人形
第17話
「もうかなり古いものだし、今となっては誰も手入れすることもなくなったし、もう処分してもいいんじゃない?」
古い日本家屋の中でその会話はされていた。その中心には一つの日本人形が置かれている。
「待ってくれよ。この人形って婆ちゃんが大事にしていたものだよな? それにこの人形には霊が憑いてるみたいなんだ……最近スマホのカメラにも写ったし……」
「ならそんな気味の悪いものなおさら処分した方が良いじゃない。そうだ。今は役所にそういう部署もあるんだし、そこに様子を見に来て貰ってから決めましょうよ」
40代くらいの女性と、20代前半に見える男性はその人形の処遇を決めかねているようだった。
「何かあって祟られることもあるかもしれない。あんまり迷信じみたことは信じていないけど、霊をスマホ越しに何度か見たときに、ちょっと怖いっていうか……何か嫌な感じがするような気がしたんだ。すぐ処分するのは少し怖いな。少し前に役所にそういう部署が出来たらしいから、連絡してみようか」
こうして不可視物管理課に依頼の連絡が一つ入った。
――――――――――――――――――――
「人形……ですか」
「うんそうなんだ。何だか故人の持ち物だった人形の近くから霊が離れないらしくて、調査してほしいって依頼なんだ」
不可視物管理課の事務所で高田と梶原が二人で話していた。高田は依頼の内容を梶原に伝えており、梶原が担当する案件になるようだ。
「今回は相馬君と二人であたってね梶原君」
「わかりました。ってあれ?」
高田に言われ、梶原は今回パートナーになるはずの相馬を探すが周りに見当たらない。
「ところで肝心の相馬は今どこに?」
「アレ? さっきまで近くにいたはずなんだけどな……」
一緒になって相馬を探す二人。するとデスクの影から服が少し出ているのを梶原が見つけた。
「何やってるんだ相馬……」
デスクの影に隠れていた相馬を発見した梶原は呆れたような声を出す。
「ひっ、いっいや実は私ですね。人形とかそういうの苦手で」
どうやら今回の依頼の内容を聞いて隠れていたらしい。
「それはまたどうして苦手なんだい?」
高田は疑問符を浮かべながら相馬にその理由を聞く。
「いやぁ……ちっちゃい頃に人形が出てくる古いホラー映画を見てトラウマになりまして、それ以来人形って怖くてしょうがなくなっちゃったんですよ」
「今もちっちゃいけどな?」
「うるさいですよ梶原さん! とにかくそういうことで絶対怖くてまともに動けなくて、足手まといになると思うので、今回は私を別の案件に回してください!」
「何だか可愛い理由だし、出来れば別のところに回してあげたいんだけど、実は今空いてるの梶原君と相馬君だけなんだ。仕事だから割りきって、今回は頑張って二人でこなしてね?」
少し困ったように仕事を言い渡す高田。
「そんな~」
項垂れる相馬の肩に、諦めろというようにポンと手を置く梶原。
「じゃあせめて前みたいに頭撫でてください梶原さん。そしたら頑張れる気がするんで」
「……え? それで頑張れるの? まぁお前がそれで良いなら良いけど」
相馬の頭を撫でようとする梶原。そのやり取りを見ていた人物が、その話に割って入ってきた。
「ずるい! 最近私梶原君と組めてない! 私も組みたい! 頭も撫でてもらいたい!」
いきなりの乱入者にふぅとため息を漏らす梶原。
「船越さんも今抱えてる仕事あるんでしょ? 今度組んであげますから今回は我慢してください」
「……はぁい」
しゅんとなる船越にどっちが年上なんだかと思わず微笑んでしまう梶原。
「うん! 梶原君にパートナーを選出する権限が無いことはこの際置いといて、船越君。私が変わりに慰めてあげよう!」
高田が落ち込んでいる船越を慰めようとすかさずフォローに入る。
「あっいえ次の仕事に行くのですぐ出ます!」
「そっか! 行ってらっしゃい!!」
だが即答で断られ、逆に清々しささえ感じた高田。船越はその後すぐに事務所から出て行った。
そして梶原は相馬に服の裾を引っ張られた。
「梶原さん早く」
一連のやり取りで頭を撫でることになっていたことを忘れていた梶原。思い出したように相馬の頭に手を伸ばし撫で始めた。
「はいはいわかったわかった」
「ふぅうう」
気持ちよさそうに頭を撫でられる相馬。高田はその光景を「僕も撫でたいなぁ」と呟きながら羨ましそうに見ていた。
「今回の案件なんとか頑張れそうか?」
「はい……あっヤバいこの撫でテクやっぱ凄いな。これは落ち着く」
丁寧に頭を撫でる梶原。しばらく撫で続ける。
「相馬」
「はい?」
「そろそろ仕事はじめないか?」
「はっ!?」
うっとりしながら頭を撫でられていた相馬は、時間を忘れていたようで、ようやく仕事の準備に取り掛かった。
――――――――――――――――――――
公用車をオートドライブで走らせながらで現場に向かう梶原と相馬。車中で相馬が昔見たという映画について話しだした。
「相馬が昔見たホラー映画ってどんなのだったんだ?」
「うぅ……あんまり思い出したくないんですが、親がそういうのにその時ハマってて、洋画で人形に殺人鬼の魂が宿って次々と人を殺していくっていうヤツと、あと邦画で部落差別があった村で作り上げられた人形が色んな人の所を回り、呪いを振りまいていくっていうヤツでした……」
「おぉ……結構本格的に怖そうだ……実は俺ホラー映画とかたまに見るんだけど、結構そういうの好きかも」
「えぇそうなんですか!? 私はもうトラウマになってホラーとか、特にそういう人形が関わっているのとか絶対見なくなったんですよ」
身震いしながら自分の肩を抱く相馬に、梶原は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「都市伝説とかもたまにネットに落ちているのとか見るんだけどな、例えば……」
「いやーやめて! だからそういうの苦手だって言ってるじゃないですか!」
「いやぁ相馬の反応が面白くて……」
オートドライブで運転しなくて良いのを良いことに、梶原はわざと相馬に近づいて、耳元で話した。
「若い美男美女のカップルからある日子供が生まれたんだそうだ。ところがその子供がな……」
「やだ聞かない! っていうかソレみみもとで話されたら別の意味でゾクゾクするから辞めてください! こらっ!」
耳を赤くしつつ、梶原の顔を手で押しのける相馬。そうこうしているうちに、車が依頼者の所に到着した。
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