30.勇気の贈り物


 彼女に、何を贈ればいいだろうか。

 ここで言う〝彼女〟とは、三人称を示す代名詞であって、交際している恋人という意味ではない。残念ながら。


 俺には、片想いをしている相手がいる。彼女とはバイト先の書店で知り合った。

 三カ月くらい前に新しく入ってきた、高校生の女の子。真面目で、仕事を覚えるのが早かった。


 仕事ができるだけでなく、きっちりと自分の意見を言うことができる。なんとなく周りに合わせてしまう俺からすれば、羨ましく思うと同時に眩しい存在だった。


 厳しい店長も、彼女のことを認めていた。それよりも、店長はいい加減、俺のことをソウちゃんって呼ぶのやめてほしい。


 一か月以上前から、彼女をクリスマスにデートに誘うことを決めていた。しかし、勇気が出せないままずるずると時は過ぎ去り、気づけばクリスマスまで一週間を切っていた。


 プレゼントを先に買ってしまえば、思い切ってデートに誘えるのではないだろうか。そんな漠然とした希望的観測で、俺はプレゼントを購入しようとしていた。


 彼女に恋人がいないことは知っている。しかし、すでに他の誰かと約束をしてしまったかもしれない。魅力的な彼女のことだ。十分に可能性はある。


 大学の五限の講義をサボってやってきた隣町のショッピングモール。その広場には、大きなクリスマスツリーが設置されていた。これ見よがしにちかちか光る電飾が、俺にプレッシャーをかける。


 県内最大級なだけあって、様々な種類の店が立ち並んでいる。

 彼女へのプレゼントを探すうちに、モール内を一周しようとしていた。良さそうな店は何件か見つけたものの、商品までは見れていない。


 プレゼント選びに向いていそうな雑貨屋の、パステルカラーを中心とした装飾やファンシーな雰囲気が、男性一人での入店を躊躇わせるのだ。

 このままだと、閉店までモール内を巡回しているだけで終わってしまいそうだ。


 きっと俺なんて、ただの先輩としか見られていない。さっさと諦めた方がいい。彼女に喜ばれそうなプレゼントが見つからないのだって、きっとそういうことだ。

 そんなネガティブな思考に支配されながらも、俺は望みを捨てきれないでいた。


 買うものがある程度決まっていれば、少しは入りやすくなるだろうか。

 彼女の好きなものといえば、漫画、猫、オレンジジュース……。それに……星。


 彼女は、よく空を見上げている。そのときの、彼女の切なそうな表情が脳裏に浮かんだ。


 次の瞬間、俺は視界の隅に星を捉えた。

「あっ!」

 たった今すれ違った女性が、俺の声に反応して振り向く。目元の涼し気な、綺麗な人だった。三十歳くらいだろうか。


 その女性の持つバッグには、星のキーホルダーがついていた。俺が思わず声を上げてしまったのは、そのキーホルダーが彼女のイメージにぴったりだったからだ。

 彼女が通学用の鞄にそれを付けている風景が、ありありと浮かぶ。


「何か?」

 警戒の色が含まれた視線を浴びる。女性からしてみれば、見知らぬ男に凝視されているのだから当然だろう。


 何もなかったフリをして歩き去ることもできた。そうしなかったのは、星があまりにも綺麗だったからだ。


「あ、えっと……そのキーホルダー……」

 これじゃあただの不審者だ。


 しかし、

「ああ、これ? 綺麗でしょ」

 女性の口元には笑みが浮かんだ。ひとまず安堵する。


「あの、差し支えなければ、どこで購入したかとか、お値段とか、教えていただけませんか。あ、すみません突然。実はクリスマスプレゼントをあげたい人がいるんですけど……まだ片想いで。それで、そのキーホルダー、すごくいいなって思って……」


 支離滅裂な上に、言わなくてもいい情報まで口から滑り落ち、顔が熱くなるのを感じる。

 女性は事情を飲み込んでくれたらしく、ふふふ、と柔らかい笑みを漏らした。


「そうなんだ。これ、私もすごく気に入ってるの」

 鞄に付けられているキーホルダーをつまんで、愛おしそうに見つめる。


 はっきりと星を形成しながらも、角は丸みを帯びていて可愛らしい。厚みは五ミリ程度だろうか。内部がくりぬかれているのも洒落ているように思う。よく見ると、少し錆びている。昔からずっと愛用しているのかもしれない。


「素敵ですよね。で、どこに行けば買えますか?」

「申し訳ないけど、それは教えられないの」


 誰かからもらったりとか、数量限定のものだとか、そういうことだろうか。〝教えられない〟という表現が少し気になったけれど、見ず知らずの他人にそれ以上あれこれ聞くのも失礼だ。


「そう……ですか」

 残念だが仕方がない。何か別のものを探そう。


 女性は、意気消沈して踵を返そうとする俺に向かって、

「実はこれ、私のハンドメイドなんだ」

 と、得意気に微笑みかけた。


「手作り……ってことですか?」

「そう。このあと、ちょっと時間ある? 見てもらいたいものがあって」

 予想外の展開になってしまった。




 上品な雰囲気のカフェで、俺はさっき会ったばかりの女性と向かい合って座っていた。

「さて、話を整理しましょう」

「はぁ」


「あなたは、好きな人がいて、その人に渡すプレゼントを探している」

「そうです」

 改めて他人の口から言われると恥ずかしい。


「けれど、適したものが見つからなくて困っていた。そんなときに見つけたのが、このキーホルダーってわけね」

 目の前の女性は、自らのバッグに付けられていたキーホルダーを外して、テーブルの上に乗せた。


「はい。うまく言えないんですけど、そのキーホルダー、彼女にとても良く似合う気がするんです」

「なるほどね。それじゃあ、これを見てもらおうかな」


 女性はそう言いながら、バッグから縦に長い箱を取り出した。

 キーホルダーの隣に置いて、ふたを開く。


「これは……」

 箱の中から現れたのは、同じように星の形をしたネックレスだった。星のサイズは少しだけ小さい。


「さっきチラッと言ったけど、私は自分でアクセサリーを作ってるの。『COMEカム TRUEトゥルー』っていうブランド」

 たしか〝叶う〟って意味だったよな。

「で、これは、今度出す新作のネックレス」


「すごく、綺麗です」

 そんなありきたりな言葉しか出てこなかった。

 でも、俺に見せたのはなぜだろうか。ただの自慢だとは思えない。


「どう?」

「どう……って?」

 質問の意味がわからず、顔を上げて女性に聞き返す。


「その、プレゼントをあげたい人に似合いそう?」

「あ、はい」

 このネックレスも、彼女にぴったりだと感じた。


「それなら、これ」女性は箱を俺の方に押し出す。「申し訳ないけど、ラッピングは自分でどうにかして」


「え? どういう意味……ですか?」

 状況についていけない。どうやら、このネックレスを俺にくれるらしいということだけはなんとなくわかった。


「ああ、お代は要らないから」

 なぜこの人は、さっき会ったばかりのよく知りもしない男に、タダでアクセサリーを譲ろうとしているのか。


「いや、そういうわけには」

 新手の詐欺かもしれない。黒い服を着た怖い人たちが家に来たらどうしよう。

「あ、詐欺とかじゃないから。心配しないで大丈夫。その代わり、周りに宣伝しまくってほしいな」


「はぁ」

 そんなことを言われても、いきなりこんな高価そうなものをもらうのは気が引ける。しかし、星のキーホルダーを見たとき、運命的な何かを感じたことも事実なのだ。せめて、理由がわかればいいのだが。


「じゃあついでに、もう一つ話を聞いてくれる?」

 困っている俺を楽しそうに眺めながら、その女性は口を開いた。

「は、はい」


「普段だったら、こんな風に作ったものを誰かにあげることなんてないの。でも、昔の自分とあなたを重ねてしまって。懐かしくなっちゃって」

「昔の、自分……ですか?」


「そう。高校生のときの話なんだけどね。私も好きな人がいた。このキーホルダーは当時から付けてて、その人に褒めてもらったものなの。そのおかげで、私はこうしてアクセサリーを作る仕事をしてる。彼の何気ない言葉で、人生が変わったの」

 過去に思いを巡らせるように、遠い目をしながら女性は話した。


「で、その新作は、原点回帰って意味も込めて作ってみたんだ。そしたらこのタイミングで、あなたに声をかけられて。ねえ、こんな素敵なことってある?」


 なぜかその話を聞いて、俺はネックレスを譲り受ける気持ちになった。

「ちなみに、その人には告白したんだけど、ダメだった」

 失恋した思い出を語っているはずなのに、女性はなぜか嬉しそうだった。


「けれども、私はちゃんと気持ちを伝えられたし、伝えてよかったと思ってる」

 だから、あなたも頑張って。言葉にはしなかったが、そうのような意味が込められていることはわかった。


 結局、俺はネックレスを譲り受けることになった。せめてものお礼として、コーヒー代を払わせてもらう。


「お姉さんのおかげで、ちゃんと気持ちを伝えることができそうです。今日はありがとうございました!」

 カフェを出て、改めて礼を述べる。


「うん。頑張って。それと私は、もうすぐ四十歳のおばさんよ」

 最後の最後に衝撃の発言が飛び出して、俺はちょっと女性が怖くなった。

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