035.「強行突入」

 論理破壊兵器の討伐を目的に、戦力の拠出が可能な中核都市の正規軍隊に参加を呼びかけた、有志による混成部隊。外的社会的驚異対策軍、略してFSTOフィストと名付けられたそれは、機体総数は二個師団分の総数六百機あまり、事務方や後方支援部隊までを合わせれば総勢八千人以上の大所帯となった。

 と、字面だけ見れば勇ましい混成軍は、しかし内情はかなりお粗末なものらしい。


 端的には、そのお粗末さは構成比率に現れている。まず音頭を取れと言われたトキハマ警備軍が四割、これはいい。仕方ないと思うし、妥当だろう。

 続いて、近隣展開していたところから編入された、遥か西方のアドラーより来たれり越境査察軍東部旅団から三割。いきなり外様が登場する上に、この時点で合わせて総数の七割。かなり雲行きが怪しい。

 そしてトキハマ南はジャクリタの首都防衛隊と、西方ディーネスのディザートガードは同率三位で各一割ずつ。近隣からの派兵であることを差し引いても、一個大隊規模は妥当というところだろう。贅沢は言えない。

 だが、残りの一割は無残などんぐりの背比べが続く。一個小隊分、三機を拠出していればまだ良い方で、酷いところだとトキハマ駐在武官を事務方として数名だけ出して終わり、というパターンすらある。それでも欠席者だけはいないあたり、どの中核都市も貸しだけは作りたいらしい。


 これだけ構成比率に差があれば主導権イチシアチブも人数順に、といきたいところだけど、これもなかなかに複雑だ。

 まず、論理破壊兵器による直接攻撃を受けた場合に重い被害が予想されている、金融都市シフェルハッシュが酷い。こいつらは、事実上の基軸通貨を持っていることを笠に着て、実戦力は雀の涙ほどしか送り込んでいないにも関わらず、部隊運営にいちいち口を出してくるらしい。

 他にも似たり寄ったりな手合いは多く、大抵は声だけ大きくても大した戦力を出していない。お陰で足並みは乱れるどころか全く揃わない。ワルツをやろうとしている中で、タップダンスや果てはブレイクダンスを混ぜ込もうとしている。上手いこと言ったと自分では思ってる。

 大体、都市と言いつつ実態は国家だ。思惑はそれぞれあるし、仲良しこよしでやっていけるわけもない。発言力があり、かつ動員数も二位のアドラー越境査察軍があって一応まとまりを見せているけど、彼ら無くば部隊編成すら行われていたか怪しい。


 ただ、そんな統率の取れていない集団でも、普通にバグを狩るだけであれば大して問題は無いのだとサダトキは言っていた。

 曰く、バグ個々は驚異であっても組織力が無いため、人間の方が編入した配下の集団それぞれが組織立った戦闘を行うことさえ出来れば、意外と何とかなってしまう物らしい。

 相手が、あくまでも世間一般で認知されている通りのバグであれば。


 ◆◆◆


 足場の悪い山岳地帯を抜け、見通しの良い丘陵地帯に入ったその時、遠くからの砲撃音を耳にした。

 機体側アンダイナスのログを辿れば、その少し前に、振動センサーがやはり砲撃と思われる振動を検知している。時間差から着弾点とのおおよその距離を確認する。


「十キロ、誤差プラマイコンマ5。交戦予定地域よりも近いな」

『てゆーかー、予定より早い?』

「聞いてた作戦開始時刻は、あと三時間半後だよな」


 周囲を彩るのは、見覚えのある赤茶けた岩場と土。植物は時折目に付く程度で、動物もあまり姿を見ない。季節は変わっても空の色はあまり変わらず、目に痛いコントラストが続く。

 そんな忘れようもない景色は、トキハマ西方に位置する、レドハルト丘陵特有のものだ。


『潜伏するとこってー、この辺だったよねー? どーする?』

「様子見はしておきたいな。キャスはどうする? 確かリーナスと合流しないといけなかっただろ」

『そーなんだけどー。なんか、こー、肌がピリピリするってゆーか』

「第六感かよ」

『意外と馬鹿にできないよー』


 わざわざこんな所まで出向く理由は言うまでも無い。各都市軍の寄り合い所帯こと、FSTOフィストがここ、レドハルト丘陵で展開している為だ。そして彼らが何故ここに陣を構えているかと言えば、攻撃対象が居るからに他ならない。


 つまり、この先に居るのだ。指揮個体エミィが。


「どうやって、居場所を掴んだんだろうな」

『どーゆー意味?』

「いや、エミィは……論理破壊兵器は、欺瞞情報をそこら中に垂れ流してるんだろ」

『決まってんじゃーん。いくら情報を攪乱できてもさー、物理的な痕跡なんて消せないっしょー? ディーネスの斥候スカウトは優秀って聞くしー』

「なるほど、一週間前の事故の」

『そゆことー』


 前例では執拗に生存者を皆殺しにしてきたのに、一週間前の事故では生存者が居た。結果、事故の発生状況や時刻も明らかとなり、ついては最新の痕跡を得ることも出来たはずだ。

 そもそもがバグの団体さんを引き連れているから、痕跡も始点さえ定まれば、そこから肉眼での追跡トラッキングも容易に行えた。そういうことだろう。


「結局はアナログ頼りか」

『機械任せにしないでー、手段は複数持っておけー、ってこと。で、どーする?』

「……進もう、さっきの砲撃は気になるし」


 本来の段取りでは、ここでFSTOの行動開始時刻まで待機。交戦開始と同時に突入することになっていた。

 が、サダトキから聞かされていた作戦の開始時刻を前に動きがあったことが気になる。攻撃開始が前倒しされたのなら、砲撃音が一つだけとは考えにくいし、何か予定外の事象が起きたことも考えられるからだ。


『ねー』

「なに。ちょっと考え事してるんだけど」

『あのねー、ちょっと振動センサー確認してー』

「振動センサーがどうしたんだよ……」


 口答えしつつ、過去数分のログを呼び出してみる。思考接続が可能となっても、機体側から送り込まれる情報はこちらの事情に全くお構いなしで気が散って仕方が無い。そのため、自動送付される情報は選別フィルタして、必要と考えたときに参照するようにしている。

 しかし、キャスティはどうやら常時全開で情報を受け取っているらしいく、何か異常が起きた際には彼女の方が先に気付くのが常だった。


「感知数が跳ね上がってる……?」

『んー。これってもしかするとー』


 直後、断続的な砲撃音が響く。それも、息を合わせた一斉砲撃とかではなく、慌てて行ったように散発的なものだ。


「交戦開始!?」

『んとねー、今リーナスから連絡あったんだけどー。先走った部隊が近付いてきたヤツに発砲したらしくってー』

「なんだそれ!? 群れの近くでそんなことしたら、周りのバグも巻き込んで」

『そそー、済し崩しに戦闘開始、みたいなー』

「馬っ鹿じゃねえの馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃねぇの!?」


 思わず口から出たシンプルな罵倒を続けながら、機体の歩行速度を速める。

 世の中、計画通りなんてものは滅多に存在しないらしい。


 ◆◆◆


 前進するにつれて、前方に立ち上る土煙が目立ち始め、合わせて断続的だった砲撃音の数が徐々に増してきたことに気付く。

 状況から察するに、急な攻撃開始に対応が遅れた機体も多かったのだろう。こうも統率が取れないことを、寄り合い所帯を決めた各都市の上層部は予見できなかったんだろうか。

 出だしからつまずいたことに、内心苛立っているのが自分でも分かる。顔も見えない誰かのせいで、エミィを助ける好機を逃すかも知れないことに、気がはやる。


『来たか、ジュート』


 キャスティがリーナスとの秘匿回線を中継バイパスしてこちらに流してくれたらしい。落ち着いた低音が特徴的な声は、しかし流石に少しばかり焦り混じりだ。


「リーナスさん。状況を」

『キャスに伝えた通りだ。功を焦った馬鹿が、警戒範囲外の個体に攻撃を仕掛けた』

「一体何処の間抜けですかそいつ」

『何処で話を聞いたか、強引に編入してきたファルテナの正規軍だな。指揮官と名乗る男は元エヒト軍閥の出と言っていたが、傍流のさらに傍流だろう。落ち延びた経緯からも推して知るべしだ。発言権も何も無いことに業を煮やしたらしい』

「足引っ張ることしてんじゃねぇよったく……!」


 元エヒト軍閥関係者で、かつ今は別の都市にいるということは、惨劇を逃れた経緯も当時は辺境に飛ばされていたとかそんな所なのだろう。無能が無能を自覚せずに張り切るからだ、とリーナスは手厳しく評する。


『先ほど、全部隊に緊急出動が掛かった。俺も間もなく出る。手筈は?』

「そっちの交戦開始と同時に敵陣突入、程よく密集した箇所を突破。敵集団を壁にして味方側からの追撃を避けつつ、目標と接触、交戦。……のはずでしたけど」

『急がねば、バグの群れが密集し過ぎて突破も不可能に成りかねんな』

「余計なことしてくれますよ、本当に……!」


 リーナスは元々、サダトキの配下として立ち回っていた。今回FSTOに潜り込んだのも、あくまでもトキハマとは無関係な立場を装って動く俺が作戦開始時刻まで発見されないよう手を打ってくれたり、突入時にサポートしたりという役を任されているからだ。


『悪いが、突っ込んでいった馬鹿ファルテナ兵が敵陣に取り残されている。そちらの救援に回されそうだ』

「いいっすよ、変な動きしたら怪しまれそうだし。こっちは一人で何とかしますから」

『えー、うちは戦力外なのかなー?』

『お前が後を付いて行くと話がややこしくなる。こっちに合流しろ』


 キャスティの乗機ヴルカヌスは、現在トキハマの徴発戦力として登録されている。それが作戦無視で突っ込んできた機体と同行していれば、後でややこしいことになると言っているのだと察する。

 ちなみに、リーナスもその辺の事情は同じだけど、彼なら裏の事情も気取られず上手くサポートしてくれるだろう。キャスティにそういうのは無理だ。断言できる。


『信用ないなー』

『鉄火場のお前ほど信用ならんものは無い』


 通信が切れ、しかしキャスティは聞こえもしない文句をぶつくさと垂れている。

 話す間に交戦中の機体が目に入る。レドハルト丘陵は、比較的起伏の少ない開けた土地だ。緩やかな斜面に差し掛かれば、戦場を一望することが出来た。

 編成機体はトキハマのピンシャー、レトリーバーと越境査察群のグリズリーが目立つが、そこかしこに見慣れない機体も映る。まるで各都市制式軍用リム展示会の様相だ。それらが多少乱れながらも横列展開し、セオリー通り遠距離からの砲撃で仕留めて行く手腕は、寄り合い所帯でも軍属相応といったところ。

 が、広い丘陵地帯のそこかしこに散っていたんだろう、バグの数もかなりのものだ。


「ていうか、何体いるんだこれ」

『ざっくり、二千体くらいー?』

「聞いてた話よりも増えてるじゃん……」


 見て取れる内訳はクラス2が多い……というか、ほとんどが雑魚だ。ミツフサと同様、手当たり次第周辺からかき集めたのか、質より量という感じだ。だからこそ、遠距離砲撃で安全圏からの攻撃、という戦術が成り立っている。

 しかし如何せん数が多い。弾幕を張ったお陰で接近されては居ないけど、代わりに足止めされた個体に堰き止められて、さながらバグによる壁が数百メートルに亘って形成されていた。


「この中に単機で突撃とか、なかなか無茶言ってくれるよ……!」

『どーするー? やっぱ手伝うー?』

「いいからキャスはリーナスさんの言う通りに!」


 邪険にしてるつもりは無いけど、交戦前の気の高ぶりでつい口調が荒くなる。

 キャスティにも感謝はしている。作戦前で消耗を避けたいこちらの代わりに、ここに辿り着くまでの道中で遭遇するバグを始末してくれていたのは彼女だ。

 それでも、危ない橋を渡ってくれたサダトキに不要な疑いの目が向くのはなるべく避けたい。後始末は任せてくれと言ってはくれたし、この場も互いの思惑の合致が有ってのものだけど、彼への義を通すにはそれくらいしか出来ない。


『むー。わかったよー』

「頼むよ、キャス。なるべく、他の人にも被害は出したくないし」

『はいはーい。今は自分の心配することー。通信の横流しはしといたげるからー』


 言い残し、併走していたヴルカヌスが離脱する。リーナスも既に陣地を出たことだろう、あの二人が揃えば他の機体も楽に戦えるはずだ。

 前線までの距離も、あと数キロを切った。完全な四足となったアンダイナスの歩速は意外なことに擬態Mimetic形態-Formと比較しても遜色なく、数分もかからずに辿り着けるだろう。このペースで向かえば、段取りは多少異なるけど手遅れにはならないと思う。


「その間に、こっちはこっちの役割を……」

『おい貴様止まれ、どこの所属だァ!』


 充填した気合いに水を差すように、横手からやたらとデカい声が掛かる。

 ちらりと脇目を向ければ、哨戒中だったのだろう、一機のリムが外部出力スピーカーで喚きつつ近付き、併走を始めていた。

 トキハマ警備軍機のすばしっこい方ピンシャーだ。火力は非力な代わりに、足回りは馬鹿に出来ない。

 気付けば、右側数百メートルの距離にはFSTOの本陣らしきテントが立ち並ぶ区画が広がっていた。その近くを隠れる気など微塵も無く疾走する所属不明のリムがあれば、そりゃ警戒されるに決まっている。


『答えぬか! 所属! 階級ゥ!!』

「と、通りすがりの宅配便っす……!」

『なわけあるかナメとるのか貴様ァ!!』


 確かにこの受け答えはナメていると思われても仕方が無い。

 が、こんな所で時間を食うわけにもいかない。


『ここは戦場だ、無関係の者は即刻退去! 従わぬ場合は実力の行使も……』

「急いでるんです見逃して!」

『聞けん、止まれ! 止まらなければ発砲するぞ!』

「そんなことしてる暇ないっての!」


 と言ったところで、見逃してくれるはずが無い。このまま五月蠅くされて、他の機体まで集まってきたらさすがに鬱陶しい。

 多少予定よりは早いけど、仕方ない。


「後部外装展開! ブースト!」


 ――爆砕:後背部装甲

 ――点火:増設Additional推進BoosterユニットUnit

 ――補正:関節部液状化係数


 仕込んでいた音声コマンドから一拍遅れて実行結果ログと共に、ばかん、と派手な音が上がる。追加ユニット側で、コンテナに偽装していた上部と後背部の装甲板が外れ、疾走する機体に置いて行かれて地面に激突したのだ。

 剥がれたハリボテの下から現れたのは、渡されていた性能諸元スペックシートに依れば使い捨てディスポーザルブースター。一度火を入れれば停止も不可能な、突入時のための割り切り装備だ。

 露出した噴射口が稼働を開始、細かい揺れが機体と操縦席コントロールシートを襲う。出力重視に調整チューニングされたブースターが機体を前へと押し出し、加速度が慣性の塊となって身体をシートに押し付ける。


司令部HQ! 所属不明機1、交戦区域に……!』


 その速度に置き去りにされたピンシャーが、外部音声を切ることも忘れて報告チクリを入れる。

 同時、前方展開していた機体のいくつかが騒ぎを聞き付けたか反転。が、見た目は輸送リムにしか見えないだろう、しかし馬鹿みたいな速度を出した機体アンダイナスに硬直し、砲身を向けるかを逡巡している様子だ。


退けええええぇぇぇぇッ!」


 前線に横列展開した機体と機体の間隔は、さほど大きくない。途中には未だ前線に辿り着かずに居る機体や、補給のために行き交う人の姿もある。アンダイナスに視認範囲のオブジェクト挙動予測を指示、誰とも接触することの無い最短の軌道を算出させる。

 ほんの数メートル先をこちらの脚部が踏み締めたために、尻餅を付く兵士。なぎ倒されてネックがねじ曲がった|投光器。うずたかく積まれた弾薬カートリッジが踏み潰され弾体を辺り一面にばら撒き、制止しようとしたのか近接した越境査察軍機グリズリーと軽く接触して装甲同士が擦れ合い、火花が散った。

 サイレンが鳴り響く。意図は戦場に乱入した不埒者に対する警告か、それとも危険を報せるためか。だがもう遅い、こちらは前線展開した部隊の間隙を抜け、砲弾だけが飛び交う空白地帯に機体を躍らせている。

 独壇場だ。派手にやってやろう。

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