第三章 君と僕の奇跡

24.愛を叫べ


 師走に突入してすでに半月以上が経過し、街はすっかりクリスマスムードだ。店の壁や歩道に植えられた木に、きらびやかな装飾が施されている。


 大和やまと学園大学のキャンパスでも、木に電球のついたコードが巻き付けられていた。きっと暗くなると光るのだろう。夜は大学にいることのない僕は見たことはないけれど。


 誰がやっているのかと疑問に思っていたが、どうやらイルミネーション同好会というサークルが存在するらしい。構内に貼られているサークル勧誘のチラシを、つい最近目にして知った。一月から十一月は何をしているのかは不明だ。


 昨日は一気に色々なことがあった。

 まだ頭の中が混乱している。


 今まで僕の片想いを応援してくれていた伊澄いずみは、どこか様子がおかしかった。その上、明李あかりさんに告白するのはやめておけ、などと言っていた。

 そして、今までただの後輩だと思っていた文月ふづきさんには告白をされた。とても素敵な女性からの告白を断るのは心が痛んだが、僕が好きなのは明李さんだ。


 伊澄の昨日の様子は気になったけど、僕にはどうすればいいのかわからない。小屋に行って伊澄と話したかった。しかし、今日は金曜日。明李さんと食事をする日だ。


 しかも、クリスマスまでの期間では、今日が明李さんと確実に会える最後のチャンスになる。まずは二人でどこかへ出かける約束を取り付けなくてはならない。


 僕たちは、いつも通り第二食堂の前で落ち合った。

 すでに明李さんは入り口の前にいて、僕に気づくと手を振ってくれた。嬉しかったけれど、手を振り返すなんてことはできなくて、僕は小走りで彼女の元へ駆け寄った。


 明李さんはうどんを、僕はカレーライスを注文した。席に向かい合って座り、食べ始める。


 口をすぼめてうどんに息を吹きかける明李さんの姿が、何というか……すごく良い。耳に髪をかけているのも高ポイントだ。


 そんな姿をじっと見ていたら、明李さんが僕の視線に気づいてしまった。

「どうしたの?」


「ああ、いや……別に」

 どう誤魔化せばいいのか、必死で考える。


「あ、もしかして時光ときみつくん、うどん食べたかった?」

「まあ、そんなところです」

 僕が食べたいのはあなたです、なんて台詞も思い浮かんだけれど、そっと心の奥底に封印する。


「少し食べる?」

 首を傾けて聞いてくる。かわいい。

「いえ、遠慮しておきます。僕、今日はカレーなので箸もないですし……」


「それなら私の箸使っても大丈夫だよ?」

 明李さんはそう言って、使用済みの箸を差し出してくる。いや、それは僕が大丈夫じゃないです。


「ほら、早く食べないと冷めちゃいますし、朽名くつなさんが美味しそうに食べてるのを見てるだけで十分ですから!」


「そう……」

 明李さんは残念そうな表情を浮かべる。ここまでワンセットで全て計算してやっているとしたら、小悪魔どころではなく閻魔えんま大王様だ。


 なんだか申し訳なくなって、明李さんから視線を外す。

 男子学生の集団が数人で談笑しながら食堂に入って来たのは、僕が偶然入り口を眺めたときだった。その中に、明李さんが同じ授業で知り合ったいうあのイケメンもいた。


 彼らは、学食に隣接している食品売り場に入って行った。おにぎりや菓子パン、ジュースなどが売られている、いわゆるコンビニのような施設だ。

 暫定恋敵である彼と伊澄さんを会わせたくなかったので、僕はホッとした。


 彼が明李さんに気づき、二人がもし話し始めるようなことがあれば、取り残された僕は爽やかな空間から逃げるように消え去るだろう。僕の想像はいつだって、悪い方へと加速していく。


 本の話をしながら、僕と明李さんは食事を進めた。

 しかし、神様はいたずらが好きなようで、僕の危惧していた出来事が現実になる。


 男子学生の集団が、再び学食に姿を現したのだ。彼らは明李さんの後ろ、つまり僕の正面に位置する席に着いた。ビニール袋から、各自が購入したであろうお菓子やサンドウィッチを取り出して食べ始める。

 明李さんもイケメンの彼も、お互いに気づいていないようだ。


「あっ、そうだ。つい最近、すごい発見をしたんだけど聞いてくれる?」

 明李さんが、何かを思い出したかのように突然切り出す。すでに僕たちは昼食を食べ終えていた。


「あ、はい。どんな発見ですか?」

「ふふ。それがね――」

 しかし、明李さんがその内容を話すことはなかった。なぜなら、明李さんの後ろの席に座った男たちの会話が聞こえてきたからだ。


「それよりお前、どうなったよ、あの子」

 彼らは、そこそこ大きな声で話していた。食堂が全体的に静かだったこともあり、自然と男たちの会話が耳に入ってくる。


「ん? ああ、あの子か」

 イケメンの彼が言った。その声で、明李さんも彼の存在に気づいたらしく、僕の目の前の華奢な体がビクッと震えた。


「は? また誰か狙ってるわけ?」

「あの超カワイイ子でしょ?」

 男たちが口々に、イケメンに向かって言う。見た目、喋り方、何から何まで軽薄だった。


 そんな彼らが話題にしている女性は、紛れもなく明李さんのことだった。明李さんは喋るのを止めて、彼らの会話に耳を澄ましている。整った顔がこわばっていた。


「いや、全然ダメ」

 男が答える。

「お前でもダメなのか」


「ってかお前、彼女いるくせになんで他の女の子にちょっかい出してんの?」

 僕は自分の耳を疑った。目の前の明李さんも驚いた顔をしている。表情が完全に固まっていた。


「彼女がクリスマスは女子会とか言い出したんよ。で、代わりに一緒に過ごす相手が欲しかっただけだって。どうせなら顔がいい女の方がいいなって思って」

「はぁー⁉ 相変わらず最低だなお前は」

 非難しつつ、大声で笑っている。本気で最低だとは思っていない。


「でもどうすんだよ。今のとこ断られてんでしょ?」

「もうめんどくさいから引くわ。ちょっと顔がいいからって調子のってんだろ。彼氏いないってのも、男にちやほやされるのが楽しくて嘘言ってるだけだな。妻子持ちの若手社長とかたぶらかしてそうじゃねえ?」


 下品な笑い声が広がる。プライドの高さゆえの冗談だったとしても、僕は許せなかった。


「ま、最悪、サークルの一年でも適当に――」

 テーブルに両手をついて、椅子から立ち上がった。ガタッと大きな音がした。明李さんが目を見開いて僕を見上げた。


 男たちも会話を止めて、何事かとこちらを振り向いた。僕はそのまま、テーブルを迂回して男の方へ近づく。爽やかな仮面をかぶった最低野郎の前に立った。


「い、今の発言、取り消してくれませんか?」

 少しだけ、声が震えていたかもしれない。けれど、もう止めることはできなかった。


「何だ、こいつ」

「朽名さんは、そんな人じゃありません!」

 朽名さん、という僕の言葉で、彼も明李さんの存在に気づいたらしい。一瞬、彼女の方に視線をむけると、すぐに気まずそうに顔を反らした。


「うるせぇな。どうせ見た目だけの女だろ!」

 仲間の前ということもあって、引っ込みがつかなくなったのか、開き直って罵倒し始める。


「違う!」

 こんなヤツに明李さんは絶対に渡さない。二度と明李さんの前に現れるな。


「朽名さんは、普段から何事にも真剣で!」

 大学紹介のパンフレットに写っていた明李さんの真摯な眼差し。


「でも本の話になると人が変わったように饒舌で!」

 僕に喋る暇も与えないまま、語り続ける明李さんの輝いた目。


「ちょっと強引なところもあって!」

 去年の五月、初めて会ったときに明李さんに振り回されたことを思い出す。


「美人なのにそれを笠に着ることなく、僕みたいなぼっちにも優しくしてくれる素敵な人で!」


 そんな明李さんのことが、僕は――


「そんな明李さんのことが、僕は大好きです!」


 自分でも、なぜそんなことを言っているのか全くわからなかったけれど、吐いた言葉は紛れもなく本心だった。


「なんなんだよコイツ」

「意味わかんねえ」

「おい、もう行こうぜ」


 男たちは食べかけの昼食が載ったお盆を持ち上げると、逃げるように二階席へ連れ立って移動した。明李さんを狙っていたゲス男も「何マジになってんだよ」などと呟きながら、バツが悪そうに去って行った。

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