030.「排除勧告」


 非認証の外部通信を基本的に許可しないリムにも、例外はある。例えば蟲狩りバグハンター管理局の非正規狩猟取締官や各都市警察・軍事機関が持つ、上位割り込みインターセプト通信がそれだ。

 濫用されれば不正接続クラッキングの経路にも成りかねないそれは、つまり公的な法執行を認められた組織の特権でもある。

 今聞こえた音声はまさしく上位特権を有したもので、しかし聞こえた声はと言えば。


「リーナスじゃーん、どーしたのー?」

『どうしたの、はこっちの台詞だ。好き勝手に暴れ回ったものだな、キャス。それ・・は使うな、と再三言っていたはずだが』

「えー、っへへー。バレたー?」

『話は後でじっくりと聞かせて貰う』


 ため息交じりにキャスティと言葉を交わしたのは、ミツフサ以来となるその相方のリーナスだった。

 視界右前方、広々とした岩石砂漠に陣取る、夜明け前の薄明かりで逆光となった相手集団とこちらの中間地点に、割り込む機動で機影が視認できた。どこか優雅かつしなやかなその動き方は、彼の乗機であるアッシュに間違い無い。


『さて、そちらの団体にも話を聞きたいところだな。見たところ、越境査察軍の実働部隊で間違いは無さそうだが。……CFSAと協働までして、何を考えている』


 続く問いかけに、しかし相手の声は聞こえない。通信がリーナス経由だからかとも思ったけど、こういった停戦勧告の場合は強引に三者間で接続するのが定石だというから、単純に出方を決めあぐねているんだろう。

 やがて、訝しげな声が聞こえてきたのは、たっぷりと十数秒ほどの間を空けてからのことだった。


『お前こそ何のつもりだ。こっちは正規の命令を受けた作戦行動中だ、蟲狩りバグハンター如きに邪魔される謂われは』

『残念だが、こちらも肩書き付きでな。今はトキハマ正規軍、嘱託武官ということになっている。付け加えるなら、そこの機体も現在の所属は我が軍の徴発戦力だ』

「何それー。ちょっと聞いてないよぉリーナスー!」


 憤懣やるかたないといった風に叫ぶキャスティを余所に、リーナスからの上位割り込みで、今度は画面右上の機体所属を示す表示が、元有った個人Personalから強制的にこう書き換えられる。


 ――トキハマTokihama徴発Mercenary戦力Strength


『今後、当機及び当軍所属機への攻撃は、トキハマへの挑発行為と見做す。その上で訊くが、其方の目的はミツフサの一件か』

『……』

『黙秘するならば、後ほど正式な外交ルートから問い合わせることになるが』


 舌打ちが響く。

 公的機関の所属であれば、別の権力からの横槍にはめっぽう弱い、ということだろう。特に直接上下関係のない組織からだと、巡り巡って外交問題になるぞと、そう脅しているわけだ。

 半ばやけっぱちな様子で、相手が答えた。


『うちの立場を考えろよ。使いどころ考える前に壊すのが筋ってもんだ』

『なるほど。ここまで出張ってご苦労だが、仕事は無効だ。本件は、本日の日付変更を以て全てトキハマに一任されている』

『途中からしゃしゃり出て何を!』

『……ジュート、そこに乗っているな』


 文句を言い募る男の声を無視して、リーナスがそう声をかけてくる。

 急に水を向けられたものだから、慌てて返答しようとして声がうわずった。聞こえないように咳払いをする。


「います、けど」

『つい先般、遠隔で実施された全都市間首脳級会合で決定されたことを伝える。まず、ミツフサ開拓村大規模蝗害の原因については、類例の無い論理破壊兵器によるものと断定された』


 それ自体は今日一日でこちらも知った話だった。しかし話の肝は、それが公的な会合で認定されたと言うことだ。

 嫌な予感がする。と同時に、そんな事態が起きることは、レイルズからの話を聞いてから半ば予想していたことでもあった。

 あれから、ミツフサの一件からは十日の時間が過ぎているのだ。世界はそれだけの間、動き続けている。

 そしてリーナスも、有名人とは言え本来はただの蟲狩りバグハンターのはず。一体どこからこんな逆ネジを差し込めるようになったのか。大体、公的には死んでいる・・・・・・・・・はずの俺を、まるで躊躇せず生きているものとして扱うという、本来有り得ない発言。

 答えは、一つしかない。


「キャス、たぶんこれ、サダトキさんの差し金だ」

「あのボンボンかー。まぁ、やりそうだとは思うけどー」


 アンダイナスの本来の所有者、イサ家。そこであれば、二重化構造体フォルトトレランスを含む情報を握っていてもおかしくない。

 ミツフサから姿を消した機体とキャス、それをセットで考えれば、結論も簡単に導き出せるはず。そして。


『次に、会合では未確認論理破壊兵器の名称を[エミィ]と呼称、また今後トキハマ行政側主体による迅速な排除が勧告された』


 俺とエミィの正体にまで辿り着ければ、エミィが異物であることすら自明だ。


「エミィを、排除……って、どういうことですか」

『報道は差し止められているから知らんだろうが、被害が出た。ミツフサ以来トキハマ以南の各所で、バグによるリムの被害が急増している。輸送用はおろか、戦闘用までだ」

「本当にエミィがやったんですか? それだけなら、ただの事故って可能性は」

『……回収した残骸のハニカムが、全て不活化されていたと言ったら、どうだ?』


 ミツフサの先触れとなった、早期警戒ポッドの確認に赴いた正規軍三機の末路を思い出す。

 なるほど。証拠は出揃っていると、そういうことらしい。


「……状況からー、ミツフサと類似だって考えるのが自然だねー」

『もう一つ。数少ないながら生存者の証言から、被災地域周辺でクラス4相当の大型バグが確認されている。リムの記録には痕跡がなく、肉眼からでしか視認出来ないことから、こいつが母体と推測されるな』


 大型バグ。

 思い至るところは一つだけだ。トキハマ郊外戦闘の最後、そしてミツフサ開拓村で食われる寸前に見た、闇色の巨体。


「指揮個体……」

『心当たりはあるようだな。この件について、知ることを話して貰いたい』


 話は終わったとばかりにリーナスの乗るアッシュが反転し、戸惑う越境査察軍の機体を余所に歩行を開始する。

 付いていって、どこに向かうというのか。そこで何があるというのか。俺を尋問して、エミィについて根掘り葉掘り聞き出して、それから。


「……あいつを。エミィを、殺すって言うんですか」

『だとしたら、どうする』

「どうする、って」


 答えが出てこない。

 俺は一体どうしたいんだ。

 エミィのことをどうしたいんだ。

 中途半端な決意だけで、一体何をするつもりなんだ。


「わかんないっすよ、俺にだって分かんない。でも」


 そんな覚悟の足りない俺にだって、決められることはある。


「一方的にあいつを死なせるような真似だけは、させられない」


 世界は、こっちの気持ちなんて知ったことではない。そう知ったつもりでも、その事実には今も打ちのめされている。

 ならどうするんだ。打ちのめされて、それだけか。

 ここで終わるようなどうでもいい決意なら、最初から何もしなければ良かったのだ。

 それなら、俺がするべきことは決まっている。


「ジュート君、うちはここまでっぽいー」

「……わかってる。リーナスさんも出て来た以上はもう付き合わせられない」

「でもまー、このままだと目覚めが悪いしー。少しだけ、手助けしてあげるー」


 小声で手助けという言葉を聞き、少しだけ身構える。けど、ここで場を引っかき回すようなことをするのは、どちらかと言えば好都合だ。


「合図してくれたらー、反転してハッチ開放するねー。上位権限で割り込み入ってるしー、抵抗はするけどすぐに制圧されちゃうから、気を付けてー」

「外に出た後は?」

「お迎えは来てると思うよー。ヒントはもー、出してるでしょー?」

「お迎えって……、まさか」


 言葉で察して、脳味噌の奥深くを探る。再び目覚め世界が一変したあの日、八つ当たりじみた醜態を繰り広げたあの時と、同じ感覚を手繰る。

 

 ――あった。


「……人が悪いよね、キャスも」

「乗りたい、って自分で思えなきゃー、ダメなんだよー」


 耳打ちするような小さい声を交わす、がリムの音声通信用マイクは超高感度だ。リーナスが耳聡く聞き付けてくる。


『この期に及んで何の悪足掻きか知らんが、大人しくした方が賢明だ』

「もー、聞き分けいいこと言っちゃってー。うちの時はー、リーナスももーっと熱くなってたじゃーん?」

『ここで古い話を持ち出すな。大体、あの時とは状況が』


 言い合いを始める二人。キャスティの意を汲めば、ここで仕込みをしておけということだろう。

 探り当てた、普段は雑多な思考に塗りつぶされ、しかし確固として存在する経路パスに意識を集中する。

 位置は、普通の戦闘用リムの探知可能圏をぎりぎり外れた1キロほど先。さらに意識を絞る。経路の奥、俺の指示を、健気にも今かと待ち構えるそれに向かって。


 ――ごめん、待たせた。


 よく思い出せ。これまで、体を張って身を護ってくれたのは何だったか。あいつは、俺の無茶苦茶な操作にも文句一つ言わず、愚直に務めを果たしてきただろう。

 たった三日前、ぶつけた悪口雑言の数々を、撤回しよう。


 ――お前は、俺の味方だ。そう信じていいよな。


 物言わぬはずの機械に向かって、呼び掛ける。


「来い、アンダイナス!」


 ◆◆◆


 叫んだ瞬間、背後で何かが蠢く気配。

 そこから秒に満たない時間を置いて、破壊の音が到達する。響きの大本は、俺がリーナスとこちらの丁度中間地点あたりを狙うよう命じた、電磁加速式質量砲リニアコイルカノンの射撃だ。

 着弾と同時に、キャスティがヴルカヌスを反転させる。初動加速の噴射から、流れるように変形を果たし、二足歩行の最速機動。


「叫ばなくても来るのにー」

「気分だよ、気分!」

「とりあえずー、追い付かれる前に行くよー」


 砲撃により舞い上がった砂塵を振り払いつつ、リーナスが乗るアッシュがこちらに向かって駆け出したのは、反転する寸前に見えていた。

 途中で立ち止まっている余裕は無い。


「このまま突っ走って! すり抜け様に飛び移る!」

「無茶するねー。制動掛けてもー、相対速度五十キロはあるよー?」

アンダイナスあいつなら、出来るって知ってるし信じてる!」


 キャスティの手で強引に音声通信を拒否したのだろう、今頃文句を言っているに違いないリーナスの声は、しかし全く耳に入らない。

 天頂部のハッチが開放される。吹き込む風に髪が煽られ、しかし構わずタラップを使って外に躍り出る。

 疾走するこちらのすぐ横を、曳光弾の光芒が過ぎ去る。背景に聞こえる、複数の巨大な足音、どうやら越境査察軍の面々もリーナスに追随しているらしい。定まらない射線ながら、次第に数を増すそれに恐怖する。

 進行方向の先に、やはり砂塵を巻き上げつつ進む影が見える。見飽きたはずの、上半身が肥大化し、逞しい両腕を持ったメカゴリラ。

 視界にそれを収めたと同時に、ヴルカヌスが急制動を掛けたらしく強烈な慣性が前方に向かって発生する。だけど、派手に止まったように感じる割に、地表の速度は然程変化したように見えない。高さだってある、落ちたら間違いなく死ぬ。


「こえぇ……。けど」


 信じると言った。

 今も雨あられと降り注ぐ弾丸の中、タイミングを見計らう。最適なそれは、今もアンダイナスあいつが計算し、逐次こちらに結果を返フィードバックしてくる。


 あと十メートル。


 思い返せば、トキハマ郊外戦での無茶な機動も、ミツフサで行ったミリ秒単位の剣劇も、全てが俺の意を汲んだ結果だったのだと思えてくる。

 いつだって、俺の傍にはエミィと、アンダイナスがいた。


 あと五メートル。


 もしもこいつに感情があるなら、この状況をどう考えているんだろうか。

 今まで俺の代わりに自分を駆り続けたエミィのことを、どう思っているんだろうか。

 考えても答えが返ってくることは無い。

 ただ俺にとっては、エミィとお前が居ることこそが、この世界での日常だったんだ。


 あと一メートル。


「やることは決まってるよな! 決着ケリ付けに行くぞ!」


 助走を付けて、平たい機体の背中で脚を踏ん張り、走り幅跳びの要領で中空に躍り出る。前方から目前にまで迫ったアンダイナスが、両の掌を持ち上げ、俺の受け皿を形作る。軌道はドンピシャ、風切り音を耳元に聞きながら、足元にそれが近付くのを見、


 砲弾が、アンダイナスの腕を直撃した。


 弾頭は相も変わらぬトリモチ弾だ、直接的なダメージは少ない。しかし、着弾の衝撃で腕がぶれ、落下軌道の先にあるべき巨大な掌が数メートルその位置をずらした。


 ――やっべ。


 地表の相対速度は、ほとんどと言っていいほど落ちていない。大体、馬鹿みたいな高速機動を可能にするヴルカヌスの速度を考えれば、制動を掛けたところで普通のリムでの全速くらいは出ているのだ。

 地表が迫る。この速度と高さだと、死因は相対速度で地面に摺り下ろされるか落下の衝撃か。痛くない方だとどっちだろうか。

 しかし、啖呵を切って飛び移ろうとしてあえなく死亡とは間抜けにも程があるだろう。身体を張ってまで面白くならなくてもいいのに。


 ――冗談じゃねぇよ!


 指示を下した後の行動は迅速だった。弾を受けずにいたお陰で自由になる方の腕が、掌が、再度俺の足元に目がけて差し出される。着地の面積が充分広いとは言えない、けどこれを逃したら間違い無く死ぬ。

 着地位置はさっきよりも低く、曳光弾は減ることも無く傍を掠め続けている。先ほど背を蹴ったヴルカヌスが、とうとうリーナスに制圧されたのだろう、急ブレーキを掛けるのが見える。

 もうすぐ、もうすぐつま先が、


 ――着いた。


 落下の衝撃を、狭い足場の中で前転して受け流し、掌の上から危うく飛び出しかけそうになる。勢いが付いたままの身体を止めるために、すぐ近くにあった乗降時に捕まるための取っ手グリップを掴む。その間に、俺を乗せたまま掌は移動を続け、目の前には横開きのハッチを開けたアンダイナスの腹部。

 呼吸を整える暇も惜しく、そのまま中に駆け込む。懐かしい匂い、何が違うとは言い難く、それでも他の場所とは決定的に違うそれが鼻を掠めた。

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