第18話
しばらく公用車を走らせ目的地である依頼者の家に到着した梶原と相馬の2人。依頼者の家は現在では見ることが少なくなった日本家屋だった。ただその屋根にはソーラーパネルが設置されており、せっかくの伝統的な日本家屋の外観が損なわれているように思える。
入口には門が設けられており、敷地が堀で囲まれている。門の近くで車を降り、門についていたカメラつきのインターホンを鳴らす。
こういった昔ながらの門には基本的にインターホンはついていない事が多いが、後から取りつけたのか門自体の外観にあまり合っていないように見えた。
その日本家屋は全体的に古い家屋と新しい機材が混ざった、ちぐはぐなイメージを梶原達に与えた。
「うぅ……何かホントに呪いの人形とかがありそうな感じの家ですねぇ」
「いやいや。呪いの人形があるっていう依頼じゃないからな?」
うろたえる相馬を見て返事を返す梶原。
「ほら。インターホン鳴らすぞ」
ビクビクしながら梶原の背中に隠れる相馬。梶原はやれやれと首を振る。
「依頼を受けてきた不可視物管理課の者です」
インターホンを鳴らし、依頼者の返事が来るのを待つと、しばらくしてインターホンから返事が返ってきた。
「はい。今開けます」
女性の声で返事が返ってきて数分後、扉が開けられ中に招き入れられた。
中に招き入れられ客間に案内される二人。
「あんた達が新しく出来た専門部署の人?」
案内された客間で待っていたのは20代前半の男性だった。
「息子の
母親と息子らしいこの二人が今回の案件の依頼者だった。母親の名前は
座敷の座布団に腰を下ろし、話を始める二人。
「さっそく依頼の内容なのですが、昔から家にあった人形を処分しようとした際に、偶然霊が憑いているのを携帯のカメラで見つけてしまって」
「それで私たちの方に連絡したと」
「はい」
「あの……差支えなければ昔からあったというこの人形を、今回処分しようとした理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
梶原は母の杏樹の方から話を聞き出す。
「この人形の持ち主は、お義母さん。主人の母だったんですが、今年の7月に亡くなってしまって、遺品整理の際にもともとお義母さん以外にもう手入れする人もいないですし。あの……少し言いにくいのですが、見た目が気味が悪いということもあって、捨ててしまおうかということになったんです」
「それがこの人形です」
ゴトっという音と共に、息子の成海が木箱をテーブルの上に置いた。おもむろにその箱を開けると、中から日本人形が出てきた。
「ひっ」
梶原の横で木箱の中を見ていた相馬が小さい悲鳴を上げた。
その日本人形は、ホラー映画等で良くあるように、髪がまばらに伸びていた。
梶原は少し驚きながらも話を続ける。
「この人形の髪は最初からこんな感じで?」
「いえ。実はお義母さんが亡くなってからなんです」
いよいよホラー映画地味てきたなと梶原が思い始めていると、隣にいる相馬がテーブルの下でギュッと手を握ってきた。よっぽど怖いのであろう。だが思ったよりも握力が強く、梶原の左手が嫌な音を立て始めた。
「ちょっ相馬頼む。掴むなとは言わないからもう少し力を抜いてくれ」
小声で話す梶原に、正面を向いたまま同じように小声で返した。
「無理です」
メキメキと音を立てて軋む梶原の手。梶原は痛みで依頼者の話に集中できなくなってきていた。
後で説教と嫌がらせをしてやると心に誓う梶原。嫌がらせは耳元で今まで集めた怖い話ベスト3を耳元で囁きながら聞かせることにしようかと考えていた。
すると成海が話を切り出した。
「俺おばあちゃん子だったので色々祖母から話を聞いてたんですが、もともとこの人形って祖母が子供の時にもらったものらしくて、最初はあまり気に入ってなかったらしいんです」
「そうなんですか?」
「はい。ただせっかく貰ったものだからということで持っていると、そのうち愛着が湧いてくるようになったとかで、そのまま現在まで持ち続けることになったんだそうです」
「なるほど。この人形に憑いている霊というのはどなたか心当たりはあります?」
少し考えるようにしながらも、才賀親子は心当たりはないと答えた。
「何か少女の霊みたいなんですけど、半年前あたりまではカメラで家を撮るときも写ったことはなかったんです。ホントに祖母が亡くなったあたりから……このくらいの歳で亡くなった人なんて親戚にもいないって話なんだけどなぁ」
成海が不思議そうに話していて、そういえばと思い出したように話を続けた。
「一度普通にゴミに出してみたんですが、何故か家の中に戻って来たりもしたんです」
その話を聞いた相馬の顔が強ばり、梶原の手がさらに強く握られた。
鈍い音が鳴り、指が何本か逝ったなと梶原は感覚的に理解した。
「す、捨てられてしまったんですか?」
痛みで顔が引きつりながらも、霊が憑いていると分かっている状況で一度捨ててしまうという行動に出た才賀親子。なぜこの状況で捨てるという行動に出たのか気になった。
「母さんがどうしても気味が悪くて捨てたいっていうことだったんで、しぶしぶ捨てたんですが、寝ている間に元の場所に戻ってきました」
さらに強く相馬が梶原の手を握りつぶしたが、梶原は痺れて手の感覚がなくなり、逆に気にならなくなっていた。
「わかりました。では実際にその霊を見てみましょう」
業務用スマートフォンのカメラを起動し、人形の付近を写す梶原。左手の小指と薬指の感覚がなかったが、操作は利き腕である右手で行うのであまり支障はなかった。それでも左手をしばらく使えなくしたのは事実なので、後で右手で相馬の髪を一部分だけ抜きまくって、十円禿げを作ってやろうと心に決めた。
実際に写して見ると、確かに14から16歳ほどに見える少女が写りこんだ。
肩まで伸びた長い黒髪をした少女で、服装は白いワンピースにスカート。身長は相馬と同じくらいの150cmくらいだった。
「全く心当たりはないんですよね?」
「はいそうです」
もう一度成海に確認し、霊に語り掛けることにした。
「もしかしたら問いかけに反応してくれるかもしれません。答えてくれれば私が声を聞けるので、何か分かるかもしれません」
「そんなこと出来るんすか!?」
驚く才賀親子。梶原が霊の声を聞けるという事は事前に伝えていなかったのだ。そのまま梶原は霊に問いかける。
「君の名前を教えてくれないか?」
すると霊は梶原を見つめたまま少し微笑むようにして答えた。
『
語尾のじじい言葉が少し気になったが、その名前を才賀親子に伝えた。
「え!?」
「それ祖母の名前なんすけど!?」
杏樹と成海の言葉に梶原は驚く。
「そうなんですか!? えっでもお婆さんの歳はいくつだったんですか?」
「70歳ですが……」
どう見ても70歳には見えない少女をスマートフォン越しに全員で見ていると、少女は口を開いた。
『ワシも何でこんな姿になったのかわからんのじゃ。かなり若返ってるようでのぅ』
梶原の隣で自分の端末で霊判アプリを起動していた相馬は、梶原に耳打ちをする。
「梶原さん。この霊、乙種みたいです」
乙種は霊が不安定な状態の、甲種、丙種のどちらに転じる恐れのある種類だ。
「今の所油断は出来ないってことか」
梶原は少女の姿の霊に向き直り、話しかける。
「どうしてそんな姿になったかというのはご自身でもわからないとのことでしたが、この家に留まっている理由や、人形のそばを離れない理由はありますか?」
少女の姿の霊、才賀志衣は考えるような仕草をした後話しだした。
『多分、未練があるんだと思うんじゃ。この家、あと人形のそばを離れないのではなくて離れられないんじゃ。ワシの魂? はなんだかこの人形にくっついてしまってるようでのぅ』
梶原は驚いた。自分のことをこんなに客観的に見ることが出来ている霊を、不可視物管理課に配属されてから見たことがなかった。あとじじい言葉を使う少女の霊というのも見たことがなかった。
出来てから日が浅い部署とはいえ、それなり霊に関わった数は多い。姿が変わっていることもそうだが、今回の件は今まで関わった案件の中でも異例だった。
「未練があるとはどんな未練ですか? 差しつかえなければ教えて貰えませんか?」
『教えても良いが、久しぶりに人と話が出来たから何だか焦らしたい』
何言ってんだこのババァ。こっちは仕事で真剣に話してるんだから早く言えと思った梶原だったが、そこは仕事だと割り切り抑える。
『そうじゃ。話す前にワシの昔の写真が倉庫になってる部屋にあると思うから、見比べてみてくれんか?
息子の嫁や孫も大分信じきれてないようじゃしな』
「……わかりました」
梶原は今聞いたことを才賀親子に伝え、写真を探しに行ってもらう。
「相馬、お前のせいで俺の左手の指感覚ないんだけど」
「だ、大丈夫ですよ。ほら見た目はそんなに変わってないでしょう?」
相馬と梶原は写真を探してもらっている間、二人で梶原の左手を見てみた。何故か小指と薬指だけが他の三本に比べて異常に左側を向いている。
「……本当にそんなに変わってない様に見えるか?」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっとくらい形変わったとしてもイケますって」
「何にイケるんだよ。あと今形変わったこと認めたな? お前ホント後で覚えてろよ?」
そんなやり取りをしていると、写真を見つけてきた才賀親子が客間に戻ってきた。
「見つけましたので、実際に見てみましょう」
スマートフォン越しに見える姿と、取ってきてもらった写真を見比べると、瓜二つだった。
「マジでか」
思わず素に戻ってしまい、言葉遣いが普段の調子になる梶原。
「完全に一致って感じですね」
その写真を見て驚きを隠せない相馬。
「ホントにお義母さんなんですね」
母親である杏樹も、その姿を見て認め始めた。
「婆ちゃんて若い頃こんな可愛かったんだ」
「え?」
才賀成海が一人だけ周囲の者と違う感想を洩らした。
その反応にそこにいた者全員が成海の方を見た。
「い、いやだって普通に可愛いじゃないですか」
『なんじゃ成海。やっぱりお前こういうのが好みじゃったんか? ワシとしては褒められて嬉しいが、同時にお前の将来が不安でもあるぞ? ロリコンって』
「お婆さんがロリコンだったのかって言ってますけど」
「ちっちがっ! え? 普通に可愛いと思いません? いや恋愛感情とか抜きにしてもですよ?」
「私はロリコンじゃないので……」
申し訳なさそうに話す梶原に、成海は抗議するも聞き入れられなかった。
杏樹が息子を心配そうに見ながら言葉を絞り出すように話しだす。
「良いのよ成海。今は合法ロリっていうのがあるらしいじゃない? 実際に未成年に手を出したりしなければ……」
ちなみに合法ロリとは見た目は幼いが、キチンと成人している女性のことだ。
「そうですよ。実際にその合法ロリが今私の横にいるじゃないですか。好みではないかもしれませんが」
梶原が相馬を一瞥して話し出す。
「ソレ私の事言ってるんですか? あと最後にさらに失礼な事いってますよね? 怒りますよ?」
「指」
「スミマセンでした勘弁してください」
そのやり取りを見ていた成海はむきになる。
「母さんまでマジで何言ってんの? そろそろキレるぞ? あと相馬さんは割と好みです」
やっぱりロリコンじゃないかという話になり、この話に収拾がつかなくなりそうになった頃、祖母である才賀志衣が口を開いた。
『ようは少女の年頃の女の子に欲情しなければいいんじゃろ? 慣れじゃよ慣れ』
何を言っているのか意図を汲み取れなかった梶原だったが、そのままその言葉を伝えると、志衣がスマートフォンを成海に渡すように指示を出した。
かなり近くで見えるように成海に近づいた後、志衣は自分のスカートを捲って成海にパンツを見せた。
「ぶっ!」
思わず顔を背ける成海。
「何してんだ婆ちゃん!」
『こういうのは耐性をつけるのがいいんじゃよ。男は何度も同じ性的興奮を与え続けると慣れてしまうからな。爺さんも最初はワシをあんなに求めた癖に……』
その言葉をそのまま伝える梶原。そんな赤裸々な話までしなくていいんだよババァと、内心悪態をつく。
「俺が慣れるまで何回も見せるつもりか!?」
『そうじゃ』
少し顔を赤らめながら言う志衣に、もう通訳するの嫌だなと思い始めた梶原だった。
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