25.真実を手繰り寄せて


 大胆にも、たくさんの人間の前で愛の告白を叫んでしまった事実に遅れて気づく。周りの視線が僕に集まっていた。首から上が一気に熱くなる。


 恥ずかしさに下を向きながら席へ戻ると、僕の好きな人が涙を流していた。泣き顔も綺麗だ、などと一瞬思ってしまったが、それどころではない。


「あ、あの……。ごめんなさい。余計なことしてしまって。迷惑……でしたよね」

 うやむやになった前回と違い、僕の気持ちは間違いなく彼女に伝わっただろう。火照った顔が、さらに熱を帯びるのがわかった。


「とりあえず、外に出ましょうか」

 僕がおそるおそる提案すると、彼女はすすり泣いたまま首肯した。

 食器の乗ったお盆を明李さんの分も持って、僕は食堂の出口へ向かう。


 僕の後ろを一歩遅れてついてくる明李さんは、唇を噛み締めて涙をこらえている。好奇の視線を痛いほどに感じたが、外にまで覗きに来る人はいなかった。


 学食を出た僕たちは近くのベンチに隣り合って座り、明李さんが落ち着くのを待った。


「ごめんね。もう大丈夫」

 明李さんが、まだ濡れている瞳で微笑んだ。


「本当に、すみませんでした」

 僕は頭を下げる。明李さんを傷つけたのはあの男だったが、わざわざ騒ぎを大きくしてしまったのは僕だ。余計なことをしてしまい、反省している。


「ううん、違うの。嬉しくて。ありがとう」

「え?」

 嫌われてしまってもおかしくないと思っていたものだから、予想外の反応に僕は驚いた。嬉しいというのは、いったいどういうことだろう。


「あの人がそういう目的で私に近づいてきたっていうのはちょっとショックだったけど、それ以上に時光くんの気持ちが嬉しかったの」

「それって……」


「私も、時光くんのこと、いいなって思ってて――」

 そんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。動揺しながらも、

「ま、待ってください! そこから先は、僕が!」

 慌てて明李さんの台詞を遮断する。


 一度深呼吸をする。しかし心臓は落ち着かない。熱い血液が全身を駆け巡っている。

 覚悟を決めろ。自分にそう言い聞かせた。


 明李さんの目を見据えて、僕は口を開く。

「さっき言った通り、朽名さんのことが好きです。もしよければ、僕と付き合ってください!」


 ちゃんと台詞が出てきたことにホッとしつつ、答えを聞くのが怖くて、僕は目を閉じた。


 さっきの彼女の発言からわかるように、明李さんも僕のことを良く思ってくれているはずだ。


 しかし、まだ僕は疑っていた。大規模なドッキリで、テレビカメラを持った番組スタッフがどこかに隠れているのではないか。これは夢で、次に目を開けたら自宅の布団の中にいるのではないか。


 ここにきても、僕の最悪を想像して保険をかける癖は健在だった。

 だから、それなりに緊張はしていて――


「はい」


 たった二文字だけの、明李さんのその答えを聞いたとき、僕はとても嬉しくなったのだ。


 目を開けると、僕の初めての彼女がいた。こちらを見て微笑んでいる。控えめな笑顔だったけれど、今まで見た中で最上級に素敵で。


「あっ……えーと」こんなときは、何を言えばいいのだろう。「よ、よろしくお願いします」

 先ほどとはまた違った緊張に襲われていた。

「こちらこそ」


 なんだか恥ずかしいような、くすぐったいような、そんな感覚。明李さんの方をチラッと見ると、陶器のような肌が少し赤みを帯びていた。


 何を話せばいいかわからなくなって、僕たちは黙り込んだ。

 その沈黙すらも愛おしい。


 これから先、どうなるのかはまだわからないけれど、今できる全力で、明李さんを大事にしようと思った。

 そして、僕がこんなに勇気を出せたのは伊澄のおかげに他ならない。


 高校三年生のときの、あの日のことを思い出す。

 夜空を一閃する一筋の光に魅せられ、その輝きを追って出会った石に、僕は不思議な運命を感じた。


 きっと今日のこの瞬間のために、あの日の僕は石を拾って、伊澄と巡り会ったのだ。


 彼女にもお礼を言わないと……。そう考えて、伊澄と気まずい状態になっていることに思い至った。


 どうにかして伊澄とちゃんと話し合いたい。また来週、彼女は公園に来てくれるだろうか。


 結局、夜にムードのある場所で……というアドバイスは無駄になってしまったけど、ちゃんと告白して付き合うことになりました。きちんとそう報告して、お礼を言おう。


 さて、ずっと黙っているのも褒められたものではないので、何か話題を出さなくては……。


「そういえば、朽名さん。さっき、学食で何か言おうとしてませんでしたか?」

 僕たちがまだ学食にいたとき、男たちの会話が聞こえてきて、明李さんが何やら発見をしたという話が途中で終わってしまっていた。


「ああ、そうそう。時光くんが食べてるの見て思い出したんだけどね、カレーにアサリを入れると、すごく美味しいの。ネットでレシピを見たときは疑ったけど、やってみたら意外と――」


 何だろう。この感覚は……。

 同じようなことをどこかで聞いたような気がする。デジャブというやつだろうか。


 おそらく、伊澄との会話の一部だ。

 消えかけていた記憶の一端を掴んで手繰り寄せる。

 思い出せ。無理やりにでも、これは思い出さなきゃダメだ。

 何か、大切なことがわかりそうで……。


 ――うん。特にお母さんが作るのが美味しいの。


 ――全然隠れてないんだけど、アサリを入れてるのよ。


 必死で引っ張り出した記憶は、衝撃の事実を物語っていた。


 ……そうか。そういうことだったのか!

 全てが繋がった。


 すると、あの伊澄の態度は……。

 ――その、明李さんって人のこと。もう諦めた方がいい。


 そこまで思い詰めているなんて……。


「時光くん、大丈夫?」

 明李さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。


 行かないと!


「すみません。ちょっと行ってきます」

「え?」

 呆気にとられる明李さんを背に、僕は走り出した。


 二人が出会えた奇跡を嘘にしたくなくて。


 二人の描いた軌跡を間違いにしたくなくて。


 僕が伊澄と出会った本当の理由が、このときになってようやくわかったのだ。

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