006.「交戦開始」

 調べ物で大事な物はなにかと言えば、それは如何に答えに近いキーワードを洗い出せるかと言うことと、調べた後の雑多な情報の中からどうやって求めるものを引き当てるか。突き詰めてしまえばその二つでしか無くて、つまりは元の情報が少なければそれなりの物しか手に入らないってことだ。

 それを踏まえて、今手元に揃っているものを開陳してみよう。


アトルマーク家:

 中核都市エヒトで代々基地司令を始めとした有力な軍人を輩出した名家。5年前に起きた多数のバグによるエヒト襲撃において、直系は途絶えた。最後の当主はマイルズ=アトルマーク。


源流十三家:

 最も古い13の中核都市勃興の際に、それぞれで中心となった十三の家系のこと。必ずしも中核都市首魁と一致しないが、それぞれが隠然たる権力を持っていると言われている。各都市の何らかの要職にはこれら家系の係累が就くことが多いことから、真実視されることも多い。


例の計画:

 検索結果無し。

もしかして……計画:

 目的を遂行するために、その手段・工程などを筋道を立てて企てること。また、その企ての内容。プラン。


受肉設備:

 検索結果無し。

もしかして……受肉:

 一部地域で信仰されている救世主教で伝わる、三位一体のうち子なる神が救世主の人格と肉体を持ったことを表す。転じて、神性の顕現。


「あんまり参考にならないなあ」


 わかったことは、昨日レイルズが話していたエヒト消失が真実だってこと、それに伴って彼の実家であるアトルマーク家とやらが滅亡したこと、アトルマーク家が源流十三家とやらの一柱というのも真実らしいこと。例の計画だとか受肉設備とか、重要そうな単語は当然だけどかすりもしない。公開されてる情報でそんな裏の事情まで調べられたらそれこそ拍子抜けだけど。


『熱心に何を調べているのかと思えば』


 ディスプレイ上に表示した単語を前にして意味も無く考える素振りをする俺に、操縦を担当していたエミィが声を掛けてくる。今は、隊伍をを組んで歩みを進めるレイルズ達のリム四台を後ろから追い掛けている最中だ。数時間ばかり操縦を続けてさすがに疲れてきたところを、エミィが交代を申し出て少しばかり休憩させてもらっている。


「知らないこと多すぎるからね。少しでも調べた方がいいかな、って」

『私に質問してくれれば、このくらいは答えますよ?』

「こういう情報は一方向からじゃなくて多角的に調べた方がいい、ってね」

『誰の受け売りですか、それは』


 一時期徹夜して見てたちょっと前のアニメとはさすがに言えない。


「さ、さて! それじゃそろそろ休憩も充分だし操縦代わろうかな!」

『もう交代しますか? まだ十分ほどしか経っていませんし、もう少し休んでも』

 

 誤魔化し半分の俺の言葉に、エミィがそう言ってくる。有り難いと思いつつも、そこはやはり俺の仕事だ。


「いや、気持ちは嬉しいけど、やると決めた以上はやる」


 操縦方法を教えられている時に、早く上達するためにもこれからは移動時の操作を出来る限り俺が担当すると言ってあった。つまんない矜恃と思われようが、そうするべきだと俺自身が思えば、そこを曲げたくは無い。それに、だ。


「エミィさ。夜の間あんまり寝てないんじゃないか? 昨晩もだけど、何か異常があったら即反応してるみたいだし」

「……寝ていないわけではないのですけどね。確かに、異常検知が報されれば強制的に覚醒状態になるようには」

「なら、やっぱり操作は俺に任せておいてくれよ。ただでさえ、危なくなったら任せっきりになるんだ」

「肉体的な疲れとは無縁ですし、そこまで気を回さなくても大丈夫ですよ」

「肉体疲労は無くても精神疲労はするってことじゃん」


 ここまで言って、ようやくエミィが観念したように息を吐く。


「わかりました。そこまで言うならお任せしておきましょう。……ついでなので、もう少しだけ私が行っていた操作を渡しておきましょうか」

「え、移動中って歩行操作だけじゃないの?」

「基本的には。ただ、索敵時の視界操作くらいは教えても良さそうなので」


 ◆◆◆


 エミィから教えて貰った操作を要約するとこうだ。ここでようやく、今まで触ってこなかった左手側のタッチパネルが用を為す。

 通常は、指でポイントしたままドラッグした方向に視界が動く。ではそれ以外は何に使うかと言えば、指二本で二回タップすると操作モード変更画面にパネル上の表示が遷移し、メニューから視点・攻撃・索敵・その他の動作にモードを切り替え、必要な場合は動作を指示するサブメニューが開く。とはいえ、メニュー表示までは教えて貰えたけどそれ以上の操作はまだだ。

 しかし何だな。俺が知ってる情報機器の操作と大して変わらないと言うか、利便性を追求すると結局行き着く先は同じってことなのか。

 なんてことを言うと、エミィはこう返してきた。


「利便性の行き着いた先は、そのようなデバイスを使用しないでも操作が可能なインターフェイスです。私のように、直接思考から操作が可能なようになれば、いちいち身体を動かす必要はありませんから。今、この機体アンダイナスに用意されている操縦系統は、ユートのように思考フィードバックが行えない人類のために用意された、一般的に流通しているリムの操作を模した後付けのものです」


 立場が無いな、生身の人間。俺含む。

 だけど、一つずつ自分が触れる範囲が増えてきているのは、やはり面白い。前を行くリム達につかず離れずを意識しつつ、意味も無く視点を動かしを繰り返し。

 気付けば、この世界で目覚めてから三度目の夕日が沈み、遙か先には人造の灯りがうっすらと見え始めてきた。


 ◆◆◆


「あれがトキハマって街か。まだ小さくしか見えないけど」

「距離が今時点で三十キロほど先ですから。トキハマは、人口約五十万人の世界有数の都市です」

「へぇ」


 としか言えない。数字を言われてもいまいちピンとこないし。


「そんなに人が暮らしてるなら、もっとこう、高層ビルなんかの灯りがあっても良さそうだけどなぁ」


 ここ数時間の操作で憶えた、画面上をポイントし一部だけ表示倍率を上げるなんてことをしつつ、率直なところを呟く。見える光は横一線に広がっていて、上下方向に連なっているような灯りは見えないのだ。


「高層建築もありますが、見えていないのはあの街の構造的な理由からですね」

「構造って言うと?」

「トキハマに限らず他の大規模な都市でもそうですが、バグ対策です。平地に建築物を建造した場合、全周囲に対して防衛策を講じる必要があります。そのため、都市基盤を階層構造化し、襲撃されても最下層を無人化することで防衛を容易に行えるようになっています」


 後は、限られた安全地帯になるべく多くの人間が居住できるように、なんてのも理由の一つなのだそうな。


「つまり、あの灯りはその階層で上げ底された一番端っこの部分でしか無くて、奥の方にある高層ビルは角度的に見えていない、ってことか」


 しかし、そんなに大量に人が密集して、食料なんかはどうしているのやら。


「農業施設などの敷地面積が必要な産業は、都市外縁部にあるようですね。そろそろ私達も、農場区画に入るはずです」

「壁に囲まれた人のために危ない外側で食料生産って、一次産業は大変だな」

「食料生産者はその分強力な自衛用リムを持っていますし、そもそも作業の殆どは自動化された専用リムで行われていますから」


 そうした側面もあって、農場経営を行う人は総じて高給取りが多い、のだそうだ。

 士農工商が正しく強い順で並んでいる世界か。なんて益体も無いことを考えていると、前方を照らしていた輸送用リムのライトが違う色を映し始める。左右に広がるのは、どうやら野菜の農地らしい。広大な緑に彩られた敷地の中を、時折地面を盛大に掘り返す四本脚と、その後ろで収穫物を受け取る六本脚が見える。つまり、トラクターに脚が生えたようなものか。もう一つの違いは、そのどこにも人が乗れるような部分が無いってことだ。

 今まで飽きるほど見てきた荒れた地面とは違う色に、自分でも驚くほど安心したことに気付いた。と同時に、視界にそれとは違う色が灯ったことにも気付く。音声着信だ。


「エミィ」

「繋ぎます」


 言わずとも動く、これ以心伝心。なんて軽く悦に浸ってみたけど、細かく言われなくても呼び掛けた意味は明白だ。即座に音声通信が開始され、数時間ぶりのレイルズの声が響く。


『お疲れ様、ユート……いやジュートか。そちらの様子は?』

「さすがにちょっと疲れましたけど、まだ大丈夫です。何かありました?」

『到着前に足止めをしてしまうようで申し訳ないんだけど、こちらは先に入港してしまおうと思ってね。君たちの戸籍を先に作っておかないと、手続きが大変複雑になってしまう』

「あー、そりゃ仕方ないっすね。了解です、俺達はここで待ってればいいんですか?」

『そうして貰えると助かる。もう少し進むと検問に引っ掛かってしまうからね』


 ようやく街灯りの下に入れるというのに足踏みをしなければいけないのが、少しだけもどかしいと思ったのも事実だ。しかし、折角手続きをしてくれるのに要らない手間を掛けさせるよりは、こっちが少しだけ我慢する方が筋ってものだろう。


「わかりました。では、終わり次第連絡してください」

『なるべく早く片付けるよ。こちらのプライマリ優先アドレス連絡先を送っておくから、登録しておいてくれ』


 通信が切れる、と同時に暗号じみた文字の羅列が表示される。プライマリアドレスって、つまりはメールアドレスとかそういうものか?


「個人に紐付いた、通信用の宛先コードですね。チャネルを開いておくことで、今後は遠距離でも音声を含むデータ通信が可能になります」

「あれ、音声通話以外は通信を開けないんじゃなかったっけ」

「お互い本当に敵か味方か判別出来ない状況したから。ここまで送り届ければほとんど身の安全は保障されていますから、正規の連絡先を交換しても問題ありません。それに、プライマリコードは社会的信用度の高い情報ですから、報酬を渡す前に一旦別れることに対する保障の意味もあるのでしょう」

「ここまで来て、ようやくお互い信頼できるようになった、ってことか」


 世知辛いが、余計な危険を回避するには仕方が無いことなんだろう。

 無防備な背中を向け、ゆっくりと遠ざかっていく四台のリムを見ながら、俺は少なくともその程度は気を許してくれるようになってくれたという事実を嬉しく感じていた。


 ◆◆◆


 待てと言われた以上は待つことしか出来ないということで、少し早めの食事である。メニューはいつもの糧食レーション、ではなくレイルズの部下の人が昼の小休止で届けてくれたサンドイッチだ。

 挟まっているのはスモークチキンとピクルスのものと、重たく煮詰めた豆と肉の煮込みを挟んだもの。一緒に渡されたポットには、だいぶ冷めてしまったけど紅茶が入っている。両手を使わず、その上あまり手を汚さないという、心遣いの染み渡るメニューだ。そして、当然の如く美味い。


「やっぱ、何食っても美味いんだよなぁ。どうなってんの、この世界」

「食事を美味しく頂けるというのは良いことでしょう」

「そりゃそうなんだけどさ。なんて言うかなー、俺が元いた世界の食事がえらく味気ないものに感じちゃうのが、悔しいって言うか」

「ユートの本来の食生活がどうかは知りませんが、味覚は精神的なものにも左右されると言います。ここまで慣れないことが続いて、余計に食事を美味しく感じているのかも知れませんね」

「そんなもんか」


 仲のいい友達との食事が美味しい、気分が沈んだときは味気ない、なんてよく聞く言い回しだしな。


「そういや、エミィは食事ってするの? 必要無い、とは言ってたけど」

電脳人バイナルにとっての食事は、嗜好品という意味合いがとても強いですね。食事を摂らなくても死ぬことはありません」

「つまり、逆に言えば食べたければいくら食べてもいい、ってこと?」

「身も蓋もなく言ってしまえば、そうですね。今も、ユートが食べているものを解析して、後でこちら電脳上でも味を再現できるようにしています」

「うわ何それ便利」


 喋りながらみるみる減っていったサンドイッチの、最後の一欠片を口に入れ、味わうように咀嚼。飲み込んでから紅茶に口を付けて、一息。満足満足。


「そろそろレイルズは、トキハマに着いた頃かな」

「別れてから一時間は過ぎていますから、そろそろでしょう。そこから手続きがどれだけ掛かるかはわかりませんが」

「そっか。どんな街なんだろ」

「情報をお伝えすることはできますが、それよりも目で見た方が良いでしょうね」


 含んだような笑みを浮かべつつ、エミィが言う。駄洒落じゃ無いからな。

 都合三日ばかりを荒野で過ごした身としては、どんな街でもとりあえず人が居るというだけでありがたい。素晴らしきかな文明。早くホテルか何かにでも入って、シャワー浴びてちゃんとしたベッドで寝たい。


「あと長くても数時間の辛抱です」

「そのあと少しが、一番待ち遠しくて時間経過も遅く」


 感じるものなんだよ、という言葉は続かずに途切れた。

 ディスプレイ左上、動体センサーに反応があったからだ。方角は、俺達が歩いてきた街道の、トキハマとは逆の方。


「なに、お客さん?」

「バグのようですが……。変ですね、私達が通行していた間はそれらしい反応は無かったはずです」


 何も居なかった場所に現れたら、確かにおかしい。でも、周囲には手付かずの荒野が広がっているんだから、そこから出て来たやつがいてもおかしくは無いと思う。

 それが一体だけなら。


「なんだよ、これ」


 最初は一つだけだった光点が、二つ、三つと増えている。さらに。


「精密探査を実行します」

「あ、ああ」


 エミィの声で、反応があった方向をアンダイナスが探り始める。より深く。より精緻に。

 その結果として現れたものは、見えている範囲の奥に蠢く百を超える数のバグだった。


「探知結果です。特定した個体が総数百十二、他に不確定ながらバグと思われる反応が百前後。構成数の6割程度がクラス3と思われます」


 つまり、合計で二百体ちょっとのバグ。それが、一丸となって移動している。


「進行方向は、見ての通りトキハマ方面です。先頭の個体は、アンダイナスの後方五キロに」

「早く連絡しないと!」

「レイルズのチャネルに既に伝達済みです。それに、都市周辺ではバグの接近に対して早期警戒可能な無人のセンサー網が敷設されていますので、こちらから動く必要はありません」


 割と緊急事態っぽいのに、落ち着いた声でエミィが告げる。


「私達も移動しましょう。今からであれば、あちらの個体がトキハマに辿り着く前に逃げ切れます」

「……一応念のために聞いておくけど」

「はい」

「戦ったら、どうなる?」


 俺がそんな思いつきを話すと、エミィが沈黙。これは、考えているというよりも何と答えるべきか考えている感じだ。


「……非現実的なことは、考えるだけ無駄というものでしょう」


 つまり、それだけ勝ち目が無い、ってことだ。落ち着いていた声も、逃げる以外に答えは無いから、予め決めていた言葉を発したに過ぎない。いかにこの機体が常識外れでも、限度を超えた数の暴力には勝てるわけじゃ無い。たかが単機で戦局を変えるなんてコンセプトは世の中のどこにも存在し得ない。

 答えてすぐにエミィは姿を消し。

 次の瞬間、アンダイナスは全速力で走り出した。


 ◆◆◆


 アンダイナスが駆けだした方角は、街道沿いから斜めに右方向に逸れていた。馬鹿正直に背中を追わせるよりは、距離を取りつつ進行方向からも離れた方が良いという判断なんだろう。

 だが、街道から逸れて移動すると言うことは、左右に広がっていた農地のただ中を突っ切って移動しなければならない、ということでもある。気になってエミィに走った跡がどうなったかを見せて貰うため、視線を後方に切り替えて貰うと、アンダイナスの巨大な手足に無残に潰された葉野菜がいくつも転がっているのが見えた。思わず手を合わせて言ってしまう。


「お百姓さんごめんなさい。これからも出された野菜は残さず食べます」


 いやまぁ、世話をしてるのは無人のリムなんだけどな。食べ物を粗末にするなと親にきつく躾けられた身からすれば、命を守るためとは言え食べ物をあんな姿にしているのはさすがに忍びない。

 だけど、考えてみれば街道筋に移動する必要が無いバグ達が移動した後は、同じくらいかそれ以上に酷いことになるんだろう。こうして人が作ったものを容易く壊してしまうのだから、やはり生存競争なのだ。


「……後ろのバグ達が、さ」

『はい』

「トキハマに辿り着いても、大きい街なら大丈夫だよな」


 希望的観測を込めて言ってしまう。


『トキハマに常駐している警備軍は、総数で三百機ほどです。そのうち即応可能な機体は、実質多くて二百機ほどでしょう。加えて、警備軍以外にも蟲狩りバグハント専門のリムなども、少なくない数がいるものと。総数で、推測ですが三百機前後のリムが対応可能ということになります』


 相手を上回る数が揃っていれば、存外楽勝なんじゃないか……と思う。だが。

 レイルズが言っていた。例えば昨晩仕留めたマントデアカマキリ型は、一体に対して戦闘用リム二機以上で当たるのが普通だって話だ。総数の6割がクラス3であれば、百二十体。単純計算で安全を見越せば、三倍の三百六十機の戦力が必要となる。その上で、残りのバグにしたって木偶の坊というわけではないだろう。


『トキハマがエヒトのように全滅することは有り得ないでしょう。バグ達の規模からして違いますから。ですが、少なくは無い損耗も発生するものかと』


 損耗、という言葉に、わずかに身体に震えが走る。つまり。


「人も、死ぬってこと、だよな」


 エミィは何も答えない。だが、その無言が俺の言葉を肯定しているのだ、と察する。


『まずは私達が生き残ることを。その先は、無事にトキハマに辿り着いてからです』


 躊躇いながらも、気遣うようなエミィの声に俺は頷く。命あっての物種、なんて言葉をそっくり使いたいわけじゃ無いけど、死んでしまえばそれまでだ。ここで無駄な正義感を発揮して、単体で大群を相手にするなんて、英雄譚の主人公じゃないんだし。


「で、このままどこまで逃げる?」

『まずは、トキハマの南端部付近を目指します。そこでレイルズからの連絡を待ちつつ、東側の陸港へ』


 言われ、画面上に固定表示されていた地図に目を向ける。目線をエミィの言う通りに走らせ、そこで気付く。

 地図上にオーバーラップ表示されていたバグの群れを示す光点が、正確にはその一部が、南側に逸れ始めている。

 まるで、俺達を追い掛けるように。


「エミィ、これ」

『ええ、追ってきている個体がいますね』

「こいつらトキハマ目指してるって言ってなかったっけ!?」

『進行方向からそう判断しただけです。それに、全体が私達を追ってきているわけでもありません』 


 確かに、光点の数は地図全体に広がるそれの二割ほどのものだ。だけど総数二百の中の二割であれば、計四十体はこっち目がけて来ているってことになる。


『ユート。先ほどは二百体を相手にする前提でしたので、現実的ではありませんでしたが』

「四十体ならいけるって?」

『……恐らくは』


 そこは断言して!


『それに、追われている以上は交戦も不可避です。戦う以外に有りません』


 覚悟を決めろとでも言いたげに、エミィが言葉を重ねる。

 頭の中で一瞬でも全てを相手取ることすら考えていたのに、その一部を相手に実際に戦うとなれば怖じ気付く俺だ。そう簡単に覚悟が決まる物でも無い。だけど、実際に戦うのはエミィとアンダイナスだ。俺はここで、座して事態の推移を見守るしか出来ない。

 我ながら無能にも程がある。であれば、せめて。


「戦わざるを得ない、なんて後ろ向きすぎるよな」

『……ユート?』


 今まで、その殆どをアンダイナスの安全地帯腹の中で見ていたから、俺の中でバグって存在が取るに足らないものと勘違いしていた。それは事実だ。本来思い出すべきものは、目覚めた日の、見上げる巨体と戦っていた異形。その数時間後に、俺を捕食しようと追い掛ける影。あれが、本来思い浮かべるべき敵の姿。

 記憶の中のそれを掘り起こすと、怖いというあの時の感覚が、感情が、まざまざと脳裏で再生される。そうだ。あれは怖い。だからこそ、合わなくなった歯の根を強引に噛み締めて、わざと再生した記憶をねじ伏せる。


「こう考えよう。俺達がここで少しでもやつらを減らしてやればさ」

『はい』

「トキハマの方も、きっと怪我したり、死んだりする人が減るはずだ」


 取って付けたような動機付けだ。だけど、間違ってはいない。


「思う存分、暴れ回ってやろう」

『そうですね。やってやりましょう』


 アンダイナスが足を止める。回れ右して砲身と化した両腕を向けた先は、まだその姿も見えないバグどもの鼻っ柱。

 機先を制して、最速で片付けてやるというエミィの目論見がありありと見て取れる。


『まぁ、ユートは格好付けたことを言っていましたが』


 ぴたりと砲身を据え、敵を待つ体勢を整え、そこでエミィが口を開いた。


『実際に戦うのは私です』


「台無しだよ!」


 俺の抗議の声とほぼ同時に、一撃。地面と水平に放たれた砲弾は、与えられた獰猛な初速に任せて重力を無視し、遠く離れたバグの集団に着弾。

 交戦開始だ。

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