10.友達未満の片想い
僕が伊澄に恋愛相談をすることにしたのは、彼女との声だけの関係が一ヶ月ほど続いた頃だった。
今のところ、僕と
明李さんともっと親しくなりたいとは思っていた。しかし、恋愛経験値が皆無である僕は、どうすればいいのかわからなかった。知り合った際に連絡先は交換していたのだが、本の受け渡しのときに一度使ったきりだった。
これまでは話せるだけで満足だった。が、恋の病とは厄介なもので、明李さんと話すたびに、彼女が魅力的になっていくように思えてくるのだ。
もっと彼女に近づきたい。明李さんの特別になりたい。いつの間にか、そう思うようになっていた。
僕と明李さんでは、絶望的なまでに釣り合わないということはわかっている。だけど僕は、彼女をただの憧れで終わらせるには、好きになりすぎてしまっていた。
誰か相談できる相手がいればいいのだが、数少ない男友達に話してもからかわれるだけだということは目に見えていた。
類は友を呼ぶ。僕の友達もまた、ほとんど恋愛経験のない者ばかりだったのだ。そんな彼らに、真剣に相談などできるはずもない。
その点、伊澄なら信頼できるし、お互い名前しか知らないのだから、知り合いに伝わる心配もない。
それに、異性からならば、実用的なアドバイスがもらえるのではないかとも期待した。
その日もいつも通り、僕は小屋で、伊澄は公園で昼食を食べながら、石を通して何でもないような会話を繰り広げていた。
今日の話題は、犬派か猫派かという誰もが一度は参加したことがあるような、ありきたりなものだった。
僕は犬の方が好きだったが、彼女は猫の方が好きだという。たしかに猫も可愛いと思うけど、犬の尻尾を振る姿の愛くるしさには敵わない……。
その論争は盛り上がった
コンビニで購入したおにぎりは全て食べ終わっていた。ペットボトルのお茶を飲みながら、言おうと決めていたことを頭で整理する。
誰にも話したことのない僕の想いは、口に出せば儚く消えてしまいそうな気がして。
心臓が速くなる。緊張を少しでも
そして僕は、
「実は……前から好きな人がいるんだ」
緊張しながらも、勇気を出して打ち明けた。
〈どうしたの、いきなり〉
唐突に切り出したせいか、伊澄の声は当惑の色を帯びていた。
自分の恋バナなんて初めてなのだ。許してほしい。
「一年以上片想いしてる人がいて、どうにかしてお近づきになりたいんだけど、どうすればいいかわかんなくって。それで、伊澄に相談に乗ってもらえないかと思ってさ」
自分の気持ちを正直に話す。心がくすぐったいような、そんな感覚。
〈うーん。力になりたいのはやまやまだけど、私も恋愛経験なんてそんなにあるわけじゃないから、有益なアドバイスができるかどうか……〉
「そんなに、ってことは、ちょっとはあるってこと?」
――何だろう。胸にモヤっとしたものを感じた。
〈……まあ、一応ね。それより、今はキミの話でしょ?〉
伊澄が誰と恋愛しようと、僕には関係ないはずなのに。
「ああ、ごめん。僕がその人と知り合ったのは――」
去年の五月、明李さんと知り合ったきっかけについて、思っていた以上に鮮明に覚えていたことに驚きつつ、僕は伊澄に話して聞かせた。
あまり乗り気でなかった彼女だが、出会った経緯を聞くと〈えっ⁉ 何、その出会い方! すごくロマンチックじゃない! で、どんな人なの?〉と食いついてきた。やはり伊澄も年頃の女の子なのだ。
「どんな人、か。うーん、なんて言えばいいんだろう。すごく優しくて綺麗で、笑顔が素敵な人で、僕には絶対手が届かないような存在……かな?」
〈その人、神様か何か?〉
「そうかも。本当に女神様って感じ」
自分で言っておきながら、顔が熱くなる。今の発言は取り消したい。
〈重症だね〉
「もし僕がその人だったら、僕みたいな根暗男子は選ばないけどね」
自分で言いながら悲しくなってきた。明李さんの目に、僕はどう映っているのだろうか。
〈でも、同じ本がきっかけで知り合ったってことは、趣味は合うんでしょ?〉
「うん。逆にそれが唯一のアドバンテージなんじゃないかってくらい他に何もない。このままじゃ、一生憧れで終わるんだろうなーって」
〈一生って……大げさすぎでしょ。またきっと、いつか好きな人ができるって〉
伊澄が優しい声音で慰めてくれる。なんていい子なのだろう……って、違う。そうじゃない!
「ちょっと待って! 勝手に失恋させないで! まだ告白すらしてないから!」
〈あはは、バレた。ごめんごめん〉
「でも本当に、勝算がない」
口に出して他人に話すことで、明李さんに対する想いと、その恋の成就する可能性の低さを、改めて思い知らされた。
叶いそうにない片想いに、僕の心は憂鬱な青に染まる。
〈大切なのは心意気でしょ。まだキミは何もしてないじゃない〉
「そんなこと言ったって……。具体的にどうすればいいかわからないし」
他人と恋人になるまでのプロセスなんて、誰も教えてくれないし、その方法に正解などない。
〈んー。じゃあ、まずは食事にでも誘ってみれば?〉
「食事かぁ。思ったよりも正攻法だね。もっとなんか、こう、いつの間にか相手が僕のことを好きになってるみたいな感じの、裏技的な攻略法ってないのかな?」
〈何バカなこと言ってんの。あるわけないでしょ。それにほら、私とキミも、こうして一緒にお昼ご飯食べて絆を深めてきたじゃない〉
「絆を深めたっていうのはちょっと大げさかな。でも、その通りかもね」
〈よし、そうと決まれば早速誘っちゃいなよ〉
「どうやって?」
散々軽口を叩いていた僕だったが、女性の誘い方など何一つとしてわかるはずがなく、恋愛に関する無能ぶりをさらけ出す羽目になる。
〈は? だって、連絡先知ってるんでしょ? 今度ご飯行きましょうって送ればいいだけじゃない。それとも何? メッセージの送り方がわからない? 昔の時代の人間じゃあるまいし、そんなことはないよね?〉
なぜそんな当たり前のことを僕が聞くのか、まったく理解できないといった風に、伊澄はやや早口で捲し立てた。
「あー、連絡先は知ってるんだけど、初めて会ったとき以来やり取りしたことなくって……。突然連絡する度胸なんて、僕にはない」
いっそすがすがしいほどのチキン発言に、彼女は黙ってしまう。
〈……ポンコツ〉
やがて、伊澄がボソッとそう呟いたのが聞こえてきた。否定できない。
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