第8話
翌日、父親である稔が亡くなったとの知らせを聞き、梶原達は病室に集まっていた。
「この度はご愁傷様です」
お悔やみの言葉を述べて山下親子に挨拶をする梶原。病室には顔に白い布をかけられた稔、病院の医師と看護師が一人づつと、梶原、加藤、相馬。母親である山下明菜と娘の明保がそろっていた。
明菜は目に涙を浮かべており、ハンカチで口元を抑えている。明保は泣いてはおらず、唇を噛みしめているようだった。
「ご主人様の声を聞かれるということでしたが、どうされますか? まだ、声を聞くのは間に合いますが」
「まだ……主人はここに?」
「えぇ」
梶原は稔の霊がまだここにいることを伝え、声を聞くかどうかの返答を問うた。するとその質問には、娘の明保が答えた。
「聞かせてください」
「わかりました」
頷き、承諾する梶原。事前に話していたようで、病室にいた医師と看護師に合図を送り、席を外してもらう。
「では私よりも適任がいますので、そちらの職員を紹介します」
梶原が霊の声を伝えるものだと思っていた山下親子は首を傾げ、疑問符を頭に浮かべる。梶原は病室の前で待機していた者を招き入れ、山下親子に紹介した。
「はじめまして。不可視物管理課の船越令といいます。今回は私が稔さんの声をお届けします」
挨拶を交わし、霊である稔の声を届ける儀式がはじまった。
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船越は首にチョーカー型のウェアラブル端末を身に着けており、そのウェアラブル端末の首元に着いていたボタンを押した。
「音声認証。船越令」
『認証確認』
電子音声が流れ、ウェアラブル端末が点滅する。
「権限行使、流」
『行使を承認します』
船越は先日、梶原が使ったのと同じ権限を行使した。だがこれは、梶原が使う権限の行使とは質が違う。
梶原や、他の職員が使う『流』の権限は、一時的に体に霊を流し込み取り付かせ、その間に何らかの対処を行うものだ。
行使者の身体の安全のため、完全に霊を体に同化させないように安全装置が着いており、一定時間で強制的に体から分離させるようになっている。そもそも霊が体に完全に同化することなど特異体質でない限り殆んどないのだが、万が一の為に機能が付いている。そして霊の考えや想いをその身で感じることが出来るというものだ。
だが霊媒体質である船越が使用する『流』の権限は、安全装置の同化させない機能を完全に無視する。
要は霊を自分の体に完全に憑依させ、使わせるのだ。もちろんこれにはリスクを伴う。憑依した霊が甲種、悪意のある霊だった場合、船越の体は乗っ取られてしまうこともなるのだ。
だが今回は霊の様子を見る限りその心配はないという判断をしていた。万が一の時は対処できるように梶原、加藤、相馬が待機している。
船越が閉じていた目をあけ、口を開いた。
「明菜、明保」
女性の声とは思えない、低い声だった。
「あなた……?」
「父……さん?」
明菜と明保は目を見開いて問いかける。声が父親の稔そっくりだったのだ。
「許してもらおうとは思ってないんだ」
稔は語り始める。
「後悔はしているし、その償いはするつもりでいた。明菜に金は受け取ってもらえなかったが、いつか渡すつもりで金は貯めておいた」
その時、明保が口を開いた。
「当然だよ。許すつもりなんてない」
「あぁ。わかってる」
涙ぐみながら言う明保に、答える稔。
「それでもな、信じてもらえないかもしれないけど。俺はお前たちを愛してる」
「―っ」
稔の言葉に息をのむ明保。
「じゃあもうちょっと粘って生き延びてよ。早すぎるわよ死ぬの」
疑問符を頭に浮かべる稔。
「せっかくお金残してくれたのに、口座凍結されちゃったら手続き面倒じゃない」
「そんな理由!?」
横で聞いていて思わず声を出してしまった相馬に、加藤がしーっと唇に指を立てて諫める。
「ふふっ」
それを聞いて笑いだす稔。
「強い子に育ってくれていて良かった」
涙目で睨みつけたままの明保を微笑みながら見つめ、稔は話しだす。
「明保、学園祭の劇。最高に可愛かった」
「―っ!」
明保が唇を噛みしめる。明保は高校の学園祭で劇の主役を務めた。王子様とお姫様が出てくる、王道な物語の劇で、お姫様役を務めたのだ。父親が見に来ていたことは知らなかった。
「明菜もすまなかった。」
こくりと頷く母親の明菜。
「これで心置きなく逝けそうだよ。あなた達には感謝する」
梶原達にもお礼を言う稔。
「じゃあな。明菜、明保」
最後の挨拶をし、稔は船越の体から抜けていった。
どうやら未練が無くなり、成仏したようだった。最後にしてはあっけなく、短いやり取り。これが正真正銘最後の、山下親子の会話になった。
その時、明保が声を上げて泣き出した。
「うぇえええん。お父さぁあああああああああん」
堪えられなくなっていたようで、堰を切ったように涙が流れ出す。
明保は父親がいなくなった時のことを思い出していた。
小学生高学年の頃まで、父親のことが大好きだった。でも父親はある日突然家からいなくなった。母親から話を聞かされ、最初は信じられなかった。
ただ母親が傷ついていることがわかり、母親を励ましながら生きていくことを決めた。
それでも父親のことが嫌いになれなかった。だが、それは母親に対する裏切りのように感じられた。
母親がこれだけ傷つけられているのに、父親がこれだけ母親を傷つけたのに、母親は一人で自分のことを育ててくれているのに、それでも父親のことが嫌いになれないだなんて。
そんなことを母親に知られてしまったら、母親は悲しんでしまうのではないかと思った。
だから自分に言い聞かせた。父親のことを嫌いになるんだと。
何年かそう思い続けると、不思議と本当に嫌いになっていくような気がした。自分は出て行った父親のことが嫌いなんだと思えるようになった。
だが思い出してしまった。父親のことが大好きだったこと。そして知ってしまった。父親は出て行った後も自分たちのことを愛してくれていたこと。
その思いが激流のようにあふれ出し、人目もはばからず涙を流してしまっている。
「ひっぐ。うぅ」
母親の明菜に抱きしめられながら嗚咽を漏らす明保を、そっとしておこうと不可視物管理課の面々は病室を後にする。
加藤と相馬は病院の関係者に報告してくるということで、受付に向かった。
梶原は船越に付き添い、落ち着くのを待っていた。
船越は流れ出る涙を手で拭いながら、梶原に話しだす。
「お父さんの霊が私の体に入ってきた時、気持ちも一緒に流れ込んできたの。ホントに後悔していたみたい」
「そうなんてすね……」
「でもそれと同じくらい、娘さんのことを愛してたいみたい。だからね、その時の想いがまだ離れなくて、涙が止まらないの」
「はい……」
「ごめんね梶原君。少しだけ肩を貸して」
「はい……」
船越は梶原の肩に顔をうずめながら、泣き出した。
「うぅ……ぐすっ」
梶原は何も言わず、船越が泣き止むのを待った。
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船越が泣き止んだ後、加藤と相馬が合流し、山下親子に挨拶をして不可視物管理課に戻ることにした。
先に船越と相馬が事務所に戻り報告、梶原と加藤が病院に残り最後の事務手続きをすることになった。
受付の近くのベンチに座りながら、梶原と加藤は話をする。
「不可視物管理課に来てからさ。たまにこういうのに出くわすよな」
「あぁ」
加藤は梶原の問いかけに短く返す。
「こういうのに出くわすとさ、せめて生きてる間は、楽しく過ごしていたいって思うよ」
「そうだな」
「そういえばここの病院の看護師に声かけるって言ってたけど、まだかけてないよな。生きてる間に楽しむってことで女性陣もいないことだし、今声かけてみれば?」
「そうする事にするか」
不謹慎な二人組は、昨日病院に来た際に立てていた計画を実行に移すことにした。
さっそく狙いを定めて歩いていた看護師に声をかける加藤。だがそこにはおかしいことがあった。声をかけた看護師は男性だったのだ。
「えっ? あいつ何で男に声かけてるの?」
しばらくすると話し終えたようで、加藤は梶原のもとに戻ってきた。
「連絡先聞くことに成功したよ」
「何でお前男に連絡先とか聞いてるの?」
訳がわからないというように梶原は首をかしげる。
「好みのタイプだったからな」
「え?」
一瞬聞こえた言葉の意味を理解できずにフリーズする梶原。好みのタイプ? 男が?
しばらく考え込み、ようやくその答えにいたる。
「お前ゲイなの!?」
「いや? バイだが」
ちなみにゲイは同性愛者、バイは両性愛者のことだ。
「両刀使いかよぉ……お前との付き合い方考えないといけなくなるじゃんかよぉ……」
「大丈夫だ梶原。お前は俺の好みのタイプではないし、職場で恋愛とかはしないと思うから……多分」
「断言しろよぉ……怖えよ」
目を両手で覆い、うなだれる梶原。それ以来、梶原は加藤と少し距離を置いた接し方をするようになった。
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