第6話

 梶原御影は物心ついた頃から、良くわからない声が聞こえることがあった。囁くようなその声に、周りの誰かが発した声だと思い、そのことを問いかけるも誰もそんなことは言ってないという。そこまで頻繁に聞こえるわけではないから、最初は何かの聞き間違えをしたんだろうで済ませていた。


 これが霊の声だと気づいたのは社会人になってから。

 霊が見えるカメラを使ったスマートフォンが普及し始め、自分もそのスマートフォンに機種変更した後だ。


 スマートフォンを通して見えた霊と、その時にたまたま聞こえた霊の声。自分がたまに空耳のように聞こえていた声は霊の声だったのだと解り、長年解けなかった問題が解けた気がした。



 公務員試験を合格し、市役所職員をしていた梶原は、学生の頃から付き合っていた彼女にこのことを打ち明けた。どういう反応を見せるか不安にかられた梶原だったが、

「霊の声が聞こえてたなんて凄いじゃん!」と答えられた。


 気味悪がられるのではないかと心配していたが、不安を一気に解消させられて、拍子抜けした。そして彼女のこういうところが好きなんだと再認識した。


 不可視物管理課が設立されると聞いて、志願したのは彼女がきっかけだった。


「御影ならそこでの仕事で役に立てるんじゃない?」


 確かにそうだろう。ただそこでどういう扱いを受けるかは分からない。霊の声が聞こえるという証拠はないのだから。それでも不可視物管理課に配属を希望したのは、自分の力を役立てることが出来ると確信を持ったからだ。


 配属当初はやはり不可視物管理課の職員も皆半信半疑だった。だが霊の声を聞くことが出来るこの力を使って仕事をするうちに、梶原の力で解決する案件が増えていく。その成果から、周りに認められ頼られるようになった。


 周りの者が自分の力を頼ってくれるようになったことが嬉しかった。


 さてとと声を出し、梶原はスーツのポケットから自分のスマートフォンを取り出した。病室の中を写す。すると入口のドア付近に男性の霊の姿を見つけることが出来た。


 病室のベッドに寝ている男性と同一人物で、こちらには背を向けたままだ。


「家族のことが気になるのか?」


 梶原が声をかけるとこちらを振り向く男性の霊。隣で梶原のスマートフォンを覗き込む相馬。梶原の手に寄りかかっている。


『娘と妻に、私の預金通帳の場所と暗証番号を伝えたい』


 この言葉で、男性の霊がどうして生霊になって出てきたのかわかった気がした。

 梶原は自分の左腕にまかれている時計型のウェアラブル端末で気温を確認する。特に温度の変化はなく、安定していた。


 生霊のカテゴリは、どちらに転ぶかわからない、乙種に分類されることが多い。これは生霊の状態によって、甲種、丙種どちらにもなることがあったからだ。


 多くは恋愛がらみの男女間での問題が多い。色恋沙汰で相手のことを思うあまり生霊になって、自分の想いに答えて欲しいがために、相手の体調を悪くするといったこともある。


 だが今回の霊はそうではないらしい。

 恐らく自分の死期がそう遠くないのを悟り、その前に自分の預金を引き出して使って欲しいということなんだろう。


「相馬、この人は自分の預金通帳の場所と暗証番号を伝えたいらしい。詳しい話を俺は聞いておくから、このことをご家族に伝えてきてくれないか」


「わかりました!」



 自分の胸ポケットからメモ帳を取り出し、霊から聞いた通帳の場所と暗証番号をメモし、相馬に先に渡しておく梶原。

 それを受け取り、病室から出ていく相馬。


 最後に男性の霊はこれも伝えてくれないかと頼んできた。


『――』


 その言葉を聞いた梶原はスマートフォン越しに霊を見つめ、語り掛けた。


「それはあんた自身が伝えなよ」



 不意に梶原のスマートフォン宛に電話がかかってきた。表示されている名前は『船越令』と表示されている。


「もしもし梶原君? 私今他の現場から戻って来たんだけど、梶原君が加藤君と相馬さんが担当している案件に配属されたって聞いてさ。難航してるって聞いたけど、私の抱えてた案件は解決したからそっちに行こうか?」


 その電話越しの声を聞いて思い出す。そういえばこの人は、彼女と同じように最初から自分のことを信じてくれていたなと。


 人が言うことを何でもすぐに信じてしまうというか、鵜呑みにしてしまうというか。そんなことを考えていると梶原の口元が綻ぶ。



「いえ今のところ大丈夫です。ただもしかすると、これから船越さんの力を借りることになるかもしれません」



 まかせとけぇと電話口で意気込む船越。


「あっスミマセンじゃあ今病院なので切りますね。また何かお願いすることがあったら、連絡するか直接話すので」


 要件を伝え電話を切る梶原。携帯電話は病院では必要最低限の使用に抑えるようなっている。だがこれは、『病院の電子機器に影響をあたえるから』といった理由ではない。


 医療機器の電磁的耐性に関する性能の向上などから病院での携帯電話の利用はそこまで厳しく考えなくても良くなってきていた。


 なら何故携帯電話、スマートフォンの利用を極力抑えなければならないのか。

 それは病院では霊の数が多すぎたからだ。


 人が多く亡くなってきた場所である病院では、他の場所よりも多く霊をスマートフォンのレンズ越しに写してしまったのだ。


 当然と言えば当然だが、そのせいで霊が見えるスマートフォンが普及しだした頃に、一番パニックに陥ったのは病院だった。


 今でこそ少しずつ落ち着きを取り戻してはいるものの、霊を誰でも認識することが出来るようになってしまった現在では、暗黙の了解で出来るだけ病院内ではスマートフォンの利用は控えている。


 もちろんカメラさえ起動しなければ見えないのだが、これは病院にいる者への配慮だ。


「それじゃあまた来る」


 梶原は男性の霊に声をかけ、病室を後にした。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 午前中に別の案件で外に出ていた船越は、不可視物管理課の事務所に戻ってきた際に高田に呼び出された。


「船越君、最近霊の遭遇率が増えてるらしいから対策しっかりね。船越君は体質的に引き寄せ易いし」


「先日の阿佐ヶ谷の件で梶原君に何か言われましたか?」


 船越にすぐに言い当てられ、高田は苦笑いをした。


「もしかして船越君気づいてた? 梶原君がやったこと」


「そりゃ気づきますよ。あんな不自然な行動とって。まぁ私のためにしてくれたことなんでしょうけど」


 梶原は気づかれていないと思っていたようだが、船越は気づいた上で梶原に接していたようだ。


「そっかぁ……そうだよね。まぁ私も気づいてるんじゃないかなぁとは薄々思ってたけど」


「そりゃそうですよ。何年この体質と付き合ってきたと思ってるんですか。梶原君の行動もおかしかったですし。まぁ対処してくれたのは助かりましたけど」


 実際に梶原がやったことは間違っていない。だが船越も不可視物管理課に入る前からずっと霊媒体質だったのだ。対処の方法は心得ている。


「彼もそこんところはまだまだ甘いねぇ」


「そうですね」


 高田と船越の二人は笑いあう。


「そこが梶原君の良い所でもあるけどね」と船越は小さく呟いた。



「今梶原君は加藤君と相馬君が当たっている案件に協力してもらっているから、もし助け必要そうならフォローしてあげてね」



 はいと元気よく返事をする船越。


「そういえば船越君。今度食事でもどうかな? いつも頑張っているし労いもかねて」


「良いですね! じゃあ課の皆で飲み会でもしましょうよ! その方が楽しいですし! あっ私梶原君が助けが必要かどうか電話してきます!」



 高田は自分の意図する形ではない方向へ進み、「そうだね」と返事をし苦笑いをした。



 振り返り電話し始めた船越は、ベッと舌を出していた。

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