033.「虚構会談」
当然のことながら、すぐにトキハマの警備軍機に取り囲まれた。
人助けのためではあるけど、行政組織の公式行事に乱入したという点でいえば、先ほど仕留めた
『手間をかけて申し訳ない、こちらも助けられたことは理解している。ただ規則上、対面での身元確認は必要だ』
そう言われてしまえば、一旦は従わざるを得ない。
ただ、保険程度には布石を打っておこう。
「従いますよ。ついでに、身元保証人の指名させてください」
『
「連絡先不要っすよ、そこにいると思うんで。……イサ・サダトキさんに、話をしに来たから顔を見せろ、って言ってくれれば通じると思います」
『は……? いや、ちょっと待て説明を』
食い下がる声は放置して、コントロールシートのハッチを解放する。
うやうやしく出迎えた巨大な掌に乗り、肉眼で辺りを見渡そうとすれば、出迎えたのは歓声だった。
葬儀に参列していた人数は、少なく見積もっても千人は下らないだろう。その全員ではないだろうけど、半数以上が今し方まで戦闘が繰り広げられていた一体に詰めかけ、警備軍とスタッフがそれを押し止めていた。
葬儀会場にその光景は、あまりにも不釣り合いに過ぎる。
ただ、考えてみればここに居合わせた人たちは、蟲によって親しい人を……友人を、恋人を、親を、子供を、兄弟を失ったのだ。その心情からすれば、目の前で討伐をやってのけたことは、幾らかでも胸のすく思いだろう。
それだけで整理がつくような、簡単な話じゃないのは承知の上だ。ただ、せめてこの場だけでも、救いは欲しいと思う。
装甲に鎧われた掌が設地し、ちょっとした振動と同時に地表に降り立つ。
人間の視点で見るそれは、高さのある場所から見たものとは熱気も喧騒も段違いに思えた。声が降り注ぐように響き、こちらを一目見ようと人垣から身を乗り出したり、葬儀の取材のために居合わせたのだろう記者らしき人がスタッフと押し問答していたりするのが見える。
その混乱の中枢は、どう言い繕っても俺なのだけど、どう反応したものか悩む。手でも振り返すべきか。まさか、英雄でも何でもないのに。
「ジュート!」
反応を決めかねて硬直したところに、声が届く。
聞き覚えのあるその声の元に目を向ければ、人垣の隙間をすり抜けて長い黒髪をたなびかせながら駆け寄る女の子。
サツキだった。さっきまで足をすくませていたのに、今は鍛えた健脚を発揮した彼女を、慌てて追い掛けるスタッフも警備兵も止めることが出来ない。
瞬く間に駆け寄るサツキの、荒くなった呼吸が聞こえる。そうして目の前までやってきた彼女は、ぴたりと立ち止まり。
顔が上がる。涙交じりに目を吊り上げた、怒りとも読み取れる表情で、喉元まで混み上がった何かををうまく言葉にできないような、そんな風に口を幾度か開いては閉じ。
そして。
「この……、ばかーっ!」
存分に練り上げられた、単純極まりない子供の悪口のようなそれと共に、渾身のビンタを放った。
おぉ、と、えぇ、が半々くらいでブレンドされたどよめきが、スタッフと警備軍に堰き止められた野次馬の中で湧き起こる。
そりゃそうだろうと思う。俺はビンタくらい食らうことは織り込んだ上でサツキの目の前に姿を現したけど、彼らからしてみれば何もかもが唐突だ。横目で見れば報道関係者らしい人間すら居るし、これが後になってどんな尾鰭付きで喧伝されるかを考えると気が重い。
とはいえ、そんなことに気を回しているのは俺だけで、ビンタを放った当の本人は肩で息をしながら、胸ぐらをつかんで詰め寄りにかかってくる。
「もう……、色々言いたいことも聞きたいこともたくさん、ほんっ……とに山ほどあるけど……っ!」
それは覚悟の上だ。
彼女からどんな追求でも、どんな罵詈雑言でも、受け止めるつもりではいる。
そうされるだけの不義理を働いたという自覚は、ちゃんとある。
だと言うのに、サツキはさらに目に涙をため、絞り出すように。
「……ぃきてた」
「……え?」
「生きてて……よかった……、よかったよぉ……。うわあああぁぁん!」
文句も恨みも懐疑も無く、サツキはただ泣いた。
俺が生きていて良かったと、それが何より大事なのだと。
「なんで、生きてるって……教えて、くれなかったのぉ……?」
「……ごめん」
「ごめんで済むかぁ……、ばかぁ……」
生きることを望まれているのだと。
それは、予想していたどんな言葉よりも有難く、そして痛かった。
◆◆◆
警備軍とも会場スタッフとも趣の異なる黒ずくめの男達が現れ、その場の野次馬たちに解散を告げたのは、それから数分もしない内だった。泣きじゃくったままのサツキを引き剥がすわけにもいかず、なのに好奇の目は突き刺さったままだったから、正直に言えば助かったと思う。
ちなみに、助け船と言えばキャスティは、ヴルカヌスの上部ハッチから上半身を乗り出しての高みの見物と洒落込んでいた。この分だと音声まで拾われていたに違いない。良い趣味をしてやがる。
ともあれ、ブーイングまみれで混乱し、押し合いへし合いの始まった現場から、鮮やかな手並みで俺とサツキは連れ出された。というか、俺たちを連れ出す為に場を混乱させたとすら思える。それほどの、自分がどこを歩いているのかすら分からなくなるくらいの、魔法みたいな手際だった。
「あのねえ、ジュート君。もう少し穏便な登場は出来なかったのかい?」
そして黒服の男達に導かれるまま、軍用のやけにしっかりとした造りのテントに足を踏み入れるや否や掛けられたのは、そんな呆れたような声だ。
テントの中は、採光用の窓すら閉めきられ、日中だというのに意外なほど薄暗い。壁に掛けられたカンテラだけを光源に、相変わらずの飄々とした物言いの男、イサ・サダトキは、簡素なテーブルセットの反対側で、手ずから急須を傾けて緑茶を陶磁器の茶碗に注ぐ。
「あの状況で、俺たち居なくても何とかなったんすか?」
「うん、無理だね! それは無理だ、少なくとも死人は二桁単位で出ていたかな!」
「なら、それでいいじゃないですか。俺だって、何もなければもっと大人しく出て来ましたよ」
「うーん。僕、というかトキハマとしては別にいいんだけどね」
「……何かまずいことでも?」
「ネームバリューの問題だよ……っと言っても、まだ君には分からないか」
その言葉の中には、こちらの身を案じるような響きも混じっていた。政治的にはどうも有名人らしい俺のこと、その上で報道に乗ることを気にした発言なのかもしれない。
その段になって気になったのは、泣き声こそ控えめになったものの顔を上げようともしないサツキだ。
「サツキも同席させていいんすか」
「はっは、いいも何も」
「……ここで、なか、ま、はずれにし、たら、ねてるあいだ、に、ぬれたてぃっしゅ、かおに、かぶせる……」
「怖ぇよ!?」
物騒な事を言って、しゃくり上げながらこの場に残る意思を表明してくる。被害者はどっちだ、俺なのかサダトキなのか。
ではなく。
気にしたのは、ここでの会話を彼女に聞かせても良いのかどうか、ということだ。
「……本気ですか。どんな話になるか、予想してないわけでもないでしょう」
「それは勿論、包み隠さず話そうじゃないか。エミィさんのことも、君のことも」
「あんたなぁ!」
瞬間的に、脳髄が噴き上がる。
それを聞かせたくなかったって言うのに、軽々しく口にする神経を疑う。
気付いた時には、テーブル越しにサダトキの胸ぐらを掴み、襟を締め上げている最中だった。
「乱暴だね……。そんな怖い目で見ないでくれ。元々、そう約束をしていたのさ」
「約束だって……?」
「ああ。
「言っていいことと悪いことが!」
挑発しているようにしか聞こえない言葉に、声が自然と荒々しくなってしまう。いっそ殴ってしまおうかと振り上げた拳が、しかし制止される。
柔らかい掌を拳に被せたのは、サツキだった。
「ジュート、待って」
顔を上げてそう呼び掛け、ついでテーブルの上のちり紙を二、三枚まとめてひっつかみ、そのまま、びーーーーっと勢いよく鼻をかむ。
呆気に取られる俺とは対照的に、サダトキは笑みを崩さない。
「あー……、うん。よし」
「よし、じゃない。……どうすんだよこの空気」
「勝手に突っ走ったのはジュートじゃん。……ありがと、でも大丈夫だから」
笑いかけながらそう言われてしまえば、こちらも振り上げた拳を収めるしかない。
「大丈夫って言うけどな。聞きたくもない話になるぞ」
「うん、わかってる。……エミィに何か、あったんでしょ」
「……知ってたのかよ」
「なんとなく、ね。みんな、分かり易いんだもん。妙にあの時のエミィの様子聞きたがったりしてくるし。あー、これは何かあるな、って思わない方がおかしいじゃん」
そうとまで言われ、拍子抜けしてしまう。
エミィにまつわること……ミツフサの元凶と目されていることや、今は世界各国からマークされ命を狙われているらしいことなど、それらを彼女の耳に入れたくなかった。それを、あいつも望むだろうと、そう考えていた。
ただ、俺がいくら気を回してもそれが叶うかと言われれば、あの時の当事者だったサツキの耳に何かしらの情報が届くだろうことは、考えてみれば当たり前の話でもあったわけだ。
「というわけさ。理解してもらえたかな」
「……納得はしませんけど」
「構わないよ、今はまだそれでいい。……ところで、手を離してもらっても?」
鉄拳制裁は取り下げたものの、胸ぐらは未だ掴んだままだ。
それを渋々と離すと、しかし暴力沙汰寸前になったことなど意にも介さない余裕の素振りで礼服の襟を整え、サダトキは並べてあった茶碗をこちらに差し出す。
「ともあれ、冷めないうちに座って一服してくれたまえ。玉露は温度が命なんだ」
促されるままに着席し、湯気の立つ薄い若葉色のそれを一口含む。
微かに甘くふくよかな味が喉を通り抜け、しかし旨いと口に出すのが悔しくて、わざと苦み走った顔をしていると、それすら見透かしたような目でサダトキが小さく頷いた。
◆◆◆
「まずはこちらの状況から伝えるとしようか。君が留守の二週間あまり、色々とあったんだ」
そう口火を切ったサダトキから伝えられたのは、数日前にもリーナスから概要だけは伝えられていた、連続したバグによるリム襲撃事件についてだった。
トキハマ以南の街道、特にセントス山脈沿いの開拓村近辺で、リムの事故が急増。バグによるリム襲撃自体は然程珍しいことでもないが、目を引くのはその頻度だ。
「トキハマ周辺でのバグによるリム襲撃事故はね、頻度としては概ね週に一度あるかどうかだ。それも物損だけに収まることも多いというのに、ここ最近は多ければ日に二度三度、それも軒並み生存者無しときた」
「そんなに被害が出ているなら、場当たり的ですけど護衛を付けるなりの対策は出来たんじゃ?」
「勿論そうしたさ。確かにトキハマ周辺はバグの活動も穏やかで、輸送用リム単機での往来も多いからね。それが運悪く、ミツフサの余波で活性化した群れに当たったんじゃ無いか、と最初は考えられていた」
ところがそれでは終わらなかった、というわけだ。
「極めつけは、一週間前に起きた事故だね。先行哨戒していた戦闘用リム三機と開拓村への定期便の一団が壊滅したという事件だ。……サツキちゃん、ニュースは見ているかな?」
「あ、はい。確か結構大きく取り上げられてて。あ、でもそれって、確か生存者が……」
その生存者というのは、定期輸送リムに乗り合わせた親子だった。他にドライバーを含めた乗員が四人いたそうだが、生き残りはその二人だけ。
さすがに当事者ということもあり、事故当時は状況を聞いても要領を得ない発言ばかりだったようだけど、根気強く話を聞くうちに幾つかの事実が明るみ出た。
まず一つ目、先行哨戒していた戦闘用リムが、襲撃直前に至っても何も攻撃した様子が無かったこと。
そして二つ目。襲撃してきたバグは、本来は有ってはならない、複数種族が混在した群れだったこと。
「……話の流れは分かります。一つ目は、つまり襲われる直前に欺瞞情報による論理攻撃に晒されていたことを裏付ける、ってことでしょう」
「その通り。話が早くて助かるよ」
戦闘用リムの
そして二つ目、複数の種による混成群というのはミツフサと、そして遡れば三ヶ月前のトキハマ郊外戦、さらにはエヒト消失に象徴的な事柄でもある。
「戦闘用リムですら為す術が無いような化け物がトキハマ周辺をうろついている、なんて流布されたからには、風評被害だって深刻だ。お陰で、ここ一週間のトキハマの貿易経済規模は平時の六割にまで落ち込んでいてねぇ」
そうなった理由は、直接的被害だけを心配してだけではない。
ディーネスでこちらを尾行していた
「その上で、ダメ押しのように……今更になって、
そこでサダトキは言葉を切り、壁面に掛けられたディスプレイを操作する。
表示されたのは、黒地に白いラインで描かれた、設計図のようにも見て取れる三面図。そしてその片隅には、正面を向いた、無表情な女の子の画像。
息を呑むサツキの気配を察する。とはいえ、俺も似たり寄ったりなリアクションをしていたと思う。
誰だと確認するまでもない。エミィだ。
「これは、
「そりゃ……言いません、けど」
「通達に依れば三ヶ月前、実地動作試験中に制御を外れ、現在所在不明。そういうことらしい。発見次第迅速な確保、場合によっては破壊をされたし……だ、そうだ」
三ヶ月前、ということは、俺とエミィが出会った頃のことだ。その頃から制御不能となった、と言うことは。
つまり、こう言いたいということか。今現在、トキハマで起きている全てのことは、
「ともあれ、この情報で各国は共同で対処に当たることが決定。何しろ滅多に無い
長い話を終えたサダトキが、すっかり冷めた緑茶を喉に流し込む。
「それで。俺にどうしろって言うんですか。その混成軍とやらに合流して、エミィを殺せって言うんですか?」
「そうだねぇ。トキハマからの依頼としては、そういうことになるかな?」
「お断りだ、って言ったら?」
「残念だけど、何もしないと言うなら
「きったねぇ……」
ぎり、と奥歯を噛み締め、立ち上がる。
今更になって、ここに来たことを後悔した。ゲンイチロウの友人でもあるサダトキなら、直接話せば少しは聞く耳を持って貰えると思っていたけど、とんだ勘違いだったらしい。
「どこに行くんだい?」
「付き合ってられません。こっちの言い分も聞かずにただ人殺しに加担しろだなんて、そんな話聞いてられない」
「そうかい。残念だねぇ、君のことは戦力として大いにアテにしていたんだけど」
尚も続く軽口を無視し、腰を浮かせて追い掛けようとするサツキも見ない振りをし。
テントから外へと脚を踏み出した時だった。
「キャスティ君。いいよ、やってくれ」
「もー。汚れ仕事とかうんざりなんですけどー?」
声をした方を咄嗟に見れば、キャスティがいる。しかし薄暗いテントが災いし、明順応が遅れた目では、レイカーガンを構えていることに気付くまでが遅れた。
照準は、俺の視線と重なっている。頭を狙われている。
「動かないでねー」
突然のことに身体が硬直し、真意を尋ねることすら出来ず、その間に引き金が引かれ。
あまりにも軽い、電磁式の銃特有のバネが弾かれるような音が響き、しかし、予想した痛みは無い。
「あれ……?」
「なーにー、自分が撃たれるとでも思ったー?」
悪戯っぽい声と顔でキャス。慌てて背後を振り返れば野戦服姿の男が一人、仰向けの体制で倒れている。
見覚えがある。テントの入り口で
さらに周囲を見れば、野戦服の警備軍兵やスーツ姿のスタッフ数名が、こちらは俺とサツキをテントまで先導した黒服の男達に取り押さえられている。
「えっと。どういうこと、これ」
「ニブいなーもー。イサ家のボンボンの周辺に監視が付いてるかもー、って話は憶えてるー?」
憶えているも何も、遙々とディーネスまで情報収集に赴いたのもそれが理由だ。
「なに、つまり盗聴されてたってこと?」
「そー。テント内で怪しい機器は全部潰してたからー、後は人が動くしかないっしょー? で、怪しい通信してたのを根こそぎ特定してー」
「交渉決裂までを敢えて垂れ流しておいてから一掃、というわけさ。助かったよ、キャスティ君」
悠々とテントから外に出てきたサダトキが言葉の端を繋ぐ。つまり。
「ここまで全部ブラフかよ!」
「いやいや、伝えた情報は全部本当だとも。しかしねぇ、見事に激昂してくれたね? もう見てて楽しいのなんの」
「あんた、絶対いつか刺されますよ……」
「世界を相手に裏を掻くんだ、これくらいの腹芸は織り込んでおいてほしいものだねぇ。……さて、では本題といこう」
話す間にも、不届き者が拘束され、猿ぐつわまで噛まされて連行されていく。その光景を満足そうに
「ここからは、
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