生霊

第4話

 調査報告書


 9月×日

 通報を受け阿佐ヶ谷のマンションにて霊の対処を行う。女性の霊と見られ、周囲の温度と霊の様子から丙種と判断。

 呼びかけに反応があったため、浄霊を試み成功。


 9月×日

 同日阿佐ヶ谷のマンションの駐車場にて霊に遭遇。同行者の船越令ふなこし れいに取り憑こうとしており、周囲の温度が零度に達していたことと、霊の様子から甲種と判断。男性の霊と見られる。

 端末機能と権限を行使し、除霊を試み成功。




「いやぁ災難だったね。一日に二件、しかも一件は依頼じゃなく霊を対処しないといけなくなったなんて」


「はい高田課長。しかもそのうち依頼じゃなかった方の霊は、船越さんに取り憑こうとしてましたし」


 次の週、事務所に出勤した梶原は、先日対応した案件の報告書を提出していた。

 課長と呼ばれた男性は、年齢は40代ほど。白髪交じりの髪はきれいに手入れされており、短めの髪にパーマがあてられている。


「一件目の女性の霊は乙種の可能性はなさそうだった?」


「はい。周囲の温度を何度か測ってみましたが温度が安定していたことや、執着していた人間に危害を加えることがない様子から丙種と判断しました」


 不可視物管理課では、霊への対処方法を決めるための基準として、霊の種類を大きく三つに分けている。


 一つ目が丙種。人に危害を加える恐れが、著しく低い。もしくはその可能性がほぼない種類。


 二つ目が甲種。こちらは反対に、人間に危害を加える恐れが高い種類。


 そして三つ目が乙種。霊自体の状態が不安定で、丙種と甲種のどちらにも転じる恐れがあるものだ。


 判断の基準の一つとして、丙種は周囲の温度の変化が殆んどない。甲種は周囲の温度が零度に近くなる。乙種は周囲の温度が上がり下がりを繰り返す等の特徴がある。



「そっかなら良かった。もう一件の男性の霊の方はちょっと危なかったみたいだね。権限まで行使したんでしょ?」


「はい。状況から甲種として判断し、すぐに対処したものの危険でした。封印用SDカードの補充が間に合っておらず、権限を行使しました。船越さんはああいうものを引き付けやすいと把握していながらも危険に晒してしまいました。申し訳ございません」


 梶原は自分に非があると話し、謝罪する。本来はスマートフォンに一時的に捕らえた霊を、記憶媒体である特殊なSDカードに移し封印し、お寺に持っていき供養するのだ。


 だがSDカードは供養が終わるまでお寺に預けなければならないため、ストックが無くなることもある。


 権限を行使した事は、決して対処が遅かった訳ではないが、船越を危険に晒したことは事実だった。


「いや、船越君が霊媒体質なのは本人も含め課の皆も把握していることだし、船越君も普段から自分で気を付けているはず。それで防げなかったのなら、警戒していたとしてもこうなった可能性は高い。誤った対処をしたわけでもないしね」


「ありがとうございます」


 思うところもある梶原だったが、高田の言葉で少し気分を落ち着けることが出来た。今後船越と行動を共にする際は今まで以上に気を付けることを心に決めた。


「それにしても、簡単に取り憑かれそうになった原因はなんだろうね? 船越君は何か普段とは違うことはあった?」


 梶原は当日のことを思い出す。


「そういえば彼氏と別れたって言ってましたね。けっこう取り乱してましたけど、その心の隙をつかれたとかかな?」


 その発言を聞いた高田は、目の色を変えて呟いた。


「船越君別れたんだ? 今度食事に誘ってみようかな。二人きりで」


「何言ってるんだあんた。妻子持ちだろ」


「女遊びは芸の肥やしって言うじゃない?」


 あきれ果ててため息をつく梶原。その時、梶原のスーツのポケットから携帯の着信音が響いた。


「スミマセン電話が……」


 そう言う梶原に高田は出ても良いよと答える。梶原は会釈をして電話に出る。

 着信の画面には『高田実貫たかだ みかん』と表示されていた。


「もしもし、実貫ちゃん? どうしたの? あぁ今昼休み中だから定時報告が欲しい? あぁうんそうだね。浮気……はしてないとは言い難いかなぁ」


「え? 実貫? なんで梶原君私の娘の連絡先知ってるの? っていうか何の話してるの?」


 高田の問いかけが聞こえないかのように電話の話を続ける梶原。


「えっとね……君のお父さん彼氏と別れたばかりの女性社員を、二人っきりで食事に誘うとか言っててさ」


「ちょーーーいっやめて! 娘にそんな事言うのやめてっ! 娘は今花の高校生なのっ! お父さんのこと嫌いな思春期まっただなかなのっ! 娘経由で妻にもバレちゃうのっ! これ以上私の家での立場下げないでっ」


 高田は自分のデスク越しに手を伸ばし、やめてくれと懇願する。


「うんわかった。こっちも仕事中だから切るね。じゃあ学校頑張って」


 ガクンとうなだれ、デスクから前のめりにずるりと滑り落ちる高田。


「ホントどうしてうちの娘の連絡先知ってるの……」


 地面に這いつくばる高田を見下ろしながら梶原は答える。


「この前、父が弁当忘れたからって言って事務所に持って来てたんですけど、課長外に出ていたので私が対応したところ、浮気性の父の動向が気になるので、たまに話を聞かせてほしいと連絡先を聞かれまして」


「娘私のこと信用してなさ過ぎでしょ。まぁ私も信用されないようなことしてきたけど」


「自業自得っすね」


 うなだれる高田。見下すように上から目線を高田に向ける梶原。梶原は少し間をおいて、膝をつき、小声で高田に語り掛けた。



「船越さんには甲種の件のこと、黙っておいてもらえますか? あの人私が権限使って自分の体痛めつけたって知ったら気にしそうなんで」


 少し考えた後、高田はわかったと答えた。


「船越君にはそれとなく、霊に取り付かれないように警戒するようにだけ伝えておくよ」


 ありがとうございますと伝え、自分のデスクに戻る梶原。書類をまとめ始める。


「こっちも船越君に言わないから、これから浮気になりそうなことしても娘に言わないってのはどう?」


「そんなこと言ってると、あることないこと娘さんに言いふらしますよ?」


 部下がいじめるぅと泣き叫んだ高田。昼休みを挟み、不可視物管理課の一日は過ぎていく。

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