032.「合同葬儀」
葬列が行く。
連なるものは、葬儀のために飾り付けられた輸送用リムだ。全部で二十台ほどの列を成して、向かう先はトキハマ外郭の切り開かれた土地、休耕地の露天に用意された催事場。
ゆったりとした歩足のまま、一台、また一台と踏み入れ、横一列に並んで脚部を畳んだ駐機姿勢を取る。
解放されたカーゴスペースからは、短刀と儀礼装銃を身に付けた最上位礼装の正規軍兵が、
それは静かで、厳かで。
何よりも悲しい、整然とした葬列。
『……行かないのー?』
トキハマ郊外の休耕地に用意された半径百メートルほどの臨時の催事場から数キロメートルの距離を挟み、アンダイナスの中から最大望遠でその光景を眺める俺に、キャスティが声をかけてくる。
目の前には葬儀参列のために詰めかけた一般参加者のリムの列、入場整備のために一時間ほども微動だにしないそれを横目にして、俺達は機乗したまま脇道に居座っている。
傍目にすれば、横入りしようとした不届き者か、または道を塞がれ立ち往生していふように見えているんだろう。
列に加わる気は、更々無いのだけれど。
「会場に入る時に、身分照会されるだろ」
『そのくらいはー、手を回してると思うけどー』
「入れたとしても行かないよ」
ここに来た理由は、ミツフサの一件以来寝る間もないほどの多忙を極めているらしいイサ家嫡男のサダトキが、ようやく表に顔を出すからだ。葬儀に参列するためじゃない。
第一、どうやら各国の諸勢力にマークされているらしい俺としては、公衆の面前に生身で姿を見せることはどうにも避けたいところでもある。
『
「面が割れてるのは葬儀の関係者だけだろ。そっちはもう式場で待機してるだろうし、一般人相手なら見た目はともかく正体までは」
『じゃーなくてー。……いいのー? 知り合い、いるんでしょー?』
だからこそ、だ。
守りたい人を守り切れず、さらに一回死んだくせして生き返って。
「……今さら、どんな顔して行けって言うんだよ」
葬列は進む。
棺の安置も終わり、居並ぶリムの列の先頭から、もたもたと動く気配がする。
俺は、動けない。
◆◆◆
葬儀は、滞りなく執り行われている。
曰く。
――彼らは忌み子たる我々の先駆として、星の開拓の志半ばに土地を離れました。
――再びこの地に舞い戻るその日、この地が脅かされず、病まず、飢えず、等しく生きる安息の地であることを祈ります。
――それまで、彼らを遍く波が導きますように。
耳慣れない単語も多いけど、それもまた俺が知っているようでその実知らない文化圏なのだ、と思っておこう。
ともあれ朗々と響くそれを背景に、催事場中央に
遺影代わりだろう、棺の前に置かれた額の無いやや大きめなディスプレイに表示されたものは、鱗文様の長着に袴という鍛冶装束に身を包み髪を天頂で結んだ、やや小難しそうな
もう少しましな写真は無かったのだろうか。普通、もう少し柔らかい表情のものを使うものだろうに。と同時に、この人がそんな顔でおとなしく写真を撮られるところが想像出来なかったのも事実だ。
どこまでも『らしさ』を残したカドマゲンイチロウの棺には、挨拶に訪れる者が後を絶たない。仕事でも私事でも慕われていたということだろう、対応に追われる家族の姿が見え、その中に。
いた。
いつもの快活そうな服ではなく、喪服用なのだろう黒のワンピースドレスだった。
ポニーテールが印象的だった髪の毛は下ろされ、背中近くまで届くほどの長さだと初めて知った。
無事だということは知っていた。でも、その姿を一目見るまで、安心することも出来なかった。
この感覚は、言葉にするのは難しい。救えなかった罪悪感と、救えた達成感の、相反する二つが
どちらが正しいのか。答えは出ない。ぐるぐると渦巻くだけのそれに眩暈すら覚え、頭を抱えてヘッドレストに頭を押し付け、そのままずりずりとシートからずり落ちる。
『悩み多き若人、ってー感じだねー。どれ、おねーさんがお悩み相談してあげよーかー?』
「……そっちの方が年下だろ」
『人生経験じゃー、圧倒的に上のつもりだけどー?』
そう返され、言葉に詰まる。
確かに、仮想空間で人工知能相手のおままごとみたいな人生が、どれだけの経験になったかは疑わしい。この三ヶ月間の方が、余程濃密だったという自覚もある。
ただ、それはそれとして。
「いいよ、別に。これは、俺が答えを出さなきゃ」
『とかなんとか言うけどさー。さっきから、堂々めぐりっぽくなーい? 見ててー、こっちがイライラしてくるんですけどー』
「あっ、お前、こっちのカメラ勝手に覗き見してるな!?」
さっきから顔がどうのと言われていたことに、ようやく思い至って声を上げる。
人に見られていないことを前提に煩悩していたのだから、そうと知れば焦る。別に、変なことをしていたわけでもないけど。
『まーまー。聞くだけ聞きなってー。どーせ、助けられなかったーとか、どんな顔すりゃいいんだー、とか考えてたんでしょー? あん大見得切っといてさー』
「エスパーかよ」
『おー、図星だったー? まー、見てればわかるけどー』
そんなに分かりやすいですか、俺。
自分は思った以上に単純なのか、と悩みの種を増やしたところに、キャスティが映像接続を仕掛けてくる。
「そこまで分かってるなら、簡単に答えが出ないのもわかるだろ」
『まーねー。話したら楽になるよーなもんでもないしー。でもさ、ちょーっと視野が狭すぎないかなー?』
「どういう意味だよ」
問い掛けると、キャスティがこれ以上ないという感じの呆れ顔を浮かべる。
『ジュート君はさー、いろいろ知った上で悩んでられるけどー。いきなりー、お兄ちゃんと友達二人がいなくなって、なーんにも知らされてない子は、どーすればいーんだろーねー?』
はっとする。
誰のことを言っているのかなんて、わかり切ってる。
自分の肉眼に
祭壇の前でたたずむ、黒のワンピースドレスで髪を下ろした、快活な表情ばかりが印象に残るその女の子は。
カドマサツキは、およそすべての感情が抜け落ちたとしか思えない、無としか言いようのない顔をしていた。
「……大馬鹿野郎だな、俺」
『そう思うならー、するべきことは何かなー』
「わかってる。……ありがとう、キャス」
『礼はいらねーぜー』
行こう。
独り自分のことで思い悩んでいる場合じゃなかった。
ゲンイチロウを助けられなかったことを、ちゃんと責められよう。
この通り生きていることを、しっかりと伝えておこう。
そして、
シートに座り直すと、
葬儀の進行は滞りないようだけど、今からなら間に合うだろう。すっかり参列客のリムも掃けた細い道に機体を乗せようとし、そこで泡立つような感覚。
視界の奥。何かが、動いた。
◆◆◆
都市外の会場であれば用心が要るのだろう、葬儀会場外周に配置されていたトキハマ直轄の警備軍は、さすがに動きが速かった。
異変はこちらから見て催事場を挟んだ更に奥側、普段なら活動する個体すら珍しい海側の方で起こっていた。濛々と立ち上る土煙の針路を阻むように、十機前後の警備軍機が横列に展開する。
上がる土煙は、大質量の物体が無理矢理に乾いた大地を疾走するときに特有の物だ。
「何だってこんな所に……」
『珍しいねー、海棲型の
告げられた個体名は海岸でわらわらと蠢く小さい虫だけど、この目で見るそれは全く様相が異なる。蛇腹状の甲殻に覆われた平たい胴体に長い二対の触覚と、そして短い脚七対を腹から生やしたそれは体高十メートルは下らない。体高がそれだけあれば、体長の方は百メートル近い。
バグのクラスは基本的に体高で決まるから、あくまでもあの巨体もクラス3のはずなのだけれども。
「監視は何やってるんだ、あんなデカブツにここまで接近されて……」
『この辺一帯はー、もう欺瞞兵器の効力圏なんだろーねー』
「厄介な……!」
海棲型のバグが地上側に現れることはほぼないことと、周辺が中核都市および農地や、漁港が点在する海岸に挟まれた半島でほぼ隔絶された安全地帯だったことも、油断の元だったのだろう。あくまでも念のために配備されていたはずの警備軍は、それでも急を要する状況でよく動いていると言っていい。
ただ、泡を食ったように防御陣形を取ろうとする
「キャス!」
『はいよん。こっち左から回ってー、援護するねー』
「頼んだ!」
このまま直行しては葬儀会場内に散らばる人達に被害が出るし、射線上に生身の人間がいるだけでも実弾の衝撃波で実害が出かねない。今のキャスからの申し出は、それを回避するために大きく円形に切り開かれた催事場を回り込んで迎撃に回ることを意味している。
示し合わせたように、左右に分かれて機体を出す。こちらは右回りで、催事場を踏み荒らさない範囲で最短の
数拍を置いて、爆音を伴わない
しかし。
『止まらないねー?』
「暢気に言ってる場合か! 間に合う!?」
『ちょっとびみょー。大体さー、間に合ってもあれ相手じゃー、うちの獲物はまめでっぽーだよ?』
緊迫感のない物言いに対して文句は山ほど有るけど、実際見ている限りその意見は正しそうだ。
その理由は、
そして、キャスの駆るヴルカヌスは機動性こそ比類無いものの、装備はごく一般的な威力のレールガンだ。
「つまり俺次第かよ!」
『前哨戦だと思ってがんばー』
「そっち、何か隠し球的な武器ないの!?」
『使ってもいいけどー。一キロ四方巻き添えでいいならー』
「却下ァー!」
一キロ四方の大量破壊兵器がどんな代物なのかも気になったけど、一旦思考から切り離す。
全力で駆け付けるこちらを余所に、リージャの動きは止まらない。まるで葬儀を台無しにすることこそが目的としか思えない。
効果を見せない射撃に業を煮やしたか、三台のレトリーバーがリージャの前面に取り付き、直接足止めにかかるのが見える。相撲取りに子供が通せん坊する構図に近いけど、リージャは器用な腕なんて持っていないから、直接排除する手段に乏しい。障害物となった機体の重みに、歩行速度が弱まったように見える。
わずかに安堵する。これなら後は、一刻も早く現場に辿り着いて一撃をくれてやれば。
そう思った矢先、足止めのレトリーバーとその後ろに控えていた数台のピンシャーが、根こそぎ宙を舞った。
確かにフナムシに便利な腕はない、では今の攻撃を放ったものが何かと言えば、頭部から生やした全長の八割ほどの長さを誇る触覚だ。鞭のようにしならせたそれが、左右から横薙ぎに障害物となっていた警備群リムをまとめて打ち据えていた。
『ありゃー……、死んだかなー?』
「縁起でもないこと言うな!」
こちらの位置は、ようやく催事場右端に差し掛かったところだ。加速に任せていた機体をスピードスケートのコーナリングのようにバンクさせ、強引に旋回機動に入る。
その間に、邪魔者を排したリージャは悠々と歩行を再開。敷地まで半身くらいの距離に付けている。
頭部の触覚が振りかぶられ、風切り音が僅かに遅れて聞こえてくる。あの位置から振り下ろせば、敷地内に届くだろう。無意識のうちにその攻撃が予想される範囲に目を向け、そこに。
サツキがいた。
表情は陰になっていて伺えない。ただ、恐怖に目を見開くなりしていることは十分に予想がつく。父親のソウテツが肩を貸し歩き出そうとしているが、足に力が入っていない。無理もない、ミツフサの一件からはまだ二週間だ。それでなくても、あんな恐ろしいものが間近に迫って冷静でいられるはずがない。
わかっていても、気持ちが急ぐ。早くそこから逃げろと、聞こえるはずもないのに叫びながら、気合で機体の姿勢を維持する。
胴体と水平の位置まで戻された触覚が、ためを作るように少しだけ動きを止め、縦回転の軌道を取り始める。サツキの方は絶望的なまでに歩みが遅い。
間に合わ――
――ダメです、予定着弾点から五十ミリもずれてます。前にも言いましたが、機動中は照準が目標をなぞる瞬間を予測して――
――せる!
エミィと執拗なまでに行った、流鏑馬撃ちに始まる曲撃ちの数々が、体に染みついたそれが自動的に身体を動かす。既に
砲撃
重なる。
数百メートルの距離など無いものとでも言うように、放たれた砲弾は一瞬で結果を出す。根本から千切られた触覚は与えられようとしていた慣性を失い、情けなく天頂に放り出され、落下。装甲に激突し轟音が響き、しかし諦めず前進を止めない。
「往生際の悪い!」
射撃体勢に移行したお陰で大きく予定経路を外れ、挙動を立て直す間にリージャと催事場との距離が詰まろうとしている。歯噛みしつつ再加速に入ろうとし。
『いい仕事だったぞぉー』
間延びした声が響く。反対方向から、こちらも最速の機動で回り込んでいたキャスのヴルカヌス。
リージャの真横に突っ込む軌道から急旋回し、同時に余りにも間隔が短すぎて一つの音に聞こえる連射音が轟く。
数日前にディーネス基礎層でやってのけた流し撃ちだろう。狙いが胴体ではなく、腹からやけくそのように大量に生えた脚だと理解したのは、それまでどうやっても針路を変えようとしなかった巨体が突然カーブを始めたからだった。
装甲に覆われた胴体に対して、数が多い分脆弱な脚は、確かに弱点のはずだ。問題は、それを狙おうにもほとんど狙える隙間がないからで、にもかかわらずキャスティは曲撃ちの最中にわずかに覗いたそれを正確に複数射貫いたのだろう。
動きが止まった。
稼いだ時間は恐らく数秒といったところ。しかし、この瞬間は命と等価だ。死者の眠りを妨げるこの無礼者は、その数秒で仕留める。
「葬式まで邪魔しに来やがって……!」
催事場を回り込み切り、残すは直線のみ。後先考えずにブースターに推進剤を注ぎ込み、出鱈目な速度の加速を開始する。出力に合わせ、自動的に準戦時形態へと移行、外装が割れて強制空冷がなされる。
傾斜装甲対策で、最も単純かつ効果的なのは、傾斜を無視した弾道で砲弾を叩き込むこと。二脚型のアンダイナスは、その点でも射撃点が高い分有利だ。
陽炎が出そうなほどの熱量と引き換えに、秒で百メートルの距離を無としつつ跳躍、すれ違いざまに砲身を頭部へ。
「大人しくしてろ!」
半ば見下ろす角度から放たれた砲弾が頭部へとめり込み、有り余った衝撃が大地まで揺らす。上昇方向への反動が機体をわずかながら更に浮き上がらせ、バウンドしながらの着地は地面を削り上げながら盛大に横滑りする。
乱れる挙動を押さえ込みつつ反転、目標を振り返る。仕留めた自信はある、けれども安心は出来ない。油断なく再度砲口を向け直せば、葬儀の無礼な闖入者は。
まるで生物のようにびくりと身を震わせた
背後に、波紋のようにざわめきが広がるのがわかる。
一つ一つの言葉が何なのかなんて分からないし、知りたくも無い。今知りたいことは。
祭壇付近、父親に手を貸されながら、こちらを見上げる一人の女の子。半泣きになっているのが分かる。さっきまでの、全部の気持ちをどこかに置き去りにしてしまったような顔が、複雑な感情のごった煮に塗り替えられている。
その口が、一言。俺の名前を呼ぶように形作られたところを見て。
ようやく助けることが出来たんだと、そう、俺はようやく実感することが出来た。
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