」


 落ち込む加藤に声をかける木下と根本。根本は少し前に梶原と一緒に事務所に戻ってきていた。

 二人の気づかいに、少し無理をして笑顔を作る。


「二人ともありがとう。それでも俺のミスであることに変わりはないから、今後はこういう事が起こらない様にどうするか、対策を考えておくよ」


 加藤の様子を見て心配そうな顔をする根本と木下。そのやり取りを見ていた梶原が、加藤に声をかけた。


「加藤。月並みの言葉だけど、仕事での失敗は仕事で取り返すしかないよ」


「そう……かもしれないな」


 少し間をあけて、加藤は答えた。仕事の失敗は仕事で取り返す。もともとが真面目な性格の加藤には、ここで励まされるよりも、返ってその言葉の方がしっくりと来た。梶原も付き合い自体はあまり長くないが、加藤のその性格を理解しており、その言葉を選んで伝えたようだった。


 そしてそのやり取りが終わるころ、高田が加藤に声をかけた。


「加藤君場所が分かったよ! なんだか高円寺にあるトンネルの近くで、今も移動中みたいなんだけど……」


「今も移動してる……? 確かその場所はっ!?」


 山岸太一の案件に関わった者達は心当たりがあった。そこは太一達大学生が行った心霊スポットだ。


 そこで加藤は思い出す。太一に通常のスマートフォンではなく、業務用端末でしか霊の対処は出来ないとを伝えたこと。現在太一に電話は繋がらない。そして考える。太一は本当に何の目的もなく、ただの興味本位で二回にも渡って同じ心霊スポットに行き、霊に憑かれてきたのかということ。


「本当に迂闊だな俺は」


(太一さんが俺の業務用端末を持っていると仮定する。そうすると、業務用端末を使って行いたいことは霊の除去。それで一人で心霊スポットに向かったという事になればまずい)


「課長! 山岸太一さんが俺の業務用端末を持っている可能性が高いです。そうすると恐らく、そのまま自分で霊の除去をしようとするため、かなりまずい状況になります」


 焦る加藤は早口で今の状況を高田に伝える。


「それが本当だとするとかなりマズイね。業務用端末は個人用として振り分けられてロックされてるから、虹彩認証しないとまず使えないし、認証したとしても、確か今SDカードがないよね?」


 高田の問いには木下が答えた。


「はい。ただ明日には新しいものと、供養が終わった物がいくつか同時に届く予定です」


「明日じゃ間に合わない。今すぐに出ます課長! 場合によっては権限も行使します。梶原! 一緒に来てくれるか?」


「もちろん! しょうがないので最後まで付き合いますよっと!」


 加藤と梶原は急いで身支度を始める。


「加藤! 私達も着いていきましょうか?」


 心配した根本が提案するが加藤はコレを断った。


「いや。気持ちはありがたいけど、SDカードも切れている状態だと二次被害が拡大する恐れがあるから、根本達はここで待機していてくれ。何かあれば俺か梶原が連絡するから」


「わかりまった……」


 心配そうな顔をする根本に、加藤は微笑む。


「大丈夫だ。失敗を、取り返してくる」


「……はい!」


「GPSの位置情報は送っておくから、くれぐれも無理はしないようにね!」


 最後に高田に声をかけられ、車に乗り込んだ大原と梶原は出発した。


 運転席に座っている梶原に加藤は話しかける。


「梶原、お前運転得意だったよな? 捕まらない程度に飛ばして、オートドライブより早めに到着させることって出来るか?」


「任せとけ!」


 梶原はニッと笑い、アクセルを踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る