第7話

 家で夏休みの宿題後、二人でのんびりとテレビを見ていた。

 沖縄の特集をやっている。

 青の空、白い家々、光緑の木々、そして綺麗な水色の海。

 まるで外国の様だ。

 郁美は熱心に見入っていた。

「行ってみたいな」

 頬杖つきながら言うものだから、

「じゃあ連れて行ってやる」

 勢いで言ってしまった。

「沖縄までの航空機のチケットいくらするのか知っているの? 二人で往復だと十万円じゃきかないよ」

 クスッと笑われる。

「……そのうち連れて行ってやる」

 言い直した。

 あはは、と軽く笑われた後、

「じゃあ待っています」

 楽しそうに言われた。

 テレビの画面は島と島を結ぶ長い橋を映していた。

 橋の下には水色の海が広がっていた。

「ここをバイクで走ったら気持ちいいだろうな。いや、風強そうだから車かな」

 そう呟くと、

「私はバイクがいいな。風を感じたい」

「いや、でも横風がなぁ。じゃあオープンカーはどうだろう。風を感じられて、横風も大丈夫だと思うし」

 真面目に考えてしまった。

 すると今度は、

「じゃあ、その時が来るのを楽しみに待っています」

口元に笑みを浮かべ、真っ直ぐ目を見ながら言われた。

 待っています

 彼女の口癖なのかよく聞く。

 とてもいい言葉、いい口癖だと思った。

「あっ、いけない。もうこんな時間」

 急に立ち上がりじゃあね、と一声掛けられたと思ったら走って階段を駆け下りた。

 今日は午後から音楽教室があるそうでダッシュで帰宅する。

 足早いなー。

 走る郁美をベランダから見送った。

 バイクで家まで送る、と何回か言ったことがあるのだがその度に何かしら理由がつき自宅にはまだ行ったことが無い。

 何気なく空を見ると、テレビの沖縄の海とは対照的に少し黒雲が出ていた。


 

 数日後市民プールの帰りアイスを食べながら二人で歩いていると、中古車屋の横で服の裾を引かれる。

「渡邉君、これ」

 郁美が指差す先には白い車体のオープンカー、店頭に颯爽と展示されていた。

 オープンカーだね、と二人で見ていると、

「乗ってみますか」

 店員さんに話しかけられる。

 高校生で免許持っていませんが……と言ってみたのだがそのうち取るでしょ、そこにいるから後で返しに来てね、と言われカギを渡される。

 そのまま店員さんは事務所に消えてしまった。

 掌にはオープンカーのカギ。

 郁美の顔を見ると楽しそうにこちらを見ている。

 互いに笑って頷き車の中に乗り込んだ。

 木のハンドル、皮の座席、スピーカーが色々な所に付いている。

「これで屋根開けて走ったら気持ちいいだろうなぁ」

 楽しそうに言うので、

「じゃあ、これに乗ってあの橋を飛ばそう」

 免許取ったら本気で買うつもりで言ってみた。

 うん、と頷く郁美の横顔は月下の花の様に綺麗だった。

 

 カギを返しに事務所の中に入ると、店員さんが外人相手に何やら困っていた。

 言葉が解らないのだな、というのは一目見ただけでも解った。

 しかし英検四級の私では如何する事も出来ず、沈黙するしかない。

 流暢だが聞き覚えがある声がその場を救った。

「May I help you?」

 私の右横から声がして驚いて横を見ると、郁美が英語で対応を始めた。

 外人さんは車のバッテリーが欲しかった様で、英語の解らない店員さんとの間に入り通訳を始めた。


「すいません、助かりました」

 頭を下げる店員さんにいえこちらこそ楽しかったです、と言って手を振り店を後にする。

 しかし郁美の英語力は凄く外人さん相手に普通に話しをしていた。

 凄いね、と素直な感想を述べると、

「実は帰国子女なんだ」

 納得の答えが返ってきた。

 しかしそれを言った後、何故か郁美の表情が暗くなった様な気がした。

「美人で、ピアノが弾けて、料理が上手くて、英語が出来て、貴方はどれだけオプションが付いているのですか?」

 ふざけて聞いてみたら、

「私車じゃないですよ」

と笑い出し、肩に結構痛めの中段突きを入れてきた。

 余計な技を教えなければ良かった。

 後悔しつつも二人ならこうやって乗り越えていける、という漠然たる自信があった。

 辺りはオレンジ色に染まりつつあった。

 夕方の少し冷たい風が私の頬を撫でて抜けていった。


 その後も楽しい事が続いた。

 キャンプでは何と郁美の友達と生井が付き合う事になるハプニングがあった。

 夏祭りではまた浴衣姿で現れ、周囲の目が注がれているのが気持ち良くも感じられた。

 本当に輝いていた時間だと思う。

 夕日が傾き、夜の帳に気づかないくらいに。



 終戦記念日も終わり普段だったら夏休みの宿題が気になる時期だったが、今年は奇跡的に終わっていた。

 今日は用事がある様で郁美は来ない。

 家でのんびりとテレビを見ていると親父がやってきて、

「これあの子の事じゃないか」

 新聞を渡される。

『……ピアノコンクール全国大会、高校生の部、金賞 飛田 郁美さん(十七)』

 ああそうみたいだね、新聞を返そうとすると、

「最後まで読んでみろ」

 そう言い残して出て行った。

 何だっていうんだ? 

 とりあえず読んでみる事にする。

『彼女の技量は今回特に目立っており、文句なしの金賞受賞となった』

 おおー凄いねー。

『なお彼女は今年九月以降イギリスに留学が決まっており、今後海外で更に飛躍が期待される』


 へぇー、海外かぁー。

 いいなぁー、俺も行きたい。

   ?

 海外? 今年九月から? 新聞が何を書いているのか解からなかった。

 明日聞いてみよう。

 足と手から血の気が引いていた。頭がどの位置にあるか解らなくなるくらいには動揺していた。

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