036.「離軍索敵」

 敵味方入り乱れた戦場への突入作戦なんて、我ながら無茶をしているという自覚はある。けど、そうせざるを得ない理由があった。

 まず、数千体単位で形成されたバグ集団に対する攻撃作戦自体は過去にも実施されたという記録が残っている。その際に確認された事象として、各個撃破を目論み一部で行った戦闘が爆発的な勢いで他のバグの攻撃ルーチンを刺激キックし、暴走状態に陥らせてしまったというものがある。

 これはエヒトで発生した能動的な攻撃とは全く事情が異なり、集団行動というよりは個々のバクが持つ行動ルーチンに仕込まれた危機回避行動が連鎖作用したものと結論づけられている。代表的な大規模蝗害は、概ねこうした性質の余波に依るものらしい。


 多少事情は異なるが、今回も規模としては前例に近く、先制攻撃を仕掛けるという点も共通している。無理矢理に単体突撃を仕掛けるよりは、雑魚は大規模展開したFSTOに丸投げして拡散を防ぎ、その間にこちらは本命を討つ、というのが安全だろうとなったのだ。

 そして、戦闘が始まったところに乱入すれば敵個体の大多数はFSTOに向かう。作戦にただ乗りする以上は積極的な援護なんて見込めないけど、結果的には一石で三鳥も四鳥も得することになる。大変えげつない。

 一応断っておくが、大筋はサダトキの考えたことだ。仕事のことになれば大変頼りになる切れ者だと思う。


 ただし、全ては予定通り事が運べば、の話ではあるけど。


 ◆◆◆


 いきなり乱入してきたアンダイナスに、FSTOフィストの面々は大いに混乱したらしい。砲撃は一時的に止まり、思い出したように再開した頃にはこちらの位置も敵集団に肉薄していた。


『どこの馬鹿だ、あれは!』

友軍識別IFF反応ありません!』

『だからって撃てるか! 先刻の素人ファルテナといい、寄せ集めはこれだから……!』


 背後からの怨嗟がキャスティの横流し通信に乗って聞こえるが、構ってはいられない。前方に布陣するバグは、相対距離にして百メートルを切っている。


「側面、砲身展開!」


 音声コマンドを実行キック。作戦前の万が一の暴発を懸念して、思考接続による実行は無効化していたからだけど、これはこれでテンションが上がる。


『ノリノリじゃーん?』

「男の子の夢だからね!」


 茶々を入れてくるキャスティに、そう応じる。むしろ、男の子のと言うよりは人類共通の夢じゃないだろうか。必殺技を叫ぶのって。

 コマンドの実行により装甲内部に折り畳まれていたサブアームが展開、せり出し機体側面に現れたのは、トキハマが誇る工業メーカー、キサラギ重工業KHI製105mmレールガン、通称蜻蛉Dragonfly-Reaperが左右三門ずつの計六門。

 定格出力での威力は中の下といったところではあるけれど、信頼性の高さからトキハマ警備軍の制式として、砲撃型リムレトリーバーにも採用されている。軍用資材を使い回したと言うからこれも流用なのだろう。

 前方、FSTOの砲撃に足止めされ、密度を増したバグ集団の内訳は、周辺地域からも寄せ集められてきたのか、トキハマ南部でも見たスカラベイデコガネムシシルフィデシデムシの他、アルモルファメカムカデや新顔のサイサノプテラアザミウマと幅広い。ただし、その殆どはクラス2。

 まずは、進行方向に陣取るこいつらを蹴散らし、深く侵入する必要がある。


 ――射線Shooting Line誤差  Calibr修正ation  完了 Complete

 ――火器Fire管制 Control視線連動Eye Point

 ――射撃Trigger制御 Control複数照準Multi-lock補足 after射撃 Fire


 どうやら新しい得物をアンダイナスも気に入ったらしい。文句も無く制御下に置かれたことが告げられ、各砲の照準レティクルがそれぞれ視界に現れた。


「蹴散らすぞ」


 思考接続が出来るようになっても、すっかり手癖となってしまったコントロールスティックをひと撫でし、呼び掛ける。

 返答があるはずはない。戦闘用リムの操縦者ドライバーは一人で乗り込むことが多く寡黙になる人が多いと言うけど、俺の場合は逆で常に同乗者がいた。そのせいか、この手の独り言が多くなったように思う。

 手始めに、手近な敵個体バグをまとめて六体、視線誘導で補足。照準の追尾が行われたことを確認。


「――っ!」


 斉射。

 ばらばらな向きを与えられた砲口からは雷光がほとばしるのが見て取れ、同時に爆発音じみた射撃音が多重に轟く。

 同時、反動リコイルにより機体の挙動が乱れることを予期し身構えていたら、予想外にそれは少ない。砲身のマウント部分に、サスペンションなりが仕込まれていたのだろう。クセの無い機体の挙動といい、急造の追加ユニットとは思えない。


「いい仕事だよ、テツさん……!」


 果たして放たれた砲弾は、その尽くが目標に命中。それぞれ一撃のもとに、躰体を破砕した。

 威力は中の中と言ったけど、それは定格出力での話。普通のリムと比較すれば許容量キャパシティも底無しのアンダイナスが用いることを想定して、出力も引き上げられていたんだろう。

 もちろん、普通そんなことをすれば砲身の寿命を大幅に削る。使い捨てを前提とした、大胆な調整が施されている。おまけに連射も効く。

 手数の多さと威力を盾に、前進は止まらない。視線誘導で照準を合わせた端から、半ば反射的にトリガーを引く。

 砕かれたフレームと装甲が舞い上がり、疾走するこちらの前面に降り注ぐ。おまけに大量のバグの行進は、乾燥した地面を踏み荒らして土煙を上げ、視界が悪い。

 それでも速度は落とさず、手も足も出せない進路上のバグをひたすら蹂躙し続ける。結果として俯瞰で見た索敵マップに描かれるのは、壁のように密集した敵集団が一直線に削り取られている様だ。


『未確認機、敵前線に吶喊とっかん!』

『……すげぇ。なんなんだ、あれ』

『ぼさっと見てる場合か! すぐに穴は塞がるぞ、攻撃再開! 押し止めろ!!』

『あいつ、一機でもう五十体は食いやがったぞ』

本部HQ! 追跡トラッキングしろ!』


 キャスティ経由で横流しされた戦時リンク音声通信から、FSTO側の声が耳に届く。その声の半数は驚愕交じりで、目論見通り今の姿ハリボテを印象づけることには成功したらしい。だが。


 ――警告:増設Additional推進BoosterユニットUnit:残少

 ――通知:加速可能時間:5秒


 予定より早めに稼働させた為か、使い捨てブースターの稼働限界時間が差し迫っていた。既に出力は不安定になり、漸減ぜんげん的に速度が落ちているのがわかる。

 ただ、ここまでの稼働時間は三十秒近い。敵陣の密集地域も、既に七割くらいの位置!には食い込めている。追加ユニットまで含めたアンダイナスの総重量は元の二倍はあるから、むしろよくここまで保ったものだと思う。

 ただ、一つ気になる。


 ――簡単すぎやしないか。


 気にしすぎなのかも知れない。ただ、倒しやすい個体ばかりが、作為的に密集地帯に配置されている、と考えられはしないか。


「キャス」

『はいよん。なーにー?』


 声を掛ければ、キャスが即座に応答する。俺と違って思考接続のみで操機をこなす彼女にとって、ただ突っ立ったままバグを片っ端から撃つことなど朝飯前なのだろう。


「バグの分布図とか、横流しできたりしない? 構成が偏り過ぎてる気がする」

『いーとこ気が付いたねー。こっちでも、ちょーっと話題になってたんだよねー』


 さすがに仕事が早い。ほとんど間を置かずに、FSTO側で取得したという索敵マップが送信されてくる。各種センサーの結果に、目視観測を組み合わせ精度を高めたものだという。

 注視しないでも一目で分かる。クラス2と3が綺麗に選別されている。前線はクラス2の雑魚ばかり、という感覚は決して間違いでは無かった。


司令部HQの方はー、雑魚で消耗させてから、主力投入で潰すつもりかーって言ってる』

「まあ、そう見えなくも無い……けど」


 何か引っ掛かる。

 大体、索敵結果を見ればその程度の思惑は、すぐに見破られるに決まってるのだ。裏に控えているのが、これまで見てきたバグの組織行動を指揮した者と同じなら、こんな見え見えの事……。


「……キャス。そういや、センサー類の異常とかって今回は?」

『無いねー。念のため目視観測したみたいだけどー、ほぼ誤差無しみたいー』

「今更になって出し惜しみか?」

『数が多いからー、演算能力リソース不足で使えないとかー?』


 なるほど、それも一理あると思う。電脳人バイナルやバグが持つ演算能力の上限がどれほどかは知らないけど、過去の例に比べてもここで稼働するリムやバグの数は桁違いだ。

 ただ、それならそれで困ったこともある。


「それじゃ、まだ位置は掴めてない、ってことか」

『兆候無しじゃー、当たりも付けられないもーん』


 困ったことに、勢い勇んで突撃を仕掛けはしたものの、本命エミィの正確な所在は未だ掴めていない。そして、それはFSTOも事情は同じ。

 彼らは彼らで、雑魚の討伐が済み次第周辺に散開、人海戦術で補足するつもりらしい。ただ、こちらは自由に動けるのは俺一人。

 それでも、論理改竄の形跡が発見できれば、そこからミツフサと同じ要領で補足できるだろう……と考えていたのだけど、甘かった。


「にしても、何も無いってのは妙じゃないか」

『考えすぎじゃなーい? 大体これってさー、ボンボンの話じゃエミィちゃん討たせるためのー、八百長なんでしょー?』


 本当にそれだけか。

 前線構築が意図的にされたものは明白だ。その上、情報改竄を使われた形跡はなく、労せずに侵攻は押し止められている。

 ここまでの全てが仕込みと仮定すれば、何が最も効果的か。今までの経験を思い出す。待ち伏せ、伏兵とあったそれらは、全て本命を隠すために行われてきたことだ。


 ――本命を、最も簡単に接近させるには、どこに隠すべきだ。


 ぞくりとした。

 本能的に、左右に素早く目を遣る。右側面、破砕され今も中を舞う残骸と土煙の中、それが見えた。

 青白くぎらつく光刃。忘れもしない、細身の悪魔。


「そういうことかよ……!」


 回頭し、射程に収めようとするが間に合わない。跳躍した瘦せぎすなフレームは、幾度も行く手を阻んでくれたマントデアカマキリ。横滑りしつつ回避、離脱しようとしたところで、機体を衝撃が貫く。

 八本足に振動ブレードを備えたアラーネアクモだった。鋭く攻撃的な造形のそれが、追加ユニット側の後ろ足を貫く。右には、回避したと思っていたマントデアが両腕の鎌を振り上げて迫っている。


「ユニットパージ!」


 音声コマンドにより、追加ユニットとの接合部ジョイントが解除。走行時の慣性を引き摺り、アンダイナスがすっぽ抜ける形で分離。

 接地したままの前腕でさらに地面を突き飛ばし、次いで今まで追加ユニット内に納められていた本来の後脚が大地を踏み締めた。普段よりも制動距離が長いのは、分離後も常設ブースター側面に残存した増槽プロペラントと、出立前にソウテツから伝え聞いていた追加装備のせいだろう。

 背後、置き去りにされた追加ユニットにマントデアとアラーネアが殺到し、ものの数秒も経たないうちにそれはただの金属塊に切断された。


「くそっ、結構気に入ってたんだぞ、それ……!」


 いつぞやのドリフトのように、左腕を突いたまま支点として反転。右腕は既に砲撃モードへの転換を果たしている。十メートルに満たない距離、照準を外す要素は何も無い。


「砕けろ!」


 破壊されたユニットを巻き込みつつ、放った砲弾が二体をがらくたへと変えた。名残り惜しいが、既に役目は果たしたものと思っておこう、と心中でソウテツに感謝する。

 気を取り直して、針路を戻す。急いでここを突破する必要がある。


「キャス! 前線のバグ集団に、クラス3が浸透してきてる! ご丁寧に論理迷彩ロジカルステルス済み……!」


 やはりというか、全ては仕込みの内だった。何が八百長だ。こいつら、あわよくばこっちを全滅させるつもりで構えている。

 敢えて密集させたのも、このためだなんだろう。もしかしたら、敵前線の配置図が出て来たところまでも織り込み済みなのかもしれない。でなければ、タイミングが良すぎる。


「やつらクラス2を盾にして、」


 突撃させるつもりだ、と続けようとしたその時。


 ――繧a縺ヲ逞帙>諤悶>縺薙%縺ッ菴募縺顔宛縺輔s縺頑ッ阪&繧灘ォ後□蜃コ縺励※繧ク繝・繝シ繝医←縺薙↓螻k縺ョ豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺#繧√s縺ェ縺輔>險ア縺励※蟶ー繧翫◆縺ァ√菴薙r霑斐@縺ヲッ!


 それ・・は、唐突に起こった。


 ◆◆◆


 アンダイナスが発狂した。そう思った。

 狂ったように明滅する操縦席コントロールシート各部のインジケーター、前面パネルの表示はノイズが走り使い物にならず、紋切り型の報告ばかりの思考接続は意味消失し、四肢が出鱈目な動きをしているのだろう身体は振り回され、音声出力可能な全ての機器がホワイトノイズを百万倍も強力にしたような金切り声を上げる。


「かはっ……」


 視界が効かない中、自分の意志とは無関係に動く機体に振り回されるのは、暗闇の中で乗るジェットコースターよりも尚酷い。固定されていない頭がシートのヘッドレストに勢いよく打ち付けられたと思ったら今度は前に倒され、何時の間にかハーネスは外されていて強かに操縦コントロールスティックに額を打ち付ける。

 痛みとともに視界に火花が散り、何とか顔を上げ、そこに。


 見覚えの有る白いノースリーブのワンピース。

 黒髪を顎の下辺りで切り揃えたショートボブ。

 切れ長の吊り目がちな茶色の瞳。

 怯えたような、痛みを堪えるような表情。


「エミィ……!?」


 反射的に手を伸ばし、しかしその時には姿は無い。明滅するコンソール、ノイズだらけのディスプレイ、狂ったように動く機体、そしてがなり立てるノイズ。


 ――悲鳴、……ッ!?


 何故そう思ったのか、自分でもわからない。脳髄どころか脳幹まで侵すその音は、確かに機械音声のそれでしか無いはずなのに、わずかな抑揚と揺らぎがどうしてもそう聞こえた。

 これがもし、ミツフサでサツキが聞いたものと同じなら。


 ――感知機器センサーオフ。 隣接する受電ユニットハニカムセルを強制切断、外部接続を有線のみに変更、機体設定プロファイル単独機動スタンドアローンへ。定義再構成イニシャライズ


 思考接続で機体制御ファームウェア最下層ローレベルに接続し、矢継ぎ早に指示を出す。今行った操作は、アンダイナスの各種外部接続を強制的に切断するためのものだ。お陰でセンサー類を含む外部通信が一時的に使用不可能となったけど、背に腹は代えられない。

 しかし、機体に変化は無い。


「なんで、だ……!」


 接続は全て絶ったはずだ。これ以外にも侵入経路があるとは……。

 いや。


 ――エミィの正体は、電脳人バイナルが作り出した情報操作型の論理兵器だろう。認知同調型コヒーレント・パッケージ、その発展系として作り出されたものと考えて間違いない。


「思考接続か!」


 動き回る機体のお陰で全く落ち着かない中、急ぎシートに座り直し、タッチパネルを操作する。ここだけは独立した系統だからか、操作が効いてくれる。

 最上位権限での特権コマンドを呼び出す。あった。思考制御続器シン=コネクト

 停止を指示、同時に機体側から依存するプロセスが軒並みキルされると警告。構わずに実行YESを三回連続で連打する。

 僅かな時間を挟み、機体が静止。次いで、照明を含む光源が一瞬消え、正常に稼働を開始。ディスプレイがようやくまともな視界を得て、がなり立てていたノイズが止まる。

 かなりの荒技を使ったけど、何とかなったらしい。回復した視界を確認、腕に纏わり付いていたロパリデカメムシを視認。狒角ヒカクをマウントして切り払う。


 「被害状況は」


 ――確認:左部増槽プロペラント:破損:切離パージ

 ――確認:右腕マニピュレータ:一部信号途絶:迂回路パイパス設定イニシャライズ

 ――確認:機体各部アクチュエーター:正常稼働

 ――確認:外部装甲側兵装オプショナル:正常稼働

 ――確認:素体固定兵装ビルトイン:正常稼働

 ――確認:主受電装置LCIPRU:正常稼働

 ――確認:副受電装置ハニカムセル:一部不調:除染スクリーニング

 ――確認:二重化構造体フォルトトレランス制御:停止


 次々と、健全性確認ヘルスチェックの結果が寄越される。見た限りだと致命的な被害は無いようだけど、増槽プロペラントが片方潰されたのはそれなりに痛い。推進剤は使いどころも多く、残量が多いに越したことは無い。対して、二重化構造体フォルトトレランスの停止は思考接続を切った事によるものだろう。構うことはない、アンダイナスが破壊されたら俺も同時にお陀仏だ。

 タッチパネルと操縦コントロールスティックを使用して、その場を離脱しつつ周囲の状況を確認すれば、辺りは狂乱の只中にあった。

 互いを攻撃し合うアラーネアとポルセリオ、スカラベイデがその巻き添えで細切れと化す。一方では一心不乱に足元のシルフィデを踏み潰そうと地団駄を踏むファスマトーデと、肢に絡みつくサイサノプテラが見える。棒立ちとなったもの、右往左往するもの、自身の制御すら覚束無いのか、脚部の振動ブレードを稼働させたままのアラーネアが地面を抉って砂塵を撒き散らし、その中を蠢くアルモルファが岩に齧り付いてはのたうち回る。


「……見境無しかよ」


 突然顕現した狂気の原因に思い当たるものと言えば、先ほど発生したアンダイナスの異常と源を同じくするものだろう。論理攻撃ロジカルアタック。その範囲は周囲一帯に及んだらしく、狂騒は背後のFSTOがいた辺りからも届く。

 しかし妙なのは、バグ集団の前線が押し上げられようとした瞬間に起きたことだ。そんなことをしたら、周到に行った仕込みも台無しになる。

 意図が全く読めない。ただ一つ分かっているのは、起きた混乱の大本を断たなければ混乱は広がる一方であること。


 最早、一刻の猶予も無い。事態を収束させるためにも。


 ここから先は、いち早く目標を発見出来るかの時間との勝負。それも、情報改竄が明らかとなった今はセンサー類は何も役に立たない、目と推理だけが頼りの隠れん坊だ。

 おまけに、捜索範囲は十数キロメートル四方はある。無策で探し回っても、時間切れでゲームオーバー。分が悪いことこの上無い。


「なんつークソゲーだよ、まったく……!」


 頼りにしていたキャスティは、鉄火場の真っ只中だ。直接位置の特定が出来なければ、他の手掛かりを頼りに捜索しなければならない。その手掛かりはあるか、と言われれば、笑ってしまうほどに無い。

 この広大な土地の中で独り、あてもなく彷徨う。それはまるで。


「……エミィに会った日と、同じだな」


 訳も分からず放り出された、この身も知らぬ世界で、みっともなく家に帰せと喚いたあの日。

 不慣れな服と靴で、荒れ地を彷徨った挙げ句に死にかけたあの日。

 日も暮れた中、二人で元の居場所に戻ると、そのために協力すると誓ったあの日。

 思い出せば遠い昔のような気さえしてくる。たかが三ヶ月、それだけの間で俺の世界は目まぐるしく変わった。

 生まれ育った街と家族は虚像。旅の道連れは仕組まれた生贄。そして。


 寄る辺の無い身の上は、それでも二人揃って何ら変わることが無い。


 馬鹿にしてる。

 自分本位な理由で、よくもそんなに好き勝手に人のことを弄んでくれるものだ。

 なら、せめて。そんな理不尽極まりない世界に対するささやかな反抗として。


 ――あいつを救い出してやるくらい、許してくれてもいいだろう。


 そうして辿り着いたのは、今なお大地に残る爪痕。

 放射状にえぐれた地面。高速の質量弾が薙いだ時に特有の痕跡。

 今となっては懐かしい三ヶ月前、この地で目覚め、エミィと初めて会ったときのものだ。一人生身で彷徨った、岩混じりの歩きにくい地表と、体を動かす度に纏わり付く青いツナギ。肩に食い込むライフルのストラップ。懐かしいのに、鮮明な記憶。

 そして。


「――見付けた」


 探し求めた物が、そこにあった。

 忘れようとも忘れられない荒涼とした岩混じりの平地に、三ヶ月前には無かったものが有る。

 極めて降雨量の少ない気候のためか、未だにはっきりと残る四足歩行の足跡と、並行に同じく真っ直ぐに伸びる、さらに巨大な何かが残した真新しい足跡。


「……プロファイル、照合。環境シミュレート、推測範囲での痕跡の経過時間を算出」


 ――照合:適合

 ――演算:経過時間:72時間以内


 間違い無かった。これ・・こそが、あいつエミィに至る足跡。

 そして、ここに至って確信したことが一つある。

 エミィは、今も自分を保っている。そして、多分だけど、必死に抗っている。


 根拠は少ない。状況証拠を重ねた上に仮定を被せた、推論よりも勘に近いものだ。

 だけど、違和感があった。電脳人バイナルの思惑が存在感の誇示とエヒトの幕引きであれば。

 何故、生存者は出たのか。そして、わざわざ人類生存可能圏から外れた、このレドハルト丘陵を戦場に選んだのか。

 どちらも、彼らの目的からすれば余分なものだ。自分たち以外の存在を斟酌しない電脳人バイナルが、今更のように博愛精神に目覚めたなんて考えられない。

 さらに言えば、先ほどの総攻撃の直後に発生した論理攻撃ロジカルアタックだ。あのタイミングで見境無しにそんなことをすれば、仕込んだ伏兵も何もかもが無駄になる。攻撃として考えれば、全く意味が分からない。けど、これがエミィの意図したものだとしたら。


 同じことを言おう。確信は無い。この足跡が、彼女の意思によるものだって確たる証拠も無い。

 ただ、それでも。


お前エミィなら、そうする。そうだろ、お人好し」


 無関係な人間を巻き込むこと、それは最もあいつが忌避していたことだ。それが故に、サツキと友達になることが遅くなってしまったと嘆いていたのは、他ならぬあいつだ。

 伊達に三ヶ月も、言葉通り片時も離れず一緒にいたわけじゃない。この世で誰よりも、俺が理解しているという自負がある。

 足跡の先を見る。起伏の少ない丘陵地帯の中に目立つ小高い丘と、その斜面にぽっかりと開いた真四角のトンネルとして、視界の奥に現れていた。


 始まりの場所だ。

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