第25話 the long epilogue  島風

 空港のロビーで流れているトランクを眺めつつボーっとしている。

 中庭にはハイビスカスが咲いている。

 何だか良く解らないのも咲いていたので園芸好きな郁美さんに聞く。

 ブーゲンビリアですよ、とすぐに教えてくれた。

 へぇーそうですか、とエントランスに目を向けると威勢よくエイサーを踊っている集団が居てその周りを観光客が囲んでいた。

「色々な国に行ったけど、エイサーのお出迎えがある空港は始めて」

 そちらを見て微笑みながら言う。

「私もですよ」

 何だか可笑しくなってしまい、二人で顔を見合わせて笑った。

 寄り添うように流れてきたトランクを持って空港を出る。

 熱帯の様な気候であるが、周りの草木に花が雨に濡れた様に水滴が付き、色鮮やかな為かどこか涼しげである。


 ああ、来たのだなと思う。

 十何年も前の約束を果たしに。


 空港を出て少し左に行くとレンタカー屋が在り、そこで予め用意して貰っていたレンタカーを借りる。

 女性二人だと思っていたから、可愛くて真っ赤な車を用意しておいて貰っていたので運転が少し恥ずかしい様な気もしたが、助手席に郁美さんが乗り込むとそんな気も失せてしまった。

 エンジンを掛けホテルに向かう事にした。



 一昨日予約を取り終えた後、大阪に帰ろうとしたのだが、

「では名可男さん、一緒に旅行に必要な物を買いに行きましょうか。トランクは家に沢山有るので好きなのをお使い下さい」

 急にそんな事を言い出した。

「えっ、私ですか。藤堂さんと行くのでは無いのですか」

 驚きのあまり少しパニックになりながら聞いてみた。

「元彼がしつこくマンションに来るから、家から局に通わせて、と言われていたので。別れた元彼の愚痴、凄く聞かされるから、一緒に暮らすのはご遠慮したいですけど、旅行中なら貸してあげようかなと思いまして」

 愚痴言うんだ。

 というか問題はそっちでは無い。

「あの、私も……」

 仕事が、と続けようとしたのだが、私の右手に欠けた左手を絡ませてきた。

「最後の思い出作り。我侭なのは十分承知していますが」

「最後だなんてそんな。先生も上手くいくと仰っていたのに」

 かなり顔を近づけてきた。

 口と口との位置が近い。

「そんなのわかりませんよ。思わぬ事故、怪我、人災。先の事なんて誰にもわかりません」

 そう言われてしまってはもう返せなかった。

 しかし何で私となんだ? 思ってみたがわかってしまった答えがまた悲しかった。

 甘える人が他にいないのだな。

 それに彼女にとって最後かもしれないという旅行に供奉出来る資格を得た訳だから、もう迷う事も無い。

 私は携帯の電源を切った。


 車を走らせ二十分位すると案内表示が出ていて、その通りに行くとすぐに着く。 門兵が居る白くて大きなホテル。

 ここに今日から一週間泊まる予約を取っている。

 門兵に通してもらい中に車を進めて行く。

 敷地内は楽園の如く花が咲き乱れていて、テニスコートとパターゴルフ場が見える。

 プライベートビーチまで有るそうだ。

 ゆっくりと車を停め、フロントに向かう。

 大好きな人と共に。

 フロントで鍵を貰い部屋に向かう途中で気づく。

「すいません。藤堂さんと行くものだと、ばっかり思っていまして部屋ツインで取っていました。もう一部屋取りましょう」

 フロントに戻ろうとする私の服の裾を郁美さんが軽く掴んで制した。

「別にいいですよ。一緒に泊まりましょう」

「いや、しかしそれは……」

「婚約者が別々の部屋では変ではないですか」

「まぁ、それはそうでしょうけど」

「行きましょう」

 ケラケラ笑いながら引っ張るので、引きずられる様に部屋に向かった

 

 部屋の鍵を開けると思ったより大きな部屋。

 随分綺麗だな。

 トランクを二人分靴箱横のスペースに入れる。

「わぁ、凄い」

 もう中に入っていた郁美さんが窓のカーテンを開けていた。

 遅れて私も隣に行き外を見ると、眼前は海だった。青い海、白い砂浜、まるで絵の様な景色が広がっていた。

 手前の緑には花が咲き乱れている。

「綺麗」

 呟く彼女の横顔も綺麗だと思った。

 何時までも眺めていたい気持ちを振り切り、ベッドに腰掛けて問う。

「とりあえず、どうしますか」

「少しゆっくりしてから色々と回りましょう」

 窓から離れ私の隣に腰掛けて言う。

 郁美さんにはここに来る前に、仕事は私の都合で何とでもなると言ってある。

 実際そうだし何より彼女が最優先である。

 そこを今までの様に間違えてはいけなかった。


 午後からは歩いて海を見に行った。

 若い連中が海辺ではしゃいでいるのを見て、私達にもこの様な時代があったのだなと懐かしんだ。

 しかし綺麗な砂浜だった。

 天国というものが有るのだとしたらこういう所なのだろうな。

「多分、そうだと思いますよ」

 笑顔で郁美さんが答える。

 言葉に出ていた様だ。

 こちらを向き長い髪が横に流れる。

 そして天使と言うものが居たとするのなら貴方みたいな人でしょうね、とこれは口に出さない様に気をつけ、心の中で思ってみた。

 ゆっくりと海辺を散歩し二人で海を眺めていた。

 ゆったりとした時間。

 何時までも続けと願う時間。

 寄り添うように並んで座り、明日から何をしようかと色々話をしていたら、お腹が空いてきたのに気づき、時計を見たら十九時を少し回っていた。

「わっ、もうこんな時間ですよ」

「えっ、こんなに明るいのに」

 辺りはまだ普通に新聞が読めるくらい明るかった。

 今日は沖縄の三線ショーを聞きながらの夕食の予定で、十九時半から店を予約していた。

「そろそろ行きますか」

「はい」

 砂を払って立ち上がり停めてある車に向かう。

 日の香り、温かさがまとわる風、全てが心地良く。


 ホテルに帰ってきた時には深夜零時を遥かに回っていた。

 サンシンライブと聞いていたのだが、途中から客全員で円になって店内で踊りだした。

 簡単な振り付けなのだが上手く踊れず四苦八苦、壊れたロボットみたいになっている私を見て郁美さんは大笑い。

 ホテルに帰ってきてからも思い出してか終始笑っていた。

「そんなに面白かったですかね」

 少々憮然として言ってしまったのだが、お酒に飲まれてしまった郁美さんは思い出しては笑っている様であった。

 やれやれ、まぁ郁美さんが楽しければそれで良いか、と冷蔵庫にコンビニで買ってきたビールやサワーを入れていると、

「では一通り笑ったので、先にお風呂頂きます」

 とホテルの部屋についているにしては大きすぎる風呂にお湯をはり始めた。

 重大な事に気がついた。

 この後は寝る事になる訳だが、果たして理性が保てるかどうか。

 もう肩はほとんど痛くないそうだ。

 痛い所があるうちは患者として見る事が出来ていたが今はどうか。

 今冷蔵庫に入れたばかりであまり冷えてないサワーを早速開けて、いい勢いで飲んでいる上機嫌の郁美さんを見ながら考えてしまう。

「よし、そろそろいいかな」

 サワーの缶を置くとシャツのボタンを開け始めた。

 そしてベッドの上に投げ置く。

「ち、ち、ちょ、ちょっと待って。脱衣所はあちらです」

 突然服を脱ぎ始めたのに驚きながら止める。

 その様子を楽しそうに眺め、

「そうですか、それは失礼」

 深くお辞儀をして千鳥足で風呂場へ向かう。

「少々飲みすぎた様ですね。風呂なんて入って大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよー。何も壊しませんから」

「いや、そうじゃなくて……」

「心配なら一緒に入りますか」

「えっ」

 唐突な提案に驚き固まっている顔の私を見て、少し笑うと心配無いという風に手を振り、割としっかりとした足取りで脱衣所に向かった。

 その後を着替えの浴衣を持って追いかける。

 郁美さんの風呂を待っている間倒れたり発作が起きたりしないか聞き耳を立てていたが、浴室から出る気配とドライヤーの音が聞こえてくると急に眠気が襲い早々にベッドに潜り込んだ。

 この旅行の間紳士でいられます様に、と願いつつ。



 次の日からは海にシュノーケリング、観光と大忙し。疲れて夜は二人して死んだように眠ったが、次の日の朝になると今日は何しようか、とどちらからとなく尋ねる。

 まるで今まで一緒に居られなかった時間を埋める様に遊んだ。

 そして何日か滞在するうちに気がついたのだが、この島は全てに於いて色々な事が良い意味でゆるかった。

 また島とはいえ、五万人以上住んでいて市役所、警察署、消防署、病院、発電所、税務署、教習所、小中高各種学校と揃っており、果ては裁判所、自衛隊まで有り一つの国の様になっていた。

 その事を五日目の夜郁美さんに話をする。

「本当にそうですね。良い国に連れてきて貰いました」

 そして少し考えて、

「日本も外国も……もういいので、この国の住人になろうかな」

 とても良い考えだと思った。

 ずっと来ない家族達を待ち続けているあの家からは動いた方が良い。

「とても良い考えですね。明日、少し不動産を見て回りますか」

「はい」

 とても嬉しそうに頷いた。



 

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