第20話
才賀家では一家の大黒柱は帰宅し、家族会議となっていた。
「この女の子が母さんだって? 信じられないな」
才賀杏樹の夫、
『まぁ普通はそうじゃろうな。ただ実の息子にそう言われるとちょっとくるもがあるわい』
通訳をする梶原がいないため、才賀志衣の声は家族には届かない。そのためジェスチャーでやり取りをする。今回は腕を組み、うんうんと頷いて見せた。
「でもこの昔の写真と見比べてみると、やっぱり間違いなさそうよね」
杏樹も夫の意見に同意しつつも、事実であることを認め始めていた。
「役所の人は何でこの姿になったかは分からないって事だったから、調べて明日また来るってさ」
息子である成海は、自分のスマートフォンで霊である志衣を見ながら話す。
「ふむ。私達だけじゃ会話が出来るわけでもないから、詳しい話は明日役所の人が来てからだな」
『そうじゃな。じゃからワシは今日はずっと、成海にちょっかい出すとしよう』
声が聞こえないことを良いことに、成海にちょっかいを出すと決め込む志衣。
そして一旦家族会議はお開きとなった。
成海は自分の部屋に行くと、何故か祖母の人形も一緒に着いて来ていることに気づき、スマートフォンのカメラを起動した。
「なんで着いて来てるのさ婆ちゃん」
『つれない事言うでない。昔からあんなに婆ちゃん大好きと甘えてきよった癖に』
口を尖らせている志衣を見ながら何となく言いたいことを察する成海。
「暇だから俺にかまえって? 婆ちゃんは相変わらず俺の事大好きだな」
『むっ! 言う様になったではないか成海め。お前もワシの事大好きじゃっただろうが』
じっと成海を見つめた後、少し近づき志衣はスカートをたくし上げ、パンツを見せた。
「ぶっ!」
『ホレ見ろ。お前こういうのに興奮するんじゃろう? かーっ! 実の祖母に興奮する変態孫め』
ふふんと見下すように成海を睨みながら、パンツを見せ続ける志衣。成海は顔を赤くしながら抗議する。
「だからこういうの辞めろって! しかもなんでちょっと顔赤らめてるんだよ! 生前からちょっとふざける節はあったけども。若返ると手に負えねぇな婆ちゃん!」
なおも辞める気配がない志衣に、思い出したようにスマートフォンをベッドに置く成海。
「そうだよ。こういう風にスマホ見なければ大丈夫じゃん。へっこれで婆ちゃんも何もでき……」
その途端、部屋の隅に置かれていた日本人形が宙を舞いながら壁にぶつかりだした。
「ぎゃああああ辞めろ分かったから! スマホ見るから! ポルターガイストじゃないかコレ!」
しぶしぶスマートフォンを手に取り覗き込むと、志衣は満足そうに成海の方を見つめながらM字開脚をしていた。
「もう何見ても驚かねぇよ」
目元に手を当て、ふぅとため息をつく成海。しばらくの沈黙の後、口を開いた。
「……もう二度と会えないと思ってたから、また会えて嬉しかった」
目元に手を当てたまま、涙を流し始める成海。
『こらこら泣くでない成海。ホントに可愛い孫じゃのう』
志衣は愛おしそうに、触れられないはずの手で、孫である成海の頭を撫でた。
――――――――――――――――――――
翌日、朝一番で梶原は、才賀家に向かう前に事務所で準備を整えていた。
「梶原、今日は早めに出るんだね」
不可視物管理課の事務担当、佐々木美里が声をかけた。
「はい美里さん。今日はちょっと……頑張らなきゃいけないかもしれないので」
「少し話は聞いてるよ。亡くなったお婆さんが霊になって出てきてるって案件なんでしょ?」
「はい。今日はそのお婆さんから話を聞こうということで、準備をしていました」
するとその時、不可視物管理課の最年少である木下幹鷹が出勤し事務所に入ってきた。
「おはようございます。二人とも早いんですね」
「うんおはよ。梶原は今日は早めに依頼者の所に行くんだって」
「あぁ。ちょっと早めに対処しないといけないかもしれなくてな」
三人はお互い挨拶を交わしながら、仕事の準備を進める。
「私経験ないから分かんないんだけどさ、一度亡くなった人間にもう一度会えるってどんな気持ちなんだろうね」
少しの間沈黙が流れる。おそらく霊になって会えた今回の案件に関してだろう。そして最初に口を開いたのは木下だった。
「僕は嬉しいと思いますよ? どんな関係だったのかによるんだと思うんですけど、もう二度と会えないと思ってた人にまた会えるっていうのは、それによって得られるものもあると思います」
木下はそう答える。その答えを聞いて梶原は頷いた。
「俺もそう思います。ただ、そのままずっと一緒にいられるわけじゃない。だからその人と一緒にいられる時間を大事にした方が良いと思います」
「……そっか」
そして話が一区切りしたところで、相馬が出勤してきた。
「おはようございます!」
「あぁおはよう相馬。もう準備は済ませておいたから、もう少ししたら出発するぞ」
「分かりましたありがとうございます! あっその前に美里さんコレお返ししておきます!」
相馬は自転車の持ち手部分。グリップのような物を美里に手渡した。
「なんだソレ?」
「これはハンドグリップっていう、握力を鍛えるのに使うトレーニング器具です! 美里さんに貸して貰ってたんです!」
「……」
梶原は昨日相馬に握りつぶされた左指のことを思い出していた。
「そうなの。硬くしまった瓶の蓋とか開けられないって言ってたから、それなら握力鍛えると良いよって貸してあげたの」
「どれくらいの負荷をかけられるかって調整が出来るんですけど、今は最大まで負荷をかけても握れるようになったんですからっ!」
俺の左指を握りつぶさせた元凶は、美里さんだったのかと遠い目をする梶原。後で八つ当たりしようと思い木下の方を見る。
きょとんとした顔で見つ返してくる幹鷹だった。
――――――――――――――――――――
才賀家に着いた梶原達は、まず霊の状態を確認させてもらい昨日と同じ乙種から変わっていないことを確認した。その後に、才賀志衣と二人で話をさせて欲しいと梶原が申し出た。
『ワシと二人で話したいとは……もしかしてお主もロリコンなのかのぉ』
寝言は寝て言えババァと内心思った梶原だったが、そういえばもう永眠してるんだったかと思いなおす。
「志衣さん。これから話すことは私の憶測です。違っていれば話の途中でも言ってくれて構いません」
『わかった話を聞こう』
「ありがとうございます」
志衣の了解を得て話始める梶原。
「昨日志衣さんは、お孫さんがあなたを可愛いと言った時、やっぱりお前こういうのが好みだったのかと言いましたね。それはつまり、成海さんがそういった異性に惹かれるということを知っていたということです」
『そうじゃな』
「志衣さん。昨日久しぶりに話せたからじらしたいとおっしゃったのは、その場で自分の未練を話すことが憚られたからではないですか?」
『察しの良い子じゃなお主は』
「やはり……そうですか」
梶原は目を閉じ、意を決したように話しだした。
「昨日専門家に相談したところ、数は少ないですが志衣さんと同じような事例があることがわかりました。ただ、その事例はあまり芳しいものではありません」
『やはりそうか。ワシもうすうす感づいておったよ』
「自分でも何らかの自覚があったんですね。志衣さん、あなたは……」
スマートフォン越しに志衣は微笑みながら、梶原の返答を待つ。
「お孫さんを、異性として愛してしまったんですね?」
『そうじゃ』
志衣ははにかみ、笑った。
――――――――――――――――――――
最初は亡くなった爺さんの若い頃に似ているから、そのせいで特別に感じるのかと思った。
だが、息子を育てていた時とは違う感覚に、戸惑いを覚えた。愛しくて愛しくて仕方がないのだ。初孫なのだから嬉しいことや可愛いことは当たり前だ。だが孫が10代後半に差し掛かった頃から、これは別の感情なのではないかと思い出した。
この子を独占したい。
学校で女の子と仲良くしているという話を聞くと、胸がざわついた。悪い虫がつかないように細心の注意を払った。
祖母として慕ってくれている孫を、男として見てしまっている自分。あまり良い事ではないと頭では分かっていても、心が言うことを聞いてくれなかった。
「ワシはどうしてしまったのかのぅ」
昔から一緒にいた人形を傍らに話しかけてみるも、返事は帰ってくるはずがない。
そういえばこの人形は、ちょうど爺さんと知り合った頃にあたりに貰った物だったと思い出した。
その頃はまだ爺さんと結婚するなんて思いもよらず、ただ恋心を抱き想いを馳せるだけだったが、幸せを感じている時でもあった。
「ワシがもう少し若ければ、あの子と異性として好き会うこともできたじゃろうか」
分かっている。もし本当に若返ることが出来たとしても、その願いが叶うことはない。祖母と孫という関係なのだから。
それでも夢見ずにはいられない。とうに枯れてしまったはずの自分は、どうして孫のことになるとこんな感情をいだいてしまうのか、頭と心が噛み合わなかった。
そしてその感情を抱いたまま、ワシ、才賀志衣は寿命を終えた。
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