007.「孤立奮戦」
初撃から間髪入れずに、エミィはアンダイナスの両腕から放たれる砲撃を間断なく行っていた。
多対一の戦闘で、一番に警戒するべきは数。正確には、相手の手数に、その物量に押しつぶされないこと。そのためには、最初に可能な限り相手集団で数を減らすことが肝要だ。
拡大し、感度を増した画面には、今砲撃を加えられているバグ達の姿が見える。先頭をこちら目がけて疾走しているのは、昨日も相手取った
確認出来ている数は、合計で四十二体。そのうち、砲撃が通用しにくいマントデアは十三体で、残りはクラス3ながら動きは前者に比べれば鈍いようだ。まずはこいつらから数を減らせば、後が楽になる。
なんて戦力分析をしている風だけど、エミィは俺の考えなど知ったことでは無いという感じに砲撃を加えている。そもそも、俺がここに座っている意味も、正直に言ってしまえば無い。
とはいえ、ここで俺が降りて傍観したところで、エミィとエミィが駆るアンダイナスが撃波されてしまえば俺の生きる術もそのほぼ全てが失われてしまう。一蓮托生、と思えばここに居続けるべきだ。
『ユート』
そんな置物同然の俺に、エミィが声を掛ける。
「はいはい、何でしょ」
先端が切り開かれた当初、1キロほど離れていた先頭のマントデアとの距離は、今は三百メートルくらいまで縮まっている。その間にエミィが放った砲弾は計二十発ほど。
敵の数は、まだ三十五体残っている。ここで半分近くまで減らせておけば、心理的にも楽になっただろうけど、そう簡単にはいかないようだった。
『先頭のマントデアに一撃を加えたら、急加速して敵集団に切り込みます。衝撃に備えてください。それと』
「それと?」
『近接しての戦闘になると、周辺探査の結果まで気が回らなくなります。有視界での状況確認と、動体反応をオートで表示させますので、警戒を』
意外にも、ここでお役目が回ってきた。
「俺がやっていいの? それ。エミィなら、戦闘と一緒に片付けられそうな気が」
『電脳体とはいえ、スペックは人間のままですから。注意が回らないこともあれば、照準に集中して周囲が見えないこともあります。今は、複数の目で可能な限り危険を回避しておきたいのです』
そう告げるエミィの声に、今回の戦闘ではエミィも余裕があまり無いことを悟る。
同時に、鉄火場の中だというのにエミィが俺に仕事を任せてきた、ということに嬉しさを感じる俺もいた。我ながら単純すぎる。
「わかった。危なくなったら声を掛ければいい?」
『それで充分です』
砲撃の手を止め、同時に左腕部が右腕先に接続される。いつぞやの大火力モードだ。
『始めます。頼みましたよ』
放たれた高速の弾体は、数百メートルの距離などあって無いものとばかりに突き進み、先頭をひた走っていた哀れなカマキリを衝撃波で引き千切り、ついでとばかりに、後続の二体を道連れにする。
ここからが、正念場だった。
◆◆◆
砲撃を終えても、残心も余韻も無くアンダイナスは両腕を元に戻し、初日に俺をブラックアウト間際まで追い込んだ急加速の体勢だ。
「突っ込むって言ってたけど、そこから格闘戦でもする気?」
『火砲戦主体のこの子でそのような真似をするつもりはありませんが、少し似たようなものです』
爆音とともに疾走を開始。初速を稼いでから速度を殺さずに走る、という従前の方法は変わらないものの、今回は幾分加速がマイルドになった気がする。とはいえ、近付いてくる敵集団に対して正面から突っ込むわけだから、相対速度はかなりのものだ。数百メートルの距離などものの十数秒で通り過ぎ、先ほど撃破したマントデアの後ろに隠れていたポルセリオに二十メートルの距離からの一撃を加える。機体のスケールからしたら、かなりの至近距離だ。
撃破したポルセリオの後ろに控えていたのはアラーネアだった。砲身を向けられていることを察したのか、八本の脚を器用に使い向かって左方向に飛びすさり、射界からは姿が、
消えなかった。アンダイナスは射撃中も走行に使用していた左腕を地面に突き立て、そのまま脚を使って腕を軸に回転を始め、これはまるで、
「ドリフト!?」
『黙っていないと舌を噛みます』
回転で視界に捉え続けていたアラーネアに砲身の先が合った瞬間、射撃。そのまま回転を止めず、命中したアラーネアを置き去りにして反対方向にいたマントデアにも一撃、しかし避けられる。回転を止めずに慣性の向く方向に再度正対し、疾走を開始。
すれ違いざまに今度は二体を屠り、敵集団を貫いた疾走は、終わってみれば5体を仕留めて見せていた。
すれ違い、置き去りにしたバグの集団に追い打ちを掛けようと、アンダイナスが反転しようとする。が、
「まだだめだ! 後続がいる!」
動体センサーに反応。今すれ違った大多数のさらに後ろに、数体のマントデアが控えていた。一体は、巨大な鎌を振り上げて、アンダイナスに飛びかかろうとしている。
『このっ!』
珍しくエミィがそう叫び、砲身を向け、射撃。砲弾に胴体を砕かれたそれは、支えを失った四肢を周囲にばらまきながら落下する。間髪入れずに、こちらは再度の急加速。
だが、それに追い縋る残り二体を置き去りにするには至らない。後方数十メートルを二体に追走され、しかし振り切るために射撃を行おうと足を止めれば即座に襲いかかってくることが容易に想像できた。
『助かりました』
「いや、こっちも悪かった。短絡的に、団子状態で襲いかかってくる物とばかり思ってた」
まさか見た目が完全に虫なのに、挟み撃ちなんて器用な真似を仕掛けてくる物とは思わなかった。今まで見てきたこいつらの動き方が、スケールサイズは違うけど虫っぽさはそのままで、全然知性的だとは思えていなかったことも大きいのかも知れない。先入観は良くないな。
『いえ、バグの生態から考えれば、明確な目的を持って先ほどのような動きはしないのが自然です。こいつらはただ単純に、集団に加わるのが遅かったか』
その先の言葉がありそうな気配だったが、しかし続きは無い。
マップの表示を見れば、先ほど置き去りにした集団も反転し追走を開始したようだった。残り二十九体。三割減らしたというべきか、七割残っていると言うべきか。
「後ろの二匹はどうする?」
『立ち止まって射撃を行うにはリスクがありますね。であれば、あまり使いたくはありませんでしたが』
エミィがそう漏らしたと思えば、視界の端に変化が生まれる。動いたのは、一際巨大なアンダイナスの肩部だった。
上部のパネルが開き、そこからは、
「ミサイルなんて便利なものがあるなら、もっと早めに出せばいいんじゃ」
『こちらは弾数が限られているのです』
推進剤が眩い光を放ちながら、それは垂直に上昇。と思えば、そこから反転し急降下してマントデアのうち一体に襲いかかる。
それとタイミングを合わせ、アンダイナスが再度反転。砲身の向く先は、ミサイルが襲いかかったのとは異なる個体。
僅かに時間が過ぎる。エミィは撃たず、向こうも走り続ける以外に動きは無い、とその時ミサイルが弾着し、破壊された片割れに反応したように跳躍してこちらに飛びかかる。が、
『遅いですね』
発射、こちらも着弾。至近の二体は片付いたが、後方から追い上げる大集団はそのまま。
状況は振り出しに戻された。残り二十七体。
◆◆◆
結局の所、こいつらは見た目そのままに虫そのものだ、ということだろう。
例えば、動作だ。こいつらは、普段の歩行とは別に、獲物に飛びかかる際や危険から逃れるときだけ使用する跳躍動作がある。しかし、それは普段の移動やフェイントなどの、こちらに知性があることを前提とした動作には使用されない。
それ以外にも、他の個体をあからさまに意識した連携行動を行わないなども虫そのものだ。
そんな単調な行動しか行えないからこそ、人間はこいつらを資源として狩ることも出来ている。だからこそ、今のところ俺達はこの数に立ち向かうことが出来ている、とも言えた。
『だからと言って、数の力は決して無視できる物ではありません。今まで何とか数を減らすことができたのも、こちらが遠距離からの攻撃手段を持っていて、かつ迎え撃つことが出来たからです』
追われるままに走り続け、時折牽制のために反転し射撃を繰り返すエミィが、再度アンダイナスの向きを戻しながら言う。そのアドバンテージのうち後者が消えたのだから、別の手段を考える必要がある、ということだ。
敵集団の数にはあまり変化は無い。牽制射撃が運良く命中した個体が二体ほどいたが、マントデアは撃破した二体を最後に、その数を減らしていない。最も脅威なのはこいつらだから、事態の好転には至っていない。
「エミィ、さっきのミサイルみたいな隠し球は無いの? こう、複数の相手を多重ロックオンして攻撃できるようなやつとか」
『そういった用途であれば
「あるのかよ……。そのリチャージタイムって、具体的にはどうなる?」
『外装部の兵器が使用不能になり、素体からの電力供給が安定するまでサポートアクチュエータも動作しません。簡単に言えば足が遅くなって丸腰状態です』
敵集団の半分も減らせないでそのペナルティは自殺行為に等しいな。
「じゃあもう一案。腕二本繋げた状態での砲撃を、移動砲台状態で続けるとか」
『高加速射撃は単体での射撃に比べて消費する電力リソースが大きいので、全滅させるまでの連射は不可能ですね。また、五連射までは可能ですが、その後は変圧器側に負荷が掛かりますので。何より歩行に腕が使えなくなるので、移動はできても速度がかなり落ちます』
こっちの考える案は全て検討済みで、かつ最も継続戦闘能力が高い攻撃方法を実戦していたにも拘わらず、俺の思いつきにいちいち答えてくれるエミィさんである。
しかしどうする、このままの状態で戦い続けてもジリ貧になる未来しか見えない。これまではこちらの機体に損耗はないが、この先も同じようにいくとは思えない。大体、機体はノーダメージでも、それを操作する側は戦闘を続けるだけで消耗する。
「エミィ、少し疲れてきてない?」
『いえ、まだ平気です』
「正直に。まだ先はあるんだし、ここで強がって後で後悔するわけにはいかないだろ」
『……少し、緊張が続き過ぎて頭痛がしますね』
思った通りだ。俺は機体の加速に振り回されて体力を消費してるけど、エミィはエミィで精神的な負担が疲労を生んでしまっている。
それはそうだ。こっちは索敵を任されている、なんて言えば立派なものだけど、やってることはマップ表示と見える範囲で危険が迫ったときに声を上げるだけ。エミィは、それ以外の……射撃、移動、機体の挙動制御、全てを一人で行っている。それも、戦闘が始まってから一時間近くを、だ。
電脳体だからといって、疲労と無縁でいられるわけじゃない。何とかして負担を減らせないか。俺にできることで、少しでも。
そう考え始めたところで、画面に見慣れた表示があることに気付く。
音声着信だった。
◆◆◆
『ジュート、そっちは無事かい?』
回線を開くと、この状況に似つかわしくない、腹立たしいくらいに落ち着いたレイルズの声が耳に届いた。
「なんとか。今のところ、機体も俺もエミィも五体満足です」
『そうか。こちらは今、バグの団体さんがトキハマのすぐ近くまで来ていてね。さっきまで陸港は警備群と、行政に恩を売りたい蟲狩り(バグハンター)どもが我先に外に出ようとしていて、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。……今はもう、戦闘が開始しているようだ』
「でしょうね」
『そちらの状況は? 進行ルートに君達を置いてきてしまって気になっていたんだが』
「今は、トキハマの南西方向の農場で……エミィ、二体集団から離れようとしてるのが」
通話の途中だろうが、優先は索敵だ。マップ表示での不審な動きを察知し声を上げ、その流れで視界に目を向けると、マントデアのうち二体が集団から離れて横にそれる。
『今は捨て置きましょう。横に逸れてもこちらに追い付けるわけではありません』
と、エミィは無視することに決めたらしい。確かに、こちらと向こうの移動速度が拮抗している以上は集団から離れても問題はない。むしろ密集しなくなった分、楽になる。
『……まさか』
聞こえてくる、エミィのものとは違う声。そういえばレイルズとの話の途中だった。
「ええ、こっちはこっちで戦闘中です」
『観測結果よりも個体数が少ないと言っていたが、そちらに引き寄せられていたのか! 状況は』
「こっちは戦闘開始から一時間くらいです。相手はマントデア、アラーネア、ポルセリオのごちゃ混ぜ軍団が計二十五体」
こちらが伝えた言葉に、レイルズがしばし黙る。
「レイルズさん?」
『……いや、よくもそれだけ相手に今まで生き残れたものだと』
『先制射撃が功を奏して数を減らせましたので』
戦端を開いたときは今よりも数が多かった、と言ったに等しいエミィの言葉に、今度こそレイルズは絶句したらしい。
「ただ、それからは思うように数を減らせてないです。数が多いから長いこと動きっぱなしで」
『わかった。確か南側の陸港に、警戒中の警備軍がいたはずだ。出張っている連中よりも数は少ないが、彼らを出してもらうよう伝えておこう。座標を送ってくれ、あと通信チャネルはオープンのままで』
レイルズの言葉を残して、音声通話が切れる。
相変わらず後方には二十体超のバグが、疲れ知らずに追い掛けてきている。
『ユート、再度突貫を試みます。警戒を』
「任せて」
反転し、速度を殺してから急加速。
援軍が来るにしても、数を減らしておけば後が楽になる。そう考えたのだろう。何より一度成功しているのだから、学習しないバグ相手なら二度目も有効なはず。
結果から言えば、これが間違いだったわけだ。
◆◆◆
二度目の突貫で得られた戦果は、ポルセリオ一体だけだった。
数を減らして密度が薄くなったからかとも思った。が、マップ上の光点からそれも違っていたと知る。
「散開してる……?」
見れば、バグの混成軍は二体か三体の数でそれぞれ距離を取り、突貫を開始した頃は直径二百メートルくらいの範囲に収まっていたものが、今は五百メートル以上の範囲に散っている。
『……これは』
「なに、チャンスじゃないの、これ。散らばってるのを潰して回れば」
今まで牽制と突貫しか出来ていなかったのは、相手が密集していたかからだ。遠隔からの射撃が有効ではない以上は、有効射程自体が狭まったと判断して懐に潜り込むしかない。ただし、集団のただ中で足を止めれば数で押し切られるから、進行方向に存在する個体だけを相手取るよう割り切って一直線に突っ切って数を削る。
集団を突っ切るなんて損耗覚悟の捨て身技のように見えるけど、武器の突破力を信じれば取り付かれる前に撃破も可能だ。何より、使える装備の中で残弾をあまり気にせず使える武器がこの大砲しかないようなのだから、長期戦を覚悟するのならばこれしか打つ手はない。
しかし、相手が敢えて数の利を捨てて散開してくれば、話も変わる。多少は足を止めてでも、一度に数体を撃破して回ればに、今までよりも格段に効率的な戦闘が可能になる。少なくとも、今までバグどもが見せていた単純な攻撃パターンを考えれば。
……なんて素人考えで思ってはみたけど、実際そこまで外れてはいないと思う。アクションゲームでも、各個撃破は基本だしな。
『……そうですね。考えすぎでしょう、一番近くの個体から叩きます』
速度を維持したまま、前方に陣取っていた二匹に突撃。迎えるはマントデアとアラーネアだ。
エミィは先制射撃を選択したようだ。左腕が持ち上がり、速度が落ちる。アラーネアもマントデアと同様に射撃を敏感に察知するが、跳躍できる距離は短く、百メートル以内からであれば外すことはほとんどない、というのは今まで見てきた中で覚えたこと。
だが、射線を定めかけた時に視界に動きがあった。
「エミィ、左! 三体接近!」
マップ表示からも明らかだ。取り囲むようにアンダイナスの左斜め後方を追走していた三体が、射撃体勢になって足が鈍った隙を見て一気にこちらに寄ってくる。
声をかけると、エミィは即座に射撃体勢の解除を選択。両腕が再度下ろされ、同時にブースト。右側に旋回し、散開したバグ同士から距離を取れるスペースに滑り込む。
『やはり、今のは』
「……反則だろ」
納得したような声を出した彼女に、俺も呻くように声を出す。
今起こった動きは、さっきまで戦闘が継続可能と判断できていた、全ての前提が崩れたことを意味していた。
「連携、している……」
呟いた声は、思った以上の重さを伴って、俺の耳に帰ってきた。
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