第27話

 私、船越令の霊媒体質という持って生まれた性質は、なかなか他人に理解されるものではなかった。お寺の家に生まれた家庭環境だったためか、家族は受け入れてくれたけど、小さな頃は霊に取り付かれた際に、急に人が変わったようになる私を見て、小学校の同級生達は気味悪がった。


 次第に自分の体質にも慣れ、どうすればこの体と上手に付き合っていけるか、解り始めたのが高校生になってから。


 霊媒体質と付き合っていく方法。それは少し意外な方法だった。ネガティブな感情を持っていると、憑かれやすくなるため、日々を明るく楽しく過ごしてポジティブになること。そんな事で良いのかと思う人もいるかもしれないが、これがなかなか難しい。


 日々色んな事がある中で、ポジティブ志向でい続けることはなかなか難しいのだ。精神的に不安定になりやすい思春期ではなおさらだった。


 それでも元々の性格が暗くなかったことと、日々明るく生きようと心がけていたことで、かなりポジティブな考えを持って過ごすことが出来るようになっていった。


 その頃には多少私のことを理解してくれる人も増えてきていた。それでも殆どの人はこの体質のことには深く触れようとはせず、『腫れ物に触れるように扱われる』という様子だった。


 この体質のことを理解出来ない、信用出来ないという人も多く、好奇の視線に晒されることも多かった。


 ただ、ポジティブに生きることを心がけていたため、友達は少なくはなかったのが幸いした。たまに霊に憑かれてしまうことはあったものの、その時は実家のお寺で除霊してもらえば良い。


 霊が見えるカメラを搭載したスマートフォンが普及してからは、かなり周りの環境が変わった。あなたの言ってた事は本当だったんだねと、以前より私のことを理解してくれる者は周りに増えた。


 ただそれでも、たまに霊に憑かれてしまう私の体質に、そこまで深く関わろうとする者はいなかった。彼氏になってくれた人でさえ、霊媒体質に関しては完全に受け入れてくれたとは言い難い。


 不可視物管理課が設立され、もともと市役所職員として働いていた私は、自分がその仕事に向いているんじゃないかと思い、志願した。


 そこで初めて梶原君に出会った。


「はじめまして。梶原御影です」



 彼は不可視物管理課で初めてペアを組んで仕事をした相手だった。霊の声が聞こえるという彼の話を聞いた時、霊媒体質以外でもそういう霊の影響を受ける人はいるんだなぁと思った。


「船越さんの霊媒体質って大変そうっすね。俺は実際に霊に憑かれることはなかったので、霊の声が聞こえても空耳とか気のせいかなとか思って過ごしてて、全然大丈夫だったんですけど」



 彼の方は霊の声が聞こえることで特に不自由を感じたことがなかったらしく、同じように霊の存在を感じることが出来る者でも、そんな風に過ごすことが出来ているという梶原君を少し羨ましく思った。


 私は少し心配してくれる友人はいても、家族以外の他人に手を差し伸べても貰えるという事がなかったから。


 最初の仕事で、そんな梶原君への不安や不満な気持ちをぬぐえないままのぞみ、不慣れな事もあり甲種に憑かれてしまった私を、彼はすぐさま助けてくれた。自分の身を挺して。



「権限行使、流!」


 私の手を握り、自分に霊を移した梶原君は、そのあと更に撃の権限を使って霊を除去した。


「痛ってぇ! これ研修でやり方は聞いてたけど実際やると痛ったいっす船越さん!」


 そんな彼の手当てをしながら、自分の体から霊を追い出すための権限行使があることと、霊を追い出す権限を使った後に、業務用端末のスマートフォンでのカメラで通常通り霊を写し、封印用のSDカードを使うことも出来たんだよと説明した。


「あっそっか。でも何かちょっと苦しそうにしてる船越さん見てられなくて、ついやっちゃいました……」


 はにかみながら答える梶原を見て、何故だかとても嬉しくなった。はじめて他人に手を差し伸べて貰えた気がした。



  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



 梶原が加納と話をしに行った翌週の月曜日。梶原は不可視物管理課に出勤していなかった。


「アレ? 梶原君今日休み?」


 船越が朝一で梶原が出勤していないことに気づき、相馬に声をかけた。


「そうみたいですよ? 何か体調不良ってことで連絡があったみたいです」


「へぇー珍しい。仕事終わったらお見舞いでも行こうかな? 一人暮らしって聞いたことあるからキツイかもしれないし」


「アレ? でも梶原さん、彼女いるんじゃなかったでしたっけ? 彼女に看病してもらったりしてるんじゃ……」



「そうだった……かーぺっ! 私は彼氏と別れてからは一人だっていうのにチクショウめ!」


「ははは……」


 苦笑いをする相馬になおも話を続ける船越。


「そうだ! ご飯作って持っていくだけだったら良いよね? よしそうしよう!」


「それはもっとやめた方が……」


 ただでさえ彼女がいる男性の家に女性が会いに行くのはリスクが伴うが、船越の料理はまたさらに別のリスクが伴う。主に体調不良の者に食べさせれば、体調を悪化させる恐れがあるからだ。相馬も一度船越に料理を振舞ってもらったことがあり、痛い目を見た経験がある。


「あの……すみませんちょっと良いですか令姉さん」


 相馬と船越が話している中、根本が不安げな表情で話しかけてきた。あまり普段の根本が見せない態度に、船越と相馬は顔を見合わせる。


「どうしたの根本。そんな顔して?」


 重々しい雰囲気の中、ゆっくりと根本が口を開く。


「私友達に梶原と大学が同じだった子がいるんですけど、その友達にたまたま会って最近話したんです。そしたら気になる事を聞いて……」


「どんな話?」


「梶原の彼女って、事故で一年前くらいに亡くなってるらしいんです」


「……え?」


 その話を聞いて動揺する船越。確か梶原は今、彼女がいると船越に言っていた。


「令姉さんが梶原と話した時、梶原は今彼女いるって言ってたんですよね?」


「え、えぇでもお酒飲んでお互い酔っぱらってる時だったし」


「あっあとまた新しく彼女出来たっていう可能性もありますよっ?」


 船越と相馬がフォローを入れる。彼女がいると言っていたからといって、直接何か問題があるわけではない。


「そ、そうですよね。彼女が亡くなってるって言っても、気の毒であることに変わりはないけど、そこまで何か私達がどうこう言う事じゃないですもんね。ただその友達の話では、梶原って、彼女さんが亡くなってから、立ち直るのが異常に早かったらしいんです。その話だけが少し気になって」


「そ、そうなんだ……」


 どういう事なんだろうかと考え込む三人。亡くなってしまった者の話に敏感なのは、不可視物管理課の職員だからという理由もある。考え過ぎだろうと一蹴することは簡単だ。だがその時船越は、ぬぐう事の出来ない嫌な予感に駆り立てられた。


 何とも言えない不安を残しながら、それでも仕事は進めなければならない船越達は、その日の仕事に取り組んだ。




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