第16話
例のトンネルに着いた加藤と梶原は、近くに車を止め、GPSで発信されていた場所を探した。位置情報は梶原の業務用スマートフォンと、タブレットにも送信されている。
「加藤アレ!」
梶原が加藤に声をかけ、指をさす。あたりが暗くなり始めているため、少し見つけるのに戸惑ったが、太一らしき人物をを見つけた。
「太一さん!」
加藤が声を上げ、太一に駆け寄る。振り向いた太一は、顔が青白くなっており、はた目にも普通の状態ではなさそうだった。加藤の呼びかけに答える素振りはない。何度も霊に憑かれたことにより、衰弱してきているのだろうと予想できた。手には加藤の業務用端末スマートフォンが握られていた。
「梶原、太一さんはどうなってる?」
「あぁ。霊に憑かれてる。女性の霊でピッタリと背中にくっついていて、今霊判アプリを使っているが、やはり甲種だ。あと周りにも霊がいる」
「やっぱりそうか……じゃあやるぞ?」
「ホントに良いんだな? わかった」
事前にスーツのジャケットをを脱いでいた加藤は、自分の左腕に付けられている時計型ウェアラブル端末を操作し、響くように声を出す。
「音声認証。加藤隆史」
『認証確認』
電子音声が流れ、権限を行使するためのロックを解除する加藤。
「加藤! タブレットで確保できた。太一さんは気を失っているけど、いつでも行ける!」
「了解! 権限行使、流」
『行使を承認します』
タブレットで写真を撮り、そこに留められていた霊を自分の体に移す大原。その瞬間霊の感情が流れ込んできた。
『辛い悲しい寂しい仲間が欲しい一緒に死んでいてくれる仲間が欲しい辛い悲しい寂しい仲間が欲しい一緒に死んでいてくれる仲間が欲しい辛い悲しい寂しい仲間が欲しい一緒に死んでいてくれる仲間が欲しい辛い悲しい寂しい仲間が欲しい一緒に死んでいてくれる仲間が欲しい』
「ぐっ!」
うめき声を上げる加藤。それでもそれに耐えながら、ズボンのポケットからビニール袋に入った塩を取り出し、自分に浴びせかけた。
「ぐぁあっ!」
以前、梶原は自分に霊を移した時に、スマートフォンに録音されていたお経を流し、霊を弱らせ止めをさしたが、清められた塩でも同じ効果が得られる。
清められた塩の方が即効性があり、霊が体に入っている状態だと素早く霊を弱らせることが出来る。だが良いことばかりではない。塩の方が体にかかる負担、痛みが激しいのだ。
今回は周りにも甲種がいる可能性が高かったため、即効性のある清められた塩を使ったが、その分加藤が受けている痛みは、以前梶原が甲種を除去する時に受けた痛みよりも、激しいものになっていた。
「はぁっはぁっ……権限行使、撃!」
『行使を承認します』
電子音声が流れた次の瞬間、胸ポケットに入っていた別の端末から加藤の体に電撃が走る。そしてその後、大原の体から霊が消えていった。
「くぅっ……よし……ひとまず太一さんに憑いてた奴はどうにかなったぞ梶原」
「お疲れ様! さて、お疲れのところ申しわけないんだが、ここからすぐに離れないと……あと大原さんの端末返しとく!」
加藤が霊の処理を終え、端末を手渡しながら次の行動をどうするかを相談する二人。加藤はかなり体がきついはずだが、霊が多いこの場所に留まるのはマズイと判断した。梶原が意識がなくなっている太一を背負い、その場から後退しようとする。
その時、太一が目を覚ました。
「アレ? あんた達なんでここに? あっ! 俺男におんぶされる趣味ないんで降りますわ」
こっちの気も知らずに勝手なことを言いながら梶原の背中から降りる太一に、内心イラっとする梶原だったが、今はそんな事言っている場合ではない。
「言いたいことは色々あるけど、全部後で話す!」
そのやり取りを加藤の声が遮った。
「梶原! タブレットで周囲を見てみろ!」
自分のスマートフォンを片手に周りを見ていた加藤が、大声で叫ぶ。その指示に従いタブレットで広範囲を見渡した。
「霊の集団全部が、こっちに少しずつ近づいてきてる……」
タブレットで補足できただけでもおよそ数は三十体ほど。その全部が、今梶原達の所に向けて少しづつではあるが近づいて来ていた。
「念のため聞いておきたいんだけど、霊判アプリで見てみたらどう判別される?」
「全部真っ赤っかっすね」
「だよなー」
もしかすると甲種ではない霊も混じっているのではないかという希望を持った大原だったが、少なくともこの心霊スポットにいる霊達は全て甲種だったらしい。
「さっき一体を体に移してみて分かったんだが、こいつらはいつでも自分達と一緒に死んでくれる者を欲しているみたいだ。恐らく最初にこの場所がこうなる何かのきっかけがあったんだろうけど、そこまでは分からなかった。それで今、弱っている太一さんを格好の獲物だと思って寄ってきているんだ」
「……」
太一はその話を聞いて無言でタブレット越しに見える霊の集団を睨みつけていた。
その様子を見て、やはりこんなことをする理由が何かあるのだと感じた大原は、話を進めた。
「とりあえずはここから離れよう。ただし、俺も太一さんも弱っているし、霊の数も多い。動きが遅いとはいえ確実に逃げられるように、念のため権限使ってもらって良いか梶原?」
「了解!」
梶原は自分の腕時計型ウェアラブル端末の、ベゼルを回して操作し、叫んだ。
「音声認証。梶原御影」
『認証確認』
そして一言、加藤達に声をかける。
「目を閉じていてくださいね。二人とも!」
そしてもう一度叫ぶ。
「権限行使、散!《さん》」
次の瞬間、梶原のスマートフォンが強烈な光を発し、その光に目が眩んだらしい霊達は、動きを止めた。
「目がっ! 目がぁああああああああああああああああああああ!!」
目を閉じていろという忠告を無視したらしい太一は、その閃光で一時的に目をやられてしまったようだった。
「だから目を閉じてって言ったじゃないか……」
「もうこうなってしまったらしょうがない梶原。目が痛いのと見えないのは一時的なものでしばらくしたら治るし、おぶっていこう」
しぶしぶ太一を背負う梶原。目が目がと背中で言い続ける太一に、うるさいと一言叱責しながら、公用車に乗せた。
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「で、何でまたこういう事をしたんだ太一さん?」
オートドライブで車を走らせながら、太一の話を聞く加藤達。目も治ったようで、加藤の問いに少しの間黙ったままだった太一は、降参したというように、少し言いにくそうにしながらも口を開いた。
「親が少し前あそこで事故ったんです」
「親御さんが?」
「はい。車であそこのトンネルくぐろうとした時に、妙な人影が横切ったような気がしたって感じで。幸い命に別状はなかったんすけど、後から聞いたら心霊スポットだったって聞いて」
梶原はこの話をただ黙って聞いているだけだった。大原は太一と一緒に後部座席に座っており、相槌を打ちながら太一の話を聞いている。
「どの霊かわからないけど、俺の親を事故に合わせた奴がいるかもと思って、そいつを除霊出来ないかと思って」
「何回も霊に憑かれに行って、親を事故に合わせた霊を俺達に除霊させようとしたってこと?」
「はい……」
ふーっと息を吐き、やっと納得のいった加藤は安堵した。太一は親の事故から心霊スポットのことを知り、この場所で親の仕返しをしようとしていたのだ。
何度か同じことを繰り返して霊を処理すれば、いつかは親に事故を起こさせた原因の霊を除霊できると思っていたのだろう。
「俺の業務用端末を取ったのはどうして? というかどうやって?」
「最初はどうにかすれば自分達だけでも霊の対処が出来るのかと思ってたんすけど、専用のヤツじゃなきゃ出来ないって昨日あんたが言ってたから。じゃあ借りて手っ取り早く霊を処理しようと思ったんです。専用のスマートフォンは、スーツの上着のポケットに入れたのが見えたんで、出ていく直前にスリました」
おいおいと運転席で腕を組みながら呆れる梶原。言いたいことは全部加藤が言ってくれるため、黙って聞いてはいるが、思う所は色々あった。ただ、何の理由もなしにやっていたわけではないという事は分かった。
「気持ちは分からなくはないし、実際親御さんを想う太一さん自体は素敵だと思うぞ? だが、無謀だしやり方が悪すぎる。この事に巻き込んだ友達は、その事情を知ってるのか?」
「いいえ」
「そうだよな。じゃあこういう事は今後起こさない様にして、このことは友達に謝るようにしろ?」
「はい」
「ただあのトンネルの件は、もともと車の通りが少ないこともあって、霊出没注意の看板だけ置いてある状態だったから、通行止めにするよう上に掛け合っておくよ。一度見たからわかると思うけど、流石にあの量の霊を対処するのは俺達でも不可能に近いんだ。だから、なるべく近寄らない様にしておくしか今のところは出来ないんだ。スマン」
「わかりました……あっそういえばアンタのスマートフォン結局使えなかったぞ?」
「登録している職員しか使えない様にロックがかかってるからな。あと太一さんが業務用端末持って行ったことや今回の件は、親御さんに全部報告させてもらうからな?」
反省してるのかと思いきや、急に思い出したように業務用端末が使えなかったことに不満を漏らす太一に、加藤は親に報告する事を告げる。
「えぇー!! 親は勘弁してくださいよ! 俺もう今年で二十歳なんでもう立派な大人でしょ!」
「こんな事をする立派な大人なんていない。それと太一さんがやったことは窃盗っていう立派な犯罪だから。俺が太一さんの親に会いに行くからな」
そのやり取りを運転席で聞いていた梶原。
「躾はじまってんなぁ」
と呟いた。
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太一を送り届け、不可視物管理課に公用車を置きに戻った加藤と梶原。解決したという連絡を入れておいたため、もう事務所に残っている者は時間的にいないだろうと荷物だけ取りに入った。
そうすると、加藤は不意にトイレの方に向かい、そこから声が聞こえてきた。
「か、加藤君。この前の飲み会から君ちょっとスキンシップが過ぎないかい?」
「いえ、このくらいは普通ですよ課長。ほらもっと」
「いやいやそれ以上は! アッ誰か助けっ アッーーーーー!!」
その声を聞いた梶原は顔をしかめた。
「今日俺疲れてるし、何も聞かなかったことにして帰ろっと」
上司のピンチと自分の早く帰りたい気持ちを量りにかけ、瞬時に自分が帰りたい気持ちを優先させることを決定した梶原は、それからすぐ帰路についた。
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