休日
第22話
「この間は貴重な情報提供ありがとうございました」
人形の件を終えた梶原は、アドバイスをもらった加納良子にお礼の電話をしていた。
『いえいえ。他でもない梶原さんのお願いですし、仕事でもありますので』
加納からのアドバイスがなければ、解決できなかった案件だったと梶原は改めて感じていた。
自分の考えや行動だけでは限界があった。アドバイスを求めた相手が加納だったことは間違いではなかったと、解決出来たことで確信が持てた。
「本当に助かりました。何かお礼でも出来ればいいのですが……」
すると加納が少しの間沈黙し、
『でしたらぜひお願いしたいことがあるのですが』
と切り出した。
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「直接会うのは新技術説明会以来ですね」
加納は梶原がお礼をしたいならぜひということで、休日に梶原を自分の研究室に呼び出した。ただ休日とは言ってもその日は金曜日。祝日で休みになっており、梶原達不可視物管理課は公務員であるため祝日も休みだった。
「いやぁ梶原さんの霊が聞こえるという耳を、一度心ゆくまで調べてみたくて」
「わかりました。そういうことなら心ゆくまで調べてください。加納さんにはお世話になってますし、それくらいのことだったらします!」
「ん? 今何でもするって……」
「言ってません」
それくらいのことで良いのならと、梶原は加納の提案を受け入れた。
「ところで耳を調べるって具体的にどうするんです?」
「あっはい。まぁそんなに特別なことをするわけではなくて、耳鼻科に置いてあるようなスコープカメラを使って耳の中を隅々まで見て、一般の人と違う所があればそちらを詳しく調べるといったものです」
ふむふむと相槌をうつ梶原。加納はその間にスコープカメラを用意していた。
診察台のような場所の横にカメラを写すモニターを移動し、準備を整えた。すると加納は診察台に腰を下ろした。
「はい。ではここに寝転がってください」
加納が示したのは自分の太ももの位置だった。
「いやあの……そこ加納さんの膝じゃないですか……」
「はいそうですよ?」
加納はきょとんとした顔で梶原を見つめる。
「いやあの……膝枕をする必要はないんじゃ?」
「はい完全に私の趣味です」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
「いいじゃないですか。お礼だって言うんなら……私に少しくらい役得があっても」
「いやはい、別に嫌ではないのでいいのですが」
お礼だったことを思い出し、しぶしぶ加納の膝枕に頭をのせる梶原。
(うわっ思ったよりも柔らかい。細いのにふにふにしてて……これって俺が役得なんじゃあ……)
満足そうな表情をしながら、スコープカメラを手に取る加納。するとカメラを持っていない左手で、梶原の頭を撫で始めた。
「っ……」
声にならない声を上げながら赤面する梶原に、加納は少し笑いながら語り掛ける。
「可愛いですね梶原さん」
「えっと……こんなことする必要は……?」
「えぇないです。完全に私の趣味です」
「ですよね」
恥ずかしそうに加納の膝に顔を押し当てる梶原に、加納は微笑みながら頭を撫で続ける。
「いいじゃないですか。私に少しくらい役得があっても」
諦めたように目を閉じる梶原。
「あーもう分かりましたよ。こっちも嫌じゃないって言いましたし、好きにしてください」
「はーい!」
自分の要望が受け入れられたことで気を良くした加納は、スコープカメラを使って梶原の耳を調べ始めた。
耳の中を調べられている間に梶原は、この仕事に就いてから常々思っていた疑問を加納に聞いてみることにした。
「加納さん。なぜ霊は状態によって周囲の温度を変えるのでしょうか?」
スコープカメラで映し出された映像を覗き込みながら、加納は梶原の問いに答える。
「まだ研究段階で、確かな事は言えません。ただ、私の仮説でいいのならお話することは出来ます」
「それでも良いです。どういった見解があるのか教えてください」
どうしても気になる梶原は答えを促す。
「私は感情にはもともと、温度があるのではないかと考えています」
「感情には温度がある?」
「はい。今私達は体がある状態です。その状態では感情の温度はそのまま空気中に伝わらない。体がアースの役割を果たすわけですね」
「はい」
「それに対して体が無くなった、感情の温度がそのまま空気中に触れる霊体は、その周囲の温度に直接影響を及ぼす事になるわけです。これが私の立てた仮説です」
「なるほど」
「では反対を向いてください」
話の切れ目が良い所で、加納が態勢の変更を促す。
「えっとどういう風に変えれば……」
「そのまま私のお腹の方に向いてください」
梶原は言われた通りにしようとした時に気づいた。
(これこのまま向きを変えたら加納さんのお腹が目の前じゃないか……)
「ふふ……どうしたんですか梶原さん?」
(絶対確信犯でしょこの人)
梶原は思いのほか恥ずかしいこの体制に躊躇しながらも向きを変え、加納の問いには答えず無言で反対側の耳の確認をしてもらう。
「さっきの話の続きなのですが、では負の感情ほど温度は低いという事でしょうか?」
梶原は甲種の霊を思い出し、その疑問を加納にぶつけた。
「いや、実は一概にそうとは言えないんです」
「というと?」
「ごく稀にではあるのですが、甲種の中に周囲の温度が高温になる霊が確認されているんです」
「そうなんですか?」
「はい。今の所詳しいことは解っていませんが、より危険な霊なので、もし霊判アプリ等でそれらしき霊を見付けた場合、近寄らずに一度撤退することをお勧めします」
「わかりました」
そして話終わると、加納は梶原の耳にいきなり息を吹きかけた。
「ふーーーっ」
「んんっ……」
不意の耳への攻撃に思わず声を上げ、体をびくびくと震わせてしまう梶原。
「な、何するんですか加納さん……」
「いやぁつい」
何がついだと抗議しようとする梶原に、加納は真剣な声音で告げる。
「それで梶原さん、まことに申し上げにくいのですが……」
「は、はい何でしょう?」
何か問題でもあったのかと不安に思った梶原は、真剣に加納の話を聞く。
「普通に耳の中汚いので、耳掃除からしていいですか?」
「す、すみませんっ……」
みるみるウチに顔が赤くなる梶原。結局耳掃除をしてもらうことになった。
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「いやぁ耳かきされてる時の梶原さん、可愛かったですねぇ」
「やめてください加納さん」
「気持ちよくて声が出そうになってるのを、必死に堪えてる感じで」
「お願いしますホントもう勘弁してください加納さん」
「思わず耳を甘噛みしたら、びくびく体を震わせながらやめてくださいって言ってくるし」
「加納さん! ちょっとさすがに目に余るものがありますよ! いくらお礼だからって限度があります!」
さすがに加納の攻めに耐えられなくなった梶原は、抗議の声をあげる。
「いやぁスミマセン。私こういうシチュエーション大好きなんですよ」
満足そうに笑う加納に、なかなか強く出られない梶原。
「では今日はMRI検査まで行って終了になります」
「そんなことまでするんですか?」
「はい。触診やスコープカメラで分かる事には限界がありますし、そこまで見てみないと分からないこともあるので」
「わかりました」
これ以上弄ばれることはないと思いほっとした梶原は、最後に加納に仕返しとばかりに耳元で囁いた。
「加納さんの太もも凄く柔らかくて気持ちよかったです。あといい匂いもしたので心地よかった」
「ふぇ?」
予想してなかった事だったのか、加納が素っ頓狂な声をあげる。いたずらな笑みを浮かべつつ梶原はMRI検査を受けに向かうために加納のいる部屋を後にした。
「あの人あんなに耳汚かったのに、キメ顔で何言ってるんだろう……?」
部屋から梶原がいなくなった後、加納が一人で呟いた。
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