015.「凶報到来」

『9体仕留めて一本も前肢が手に入らねぇってお前なぁ……』


 近距離通信NSVP経由で、ゲンイチロウの恨みがましい声が聞こえてくる。

 アンダイナスと、ゲンイチロウの乗機であるスカーレットピオニィ緋牡丹の二機は、今回の遠征で拠点にしているヒトツバラ開拓村へと戻る道の上だ。道と言っても相も変わらず、それはリムが通って踏み固められた地面でしかないんだけど。


「さっきも言ったけど。クラス1の狩りは専門外なんだってば。今までクラス2以上の大物狙いばっかりだったし」

『だからってここまで手加減出来ねぇってのはマズいだろ。……トキハマ戻ったら、威力の低い追加装備オプションも検討しとけ。大砲ばかすか撃てばいいってもんじゃねぇぞ』


 8体目のアルシドイデアバッタを粉々にした後、即座に見付けた9体目はようやく頭を狙って狙撃することこそ出来たけど、結局は着弾時の衝撃に華奢な前肢が負けてしまって満足な素材を採取することは出来なかった。

 適材適所の素材を探すのなら、発注先も適材適所で探すべきだと思う。とりあえず今回の件で、俺とアンダイナスにはこの手の狩りは向かないことがはっきりしたし。


「いっそのこと、ゲンさんが狩れば良かったんじゃない? リムにも対物レールガン付いてるんだし」

『お前は俺に何足の草鞋を履けってんだ? 整備士、刀鍛冶、おまけに蟲狩りか?』

「いや別に許可証ライセンスまで取れって言ってるわけじゃないけど」

『認定整備士やってんだ、規則集ルールブックに違反すること出来るか』


 規則集ルールブックっていうのは、蟲狩りバグハンターが都市外で狩猟を行う際の規則のことを言う。例えばリムから降りての狩猟はしてはいけないとか、許可証ライセンス不所持の者は狩猟を行ってはならないとか。何のために定められているかと言えば、それは可能な限り安全に狩りを行うためだ。

 都市外でリムを降りての狩猟は危険というのは当然の話として……俺はこの世界に来た初日にあっさりと破っちゃったわけだけど。

 ライセンス云々は、狩猟を行っている時に他者の偶発的な被害を防ぐために書かれている。簡単に言えば、ライセンス所持者には狩猟を始める前に活動予定区域の申請を行う義務があって、近隣の他のリムにはその情報が転送されて予定区域への侵入を未然に防ぐことが出来る。勿論、突発的に襲われて自衛のために武器を使用した場合はこの限りでは無い。

 逆に、その仕組みから外れて活動した場合は流れ弾などの危険を察知出来ない。それを理由に、ライセンス不所持の場合は正規ルートでの素材売買も行えないようにしてあって、蟲狩り許可証バグハンターライセンスはほぼ必須のものになっている。

 ちなみに、レイルズもライセンスは持っているらしい。だから俺が仕留めたバグから素材を採取して売り捌くなんて真似も出来たってわけだ。

 とはいえ、規則が有ると言っても監視されているわけでも無いから、こっそりゲンイチロウが狩りに参加したところで何かペナルティが発生するわけでもない。


「意外と真面目だよなぁ、ゲンさん」

『意外って何だ意外って。こういうのはな、きっちり線引きしとかねぇと後になって痛ぇ目見るんだよ』

「わかったわかった。とりあえず、ザコ向けの装備も前向きに検討しておくよ」

『ザコ狩りに限った用途でもねぇんだけどな……。まぁいい、そろそろ着くから通信切るぞ』


 言われ、すっかり日が落ちた道の先に目を凝らせば、小規模ながら人の営みが発する光が見える。

 拠点の村まで近いとなれば、諸々の事務手続きの時間だ。


「エミィ、管理局に通信開いて。活動終了の連絡を」

「提出済みです」

「じゃあ、駐機場所の申請、」

「東側第二区画、休耕地を指示されています」

「……相変わらず仕事早いね」


 ゲンイチロウと話している間退屈していたのだろう、エミィはさっさと必要な手続き関係を片付けてしまっていたらしい。

 ちなみに、ゲンイチロウにエミィを紹介する機会は未だに訪れていない。会話中に割り込んでくることも無いから、アンダイナスを操作するのは俺一人だと思われたままだ。


「そろそろゲンさんに正体を現してもいい頃合いじゃない?」

「……人を得体の知れない化け物のように言わないでください」

「ナマモノの人間からすれば、電脳人バイナルも似たり寄ったりだと思うけど。……こういうのって、時間がたつほど言いにくくなるもんだと思うよ」

「言いたいことは理解しています。ただ、そうしたくない理由も今ユートが言った通りです」

「俺の相棒って言えばみんな納得してくれそうな気もするけど」

「いつからユートは私の相棒を名乗れる身分になったのですか?」

「フォローしてるんだからツンツン反応やめてくれないかなあ」

「ツンツンしているつもりはありません。ただ……10の32乗年ほど早いと」

「天文学的!?」


 ツッコミを入れつつ振り返ってみれば、想像通りエミィは笑っている。それも、意地悪そうな笑顔じゃなくて、本当に楽しそうに。

 この手玉に取られてる感。しかし、俺も妙にくせになりつつあるからたちが悪い。ぶっちゃけて言えば楽しい。

 そんな楽しい掛け合いをいつまで続けていたいのを余所に、機体は村の入口に向かう道を逸れて指示された休耕地へ脚を進める。何かの作物を収穫したまま放置されたらしい地面は、恐らく人の背丈の半分くらいはありそうな雑草が生い茂っているけど、その十倍以上も背の高いアンダイナスにはどこ吹く風だ。

 広い空き地だから別に迷う必要もないけど、どこに停めようかと辺りを見回せばぽつりぽつりと比較的大きめな影。


「意外とこの辺に来てる人、多いのな」

「ジャクリタ勢力圏への途上ですと、このあたりは中継停泊地となる衛星都市もありませんから」


 そういう立地に恵まれた村は、人も多く集まりひいては物資の集積地点にもなり易く、比較的早期に衛星都市として成り上がることが多いらしい。

 つまり、この影はリムだ。それも、火器をマウントしたシルエットから察するに。


「同業者多数か。……気が重いなぁ」


 言いながら、俺は深く深くため息を吐いた。


◆◆◆


 ポケットに手を突っ込んだまま、肩で風を切るようにして歩くゲンイチロウの後ろを歩きながら、人灯りの方へ。リムの駐機場所は事故を防ぐ目的も有って村からは離されているから、こうして少なくはない距離を歩くことになる。


「……やっぱ行かなきゃダメ?」

地方遠征どさ回りで挨拶の一つもしねぇってどんな無礼者だよ」

「そりゃわかるけどさ。俺にも事情が……」

「筋を通せねぇ事情なんざ捨てっちまえ。ほら、着いたぞ」


 辿り着いた村の入口すぐにある店舗の、西部劇で見るような木製のスイングドアを肩で押し開きながら踏み入るゲンイチロウに、俺は慌てて後に続く。

 この店が何かといえば、どんな開拓村でも一つはある、蟲狩りバグハンター運輸トランジット観光ツーリスト関係なくリム乗りドライバーが集まり情報交換を行う酒場パブだ。端末で情報が手に入るこの世界で何の冗談だと思うけど、こういう店が存在するのにはちゃんと理由がある。

 リムに乗って街の外を移動するのは命懸けだ。安全な経路と言われる道でも、危険が全く存在しないことなんて有り得ない。そんな場所で少しでも自分の生存率を上げてくれるのは情報で、かつそれには信頼性が高いものっていう条件がつく。

 危険なバグの目撃情報や開拓村に存在する設備、水場の位置、そんな刻々と変化する情報は、ネットに出回るのを待ってる時間なんて無いし、転がっていたところでそれが噂話やたちの悪い虚偽だったりしたら生死に関わる。だからこそ、こうした場で可能な限り多くの人間とコネクションを作り、生きた情報の収集が可能なようにする。

 顔の見えないコミュニケーションで生きていけるほど甘い世界じゃないって訳だ。なら何で俺が足を向けるのを躊躇っていたのか、って話になるわけだけど。


「おう、待たせた」


 店の隅の方で、円卓を囲んで酒を飲んでいた作業服姿の三人組に向かって、ゲンイチロウが声を掛ける。

 KHF所属の整備士達だ。ゲンイチロウの遠征は、トキハマのリム整備工房が持ち回りで行っている彼らの開拓村出張整備の監督役としてのもので、俺の蟲狩りに付き合ったのはそのついでだ。監督役が持ち場を離れていいのかという疑問はあるけど、監督役とは名ばかりで遠征先へのリムの操縦だけすれば、後は放ったらかしでも問題無いらしい。


「おかえり、坊ちゃん」

「外で坊ちゃんはやめてくれや。もうそんな年でもねぇし」


 円卓の奥の方、真正面でジョッキ片手に返事をする髭面の男に、苦い顔をしながらゲンイチロウが文句を言う。確かロランドって名前で、ゲンイチロウの父ソウテツからも信頼の篤い、腕の良い整備士だって話だ。


「一日空けちまって悪いな。進捗はどうだ?」

「こっちは予定通りですよ。手持ちの資材はだいぶ減っちまいましたが、何とか収まりました。ま、これだけ客が来てれば何とでもなったでしょうが」


 店内を見渡しながら、ロランドがそう口にする。

 ちらっと見ただけでも、客席の埋まり具合は八割を超えている。この中の何人が蟲狩りバグハンターなのかは分からないけど、これだけ人が来ていれば村に卸す資材も相当な量になる、って意味だろう。


「終わったんなら何よりだよ。しかしそんなに損耗するもんかね、土木用か農耕用だろ?」

「それがね、大規模工事に着手する前に怪しいところ全部やっつけてくれって話で。たぶん基礎工事でしょう」

「へぇ……。そりゃめでてぇ。プレスリリースは?」

「行政からは一両日中でしょうね。ま、以前から検討されてましたから、インサイダーも無いでしょうが」


 話に口を挟めてないけど、基礎工事ってことはこのヒトツバラ開拓村が衛星都市ヒトツバラになる日が近いってことだろう。衛星都市に昇格時には、必ず周囲の状況から階層構造化するかどうかの判断を行う。ここはどうやら、トキハマを見習って階層化することに決めたらしい。


「しっかし、でかい金が動くことになるな。最近こういう派手な話が多い」

「エヒト以降はそうですね。あれほど中央集権していた例はなかなか有りませんが、どこも機能分散がトレンドになってます」

「復興需要が無かったから、内需喚起に利用したって見方も出来るけどよ」

「さすがに穿ち過ぎですよ」


 ゲンイチロウもロランドもこう見えて大学出のインテリだそうで、経営経済の話が頻出するようになって俺は完全に会話に混ざれなくなってきた。まあ、それは残りの整備士二人も同じなようで。


「狩りはどうだったんだよ、ジュート。若は朝から息巻いてたけど」


 そう声を掛けてきたのは、若手整備士のスノハラだ。金髪碧眼にそばかす顔で、見るからに西洋人風なのに名前はトキハマ風。今でこそ慣れたけど、初対面の時は違和感だらけだった。


「成果は九体、ただしバラバラ」

「おーう、やってくれますなあ。さすがは大艦巨砲主義」

「好きでやってるわけじゃねーっす。ゲンさんはそれで機嫌悪いしさあ。目的のものが手に入れば買い取るだけって話だったのに」

「普通手に入らない方が想像つかないって」


 面白がるようにスノハラが言うと、隣の席に座っていた紅一点のメイが椅子を引っ張ってくる。こっちは茶色がかった黒髪を、かなり短めに切っている。ぱっちりとした眼の、美人とは言えないけど愛嬌のある顔立ちの人だ。


「いつまでも立ってないの。ほら座りなさい。飲み物は? ソフトドリンクは禁止ね」

「メイさん、俺、アルコールはちょっと……」

「なに、まだ下戸ライトウェイトってあだ名気にしてるの? いくら弱くてもビールくらいなら平気でしょ」


 そう言いながら、空のジョッキになみなみとビールを注いでくる。

 これが、俺が酒場に近寄りたくない理由。今まで飲んだことが無いから知らなかったけど、どうも酒に強い方ではないらしい。

 それを知らずに、一ヶ月ちょっと前の初遠征で浮かれきっていた俺は、知り合った他のリムドライバーから差し出された最初の一杯で、ものの十分もかからずにくたばった。それからと言うものの、俺はことあるごとにライトウェイトなんていう不名誉極まりないあだ名で呼ばれる羽目になった。

 酒場に行けば飲まないわけにもいかないけど、初めてのお酒で見事に失敗した上、それに関わるあだ名が付いてしまえばなんとなく近寄りがたくもなる。いやほんと。打たれ弱いんだよ俺。


「あんまり気にするこたァねぇよ。ネタにゃされてるけどよ、仕事に関しちゃ評判いいぞ? そうやって話題に上ってんなら、気に入られたってことだ」

「ま、そんな細いナリじゃライトウェイト痩身ってのも言い得て妙だよな。あんなゴツいリムに乗ってるようには見えないよ。悔しかったら酒に強くなるか、体鍛えればいいんじゃね?」

「スノみたいに、頭が軽いライトウェイトよりは全然マシよ。……ジュート、ジョッキの中身減ってないわよ」


 肩をたたきながら俺の代わりに言い返すメイも、俺が酒を飲まないという選択肢は持ち合わせていないらしい。この世界での成人年齢は18歳で、トキハマでのリハビリ中に誕生日を迎えた俺は、酒を飲むこと自体は問題無いことになっている。


「知らないからな、どうなっても」


 苦し紛れにそう告げて、ジョッキに口をつけた。口の中に苦みが広がり、アルコールが喉に染みる。

 この味を旨いと言えるようになるのは、まだ随分先の話なんだろうな。


 ◆◆◆


「ゲンじゃないか、陸に降りてるなんて珍しいな」


 その人が声を掛けてきたのは、話の合間にちびちびと飲み、ジョッキの中身も半分くらいまで減った頃だった。


「リーナスの旦那か。そっちこそ、こんな平和なところに来るたぁ珍しいじゃねぇか」


 声のした方を向けば、ピンストライプのスーツにフレームレスの眼鏡をかけた、インテリっぽい人だ。あれ、どこかで見たことがあるような。


「俺だって好き好んで鉄火場にばかり行ってるわけじゃ無い」

「どうだか。ランカー様ともなればデトリンクや大京ダージンの方が稼ぎはいいだろうに」

「仕事の選り好みはしない主義でな、依頼オーダーが荒事に集中しやすいだけだ。……面子を見るに、出張中か。そっちの若いのは護衛か?」


 リーナスと呼ばれた男が、そう言いながら鋭い眼を向けてくる。別に睨んでいるわけじゃないんだろうけど、得も言われぬ迫力を感じた。修羅場を潜り抜けてきた男って雰囲気がある。


「慰安旅行が出来るほど暇でもなくてな。ジュート、名前くらいは聞いたことあるだろ。リーナスっつーおっかねぇおっさんだ」

「誰がおっさんだ」


 見覚えがあるわけだ。いつか見た有名バグハンターの紹介記事で写っていたのが、この人だった。リーナス=ダスラッシュ、完全天然素材フルネイチャーメイドのリムを駆り、去年はクラス4の銘付きネームドバグ討伐戦で立役者にもなったっていう。

 正体が分かれば雰囲気にも納得だ。俺みたいな駆け出しとは違う、熟練した戦士の佇まいってやつなのだろう、視線に晒されるだけで萎縮してしまいそうになる。


「ジュート=コーウェンです」

「よろしく。最近討伐数を稼いでる下戸ライトウェイトというのは君か」

「不名誉極まりないんですけどね、そのあだ名」


 こんな有名人に名前を知られていたことにもだけど、何より驚いたのはあだ名の浸透が早すぎることだ。もう少し格好いい二つ名が欲しかった。漆黒が云々とかそういうの。

 ちなみに、リーナスは愛機にちなんで殺戮の山猫ジェノリンクスなんて二つ名を持っている。中二病くすぐられるね、これは。


「で、旦那は何の用でこんなとこ来てんだ? 雑魚ばっかで大して美味くもねぇだろうに」

「……仕事だ。山越えの群れについては聞いているだろう」

「二ヶ月前のか? ありゃもう片付いた話だろうに」


 山越えの群れというのは、俺も大いに関わった二ヶ月前のトキハマを襲撃したバグの群れのことを指す。山岳地帯に囲まれながら比較的安全と言われている、ディーネス・トキハマ間の街道に湧き出したことから、山一つ向こうの土地から出て来たのではないかということでそう呼ばれている。


「そうとも言えん。最近、この近辺でグリロイデコオロギの目撃事例が増えている」

「また物騒なのが出て来たな……。そういや、つい一週間くらい前も五歳くらいのガキが行方不明とか聞いたな」

「昨日、セントス側の開拓村で仕留められたという話は?」

「いや、知らねぇが。……おい」

「ああ。バラしたら、人の一部が出て来たそうだ」


 あまり美味いと思えない酒が、さらに不味くなりそうな話だった。

 二ヶ月前、生身でグリロイデコオロギに襲われた時のことを思い出す。あれが人里に現れたら、どんな惨劇になるか。


「リーナスさんはその調査を?」

「そういうことだ。近く掃討作戦が組まれることになっている」

「こっちとしては商売の種だけど、あんまり気持ちのいい話じゃ無いね」


 俺の質問に答えたリーナスの言葉に、スノハラが率直な感想を返す。

 人の生き死にが身近なだけに、こういう話は日常茶飯事ではある。だからといって、慣れることも出来ない。何となく重くなった空気を振り払うように、俺はジョッキの中身を呷る。

 どこかで、厄介事の火種が撒かれたことだけは、その場の誰もが感じていた。

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