第4話

 月曜日はなんだかダルイ。

「お前凄いな」

 いつもの様に中山の家の前にある大きな駐車場でバイクをいじっていたら、中山が現れて第一声がそれだった。

「何が」

 リアテールの電球を外しながら答える。

「飛田さんに話してもらっているんだって」

 ああそうだよ。

 新しい電球に交換しながら答えた。

 中山は隣のクラスなのに、そんなとこまで噂になっている。

 今日も休み時間ずっと彼女といた。

 そして彼女の席に来た友達も交えて一緒に話をした。

 今まではこんなに複数の女子と話したことなんて無かった。

 私の人見知りも治るかも、いい機会を得た。

「いいなぁ。俺も相手にされてぇ」

「じゃあお前も話しかければいいだろ」

 テールランプを付けながら答えた。

「無視されるに決まっているだろ。第一機会がねーよ」

「機会ならあるぞ」

 最後のねじを締めながら答える。

「何処にあるんだよ」

 憮然と答える声と、驚きの声がほぼ同時だったと思う。

「こんにちは」

 彼女が中山の右斜め後ろに立っていた。

 髪を後ろに束ねオレンジのポロシャツにハーフパンツ白のスニーカーという普通の格好だが、美人過ぎる為か妙に垢抜けて見える。

 二、三歩後ずさりする中山。

「ほら、話しかけてみれば」

 中山を促すが中々声が出ない様だ。

「初めまして、飛田と言います」

 中山に挨拶する。

 中山は誰にでも話しかけ社交的な男だが急に現れたせいか、 中々声が出ないでいる。

 今日はバイクで出かける約束をしたという話をした。

 へえ~、と感嘆ともため息とも取れる声を出す中山。

「ええと、中山君ですよね。バイクの修理や色々な物を作るのが凄く上手い、って聞いていますよ」

 涼やかな声で中山を褒める。

 照れる中山というものを始めて見た様な気がする。

 いやそれ程でも、なんて言っている。

 褒められてペースを取り戻したのか、自分から話し掛けている。

「家は何処なの?」

「すぐ近くの、最近出来た住宅地です。庚新塚の」

「ああっ、あそこね。じゃあ本当に近所だね。まぁ宜しく。中山健三といいます」

「はい、こちらこそ」

「あそこに引っ越す前は何処に住んでいたの?」

「茨城県です」

「へぇー。親戚が水戸に居るよ。飛田さんの訛りは茨城訛りだよね」

 彼女の表情が一気に曇る。

 やばい、これだから中山は。

「でも、可愛い子の訛りって可愛いよね」

 彼女の表情から雲が消えた。

 よくやった中山。

「そっ、そんなことないですよ」

 飛田さんは照れながら笑っていた。


 セル一発、バイクのエンジンを掛ける。

 彼女に今バイク屋で買ってきた白いヘルメットを渡す。

「じゃあそろそろ行くわ」

「おう、気をつけて」

 中山に見送られながらハンドルを左に切った。


「ねっ、本当だったでしょ。みんな思っている事なんだって、方言や訛りなんか気にせずに、どんどん話しかけたらいいんだよ」

「はい。そうですね」

 吹っ切れた様な笑顔で笑っていた飛田さん。

 中山は可愛い子の方言は可愛い説を彼女に証明してくれた。

 というかこの説を最初に私に力説したのは中山だったのを今思い出した。

 これで彼女の評判も変わるな、確信に近いものを感じた。

 信号で止まるとヘルメットの後頭部を軽くコンコンと叩く音がしたので振り返ると、少々戸惑いの表情でこっちを見ている。

「でも私、そんなに訛っていますかね?」

 ちょっと返答に困ったが、

「少しね」

 と答える。

 本当はだいぶ訛っているし、えっ? ていうくらい分からない方言が出たりするが黙っていることにする。

 彼女はこんなことが短所にならないくらいの性格の良さと、話し上手を兼ね備えているのだからみんながそれを知ったら変な噂も消え人気者になると思う。

 黙って変な噂が立つより、多少笑われてもいっぱい喋って良さを知ってもらった方が良い。

 しっかり捕まっていてと後席に告げバイクの速度を上げていく。

 見慣れた景色が後ろに流れだしていく。

 太陽が高い位置にある。

 夏はまだ始まったばかりだった。



 朝、授業が始まる前生井と今週土曜のサーフィン何処に行くかを決める為、地図を見ていた。

「おはようございます」

 後ろから気配も無く彼女が現れた。

 生井はビクッと驚き振り向いてまた驚いていた。

 ああ、おはようさん。

 私は挨拶を返すが生井は彼女に対して怪訝そうな目を向けるばかりで声を出さない。

 いやっ、出ないのか。

 この厳つい暴力的大男は見た目によらず女子が苦手な様だ。

「生井君もサーフィンやるの?」

 彼女が傍らにある雑誌を見て尋ねる。

 名指しされて漸く小さく頷く。

 情けない事に少々小刻みに震えていた。

 この男とは中学の頃空手道場が一緒だったが、こんなオドオドした姿を見るのは初めてだ。

「昔住んでいた所から、大洗が割りと近くて。あの辺も行くのかな。えーっと、あの辺にサーファーの人達が良く行くお洒落なカフェレストランあったよね。名前何だったかな」

 考える素振りの飛田さんに、

「セーバー亭の事か」

 漸く喋った生井。

 そこからは茨城ローカル話題で盛り上がっていた。生井も小学校までは茨城だったので大体わかる様だ。(取手が地元だから方言は出ない)

 始業のチャイムが鳴り、生井が私の席に帰る。

「生井君、実は怖かったの」

 私に向かって小声で囁く飛田さん。

 そりゃみんなそうだと思うよ、あんな大きくて怖い奴。

 よく話しかけたなと思うもの。

 感心した旨伝えた。

 一時間目終了のチャイムで休み時間となる。

 生井が席に来た。

 セーバー亭の場所の地図を書いて。

 彼女の周りに少しずつ人が集まっていく。


 放課後になる。

 良かったら送ろうか、と聞いてみる。

「火曜日は部活があるので」

 合奏部のピアノの助っ人に行っているそうだ。

 彼女のピアノの上手さはこの近所ではだいぶ前から有名だった様で、先輩から後輩指導を頼まれてじゃあ週一回だけなら、と承諾したそうだ。

 また明日、と廊下で別れた。


 水曜日の放課後、まるはし(田舎のコンビニ)で待ち合わせ。

 CDを買いに自転車じぁちょっと遠いCDショップに行く為だ。

 最近は学校に行くのに楽しさの他に高揚感の様な物が加わった。

 レゾリューション(バイクに命名した)を無理して買って本当に良かった。

 おまたせ。

 軽快に走ってこっちに向かってくる彼女に対しセル一発でエンジンを掛け、心地良い排気音で答えた。



 彼女は木曜日も部活の様だ。

 火曜日だけ助っ人として行っていた様だが、木曜日も頼まれて行くことになったと言っていた。

 暇なので洗車することにした。

 中山の家から勝手にホースを伸ばし、レゾリューションに水を掛ける。

 光に反射して虹が出来た。虹の懸け橋。そこから幸福が届きそうな、そんな予感をさせる様な綺麗な虹が出来ていた。

 向かいの家の窓が開き中山が顔を出す。

「何やってんだ。明日雨降るぞ」



 金曜の昼休み、いつもの様に生井と学食に向かう。

 いつもはこの厳つい大男と二人で若しくは隣のクラスの中山も呼んで、三人での男くさい食事となるのだが、今日は飛田さんとその友達二名も同行している。

 非常に華やかである。

 中山も呼んでやろうと隣のクラスに呼びに行ったら弁当を持ってきていた。

 ついてない奴、置いていくことにする。

 飛田さんもお弁当派で、毎日小さくて可愛らしい箱にウサギのキャラクターが書いてあるお弁当箱を持ってきている。

 二時間目が終了した後の休み時間、お弁当箱の話題となった。

「そんな小さいので足りるの?」

「はい。それに栄養のバランスを考えて作ってきているので、体にもいいんですよ」

 自信満々で言う飛田さん。

「えっ、飛田さん作ってきているの? 料理好きなんだね」

 私がそう聞くと、

「好き、というか……」

 口元に笑みを浮かべながら、小さくため息をつく。

 そして、

「食べてくれる人がいないから、味はどうなのかなぁ」

 こちらを伺う様にして見る。

「良かったら、良かったら、でいいんですけど、食べてみませんか?」

 遠慮がちに聞いてくる飛田さん。

 喜んで頂きます。

 早弁になってしまうがまぁいいだろう。

 ウサギの蓋を開けてみる。

 厚焼き玉子、大根の葉の御浸し、焼いた牛肉、ご飯には白胡麻がまぶしてある。 それらが小さな容器の中に納まっていた。

 そして更に小さなタッパーにはうさぎにしてあるりんごが入っている。

 頂きます。

 手を合わせて可愛い猫のキャラクターが書いてある箸を持つ。

 どうぞ、と飛田さんの声がする。

 一気に食べてしまった私。

 非常においしかった。

「ご馳走様。これもう店に出せるレベルだよ」

 率直な感想を述べた。

「良かった」

「お礼にランチにご招待したいのですが」

「じゃあ、購買部という超高級店でいいですよ」

 ニヤッと笑われた。

「もう少し高級にしませんか。学食などは如何でしょうか」


と、いうことで五人揃って学食に向かうことになった。

「学食初めてかも」

「郁美いつもお弁当だしね」

 ワイワイと華やかに歩く。

 これが青春ですよ生井君。

 君と二人きりの食事は死ぬほど味気ないですからね。

 生井も同感の様で、心なし緊張している様だが楽しげだ。

 

 前方にナンパ軍団と呼ばれている集団が現れた。

 すれ違う瞬間、飛田さんに気づいた様で声を掛けてきた。

「郁美ちゃんじゃない」

 阪中というこの軍団のボス的な存在が声を掛ける。

 馴れ馴れしくも名前で呼んでやがる。

「この前の考えてくれた」

 軽い感じで声を掛ける。

 こいつらもかぁ。

 飛田さんに告白しても全員玉砕しているので、ついにみんなかけるようになった、と中山が言っていた。

 会話が五分続いたら百円オール、デートに誘えたら五百円オール、三回デートしたら千円オール、そして付き合えたら三千円オールだそうだ。

 最近は上級生だけではなく同級生の間でもやっているそうだ。

 中山も誘われたことがあるらしい。

「今日行こうよ。放課後校門の前で待っているよ」

 ニヤニヤしながら言う。

 他の奴らが時計で時間を測っている。

 もう明らかにかけている奴らだ。

 飛田さんもとても困った顔になっている。

「ねえ、黙ってないで何か言ってよ」

 賭けを成立させようとしてか、何とか喋らせようとする。

 飛田さんは困った様な表情で笑いながら俯く。

 それでもなおしつこく迫る阪中。

 連れの奴らも頑張れー、とか無責任な応援をしながらゲラゲラ笑っている。

 彼女に変な噂がたつ原因はこういうのが居るからだろう。

 だったらこういう奴らが来ない様にすればいいか。考えが纏まった。しかし、その後の事はまるで考えていなかったが。

「おい」

 阪中に呼びかける。

「何?」

 阪中がこっちを面倒くさそうに見る。その面倒そうな顔に向かい、

「俺たち付き合っているんだけど」 

 飛田さんの肩を抱き寄せて言った。


 阪中はビックリした。

 その連れもビックリした。

 飛田さんの連れもビックリした。

 生井もビックリした。

 そして言った後、私もビックリした。

 飛田さんだけが、わぁ、と言う表情でこっちを見ている。


「あ、ああっ、そう」

 阪中達はビックリした顔のまま、逃げるようにいなくなった。

 付き合っている奴がすでにいれば賭けが成立しなくなるだろう、と考えて勢いで言ってしまったが思い切った嘘を言ったものだ。

 自分の顔が物凄く赤いのを感じた。

 こちらを見据える様に見る飛田さん。

「いや、こうでも言わないと、あいつ等しつこそうだから」

 慌てふためきながら弁解する。

「さて、学食行こうか」

 ごまかす為に促すがここでまだ肩を抱いたままだった事に気づき、慌てて離す。

 その様子を見てクスッと笑うと、

「別にいいじゃない。彼女なんだから」

 嬉しそうに腕を絡ませてきた。

「行こう」

 唖然とした表情三人と真っ赤な顔一人が、少し嬉しそうな顔に腕を引っ張られる。

 外には入道雲が出ていた。

 風は廊下にも流れてきていたが、とにかく暑い日だった。



 土曜日のサーフィンの後セーバー亭に向かう。

「おい、これ買っていったらどうだ」

 生井がここで売っているネックレスを指差す。

 ここのネックレスは人気男性アイドル五人組の一人がしていて、サーフィン仲間の間では有名だった。

 しかし生井は私がアクセサリーをしないことを知っているはずなのだが。

「飛田さんに似合うんじゃないか」

 いやだからそういう仲じゃないから、と昨日から言っているのだがもう信じてもらえない。

「そうだよ、買っていけよ」

 生井から昨日の一部始終を聞いていた中山も煽る。

「何の話?」

 いつも私達を海に連れて行ってくれる小森谷さんが話の輪に入ってきた。

「ふぅん、渡邉君にも久しぶりに彼女が出来ましたか」

「いやだから……」

 昨日のことを小森谷さんにも説明した。

 小森谷さんはなるほどと何回か頷いた後、

「これはチャンスだよ」

 とニヤッとする。

 そうだぞ、と中山も言う。

「何のチャンスですか」

 照れる私に小森谷さんがところでーと語尾を伸ばして肩を組んできた。

「渡邉君はその子の事、どう思っているの」

 私もよくわからなかった。



 日曜日は死ぬ日と決めているので遅くまで寝ていることにする。

 しかし今日は暑い。

 クーラーをつけてまた寝る。

 窓の外を見るとスカイブルーの空に電線が弦楽器の様に揺れていた。

 ゴンゴンゴン

 親父のノックの音。

「おい彼女来ているぞ」

 いやだなあ、ゆっくり起きる。

 前付き合っていて最近別れた元彼女は、理由を付けてはたまに会いに来ることがあった。

 昨日もサーフィンの後、夜中まで遊んでいたのでまだとてつもなく眠い。

 また悩みでも聞いて貰いたくて来たのだろう。(しかも毎回たいした悩みではない)

「居留守です、って言ってくれ」

 と親父に言う。

「いやっ、部族(別れた彼女)の方じゃなくて新しい方だけどいいのか」

 新しい方? 今俺には彼女はいないはず。

 慌てて飛び起きる。

 階段を駆け下りて、寝起きの格好が酷いのを思い出しまた駆け上がる。

 十秒で寝癖を直し、二十秒で服を着替え、また駆け下りる。

 店側か玄関かで迷ったが、飛田さんには玄関から来てとは言っていないので、店側に向かって走った。

 飛田さんは窓際の席に座っていた。

 親父が気を利かせたのかもうコーヒーも出ている。

「おはようございます」

 満面の笑顔で挨拶してくれる。

「落ち着くいい雰囲気のお店ですね」

 そうかな、と照れてみる。

 聞こえたのか親父も満更ではない様だ。

 しかしこんな日曜の朝早くから何の御用ですか?

「彼女が彼氏の所に行くのに、理由が必要ですか」

 一昨日のことを言われる。

「勢いにも程がありすぎました。すいませんでした」

 素直に謝る事にする。

「別に怒ってないですけど」

 真っ直ぐ見つめられる。

 そんな瞳で見つめられていたら間が持ちません。

「本日もピアノが空いておりますので一曲お願い出来ませんか」

 耐えられなくなり、依頼する。

「では」

 笑顔で一言、立ち上がりピアノに向かう。

 それを見て親父がレコードを止めた。

 店内に生演奏のプレリュードが流れた。

 演奏中の横顔を見つめながら、こんな素敵な子が本当に彼女だったら楽しいだろうな。

 それは漠然と思った。



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