031.「擬態解放」

 たかが十日、眠っていた時間を除外すれば三日ぶりだというのに、得も言われぬ懐かしさを感じた。

 思えば、トキハマで活動を開始して以来、ここを丸一日空けたことも無い。

 いつの間にか、俺はアンダイナスの胎内に在ることこそが日常になっていた。

 メインのコントロールシートに身を沈ませる。即座にハーネスがせり出し、身体を固定する。もう必要ないのは分かっているのに、手習い仕草でフットペダルとコントロールスティックを操作できるよう、体勢を整える。


 ここに何故アンダイナスこいつがいたのか、感傷で語りたいところだけど、その理由はシステム的なものだ。


 アンダイナスと俺は、二重化構造体フォルトトレランスを維持するために思考接続シン=コネクトで常時接続されている必要がある。その有効半径は、遮蔽物の有無を問わず十キロメートル程度。

 都市部であれば、代替バイ経路パスとして敷設回線の相乗りも使える。だけど、都市から離れてしまえば、特に生体人類の活動圏から離れてしまえばそれも途切れる。レドハルトの施設なんかはその代表格だ。

 搭乗者保護を十全に行うにも、距離が原因で使用不能となれば片手落ちもいいところだ。そのため、アンダイナスには緊急時の自律稼働という、一般的なリムには本来存在していてはいけない機能が与えられている。ここまで来ていたのも、それが働いた結果でしかない。

 とは言え、そんな極めて論理的な理由があったとしても、俺を追いかけてくるあたりゴリラじみた容貌にも愛着が湧いてくる。可愛いやつめ。


 直後、これまでの心許なかった経路パスの帯域が急拡大した。

 無理矢理に詰め込まれるのは、数多の知識と情報。


 ――外部装甲側兵装オプショナル

 ――素体固定兵装ビルトイン

 ――利用可能な環境シミュレータ性能リソース総量。

 ――主受電装置LCIPRU

 ――副受電装置ハニカムセル

 ――機密区画生存適正パラメータ。

 ――関節部液状化係数。

 ――微細電磁繊維Caファイバチャネルアクチュエーターの相対滑り出力補正。

 ――素体エネルギーラインと代替バイ経路パス

 ――電磁加速式質量砲リニアコイルカノン

 ――空間仮設式延長砲身STEB

 ――高出力レーザー発振器HELO

 ――肩部増設コンテナおよびレーザーマチェット狒角ヒカク猩角ショウカク

 ――短期物理演算予測SPCP


 これまで知ることの無かった、ことごとく全ての機能が、能力が一気に頭に流れ込んできた。さらに、戦闘時の視界としてヘッドマウントディスプレイに頼っていた主観映像が、俺自身の視界を上書きオーバーラップする。何の比喩もなく、アンダイナスの全てを掌握したことを実感し、その時。


『ミツフサの感染源パソジェンだ。総員オールハンズ対リム炸薬弾アレックス装填。潰せ』

『しかし隊長、あれは』

『出し惜しみはするな。相手は電脳人製バイナルメイドのリム、それも先日トキハマで暴れた銀の背中シルバーバックだ』


 恐らくはリーナスの手によって上位割り込みインタラプト通信が渡されたのだろう。こちらの耳にも越境査察軍の隊長らしき者のだみ声が聞こえ、次いで視界に警告表示が浮き上がポップアップする。


 ――警告:照準捕捉

 ――推奨:迎撃


「どうやって!」


 上げた悲鳴に、砲口の向きから算出したらしい弾道が視界に重なりオーバーラップ、しかしどう頑張っても回避より弾が当たる方が早い。

 そう判断すると同時に、アンダイナスから迎撃プランと動作状態変更モードシフトの提案。


 考えるまでもなく受諾した。


『攻撃を中止しろ! 本件は管轄をトキハマに委譲したと伝えたはずだ!』

『聞こえんな。正式な指令オーダーを受けたわけでもない』

『交戦状態を理由に無視ボイコットの腹積もりか……! くそ、ジュート、聞こえているか! 何としても凌げ!』


 言われなくてもそうする。大体、ここまで好き勝手にばかすか撃たれて、こっちにだって思うところはある。

 がなりたてるリーナスの声と、射線を合わせて号令を待つ越境査察軍機グリズリーを余所に、アンダイナスが一際大きい駆動音を上げる。最初に現れた変化は、機体各所の封印ロックを解除する、ばぎんという金属音。二百年越しに解放されたそれらは、一際高い音を連続的にコントロールシートまで響かせた。

 当然のことながら、機体の外見についてはこの目で見ることが出来ない。起きた変化が何かを疑問に思えば、即座に機体側からの応答が返される。どうやら、桁違いに増加した電力量で密閉された素体が許容値限界まで加熱され、空冷のために外装を部分的に、具体的には胴体前面と大腿部を解放したらしい。

 正式に認証オーソライズされたアンダイナスが、これまで執拗に隠していた力の一端を露わに、変貌する。


 ――Semi-Belligerency形態Form


 その言葉の意味するところは、これまでの、高性能ながらあくまでも常識的なリムとしての擬態を剥ぎ取り、本来あるべき姿へと戻ることにある。その証拠に、これまでの形態は擬態Mimetic形態Formと呼称する。

キャスティの駆るヴルカヌスほど外連味のある変形は伴わないものの、しかし解放された力の、その大きさに戦慄する。これは、確かにおいそれと人目に触れてよいものではない。

 同時、両腕を接合。高速射撃モードを立ち上げ、砲口を前方へ。


『虚仮威しだ。怯むな』

『やめろ!』

『斉射ァ!』


 制止するリーナスの声に被せて合図、間髪を与えず二十四門の砲口の各々に、僅かな間隔を開けて過電流が放つ雷光が灯り、弾頭が放たれる。

 弾体種別、Anti-リムRimExplosive-ChargeShellと報告がもたらされた。

 なるほど、確かに相手はこちらを完膚なきまでに潰しに掛かる腹積もりらしい。対バグ戦には使わない・・・・・・・・・・、爆圧と金属噴流メタルジェットでリムごと搭乗者を殺すことを良しとする対リム炸薬弾ARECSなんかを持ち出す辺りからも、それは伺える。

 そっちがそのつもりなら、やり返すまでだ。それも、それこそ完膚無きまでに、圧倒的に、反抗の意思も芽生えないように。


ぇッ!」


 相手の射撃からコンマ一秒ほどの間を置き、弾頭が射線の半ばを過ぎて程よく軌道収束した頃合いを算出。全力の砲撃を叩き込む。

 威力はこれまでの比ではない。腕部に分散配置されている超電磁コイルに注ぎ込まれる桁違いの電力量は、一般的な戦闘用リム十数機分の総出力を補って尚余りある。

 そして、今のアンダイナスにはその電力量を効率的に運動エネルギーに転換するために更なる仕掛けの行使が許されている。

 空間仮設式延長砲身STEB

 これも、隠されていたアンダイナス本来の能力ちから。どういった科学原理かは知らないし理解もできないが、砲塔内の空間を見せかけ上圧縮し、通常時の数倍の加速距離を与える人外の技術。

 それにより、執拗なまでにマイスナー効果で磁束整流された磁界を潜り抜け、通常時の三倍の距離を費やして多段加速された砲弾は、測定の結果として初速マッハ15を超えていた。

 照準は、対向するどの機体リムにも合わせていない。浅く抉る軌道で、爆発的な衝撃波と共に地表を捲り上げ、また大気と地面との摩擦熱を生み出し、巻き上がるのは濃密な土砂混じりの爆風。

 その只中に飛び込んだ対リム炸薬弾ARECSの信管は、対象物へと着弾したものと誤認し、次々と中空で爆散。

 夜も明けきらぬ薄闇の中、花火というには物騒な色の炎が立ち上る。


『……馬鹿な』


 呆然とした声が聞こえ、しかし無視して機体を再度歩行形態に移行、推進剤をこれでもかと注ぎ込み、爆風と爆炎の只中へ。本領を発揮したブースターは、最高出力で以前の十割増しの大食らいになった代わりに、比推力も五割増しとなった。残量を示すインジケーターがみるみる内に消え失せ、そして増大した脚部アクチュエーターとの合わせ技による加速は、体高二十メートル近い巨体には不釣り合いな速度で前進させる。

 これまでとは比較にならない速度に達した機体表面から、乾いた音が多重で響く。有効射程から大幅に外れ、威力を失った金属噴流メタルジェットが金属粒と化して、巻き上げられた砂礫と共にこちらアンダイナスの装甲に当たっているらしい。取るに足らない、というシステム側の通知からそれを知る。


『くそ、質量弾に切り替えろ! 各自弾幕を、』


 濃密な土煙に紛れて前進するこちらを捉え切れていないのだろう、慌てた言葉が届く。だが遅い。次の瞬間、今なお収まる気配のない遮光カーテンのような煙を割り割いて、横列に展開する部隊の目前に躍り出た。

 彼我の距離百はメートルにも満たない。進行方向には、やかましくがなっていた隊長機。右腕を砲撃形態に移行させながら、左腕と両脚を踏ん張って残りの距離を全て制動に費やし、スケールからすれば目と鼻の先にも等しい位置に機体を付ける。


『貴様っ……』

「無駄だよ。もう捉えた・・・・・


 尚も諦めず上がる声に、言葉を被せる。砲口は、ぴたりと胴体……コントロールシートを射抜ける位置にある。

 その意味もすぐに判るはずだ。元々、こちらの武装には多対一を想定した得物も用意されている。対象数は十二機、数が足りて助かった。


『対物レーザーか……!』

「全機に出力を絞って照射してる。それ以上攻撃を加えるなら、一気に出力を上げるからな」

『くっ……、最後通告のつもりだろうが、聞けんな! 命惜しさに怖じ気づくなど、越境旅団ランドノーツの名折れだ!』


 その一言に、かちんときた。

 諦めさせるためにさんざん無い知恵絞り逃げ道を用意したにも拘わらず、それでもなお死に急ごうとする、その言い草に。


「お前ら……、いい加減にしろよ! 軽々しく死ぬとか殺すとか、何様だ! 知ってんのか、死ぬのってとんでもなく、それこそ死ぬほど痛いんだぞ!」

『黙れ、そんなこと百も承知だ! 貴様こそ知ったように言うな!』

「残念でした、知ってるんですぅー! そっちこそ知ったかぶりで語ってんじゃねーよ馬鹿ぶわぁーか!」

『馬鹿と言ったかこのクソガキィ!』


 一気に低レベルに陥った応酬に、通信機越しにリーナスのため息が混じり、キャスティの笑い声が背後を流れる。

 構うもんか、むしろ狙い通りだ。


「分からないなら何度でも言ってやるよ! 死んだら全部終わりなんだ、冗談も憎まれ口も、ありがとうも言えないんだ、それが分からないヤツは底無しの大馬鹿だ!」


 大上段に振り被って宣いながら脳裏を掠めたのは、乱暴な言葉遣いのくせに優しい目をした、あの人だ。


 ――誰も、恨むなよ。


 そんな、ある種呪いにも似た言葉が聞こえた。

 無理だ。無理に決まってる。大事な人ゲンイチロウを失った時点で、俺は恨みを抱いてしまったんだ。大事な人エミィを奪った存在を、俺は恨んでいるんだ。

 だからこそ、言える。恨みの連鎖ひとごろしを続けるような真似は、間違ってる。こんな気持ちを、他の誰にも抱かせることなんて、有っちゃいけない。


『隊長。もう、やめにしましょう。こんな青臭いこと聞かせられたら、引き金も引けやしない』

『後に引けんのだ……! エヒトの二の舞だけは、何としても!』


 部下すらも止めに掛かったことすら半ば無視し、こちらがその気になれば命を奪うことすら容易いという状況で、男は尚も照準を合わせに掛かる。

 それで理解した。この人を駆り立てているのは、恐怖だ。

 訳も分からず人を見下し軽々と惨劇を引き起こす、神様気取りの電脳人バイナルに対する、恐怖だ。

 だけど、それなら尚のこと。


「人の話を聞けよ馬鹿野郎!」


 咄嗟に砲撃形態を解除、形作られた拳でグリズリーの頭部を目がけ。


 殴った。


 そもそもが、歩行のためにも使われるものだ。質実剛健そのものといった風情のそれば、打撃に使っても存分に事足りる。

 ただし、相手もさすがは重装甲を是としたものらしい。見たところ、打撃痕がうっすらと凹みとして残るだけ。搭乗者の方はわからないが、衝撃はあっても死にはしないだろう。至近距離から砲撃を食らわせるよりは万倍もマシというものだ。


「見くびんな、電脳人てめぇの不始末は自分で片を付けるってんだよ!」


 勢いに任せて、宣言する。

 出来る根拠なんて何も無い。これが正しいかなんて分かるわけもない。ただ、俺のやるべき事は、やりたい事だけは、確信を持って言える。


『お前一人で何が出来る!』

「ああ出来るね! いいかよく聞けよ、あいつエミィは俺が止める。誰も死なせず、殺さずに、俺が止めてやる。他のヤツには一個も出番なんかやらないからな!」


 喉がかれるほどの大声で、そこまでを一気に吼えた。

 やっちまったかな、と思いもする。が、ここまで全てが偽らざる本音だ。

 こちらが言うべきことは全て言ったし、無駄な抵抗と判断できる材料も与えたつもりだ。その上で、まだ攻撃を加えようとしたら、その時は。

 淡い期待と最悪の状況を交互に思い浮かべながら、長く感じる数秒が過ぎ。


 ◆◆◆


『時間切れだ』


 微かな電子音とともに、平坦なリーナスの声が、沈黙を破った。


『正式な撤退指令書を取り寄せた。ご丁寧にも、本国アドラー金づるシフェルハッシュの連名だ』


 これ以上撃たなくても良いということに安堵したのか、弛緩した吐息の主は向かい合う越境査察軍の大半だろう。


『やめだ。総員オールハンズ撤収、命令撤回だ』


 果たして、白けきった声色が、薄くノイズを伴って耳に届く。


「……引いてくれる、っての?」

『勘違いするな。これ以上り合っても無意味というだけだ。装備を無駄にも出来ん。気が変わらないうちに、行け』

『若造の言葉にほだされたか』

『ほざけ。言われた通り現場を譲ってやるだけだ』


 からかい混じりのリーナスとの受け答えを耳にして、聞こえないように息をつく。

 分かって貰えた、なんて思うのも烏滸おこがましいのだろう。命令撤回とやらが決定打なのは明白だし、何ならこっちは大人げない脅迫手段を伴った子供の駄々に呆れられただけ、と言ってもいいかもしれない。

 ただ、急場は凌いだ。そう思っていいと思う。アンダイナスに前進を指示。これまで誰も寄せ付けないという意思を顕現し、頑なに守られた陣を素通りしようとした時、ついでのように呼び掛けられた。


『……おい、ガキ』

「なんすか」


 背後に遠ざかる機体から、素っ気なく。緊張の糸が切れたことを察せられないよう、喉を絞って返す。


『名前は』

「……ジュート=コーウェン」

『一応憶えておいてやる。越境査察軍東部旅団、即応ファスト打撃ストライクパッケージのザカだ』

「そいつはどうも」

『いいか、半端は許さんからな。それと、次に会ったらその性根をたたき直してやる』

「丁度いい、身体鍛えたかったんすよ。いつかブートキャンプ、付き合って貰えます?」

『その時は減らず口が出ないくらい、みっちりしごいてやる。……殺戮山猫ジェノリンクス、付き合え。街道沿いで派手にやり合ったんだ、損耗なしとはいえ落としどころは探らにゃならん』


 新兵訓練ブートキャンプの参加すら言外に認め、越境査察軍の隊長……ザカからの言葉が途絶える。

 次いで聞こえたのは、リーナスの落ち着きを取り戻したそれ。


『行き先はトキハマか』

「もう、止めても無駄っすよ」

『その気も失せた。大体、こちらの目的はお前を現場に引き摺り出すことだ。戦う意思が確認できた時点で、こちらの目的も達している』

『じゃー、焚き付けに来たのー? 腹黒いなーもー』

『筋書きはサダトキだ。もっとも、おまえが暴れ回っていなければ、もう少しスマートに片付いたのだがな』

『でもー、お陰でジュートくんもやる気になったんだしー?』

『結果オーライ、とは言わんぞ』


 あれだけバチバチとやり合った後にしては、二人の掛け合いも相変わらずだ。長い付き合いが伺える。

 ここまでの関係になってこそ、相棒と言えるんだろう。

 それなら、あいつエミィにとっての俺は、どうだったんだろう。


『そういうわけだ。後はサダトキに聞け』

「いいんですか。こっちは好きにやりますよ」

『片が付けば手法は問わん。贅沢を言える状況でもない。……キャス、お前はジュートに同行しろ』

『リーナスはー?』

外交活動あとしまつだ。全く、面倒な肩書きをもらったものだ』


 短時間で収束したとはいえ、戦端を開いたからにはその後片付けがあるのだろう。辟易した声のリーナスを尻目にしたかどうなのか、キャスティが嬉々としてこちらに並ぶ。

 進む先、目的は変わらない。変わったのは、俺の意思だ。

 エミィを止める。あいつの意思だとか、出自だとか、そんなものはこの際どうだっていい。

 此処に在るべきエミィを、その日々を取り戻す。

 ただ、それだけだ。

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