008.「無能返上」

 一旦整理しよう。

 他の戦闘用リムがどれほどのものかは知らないけど、今まで二桁のバグを相手取って引けを取らなかったアンダイナスは、贔屓目をさっ引こうが世辞を排しようが、かなり高スペックな機体としか言い様がない。走りながら強烈な質量弾を撃ち、ブーストで急加速して挙げ句の果てにはドリフトターンで曲撃ちまでやってのける。

 が、世の中に万能なんてものは存在しない。得手不得手という点から見ると、やはりアンダイナスはどうあっても火砲戦用であり、白兵戦を行う機体ではない。だからこそ、エミィは今までの操縦で、相手の懐をすり抜けながらの砲撃はしつつも、真っ正面に立ち止まって対峙するような真似はしてこなかった。白兵戦もどきを仕掛けて今まで損耗らしい損耗を受けていないのは、偏に機体のスペックの高さと加えてエミィの度胸がそれを可能にしていたに過ぎない。損耗を受けなかったわけじゃない、受けるような戦い方をすれば終わってしまうだけの話だ。


 そう判断するに至る理由は幾つかある。


 まず一つ目に、こいつの体型だ。さんざんメカゴリラと称してきたが、その実やはりこいつの見た目は、巨大な腕が目立つゴリラ型。腕は大砲に転用され、しかし移動の要となって然るべき脚は腕と胴体に比べれば貧弱としか言い様がない。高速機動を主とするなら脚も強化されて然るべきだけど、そうなっていないのは何故か。推測だが、本来こいつは砲撃ポイントまで前腕も駆使して移動し、その後に立ち止まって砲撃を行う、という運用を目的としているのだと思う。

 二つ目は、今まで行ってきた砲撃の射角だ。今までアンダイナスが攻撃を加える際は、決まって正面に敵を据える。例外的に後方射撃を行う際は、迅速に射撃を行うために真横に腕を伸ばした状態で行っていたが、それにしたって一度機体の転回を行うという行動が必要になっている。その理由は明白で、アンダイナスにはミサイルコンテナと恐らくは給弾装置を兼ねた巨大な肩が備わっている。こいつが邪魔をし、真後ろへの攻撃が出来ない。今まで観察した限り、その攻撃範囲は上下左右に各九十度がいいところだろう。走りながらの砲撃を加えるのであれば、後方への攻撃手段は欲しいところだけど、構造がそれを許さない。遠隔砲撃が主体ならその場で転回することで易々と補えるだろうが、近距離では大きな隙だ。

 三つ目、用意された武装の偏りだ。ミサイルはともかくとして、腕の大砲はどうやら射撃の間隔を一秒近く開ける必要があり、強化した連結モードはその数倍を要する。対複数を想定したらしい隠し球のレーザーに至っては、使用してから弱体化モードが三十秒も用意されているときた。どう考えても、矢面で他の機体を戦わせつつ後方から打撃を加えることを想定しているとしか思えない。機銃くらいは用意して欲しい、金属の塊であるバグに効果があるかはさて置き。


 つまり、今までのエミィが行ってきた動かし方は、本来の設計思想からかけ離れた、かなり機体に無理をさせたものだ。その証拠に、今までアンダイナスは砲撃を加える際、どうあっても減速か、または立ち止まることを余儀なくされていた。強力な武装と引き替えに、機動戦闘能力を大幅に犠牲にスポイルしている。

 それらを踏まえてさらに突っ込んでおこう。アンダイナスには、確実に苦手な敵の配置というものが存在する。


 斜め後ろ方向だ。


 理由は、二つ目に挙げた射撃が可能な角度の問題だ。必然的に、アンダイナスが後方に射撃を加えるには少なからず振り返りの動作が必要になる。その際に最初に目標とした一体は破壊出来たとする。が、最初に振り向いた先が右斜め後ろだとして、左斜め後ろに陣取られていればどうなるか、いやこれも運が良ければ、とっさの機転で真後ろを向いて左右の腕で対応出来るかもしれない。だけどその時、振り向く前に正面にいた個体は、その隙を易々と見逃すか。

 この推測が正しいことは、エミィが撃ったミサイルが証明していた。数に限りが有ると言っていたミサイルを使って一体を仕留めなければ、この三点からの攻撃に一度に対処することが出来ないのだ。

 現在の状況に視線を戻す。

 周囲のバグ達は、アンダイナスを中心に、正三角形を描くように三点に構えていた。その後ろには、頂点の一つが崩れても即座に穴を埋められるよう、他の個体が構えている。


 ◆◆◆


「……やばくないか、これ」

『統率が取れた集団は脅威ですね』


 答えるエミィは、包囲網が狭まらないように前方に射撃を加えながらアンダイナスを疾駆させる。当たるかどうかは二の次で、とにかく決定的な隙を与えないための、消極的な攻撃。

 エミィにも判っているんだろう。今、こいつらは確実にこちらを削り取るために、こんな行動に出ている。


「こいつらなんで、団体行動がいきなり得意になってんだよ」

『……わかりません。少なくとも私が知る限り、バグがこのような連携を見せた事例は無かったはず』

「よくある話だと、指揮を執っている個体を撃破すれば後は烏合の衆と化す、とか」

『なるほど。どのようにその指揮個体を特定しますか? 私なら、そのような個体は前線に出さずに後方から動かしますが』


 焦れてきたのか、エミィの声もいつも以上に刺々しい。だが、動かない状況にフラストレーションが溜まっているのは俺だって同じだ。少し落ち着けと言いたい。


「このまま時間を稼いで、増援が来るのを待つっていうのは」

『確実に助けが来るならそうしたいところですが、トキハマ南方の陸港からここまでは三十キロ程度離れています。全力でこちらに向かったとしても一時間はかかりますし』


 何より、レイルズが直接増援を送り出すわけじゃない。レイルズはあくまでも依頼をしにいっただけだ。今、バグと交戦中の本隊が苦戦していれば、たった一機の俺達よりもそちらを優先するのが筋だ。

 状況は膠着しているように見えて、王手が掛かった状態だ。当然、詰んでいるのはこっち。何か、情報が欲しい。例えば、なんでこいつらは急に統率が取れた行動を取るようになったか。


「バグに命令を出せるようなやつって、心当たりはある?」

『ありません。あれは、あくまでも自律行動を前提とした機械です』

「でも現に、今命令を受けたように動いてるだろ」


 ここで、急にこの単語が思い浮かんだのは、何か予感があったからか。


「例えば、レイルズが言ってた『例の計画』ってやつとか」


 思いつきで言ったわけじゃない。レイルズが口にした単語が繋がっているように思えたからだ。電脳人由来の機体、消えたエヒト、バグの大群。例の計画、という存在を中心にしてそれらがあるなら、今俺達が目にしているこの状況には符合しすぎていて、結び付けるのには何の無理もない。

 だが、エミィはこう返すだけだった。


『……わかりません』


 合も変わらずの秘密主義、と苛立ちかけたが、言い方が違うことに気付いた。今まで、彼女は言えないことに対して、お答えしかねます、と返してきていた。

 だが今回の返事は、わかりません、だ。わかりにくいけど、本当に知らないんだろう。


『ですが、何となくですが、違うのではないかと思います』


 そう言われては追求するわけにも行かない。ともあれ今は、この状況をどうにかして抜け出すことが先決だ。

「何となくついでに言うけどさ、俺が見た感じだと、あいつらエミィがやってきた今までの攻撃を見てから作戦を立ててるように思えるんだよ」


『それは私も同意見です。相手がバグと短絡的に考えて、手の内を見せすぎましたね』


 この推測が当たっていれば、こいつらは敢えて最初は普通のバグと変わらない動きをして、こちらの出方を伺っていたってことだ。


「もしかして、最初から俺達が目的で追い掛けてきていた、とか?」

『今の状況を考えれば、十分に有り得ます。が、目的が不明です』

「まあ、目的についてはいいか。問題は、こっちの戦闘能力があいつらにかなりの部分知られてるってのと、」


 射撃。


 爆音。


 しかし、命中はしない。やつらが、こちらの有効射程を測って回避が可能な距離を取っているのと、


「エミィがこの長丁場で、かなり疲れてるってことだな」


 エミィの命中率が下がってるからだ。


 ◆◆◆


 予想していた、エミイからの反論は無かった。

 さっき正直に話せと言ったことも効いているのかもしれない。大体、打つ手なしの状況で疲れを隠して動いても、ポカミスしたら俺を道連れに死ぬだけだからな。隠す意味も、無いと言えば無い。


「かなり底意地の悪い作戦だよな。最初は頭悪そうに動いて、実際調子に乗るように何体か討ち取らせて」

『少しずつ手強くしていき、こちらの動きが鈍くなったら本気を出して仕留める、と。考えた人間の性格は最悪の一言です』

「一泡吹かせてやりたいよな」

『ですが、現状打つ手がありません』

「あのミサイルはどうなの。一撃必殺っぽかったけど」

『搭載数は計八機で、残り7機ですね』


 全て仕留めるには数が足りない、と。実弾だからリチャージタイムとやらは無いとしても、最後の隠し球らしいレーザーは相手取れるのが十体まで。そこまで一気に数を減らしても、残り八体いれば最低限今の布陣を維持するに足りる数だ。

 それに、走り回る俺達をバグどもが陣形を維持したまま併走するのも、ミサイルを警戒しているからじゃないかと思う。搭載数はこちらだけが知りうる情報で、向こうはまだ戦況をひっくり返される可能性を捨て切れていない。なら、今手の内をさらに曝け出すのは得策じゃない。

 本当に決定打に欠ける状況だ。いや、正確にはあと一つだけ。

 切り出すのはかなり躊躇われる。正直言えば博打もいいところな案だ。

 時刻の表示を見る。レイルズから通信が入ってから、まだ二十分も経過していない。助けが来るまで、残り最短でも四十分。

 ……やるしかない、よな。

 このまま時間稼ぎをしていても、相手が機を見て総攻撃を掛ければ負ける。なら、この陣形が有効と思っている今しかない。


「ちょっといいか」


 意を決して、口を開く。


『なんでしょうか』

「うん、提案が一つ」


 意を決した割には、切り出した言葉は随分と締まらないものだった。


 ◆◆◆


 悪だくみを少しの間して、俺は『お客様モード』から『パイロットモード』に変じた操縦席で、足元のペダルと右手のスティックの感触を確かめる。

 ここ二日ばかり操作を続けてかなり慣れてきたとは言え、全力で走る機会はほとんど無いに等しいものだから、この期に及んで緊張したのか手汗が酷い。滑らないようにシャツで拭き取り、ふたたび握り込む。


『戦闘機動でも、操作は変わりません。ただし、旋回を行う際の挙動は機体がロールしないよう、歩行時のものより旋回半径が大きくなります。どの程度異なるかは体で覚えてください』


 まさかのフィーリング。


『発砲時は、こちらでコントロールを奪います。挙動を元の状態になるべく近づけるようにしますので、操作系の入力位置はそのままで』

「了解。機体を反転するにはどうしたら?」

『一度ペダルから足を離して、転回する方向に全力で踏み込んでください』


 足元をつい見てしまう俺の視界には、しかしペダルは映っていない。今俺の目に映るのは、ディスプレイ越しではなくヘッドHマウントMディスプレイDが直接映し出す外の光景。

 一般的なリムは、今まで見てきたような大型ディスプレイ表示か、またはガラス越しに直接見るのが一般的だけど、一瞬の判断と広い視界が必要な戦闘機動では視界に邪魔が多い。そのため、一部の戦闘用リムではこのようなゴーグル状のディスプレイで視界を得るのだという。


『……本当に大丈夫でしょうか』


 ここまで準備をしておいて、今更のようにエミィが不安げな声を漏らす。


「言ったでしょ。状況を変えるなら、こっちが今までやってない事をするしかない」

『でも、移動操作までユートに任せるというのは……』


 そう。これが、状況を変えるために俺が出した答えだ。


 今までエミィに負担が集中したのは、結局のところ全てを彼女に任せていたからだ。俺が担当していた索敵なんて、結局役に立ったのか邪魔してたのかもわからない始末だしな。

 エミィが行っていた操作は、大きく三つに分類される。移動、姿勢制御、攻撃だ。負担を減らすにはそのうちの一つを俺が担当すればいい。姿勢制御は攻撃姿勢を作ることにも関係するから、俺が担当できるのは移動になる。

 何より、走って移動しながら武器を構えて攻撃……なんて、生身の人間が行っても難しい。思考制御とはいえ、一人で続けて負担が少ないわけがない。車の運転をしながら銃を構えるようなものだからな。


「危なそうだったら、その時点で操作を奪ってくれていい。このまま何もしないでやられるくらいなら、俺にもちゃんと出来ることを試させて」


 落ち着いて、しかしはっきりと、そう伝える。

 もう覚悟は決めた。


『……そこまで言うなら、私も賭けに乗ることにしましょうか』

「賭けって言ったな。オッズ、結構低めだよ?」

『的中することを願います。……3カウントでコントロールを渡します。準備を』

「よっしゃ、バッチ来い!」


 俺の返答と同時に、視界の片隅に3の数字が現れる。声で読み上げてくれると思ったのに、何だか拍子抜けだ。

 2。前方を、俺達と速度を合わせて走り続けるマントデアとアラーネアが見える。それ以外に動きは無い、と思った。

 1。首を後方に向ける。右後方側は、アラーネア、ポルセリオ、マントデアの三種混合。左側はアラーネアとポルセリオ。叩くなら左。


 0。


操作移譲!You have!

操作受領!I have!


 発声と合わせて、左側のペダルを思いっ切り踏み込んで急速転回。急な動きを見せた俺達に、色めき立つように反応するバグどもが見て取れた。

 機体と一緒に振り回される自分の体を何とか踏ん張って堪え、正対するのはさっき最初に獲物と定めた、アラーネアとポルセリオの二体。

 反撃開始だ。


 ◆◆◆


 左足をペダルから離して転回運動を止め、再び今度は両足のペダルを踏み込む。踏み込み量が五割を超えると、加速の補助のために背部に備えられたブースターが唸りを上げる。

 アンダイナスに搭載されたブースターは、水蒸気スチーム間欠パルス噴射スラスト式だという。推進剤であるH^2Oの入手性が高く、かつ高熱源を使用した水蒸気爆発で比較的高い比推力を得られるため、地上では多用されることが多いのだそうだ。

 噴霧された水が千度を超える熱源に触れることにより、爆発的に体積を増してアンダイナスの巨体を勢い良く前に押し出す。水で加速したとはとても思えない。何度でも言うが、水だ。環境にも優しい、とってもエコ。たまに、水源を見付けて補給をしていたのは、別に俺の飲料水だけが目的じゃなかったわけだ。

 急加速で接近するこちらに、危険を敏感に察知した二体は、しかしポルネリオは飛び跳ねることが難しいのか移動方向を変えるに留まる。こっちは無視。砲身が、八本足を器用に扱って上昇気味に飛び跳ねたアラーネアに向く。エミィもこっちを先に叩くことに決めたらしい。

 調子に乗って踏み込みすぎたか、今までのものとは訳が違う加速度が襲う。しかし踏み込みは緩めない。

 操作を買って出た理由のもう一つが、これだ。本来、アンダイナスは初日に俺がブラックアウトしかけたレベルでの加速が出来る。それなのに、以降俺がそんな状態に陥ったことは無かった。


 手加減されていたのだ。全力で加速したときの俺の様子を見て、エミィの手で。


 自分では加速による影響が体感できないものだから、今まで行われてきた加減は困難を極めたことだろう。案内すると決めた人間が、何となく行った加速で具合が悪くなったとあれば、使用を躊躇うのも理解できる。ただ、正直に言わせてもらえば、有り難迷惑だ。俺を気遣うあまりに共倒れするくらいなら、ブースターくらいばんばん使ってしまえばよかったのだ。

 それでも、尚要らない気遣いを止めないなら、答えは一つだ。

 自分の限界は自分でわかる。俺は、俺の体が悲鳴を上げる直前まで、こいつを振り回してやればいい。


「やれ!」

『っ!』


 跳躍が上死点に達したアラーネアを捉え続けた砲身から、高速の弾体が放たれる。秒速2キロメートルまで加速した質量弾はそれだけでも強烈だが、その威力を跳ね上げるのが音速を遙かに超えたことによる衝撃波ソニックブーム。着弾は点ではなく面で襲いかかり、わずかに胴体から外れた弾はしかし、圧縮された空気の壁によって容易くアラーネアを引き千切る。それを見届けてから、僅かに旋回。目の前で相棒が一瞬で粉々にされたのを見た哀れなポルネリオは、しかし対応できていない。


 一撃。


 結果が明らかな方は一顧だにせず、俺は次の獲物を探すために視界に目を走らせる。

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