021.「蟷刃乱舞」
◆◆◆ ◆◆◆
まだ、助けられると思っていた。
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本音を言えばここで、ばかすか大砲を撃ちまくって一気に橋の向こうに抜けるのが理想だった。
だけど、そうは問屋が卸さない。待ち伏せすら疑われる数のバグが、染み出すように現れこちらを取り囲み始めていた。見たところ、数は20を少し上回るくらい。種別は
「
『周辺の反応を見ても、クラス3の個体はそう多くありません。全体の二割か三割程度、それもほとんどが橋の突破に回っているようです』
「本命はそっちに回して、俺達は物量で押し潰す気か」
なるほど、確かにアンダイナスは遠距離での砲戦こそ滅法強いけど、反面乱戦は苦手な部類だった。トキハマ外周での戦い方からすれば、建造物が点在して身動きの取りづらい場所柄、一体ずつは非力でも数に頼って取り囲む戦術は効果的と考えたのだろう。
その判断に、雨の向こうに指揮個体の姿を幻視する。嫌がらせのようなやり口は健在だ。
そして、だからこそ裏の搔き甲斐もある。
「エミィ。ヒカクとショウカクを使う。
乱戦になると判断した時点で、
肩部のウェポンコンテナの解放シーケンスを呼び出し、次いで掌部マウントへの接続を指示。勢い良く開け放たれるベイからせり出してくる棒状の武器こそが、今回の秘密兵器。限られたウェポンコンテナの容量に納めるためにグリップが折り畳まれたそれは、さんざん苦労させられた
前倒しになって肩から露出し、次いでグリップが展開して刀身が顕わになった。握り混むように、両の掌それぞれのアダプターにマウントされる。刃渡り3メートル、元のサイズから半分まで短くされ、持ち手が与えられたカマキリの鎌。アンダイナスとのスケール感からナイフには長すぎるため、レーザーマチェットとでも言うべき代物だ。与えられた銘は、右手の反りのある片刃が
「実戦投入がこんな鉄火場になるとは思わなかった」
『そこは、備えておいて正解だったと言うべきでしょう。……三時方向、ロパリデ、来ます』
言われ、90度分の右転回を入力しつつ、身を屈め攻撃態勢に入った敵個体を視線誘導でロック。攻撃をトリガーすれば、それは転回の遠心力も利用した横薙ぎの斬撃へと解釈される。
飛びかかる平たい胴体の
頭部から連鎖的な爆炎を吹き出し、飛びかかる軌道からブーストを吹かせて脱したアンダイナスの背後を、空振りのままロパリデが通り過ぎ、地に臥した。その間にも、次の獲物の選別は始まっている。
状況変化によるルーチンの組み換えを行ったのだろう、傍目には逡巡したように動きを止めた他のバグが、さらに包囲を狭める。物量で押す方針に変化は無いらしい。
「上等だよ。片っ端から首を刎ねてやる!」
まさか、こんな台詞を言うようになるとは1年、いや半年前の俺でも思わなかっただろう。裂帛の気合を言葉に宿して、俺は体当たりの体勢に入った
◆◆◆
右薙ぎ、左薙ぎ、突き、袈裟斬り、逆袈裟、唐竹割り、逆唐竹。ゲンイチロウとの稽古を元にして、エミィと二人で組み上げた特製の戦闘アルゴリズムと、それにより振るわれる
ただ、情勢にさほどの変化はない。倒す端から、中央側の橋周辺にいた他のバグが集まってきているように思う。
『探査結果、速報値出ました』
「教えて!」
忙しなく視線とレバーとフットペダルを動かしつつ、手短に返す。アンダイナス相手にクラス2のバグなど物の数でもないと言っても、それは直接対峙しての話だ。二桁数に取り囲まれ、取り付かれれば損傷は免れないし、背後からまともに攻撃を食らうことなど今の状況では考えたくもない。
橋の突破を優先したいのは山々だけど、まずは周囲を取り囲む有象無象の敵を始末してからじゃないと、橋の突破のために背を向けた途端に襲い掛かられることになる。いつまでこの状況が続くのか、それを知るためにもエミィからの情報は喉から手が出るほど欲しいものだった。
『ミツフサ北部域のバグ、総数二百前後。うち、二割がクラス3と推定。また、村外からも集結している模様です』
動きながらの探査結果だから、精度はさほど高くはない。とは言えそれは探査結果が実際よりも少ない可能性があるということで、今の数字が下振れすることは無いだろう。
「トキハマの時は何体仕留めたっけ」
『……42体、ですね』
「前回の五倍か。笑える」
一体一体の戦闘能力は低い。トキハマ以南に生息しているバグをかき集めているのか、そもそもが対人はともかく対リムなら大した脅威にならない個体ばかりだ。攻撃手段も、図体と比較して華奢な四肢……いや、六肢か……や、咀嚼するための顎と体当たりしかない。ただただ、数が鬱陶しい。
話す間も、三体を仕留めている。辺りには頭部を砕かれ、倉庫の外壁に半ばまで体を埋もれさせたものや、裏返しになって機械のくせに有機的な造形の腹部を露出したもの、他の襲いかかる個体に踏みつぶされたものなどが散らばる。ゲームみたいに倒したら消えるわけじゃないから、倒すたびに障害物が増える。
「エミィ、南側の戦力と連携をとりたい。このままじゃジリ貧だ」
『先程からコールしていますが、戦時リンクは沈黙したままです。通常プロトコルの音声通信も、ゲンイチロウとサツキの端末に送っていますが、リプライパケットはありますが通信は確立しません』
向こうは向こうで、避難準備で蜂の巣をつついたような有様だろう。通常プロトコルは戦時リンクより優先度も低いから、見過ごされてる可能性が高い。
「橋の向こう側で戦ってるリムに、NSVPは使えないか」
包囲の間隙を縫って、最大出力で砲撃して風穴を開けようとも思ったけど、対向に人がいる以上はそれも難しい。砲撃のタイミングを告げて退避してもらえばいいけど、それも通信が確立しない以上は無理だ。
『機体が不明な以上は、チャネルが特定できません。光学信号もこの状態では……』
不意にエミィが言葉を切る。僅かに思案する間があり、続けて、
『ゲンイチロウのリムです。先ほど、
「でかした! 通信開始、急いで!」
輸送用リムとしてミツフサに持ち込まれた、KHMの輸送用リムを思い出して告げる。NSVPは許可された着信元から無条件で音声を流すし、避難のために人が乗り込んでいれば誰かしら気がつくはずだ。近距離と言っても、通信可能距離は半径1キロに届く。
『繋ぎます!』
エミィの返答から、程なくして通信が確立したことが視界に示される。待ち望んでいたものだ。油断無く操縦を続けつつ、呼びかけた。
「誰か聞こえてるか! こちら、ミツフサ駐留臨時討伐部隊、第三郡二小隊アンダイナス、ジュート・コーウェン!」
通信の向こう側、雨音と遠くから響く轟音を背景として、複数の人からなるざわめきが混じる。誰かがいることは間違いない。
「現在、ミツフサ北部から第三橋突破のため戦闘中! 戦時リンクが繋がらない、誰か現地指揮者に、」
『……ジュート?』
その声に、がなり立てていた口が止まる。
間に合った。やっと、そう思えた。
『サツキ! 無事ですか、怪我はしていませんか!?』
俺の言葉を遮ってまくし立てるエミィ。冷静を装っていても、内心は不安に苛まれていたに違いない。普段の言動とは裏腹に情に篤いやつだと思った。
『う、うん。あたしは平気。でも、避難するって言われたのに、人も乗り込んでるのに、まだ出発できないって』
勢いに気圧されたわけではないだろう、不安げにサツキが応える。
対して俺はと言えば、サツキの言葉をだいぶ冷静に聞くことができていた。目的地が近づいたこと、まだ助けられること。それが、ある種の平穏をもたらしていた。
リムがまだ動き出していないというのは、想定内だ。戦地から脱出するにも、戦力を持たない輸送用リムだけでは危険だと判断しているのだろう。当面の問題は、敵の猛攻から防御に回っている戦力を剥がせないことだ。
「サツキ、大丈夫。多分、こっちが橋を突破するまでの辛抱だ」
『そうなの? でも、敵の数が多すぎるってみんな』
「何とかする。みんな助けるから」
諭すようにそう口にすると、通信プロトコルの向こうで何かを言おうとする気配。それから一秒にも満たない時間が経つ。
『わかった。待ってる』
不安が消えたわけじゃないと思う。でも、サツキはしっかりとした声でそう返した。
背後の雨音には、もうかき消されない。雨足は、いつしか弱まっていた。西の空からは豪雨をもたらした雲が途切れ始め、隙間から弱々しいながら月の光が透け始めている。
◆◆◆
『ジュート! 生きてたのか、どこで何やってた!』
耳障りの良いサツキのアルトから打って変わって、野太い声が響く。
たかが半日の間に、この声も随分と懐かしく感じる。心臓に悪い思いなんてするものじゃないな、と心底安堵する。
「残業してたらこの有様だよ。……ゲンさん、そっちの状況は?」
『どこまで聞いたか知らねェが、南側にいた奴らは全員無事だ。北側からも半分はこっちに逃げ切ってる。ただ、そこから逃げ出そうにも丸腰ばかりで立ち往生だ。戦える奴は橋んとこで、堰き止めてるのが精一杯。そっちは?』
「東の第三橋で、そっちに行こうとして足止め食ってる。団体さんで手篤い歓迎を受けてる最中」
『そりゃ難儀だな。こっちには来れそうか?』
「それもあって、連絡取りたかったんだ。何でか戦時リンクが繋がらないんだよ。橋の上のやつらを根こそぎ大砲で吹っ飛ばしたいんだけど、南側で踏ん張ってるのが居るだろ」
『東側っつーと、……リットン兄弟だな。どうすりゃいい』
「全力で撃ったら巻き込みかねないから、合図に合わせて引いて欲しい。一度そっちに出たら橋を落とすから、手も空くはず」
手短にこちらの要望を伝えてから、二言三言向こう側で相談する声。途切れ途切れに聞こえたところだと、どうやらこっちからの音声を戦時リンクに流せないか確認しているようだった。
『わかった。NSVPをバイパス出来るようにしてやるから、出来上がるまで踏ん張れ』
「もう充分踏ん張ってるんだけどね!」
言う間にも一匹、
ゲンイチロウの方が迅速に準備を進めてくれても、周囲がこれでは容易に砲撃も出来ない。片腕の砲だけで撃っても、全長三十メートルを越す橋に密集した敵集団を一網打尽にするには威力が足りない。周囲を一掃した上で、両椀を連結した最大出力での砲撃を見舞う必要がある。
「わらわらと……うざったいなくそっ」
幸か不幸か、橋の上に陣取るクラス3の固体もザコ共に阻まれ、こちらには向かってこない。戦況が膠着している。送り込まれるバグが途切れるまで、あとどれだけ屠れば良いのか。
もう少しというところで邪魔立てする連中に苛立ちを隠しきれず、操作が乱れる。飛び掛かる体勢に入った個体ではなく、その横の個体にターゲットが移る。
「しまっ……」
言った時にはもう遅い。無防備な
『対ショック!』
エミィの声に、咄嗟に全身を踏ん張る。軽くはない衝撃が機体を襲い、しかし損傷を示す
ここぞとばかりに、周囲のバグが一斉に襲いかかろうと身をかがめる。さすがにこの数が一気に飛び掛かってきたら、倍以上の大きさのアンダイナスでもどうなるか分からない。ずんぐりとした身体とは裏腹に細い肢は、絡みつき足枷となっている。咄嗟に切り落とそうとトリガーを引くけど、到底間に合わない。
油断した途端にこれだ。つくづく詰めが甘い。体勢が崩れるのも承知でブーストを吹かせようと、両足のペダルに力を入れ、その時。
突如として放たれた砲弾が、飛び掛かる体勢のそれら尽くを撃ち落とした。
『楽しそうなことしてるじゃーん、ジュート君?』
途切れた包囲から、こちらを庇うように躍り出る、四足の影。背を低くし、胴体上部にマウントした長砲身のレールガンで油断なく生き残りを牽制する、深紅の蜥蜴。
『もー、ダメダメだよもーダメ。こんな面白い修羅場、独り占めするなんてさー。ね、何匹倒した? その刃物なに? うちの取り分残ってるー?』
相変わらず、場の状況も弁えないテンションで機関銃のように喋り倒してくるそれは、避難警戒ライン付近で置き去りにしてきた、キャスティの駆る
さらに、攻めあぐねるように動きを止めた
「……リーナスさん」
『まったく。独断専行する新人に小言をくれてやろうとしたのに、お前まで突っ込んでどうする』
『えー、いいじゃん叱ってやんなよー。獲物を独り占めすんなーって』
『もういい黙れ』
脱力しそうな遣り取りをしながら、その動きには微塵の慢心も見られない。身につまされるものを感じて、まずは侘びを口にする。
「すみません、一人で突っ走って……。助けてくれて、ありがとうございます」
『さもありなん……と言いたいが、まあいいだろう。詰めは誤ったようだが、それほどの下手を打った様子も無い』
『え、リーナスそれちょっと甘いー。甘いよ大甘だよ、うち相手だったらもっとばーっと小言いってくるくせにー』
『黙れと言った』
キャスティの抗議の声を横目に、少しだけ安心する。間違っていないと言われただけなのにこうなるなんて、俺は俺で判断にいまいち確信を持てていなかったことを自覚する。その上で、これ以上ない程の好材料がやって来てくれたことに、ただ感謝したかった。
「あの、」
『状況は一応把握しているつもりだ。南に抜けるなら、一番確実なのは突破力のあるお前だ。露払いはしてやる』
「助かります。けど、俺が突破したらリーナスさん達は?」
『こちらに残って、中央の橋に陣取る虫けらどもの掃除だな』
「この数相手にですか……? いくらなんでも」
無茶を咎めようとした声を、リーナスのため息にも似た吐息が制する。
『あまりナメるな、
密度を減らした包囲が徐々に持ち直すのを尻目に、リーナスはそう言ってのける。
そうだ、何を思い上がっている。この人は、24時間以内のバグ撃破数最多を誇る、最強の一人だ。
『ねーねーリーナス。あたしもいいの? これ全部食べちゃっていいの?』
『戦時リンク障害の方は当たりは付いたのか』
『もーちょいだよ、ちゃんと調べるからさー』
『……好きにしろ』
普段通りな遣り取りを続ける二人に対して、俺とエミィは言葉も出ない。
リーナスの腕前は承知している。記録に違わぬ正確無比な判断力と操縦は、性能ばかり突出しても力任せな俺なんかとは一線を画す。ただ、化け物の相方もやはり化け物だった。キャスティはキャスティで、どうやっていたのか知る術も無いが、戦時リンク障害の原因調査という高難度の電子戦をしつつ戦っていた、そう言っているのだ。
『おいジュート! 聞こえるか、出来たぞ! つっても端末引っ張り込んで音を流してるだけだけどよ!』
愕然とする俺の耳に、ゲンイチロウの声が響く。自分の未熟さを恥じている暇は無い。今は、出来ることをする。それだけしかないだろう。
「わかった! 合図はこっちから出すから!」
『おう。ぶちかまして来い、待ってるからよ!』
『なんだ、誰が来るかと思ったらデュアレグの兄ちゃんか。早くしてくれ、こっちはもうヘトヘトでよ』
『上手く逃げれたら一杯行くか、
ゲンイチロウの声に続いて、戦時リンク経由で橋の向こうで踏ん張るリットン兄弟の声も届く。状況は整った。
「エミィ。行くよ」
『いつでも』
そして、姿は無くても、いつも傍らに居続ける相棒の声を聞く。覚悟も決まる。
「突撃します!」
声に合わせて、リーナスとキャスティの操る二機が、増援を仕留めに散開する。心配などするのもおこがましい、これ以上に安心して背中を預けられたことなんて無い。
両腕の刃を振り上げ、橋への道を阻む機械の蟲を正面に見据え、アンダイナスが加速する。終局は、すぐそこまで来ていた。
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