016.「奇人変人」

 蟲狩りバグハントは、ただバグを潰して終わりってわけじゃない。日帰りにせよ遠征にせよ、帰投した後に待ち受けるのはちょっとした量のある事務作業だ。

 まずは、蟲狩りバグハンター管理局への、討伐数及びその内訳、交戦した位置の詳細な座標などの報告。これは、戦闘中に書くわけにはいかないから主に発砲した時刻やリムの操機履歴を、座標移動のログと照らし合わせて行う。エミィならこんな情報の統計なんか一発でやってしまうけど、仕事を覚えるため報告書レポート作成まで込みで俺がやっている。

 頭で考えるだけでデータの出力アウトプットができる電脳人バイナルが羨ましい。気分は宿題の片付けに終われる放課後だ。

 提出した報告書は、世界各地を結ぶ管理局に集積されて、許可証保持者の業績や損耗率などといった、顧客からの依頼を仲介する際の元ネタにされると同時に、詳細なバグの分布情報作成にも一役買う。自他問わず明日の命に直結する情報なものだから、これを疎かにする奴は仕事人失格だという話。

 報告書が終われば、仕留めた獲物の精算だ。日帰りならば直接仲介業者ブローカーに、遠征なら拠点にしていた開拓村や衛星都市の集積コンテナマテリアルボックスを指定して、そのまま使える素材ネイチャーメイドの割合や総重量などからソロバンが弾かれる。こちらに買取額が提示されるまでは、その行程の多くが自動化されていて意外と短く、二営業日もあれば通知が来る。金額に特に異存がなければ、そのまま口座に振り込まれて終わり。

 ちなみに、集積コンテナを使わずに直接持ち込みの方が、そして仲介業者を介さずに素材を必要としている企業に売り込んだ方が実入りはいいけど、そこまでするのは専任の蟲狩りバグハンターを多数抱えて独自の販売網を持つ大手企業で、俺みたいに独立して動くハンターは効率重視でこうした仕組みを使う方がいい。管理局に提出した報告書とも突き合わせが行われるからピンハネに遭うことも無い。

 清算が終わっても消耗品の補充や次の狩り場の選定や、場合によっては狩り以外の依頼に対する返信とかやることはあるけど、まあともあれ。


「お金が入りました」

「やったね兄ちゃん、今日はステーキだ!」


 入金日を狙い澄ましたように来訪した、カドマさんのサツキさんが喜びの声を上げる。

 違う、断じて違う。この金はお前に奢るためにあるものではない。


「ご馳走してくれるってんなら喜んで付き合うけどよ、お前そんなカロリー高いもん食ったらまた太るぞ」

「兄ちゃん甘いな、体重は増えたけどウェストは従来通り(当社比)だよ」


 かっこ、かっことじ、まで発音するサツキさんである。


「……なるほど、尻か」

「ちげーし! 違うよ! 胸だよバストだよ!」

「その前になんで奢る前提になってるわけ!?」


 入金結果を確認するために見ていた大型端末の画面ディスプレイから目を離し、背後でむきーっと暴れるサツキとそれをおちょくるゲンイチロウに向かってそう突っ込む。


「あとサツキ、うら若い男子がいる前で胸とかバストとか言わない。少しは恥じらえ」

「うら若い男子っていわれてもさ、触らせる予定なんて金輪際無いんだから、何言ってもいいじゃん?」

「触るつもりも無かったけど金輪際ときたよ!」


 勝手に部屋に上がり込んでおいてこの言い草だ。何様だ。

 買い物から帰ってきて、端末への着信に気づいて鍵も閉めずに見てたらこの通りである。まあ、ゲンイチロウはここ最近、暇さえあれば遊びに来る無断で侵入するし、サツキがそれに付き合うことも一度や二度ではない。もう慣れたくないけど慣れた。


「意外と居心地いいんだよな、おまえの部屋」

「掃除は欠かして無いからね。家具は最初からそろってたし。あと、勝手に冷蔵庫開けるな。楽しみにしてたエッグタルト食うな」


 ベッドの上に腰掛けながらこぼれ落ちるかすに気を払うそぶりもなく、むしゃむしゃと勝手に俺のデザートを貪り食う傍若無人の兄妹がここにいる。

 鬼か。


「で、なに、今日は人の家のもの勝手に食って、その上収入にたかるのが目的なわけ? うわ、自分で言って引いたわ。最悪だなあんたら!」

「勝手に自己完結してツッコミ入れるの良くないよー。笑いもとれないし」

「好きでやってるわけじゃないよ!」


 一体どうしてこうなった、と嘆きたくもなるけどその経緯については長くなるのでここでは省く。色々あったんだよ、トキハマで過ごした一ヶ月の間に。初仕事の時とか部屋を決めるときとか。


「別に何も用が無ぇわけじゃねえよ」

「……人の家の冷蔵庫に手を出す前に、まずその用から言うべきじゃない? で、なに」

「まず一つな。お前が注文してたのが出来た」


 出てきた言葉は、朗報の類だった。


「もう出来たんだ!?」

「まあ、色々お前にも世話になってるからよ。つっても、前肢は手に入らなかったが」

「それは発注先を間違えたのがよくないと思うんだ……」


 ヒトツバラ開拓村でのバッタ狩りは三日前のことだ。あれから何やかやと皮肉は言われたが、この人しっかりと酒場にいた他のハンターから目的のものは買い付けてたんだから、そうチクチクと言わなくてもいいと思う。

 で、その時手に入れた素材で早速工作機械を組み上げ、その第一号で俺の刀を打ってくれるという約束だったのだ。約束してから三日で刀を打ち終わるとか、結構なハイペースじゃないか、これ。


「実験段階だから、全部機械任せとはいかなくてよ、結局八割は俺の手作業だ。予算にゃ全く足りてねぇが、こいつでチャラでいい」


 手元に残ったエッグタルトの最後のひとかけらを口に入れつつ、ゲンイチロウが言う。

 完全手作業で作った刀は、俺が出した予算の倍はするというから、かなりのサービスだろう。最近は狩りの調子も良いから、代金が倍になったところでそれほど懐が痛むわけでもないけど、好意は有難く受け取っておくことにしよう。


「俺専用の刀かあ。ロマンだなー」

「ファッション感覚で腰に下げるなよ。街中じゃ速攻でしょっ引かれるからな」

「そんな危険人物そのものなことはしないよ!」


 まあ、俺が持ったところで使い物になるとは思っていない。中学時代に体育の授業で剣道をやったことがある程度で、多少はゲンイチロウの手解きも受けたけど、真剣を持ってもまともには扱えないのはわかり切ってる。

 要は、気持ちの問題だ。ちゃんとした得物を持って、見た目からでも一人の戦士になってやろう、という。


「今は工房に置いてあるから、後でリムん中にでも積んでおけ。で、もう一つの用だ。今、KHFうちに客が来てる」

「お客さん?」


 客、と言葉を発した時、いかにも嫌そうな顔をしたのが妙に気になった。


「そいつがな、お前と話したいんだと。まったく、どこで嗅ぎつけてきやがったんだか」

「俺と面識のあるの? その人」

「有るはずがねぇ」


 そんな返事に俺の頭には疑問符しか浮かばない。いや、このパターンは。

 後でエミィに確認だな。


「わざわざ呼びに来るとか。端末から呼べば良かったのに」

「いいんだよ。どうせ長居しやがるんだし、抜け出したところで構うもんか」

「……いやな人なわけ?」

「いや悪いやつじゃねぇんだけどよ。アクが強いっつーか」


 ゲンイチロウを以てしてアクが強いとは一体どういうことか。いやな予感しかしない。


「とにかくちゃんと伝えたぞ。俺らは先に戻ってるから、身繕いしたら来いよ。ゆっくりで構わねぇから……おら、行くぞサツキ」

「あ、待って兄ちゃん! まだ残ってる!」


 手のひらほどもあるそれをでかい口で一気に食べたゲンイチロウとは違い、サツキは食べ方だけは女子らしい。まだ半分ほども残ってるエッグタルトをどうしたものかという風情で眺めて、


「よし、こうだ!」

「むぐぁっ」


 俺の口に放り込んだ。あ、やっぱこのエッグタルト美味いわ。じゃない。


「食べかけを人に寄越すな!」

「一口も食べれてないからさすがに可哀想かなってね! じゃ、また後でー」


 嵐のように走り去るサツキと、対して落ち着いた足取りで後を追うゲンイチロウ。


『女の子の食べさしをあーんしてもらうとは、流石ですね』


 そして、何時の間にか端末のディスプレイからジト目で見るエミィさんである。


「そんな素敵風景じゃないだろ今の。どんな目してんだ」


 色気も何も無く口の中に突っ込まれただけです。と抗弁しても、エミィは聞く耳を持たない。ジト目は解除されない。


『いえいえご謙遜を。食べかけのお菓子の味は如何でしたか?』

「普通のエッグタルトの味だったよ!?」


 これで美味かったとか言ったら後が怖い気がするんだ。これはもはや、動物的勘や本能に近い。

 もしや、エミィ様は妬いてやっしゃるのか。

 なんてこと口が裂けても聞けない。地雷原に噴射系花火を持ちながら千鳥足で突っ込むようなもんだと思う。


「と、ところでさ。呼び出しって何の話なんだろうね?」


 戦略的撤退である。逃げ腰と謗るがいいよ。誰だって命が惜しい。


『さあ、全く心当たりはありません。それよりも、今は突然リア充トジュートになった心境の方に興味が』

「引っ張るなあ!?」


 追求から逃げるように着替え、さくっと部屋から飛び出す。以前のツンデレ・クーデレもそうだけど、デジタル化の端緒となった三千年前からの文化・風俗・風土的な情報は、部分的ながらかなりの量が残されているらしい。

 そういった、俺にとっては身近な過去の俗語スラングを使って俺をからかうのはエミィの十八番だ。このまま付き合っていても針の筵。

 部屋を出てから、ベッドの上にばら撒かれた食べかすのことを思い出した。後始末も含めて嵐のような来訪者だ、まったく。


 ◆◆◆


 アパートのある第五階層からエレベーターで第三階層へ。最初はまともな都市計画に則って整備されたであろう道は、しかし階層都市の下に行くに従って、無秩序な増改築や解体の結果混沌を極めて行く。

 特に商業階層として整備された第四階層はそれが顕著で、今となってはどこまでが商業施設でどこからが居住施設なのかも判断が難しい。看板や用途不明なケーブルがのたくり回り、縦横無尽に水道ガスのパイプが走るその様は、しかし活気という点ではトキハマ内でも随一だ。この光景は、リムの往来でスペース確保が必須な第三階層の手前まで続く。

 そんな街中を探検気分で歩いて、呼び出された先へと向かう。別に寄り道してるわけじゃない。日中帯は、KHF近郊の階層間エレベーターは第一階層まで出れる一番の近道として人出が多く、徒歩で向かった方が早いのだ。


『先ほどの話ですが』


 何を考えて取り付けたのか、頭よりわずかに低い位置に取り付けられた金属製看板をくぐる俺に、エミィが声を掛けてくる。

 近道と称して教えてくれたこの道を、サツキは毎日のようにバイト帰りに走るのだという。何故そんなことを、と聞いたら鍛錬だって話だ。バイトのニンジャショーのためだとは思う。


「さっきの話? もう食べかけのお菓子の話は勘弁して欲しいんだけど」

『その話で引っ張るのも面白そうですが、今は呼び出しの件ですね』


 ヘッドセットから聞こえる声は、何か不審がる感じが手に取るようにわかる。


「何か気になる? まあ、冷静に考えなくても怪しさ満点だけどさ」

『お忘れですか。見知らぬ人物が私たちに声を掛けてくる用件といえば、今でこそ仕事の依頼も出て来ましたが』

電脳人バイナル絡み、か。ここ最近平和ですっかり忘れてた」

『正直に言えば、トキハマに居付き過ぎたのかもしれませんね。情報収集にはなりますが、あまり深入りしたくもありません』

「確かにな。路銀を稼いだら移動しようと思ってたし……潮時か。居心地よかったんだけどな」


 あまり一つところに留まらず、適度に移動しよう……というのは、トキハマで活動を始めた頃にエミィとした約束だった。

 理由は二つ。まず、元々あった世界を見て回れっていう命令が、何を条件にクリアしたと判断されるかが判らない。であれば、それなりの期間を滞在したら拠点を変えるようにして、なるべく条件を満たすように動くしかない。

 そして二つ目が、俺たちの素性に勘付いて良からぬことに巻き込まれないための予防策だ。今回がそうかは知らないけど、アンダイナスみたいな目立つものを使っている以上、レイルズのようにコンタクトを取ってくる人が出て来ると思うのが自然だ。そして、それがレイルズのように好意的に接してくれるとは限らない。


「幸い、しばらく旅費には困らない程度に貯金も増えたし」

『カタナなんて無駄遣いをした割には、結構な額になりましたね』

「男のロマンを無駄って言わないでくれよ……」


 趣味的であることは認めるにもやぶさかではないけど。

 口答えしつつ用途不明な段差を上がり下がりし、障害物競走のコースのような道は終わりだ。目の前には、階層間エレベーターに沿うように設えられた螺旋階段の入り口。

 ここを下れば第三階層だ。


 ◆◆◆


 事務スペース側に続くガラス扉前で待っていたゲンイチロウは、現れた俺の姿を認めるとあごをしゃくって中に入れと促す。心底気乗りしないという心情がありありと浮かんだ顔で。


「手間かけたな」

「別にかまわないけど。そんな顔されたら回れ右したくなるね」

「ここまで来たら一蓮托生だろ」


 向かう先は応接室……ではなかった。ドアを素通りし、短くはない廊下を足早に通り抜ける。確かこの先は、


「工房?」

「ああ。その方が話が早いとよ」

「……そろそろ、誰が呼び出してきたのか教えてほしいんだけど」


 珍しく歯切れの悪いゲンイチロウに、そう問い掛ける。いつもならばっさりと要件を告げる彼らしからぬ行動は、どうにも不安を助長する。

 観念したように、盛大なため息を一つして。


「中で待ってんのは、イサ家直系の長男サマだ」


 イサ家。

 思わぬ大物ビッグネームだった。それは、トキハマの領主であり、都市開闢を行った世界の首脳、その一柱。

 源流十三家ルート13の一つだ。


「なんでそんな人が」

「俺が知るか。ただな、あいつアンダイナスあれが自分らの持ち物だってのたまっててよ。……ここだ」


 辿り着いたのは、見慣れた格納スペースの前。辺りは昼休みに差し掛かったからか、それとも人払いでもされているのか、静かなものだった。シャッターは下りていて、中に入るには隅にあるアルミ製の安っぽいドアを開け、人間用の入り口を通る必要がある。

 ドアを開けるように促すゲンイチロウに、しかし俺の頭の中には疑問しか無い。アンダイナスの本当の持ち主。なら、俺とエミィはどうなるのか。

 混乱が渦巻いた頭を強引にねじ伏せてドアを開けると、そこには。

 黒く塗装されたアンダイナスの太い腕にくねくねと気持ち悪い動きをしながら頬摺りする、男の姿が見えた。


「ふおおおおおっ、これが! これが我が伊佐家と電脳人バイナルのコラボレーションっ……! 機能美、そして内包する過剰なまでの暴力性! 美しい……はあ、うつくし」


 そっと扉を閉じた。

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