第26話
明日は朝から不動産を見て回ることにした。
驚いた事にあぱーまんショップ(不動産チェーン店)が店を出していた。
本当に何でもある島だ。
「郁美さん、あぱーまんショップが店を出していますよ」
「本当だ。うちの地元より都会かも」
早速入ってみる事にした。
割と大きな駐車場のその店舗は、内地のあぱーまんの二倍位は有りそうな大きさだった。
中に入り声を掛けてみる。
「いらっしゃいませ」
三十台前半位の男性が出てきた。
「すみません。海が見える所で、築年数が……」
郁美さんが相談を始めた。
その横で何気なく店員の名札を見たら手登根と書いてあった。
あら、と思って名札をずっと凝視していると、
「ではご案内致します」
もう何件か良い所が見つかったらしく見に行く事となった。
あぱーまんから車で三十分位の海沿いの大きく小奇麗なマンション、そこから五分位の真新しいマンションと二つの物件を見て回った。
一物件三十分位も見ただろうか。
帰り際、
「ではご連絡お待ちしております。私テドコンと申します」
名刺を差し出す。
郁美さんはそれを笑顔で受け取っていた。
本当に結構居るんだなテドコン。
その後島一番の沖縄そばの店に入り、二人でそばを啜っている。
「うまいなぁ」
「本当ですね」
「この島は普通の沖縄そばとは違ってソーキでは無く、三枚肉が入っています」
箸で取り出してみせる。
「本当だ、ソーキではないのですね」
遥か昔に本で得た知識を披露する。
しかしここの沖縄そばはとても美味しい。
「食べるのは久しぶりだし、内地では食べたことが無いから余計にそう感じますよ。美味いなあ。暫く毎日でもいいや」
初めて食べるのだがまさかそう言う訳にもいかない。
丼を持ち上げ汁を啜る。
「本当に美味しいですね。そうだ、良かったら名可男さんも一緒にこの島に住みませんか。そうすれば」
そこまで聞いて汁を噴き出してしまった。
「だっ、大丈夫ですか」
「いや、本当にそそっかしくてすいません。
テーブルを拭きながら平謝り。
「沖縄そば毎日食べられますよ」
郁美さんも一緒に拭いてくれている。
「いや、そうでしょうけど」
「こっちにも病院在りますし、名可男さんは別に働かなくても良いですよ。四、五人一生働かなくても良い位には持ち合わせも有りますから」
そんなに有るのか。
テーブルを拭きながら今更ながら驚く。
いや、しかしと戸惑う私を尻目に続ける。
「女一人だと何かと不便ですし、知らない土地で一人だと流石に心細くて。婚約者の振りをして住んで頂けると助かるのですが」
大きな目を細めて笑いながら言う。
しかし郁美さん、そのお金は貴方の将来を奪った代金なのです。
同じく貴方を不幸にしてしまった私が使える訳も無く、また私の様な人間が何時までも傍に居ていい訳がない。
曖昧にはぁ、とか言うしかなかった。
店を出て車を海に向かって走らせるが、ナビが変な所を指示してくる。
どう考えても海に向かっていそうも無い道を指示してくる。
この島は色々な事が緩いのだが、カーナビまでかよと思わず笑ってしまう。
「ナビ君暑さでやられちゃったのかな」
カーナビを撫でながら郁美さんも笑っていた。
急ぐ旅でも無いので暫くナビの通りに進んでいたら、左手に派手な黄色い看板が見えてきた。
よく見たら不動産の看板の様である。
「ごめんなさい、もう一件寄ってもらっても良いですか」
郁美さんが手を併せこちらを見る。
「ええ、どうぞ何件でも」
笑顔で答え不動産屋の前にある駐車場に車を停めた。
中に入ると割りと小奇麗で広かったが、人が居なかった。
「ごめん下さい」
「すみませーん」
結構な大声で呼んでいるのだが誰も出て来ない。
留守の様だ。
「無用心だなぁ」
郁美さんは呆れ笑いをしていた。
誰も居ない様だし行きますか、と聞こうとした正にその時、
「あれ、誰か来ているか」
応接ソファーの所から声がした。
ちょっと驚いてそちらを見ると、七十歳位の人の良さそうな男性が出てきた。
どうやら寝ていたらしくしきりに目を擦っていた。
ゆるいなぁ、二人して顔を見合わせて笑った。
「あらあら美男美女がお揃いで。本日はどの様な物件をお探しですか」
愛想が大変良い。
美男では無いでしょうと突っ込もうとしたが、美女は正解なので黙っていることにする。
「あの、2LDKか3LDKで、出来たら海の見える所で……」
郁美さんが要望を言う。
当初大丈夫かなぁこのおじさん、と思って見ていたが仕事の方は大層熱心でなおかつ優秀らしく、次々と物件を紹介されている郁美さんの表情は明るかった。
「この物件良さそう。内件出来ますか」
その内の一件がとても気に入った様だ。
「この建物は一年前出来たばかりで綺麗ですよ。内件も出来ますのでこれから行きますか」
おじさんは立ち上がりどこかに電話を掛けている。
「良い物件が見つかりましたか」
「はい、間取りも最高です。名可男さんはどう思いますか」
資料をこちらに渡す。
「良さそうですね」
軽く見て返す。
彼女が気に入れば何処でも良いと思った。
しかしすかさず、
「気に入ったら一室使わせてあげますけど」
「いや、それは……」
「別に構いませんよ、女一人だと貸手も不安でしょうし。それにね、私ありきたりな苗字の表札に憧れていたので」
「手登根でも良いのですか」
「沖縄では珍しくないみたいですよ。さっきのあぱーまんショップの店員さんも手登根さんでしたよ」
沖縄によく行く吉田さんが付けた名前だけあって、本当に珍しくないのかもしれない。
そうこうしているうちにおじさんが戻ってきた。
「お待たせしました。では行きましょうね」
不動産屋から車で三十分位の所にそのマンションはあった。
三階建ての白を基調として柱の部分を茶色に塗った今風の綺麗なマンション。
海沿いで辺り一面サトウキビと原っぱの所にポツンと建っている。
その横に在る広い駐車場に車を停めた。
「一階は昼喫茶店、夜はバーになっています。ニ階と三階が貸マンションになっていまして四世帯入れる様になっています。ニ階の一室は一階のお店のオーナー夫婦が入っていますが、後の三室は何処でも借りる事が可能です。全部屋間取りは同じなので気に入られた所をどうぞ」
三階を登る階段を登りながら小声で聞いてみた。
「因みにこの辺にコンビニは」
「ええと、西に車で三十分位行くと……」
「いや、もういいです」
ドアを開けてもらい中に入ると、壁は白を基調として床は真新しいフローリングの今風の部屋が広がっていた。
リビングは広く、システムキッチン、外からの光が素敵な感じで入ってきており部屋は明るかった。
「これはいいな」
思わず呟いてしまった。
郁美さんもわぁと声を上げて窓を開けた。
「名可男さん、オーシャンビューですよ」
手招きするのでそちらへ向かい外を共に見る。
目下に青、いやスカイブルーの海が広がっている。
浜は白く、手前の緑とのコントラストがとても好みだった。
「これは凄いなぁ」
大きな声を上げてしまった。
隣を見ると満足気に確認する様にこちらを見た後、おじさんの方に向き直り声を掛けた。
「すいません、ここ借ります」
えっ。
「ありがとうございます。では店舗で契約の方を」
おじさんは嬉しそうに答える。
「もう少し考えた方が」
「こういうのは勢いです」
「商店処か民家一つ無い様な所ですよ。それに一人暮らしで3DKは要らないでしょう」
少し淋しげな表情を向けられたがすぐに笑顔になり、
「だから、一室お使いになっても構いませんよ」
ケラケラ笑っている。
少しはっきりさせなくてはならない。
「私はそろそろ仕事に戻らなくてはなりませんので」
目も合わせず言った。
私がどんな顔をして言ったのか解らない。
少しの沈黙の後、郁美さんの方から軽いため息の様なものが聞こえそちらを見たが、
「冗談ですよ」
何でも無い様に言い外に顔を向ける。
髪が共に流れ顔を覆い表情は見えなくなる。
つられて外を見ると青い海が、何処までも何処までも続いていた。
結局不動産屋に戻って契約をした。
おじさんに見送られ不動産屋を後にする。
車の助手席で座る愛おしい人は鼻歌を歌いながら書類に目を通している。
しかし一人暮らしの3DKがどれ程淋しいか解っているのかな。
再考を促したが、どうやら本気で気に入ったらしく耳を貸して頂けない。
まぁ彼女の事だ。
暫くすれば良さを解ってくれる人が現れるだろう。
そしてまた人が集るだろうからあの大きさでも良いかな、と考え直す。
その為にはまず人と接しさせなくてはならない。
あの民家一つ無い所で他人は大家の一家だけだ。
「夜、大家に挨拶に行きましょう」
「はい」
書類から視線を外しこちらに視線を送るのを感じた。
先ずは手近な所から交わらせなくてはならない。
しかしまた彼女を不幸にする輩が現れた時、護れる人はいるのか。
これはもう私の考える事ではないのだろうか。
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