第10話 檜

 



 悪い事というのは続く様で。


 手首のギプスが取れる頃親父が死んだ。

 マージャンの帰りに飲んで道にそのまま寝てしまったらしい。

 そこにダンプカーが。


 葬式には親戚が沢山来てくれて、人生二回目の葬式にて初喪主の私をサポートしてくれた。

 しかし悲しいと感じる暇も無いくらい目の回る様な忙しさだった。

 通夜では私の知らなかった親父の顔を知る事が出来た。

 若い頃はやんちゃでどうしようもなかった様だ。

 暴走族にもいたことがあるらしい。

 だからあんなにバイクに理解があったのだな、と今更ながらに思う。

 でも母親と知り合ってから変わってタクシー運転手となって稼ぎまくった。

 また時期もよかったみたいでバブルの前ということもあり、とても儲かった。

 そして私が生まれた。

 子供が生まれたら家に居なくては駄目だろう、ということに親父の中ではなった様で母親が音大を出ていて音楽喫茶をやりたいと言い出したこともあり、店をはじめたという。  

 物心ついた頃にはもう家は喫茶店だったので、この様な事があったというのは初めて知った。

 母親も音楽やっていたのか。

 私が小さい頃に亡くなったのでほとんど記憶が無い。  

 親戚にビールをついで回りながら、亡き両親の事を思った。


 出棺の時はさすがに泣いてしまうかな、と思ったが生前の人柄を語るナレーションが芝居じみ過ぎて私の中で白けてしまい大丈夫だった。

 焼き場まで移動するバスに乗り込む。

 位牌を抱きながらぼんやりと外の景色を見ている。

 親戚が代わる代わる声を掛けてきてくれたが空返事と愛想笑いしか出来なかった。

 風景は街中から焼き場のある田舎へと変えていき、その田畑と林と森が近づくにつれて天涯孤独になる時間が近づいているのだな、と感じた。

 好きな人に好きな事をやらせてあげた親父、やっぱり無理目な相手と付き合うにはお金稼がないとだよな。


 焼き場では割とあっけなく焼いてしまった。

 骨となって帰ってきた親父を見ても悲しくも何とも無く、住職の指示通り箸で遺骨を骨壷に入れる。

 何だか実感が無い感じだった。

 小さな骨壷に収まってしまった親父、いや大音鉄馬院清風居士はもう返事も返さない。


 葬儀場に戻り親戚一同集まる中、葬儀屋の人から最後の挨拶を促される。

事前に葬儀屋に聞いた通りに、お忙しい中お集まり頂きありがとうございます、故人も安らかに旅立つことが出来ました、みたいな事を言ったと思う。

 これで式は終了。

 後は親戚をお見送りする。

「立派だったね。元気出しなさいよ」

 最初に福岡のおじさん夫婦が帰る。

 福岡はおばさんが親父の妹で、おじさんは会社の社長なのに業務そっちのけで来てくれた。

 みんなに軽く挨拶しながらベンツに乗り込みかえって行った。

 青森の親戚も飛行機なので、電車で帰る様で駅へ向かう。

 段々親戚が帰って行く中新潟のおばさん(親父の姉で長女)が、

「今日は家に泊まっていってやろうか?」

と言ってくれた。

 おじさん(その旦那)も無言で頷く。

 しかしなんだか一人になりたかったので丁重に断った。

「そうか、本当に一人で大丈夫か。おばさん達の所は暇だから遠慮することは無いんだよ」

 暇な訳が無い。

 地元じゃ有名な歯医者で受付が七時なのに九時まで患者がいる様な所だ。

 恐縮しているとそれを聞いていた様で名古屋のおばさん夫婦(親父の妹)が、

「何で姉さんとこだけ」

と噛み付いてきた。

 ?

 すると名古屋のおじさん(母方の長男)も、

「そうだぞ、あんたのとこだけいいとこ取りするな」

 ?

「何、なんのこと」

 おばさんも首を傾げている。

「また姉さんはとぼけて」

 私もよく解らなかったがとにかく一人になりたいので、と残っている親戚一堂に宣言し皆さんが帰られるまで見送った。


 葬儀屋に挨拶をして葬儀場を後にする。

 家まではバスに乗った方が早いが歩けない距離では無い為歩くことにする。

 喪服姿で街のメインストリートを歩く。

 途中人目が気になり黒ネクタイを外す。

 真夏の日差し、それもまだ四時過ぎで暑いはずなのに一つも暑くない。

 汗もかいていない。

 ゆっくりと歩く。

 街路樹の下に咲く花や、空き地の草木が今日はやけに鮮やかに見えた。

 家に近づくと家の前にバイクが止まっているのが見えた。

 宗教上の理由で通夜、告別式に来られなかった中山が、生井と一緒に家の門柱にもたれかかっていた。

 何て話しかけていいか解からない風だ。

「ごめん、ちょっと今日は一人になりたいわ」

 それだけ言って家の中に入る。

 二人とも帰る気配がしてバイクの排気音が聞こえた。

 二階に上がる。

 私の部屋に入る。

 ここは何時も変わりなく私を受け入れてくれる。

 ベッドの上に寝転がる。

 喪主は忙しすぎて悲しんでいる暇が無かった。

 家で一人になったら変わるかな、と思ったが忙しさの余韻か、興奮しているのか、考えるという行為がしづらかった。



 次の日になった。

 何か違和を感じたが階下からコーヒーの香りが消えた為だとすぐに気がついた。 もう客が来ない喫茶店。

 定休日の他は盆と正月くらいしか閉めないシャッターを閉める。

 ガラガラガラ ガシャン

 しっかりと鍵を掛け、

『店主急逝の為、閉店致しました。長い間、ご愛顧ありがとうございました』

 張り紙を貼り付ける。

 急に死んでしまったからやることが多すぎた。

 親父の部屋を整理していたら、通帳や何だか良くわからない書類が山ほど出てきた。

 どうすればいいんだこれは。

 とりあえずいつも常連で来てくれていて家の経理をやってくれていた税理士さんに聞いてみることにする。

 電話をすると女性が出て音楽喫茶の渡邉です、と名乗るとすぐに税理士さんに変わってくれた。

 通夜にも来ていた税理士さんは元気出しなさいよ、明日行くからねと言ってくれた。



 次の日税理士さんが朝一で来てくれた。

 私じゃ判らない書類を全部預けると早速一からめくり始めた。

「俺に何かあったら八尾さん頼むぞ、なんてよく言っていたけどまさか本当に」

 残念な様子だった。

 書類をすべて丹念に見終わって一言、

「次に親戚で集まるのはいつ」

「四十九日にまた集まります。

「何か今後の話とかした」

「いえ何も。あっ、でも一週間後に名古屋から親戚が来ます」

 帰り際に見送った時、おばさんから何故かみんなには言わない様に、と念を押された。税理士さんはそれを聞くと、ため息の後、

「渡邉君、これは揉めるかもしれないよ」

 その時は全く意味が解らなかった。



 四十九日法要の後、親戚一同で集った。

 新潟、青森、福岡、名古屋、相模原、山口からみんな時間の都合をつけて集ってくれた事に感謝した     のは法事の最中だけであった。

 会食の時、相模原のおじさんが私の前に来て、

「君のお父さんには随分お世話をしたんだよ」

 意味深に切り出した。

「そうですか。生前は本当にお世話になりました」

 こちらも丁寧に挨拶する。

「いやいや。ところでその、生前にお世話した、あれなんだが」

「えっ、何ですか」

「少し返してくれるとありがたいのだが」

「何を返したらよいのでしょうか?」

 解らなくて聞き返す。

 無駄よこの子に何を言っても、名古屋のおばさんの声がする。

 その声を聞いた直後、会計士さんともう一人の男性が会場に入ってきた。

 この二人を見るなり、名古屋のおばさんは聞こえよがしにため息をつく。

 男性が前に出て話を始める。

「弁護士の堀と申します。今日は故人の遺産についてのご説明に伺いました」

 相模原と山口の親戚がビクッと動いた様な気がした。



 会計士さんと弁護士さんはこの前名古屋のおばさん夫婦が来る時も来てくれて、ちょっと一時間位外に出ていてと言われ、戻ってみると二人で親父の店のコーヒーカップでコーヒーを飲んでいた。

 名古屋のおばさん達は帰ってしまい居なかった。

「君のお父さんとは、バイクサークルで一緒でね。喫茶店始めた頃は客が来なくて、三人でコーヒーの入れ方なんか教えてもらいながら時間潰したもんだよ。豆とか道具類、場所変わってなかったから勝手に使わせてもらったよ。これが弁護士費用の代わりでいいから」

 ああその話は聞いたことがある。

 喫茶店が暇な時、元暴走族の仲間と会計士さんを呼んで暇つぶし兼サクラ要員にしていたと。

 しかし弁護士費用とは何だろう。

 弁護士にお世話になるようなことはしていないのだが。

「久々に私で入れてみたけど、やっぱり渡邉さんのコーヒーの方が旨いな」

 しみじみと言う。

 会計士さんも無言で頷く。

「渡邉君」

「はい」

「四十九日法要は、汚いものを見るかもしれないよ」


 弁護士さんは遺産は全額実子に渡る事、もうその手続きは済ませた事、借用書の無い借金の相続は放棄する事等、親戚一同の前で語りだした。

 相模原と山口の親戚の顔が見る見るうちに蒼白になっていく。

「そんなの当たり前や。しかしさすが亮(親父の名前)の息子やわぁ。弁護士なんて呼んでしっかりしているわ」

 新潟のおばさんが感心する様な声を出す。

 そこからは地獄だった。

 相模原のおじさんが急に私に詰め寄る。

「五百万、五百万でいいんだ。貸してはくれないか」

 それを聞いた山口の親戚も、

「うちは二百でいいんだ」

 青森のおばさんも、

「亮は貯めていたろ。一本何とかならんか」

などと言い出し、おいやめろ、とおじさんに怒られている。

「なぁ、少し貸してはくれないか」

 福岡のおじさんが言い出したのには驚いた。

 この人は地方の長者番付に出たこともある位に羽振りが良かったのに……。

 あんたまで何言い出すの、と新潟のおばさんに怒られていた。

 修羅場というものがあるのであればこういう場の事をいうのだと思う。

 死んだ人間のお金に群がる親戚。あんなに優しかった親戚達が鬼の様になって私に迫っていた。

 もう見たくなかった。

「税理士さん。遺産はいくらありますか」

 税理士さんは少し考えた後、

「相続税を払っても現金で四千五百万円くらいあるけど」

 会場が少しどよめいた。

「何だ、結構あるじゃないか。ケチケチしないでよこせ」

 誰かの本音が聞こえてきた。

(親父、いいよな)

 一呼吸の後事も無げに言ってやった。

「じゃあそれ、必要な人達にあげて下さい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る