断章.「消失記録-ワイプアウト・レポート」
・資料番号 B-T331
Weekly Shirahama 通算1547号(注1)
『エヒト災厄から五年目に見る、開拓村の脆さ』
各所を騒がせた、ミツフサ開拓村のIMC襲撃から、本稿執筆時点で一週間が過ぎている。本来ならばこの手の話題は、調査により時間をかけてこそ記すべきものであるが、しかし今こそ書かねばなるまいという思いで寄稿させていただく。
さて、エヒト以来となる甚大な蝗害であった。死者21名、行方不明者106名、重軽傷者17名。この際の行方不明者とは、つまり身元不明の遺体との照合がまだ出来ていない被害者のことを多分に含むため、大多数が死者として計上するべきであろう。
謎の多い事件である。生存者に対する聴取に細心の配慮が必要なことに加え、現地被害のあまりの大きさに、検視も進んでいないと聞く。
当局の発表に依れば、被害はミツフサ開拓村のほぼ全域で発生したとのことである。しかし、記録によればミツフサは入植時、大規模な河川工事によって被害の分散化が図られた構造を取っているはずであり、全域での被害ともなれば何らかの人災、特に設計の瑕疵が疑われるところだ。
筆者は極秘ながら、現地で危難を免れた人物とコンタクトを取ることが出来た。
本人のプライバシー保護のため子細は伏せるが、そこで得た発言によれば、被害は当初ミツフサの北部域に集中していたとのことである。だが、何らかの構造的欠陥(それが何に由来するか、推察に値する情報は得られなかったが)により、緊急時に南北を繋ぐ第一から第三までの橋を破壊してIMCの侵入を防ぐはずが、第二以外はその機構が動作しなかったとのことである。
さらには、北部からの侵入を防ぐための戦力は、当時大規模な軍事作戦のため警備群の一個小隊のほか、民間武装戦力計七個小隊分が駐留していたにも拘わらず、五機を残して全滅していたという。それにより、避難者の脱出が遅れたところに別のIMC群が現れ、このような大惨事を引き起こした、というのがこの事件の顛末だ。
これについては不幸な偶然と見ることも出来るが、筆者は異議を唱えたい。表1として、各中核都市、衛星都市、開拓村の防衛戦力に対する予算配分を示した。これによれば、トキハマにおいては中核都市の防衛予算に対し、開拓村の予算は一割にも満たない。エヒトの一件では、中核都市以外の各居住域も甚大な被害を受けた、その教訓があってこの有様では、お粗末に過ぎるというものだ。
住民は、如何なる場所に於いても一定の安心材料を第一に望んでいる。拙速な開拓村の入植よりも、まずは市民の安全を顧みることが必要ではないか。
まずは本稿を連載一回目として、二回目以降はこれまでの入植行政についての問題点を論じたい。
(注1)同冊子は、発売前に当局重要機密を含む懸念ありのため、発行差し止め。当該資料は、発行前のゲラ版となる。
◆◆◆
・資料番号 C-V245
(参考資料)非公式聴取記録0831-1
聴取人 IMC対策管理局 成績管理部次長 イサ・サダトキ(以後、聴と表記)
立会人 IMC対策管理局 協力民間戦力 リーナス・ダスラッシュ(以後、立と表記)
参考人 A(編集者注・参考人は未成年者かつ、当該事件被害者のため、記録上匿名として扱う)
聴「待たせたね、呼び出してすまない」
A「いえ(数秒沈黙)その、そんなに待ってませんから。大丈夫です」
聴「そうは言ってもね、諸々事情はあるにせよ、無理を言って来てもらってるからね。お茶はどうかな、今ならヒトツバラ原産の新茶が」
A「結構です。お気遣い、ありがとうございます」
聴「(嘆息)まあ、聴取とは言っても非公式なものだからね、あまり堅くならないでほしい。こちらとしても状況把握に努めたいところなんだけど、なかなか情報が上がってこなくてね。知人という立場を利用してこのようなことをするのは申し訳ないが」
A「構いません。あたしも、知りたいこと、ありますから」
聴「うん、ならこの場は情報共有会としようか。こちらで話せることなら教えよう。形式上は聴取だから、(削除)ちゃんから話を聞いてからになるけどね」
A「わかりました。(数秒沈黙)何から話せばいいですか?」
聴「ああ、その前に。この宣誓だけ聞いてほしい。『この聴取は非公式であり、関係者内の情報認識のみを目的とし、この場において如何なる発言も証拠能力を有しない。また、発言者の如何なる言論にも法的責任は発生しない』。まあ何言ってもいいよってこと、だから調書にもサインは不要さ」
A「ここで極左的革命思想を高らかに宣言してもいい、ってことですか?」
聴「いいけど、僕の精神衛生上はご遠慮願いたいかなあ」
(編集者注・トキハマの政治形態は象徴君主制民主主義)
A「冗談です」
聴「うん、まあ気楽にね。内容が内容だから、そうもいかないかもしれないけどね。さて、それじゃ早速だけど、君はあの時ミツフサ開拓村のどこにいたのかな」
A「(数秒沈黙)私がいたのは、駐機場に設営された、発令所のテントでした」
聴「そこで、何をしてたのかな」
A「色々です、雑用みたいな」
聴「確か、従軍ボランティアだったね。懐かしいな、今でもやってるんだねえ。僕の時は農業ボランティアを選択したよ」
A「軍関係だと、ボランティアでも危険手当は出ますから。それに、お兄、兄も参加していたので、ちょうどいいかな、って」
聴「なるほど。じゃあ、もう少し具体的に。ボランティア、雑用と言っても、運営には携わっていたわけだね。君が主にやっていたことは?」
A「(数秒沈黙)主に、って言われても。本当に色々です。お茶出しとか、ご飯配ったりとか、休憩中の通信番とか」
聴「通信番ということは、他の基地からの通信を取り次いだり?」
A「いえ、大事な通信は、みんな発令所の、隊長さん? に、直接回ってました。通信機に来るのは、外に出てたバグハンターの人たちとか」
聴「通信で話したのは、取り次ぎについてだけかな」
A「(数秒沈黙)知り合い、いましたから。リーナスさんとも世間話くらいはしましたし」
聴「リーナスと? 意外だね」
立「余計なお世話だ」
聴「リーナス以外には?」
A「あとは、(削除)とか?」
聴「(削除)君と仲が良いなら、(削除)さんとも話していたんじゃないかな」
A「知ってるんですか?」
聴「ああ、知っているとも。君のご実家で面識を得る機会があってね」
A「そう、ですか。あの子、あんまり人と話したりしなさそうだから」
聴「確かにね、(削除)君とべったりな印象はある」
A「だから、嬉しかったんです。私のこと、友達だって」
聴「襲撃の直前にも話していたようだね」
A「(数秒沈黙)はい。もうすぐ戻るって言ってました」
聴「その時、何かおかしなことは無かったかな」
A「話してる最中に、通信が途切れ途切れになったり、とか」
聴「その時、他の人たちとの通信は?」
A「外に出てたの、(削除)達だけでしたから。リーナスさんも一緒でしたよね」
立「ああ」
A「あ、でも」
聴「何かな」
A「隊長さんがテントにいたんですけど、普通に通信で話してました。だから、たぶん、私と(削除)だけだったのかも」
聴「なるほど。それで、襲撃があったのは、その途切れ途切れの通信からどれくらい後だったか、憶えているかい?」
A「(数秒沈黙)たぶん、通信が変になったのと、同じくらいだったはずです」
聴「そう考える理由は、あるかな?」
A「通信が完全に切れるのと、同じくらいに隊長さんが怖い顔してテントから出て行って、そのすぐ後に、リムが十機、くらいかな、橋に向かって行ったんです」
聴「確かに、それが迎撃に向かったものと考えると辻褄は合うね」
A「あとは、雨がすごくてよくは聞こえなかったんですけど。悲鳴、みたいな、すごい声が」
聴「悲鳴?」
A「本当に悲鳴だったのかは、わかりません。ただ、人の声にはどうしても聞こえないのに、何でか声だって、わかって、あ、あたし」
立「(椅子から立ち上がった模様)落ち着け。おい、サダトキ」
聴「ああ。すまないね、一旦休憩しよう。誰か、医務室へ」
(編集者注・その後、二度の休憩を挟み聴取が行われたが、特筆すべき項目無しのため以降は割愛する)
◆◆◆
・資料番号 A-O24
当該事案に於ける警備軍実働タイムライン
注・本記録における時刻表期は、トキハマローカルタイムサーバ標準時刻を前提とする。
8月20日
グリロイデ型IMC掃討作戦初日。配備戦力、衛星都市サギヌマにおいて二個中隊、ヒトツバラ開拓村三個中隊、フタミ二個中隊、ミツフサ一個小隊および調達民間戦力二個中隊相当、ヨツギ二個大隊。
以降、ヨツギ開拓村駐留戦力により作戦区域の掃討作戦実施。発見数37、討伐数32、損耗人員2。
8月21日
掃討作戦二日目。
発見数26、討伐数同上、損耗人員3。
なお、当日作戦伝達不備により、損耗人員内1名についてはKIA。
IMC対策局長より入電。情報伝達、および連携の緊密化について作戦部長より訓示。
8月22日
掃討作戦三日目。
発見数16、討伐数同上、損耗人員1。
事も無し。
8月23日 1653
ミツフサ開拓村より入電。避難警戒ライン一部センサーポッドについて障害発生。
同 1658
作戦本部より、ミツフサ駐留小隊『クライムドッグ』に対し、当該事象の調査および対応を伝達。
同 1700
『クライムドッグ』現地発。
同 1713
連絡途絶。
同 1718
近隣展開中の民間武装戦力、個体識別名『アッシュ』、『ザルマン』、『アンダイナス』に対し、追調査依頼。本件の対応費用についてはIMC管理局設備部設備課付とする。
同 1724
連絡途絶。
同 1726
ミツフサ開拓村より入電。現地北部において大規模なIMC襲撃を感知。
同 1727
ヨツギ開拓村における作戦の中断を伝達、当該戦力による救援部隊編成。
(編集者注・ヨツギ開拓村からミツフサ開拓村へは直線距離で25キロメートルあり、戦闘用リムの巡航速度で20分強を要する)
同 1730
ミツフサ開拓村より入電。防衛設備の非稼働を報告。
(編集者注・防衛設備とは、開拓村南北を連結する橋の爆破機構を指すものと推察)
同 1732
ミツフサ開拓村より入電。現地残存戦力、内10機がミツフサ北側での交戦により大破。以降、橋梁部への戦力集中、および防衛戦に移行すると報告。
同 1735
ミツフサ開拓村より入電。現地残存戦力について5機と報告。
同、ミツフサ北側において戦闘音感知との報告。帰投した『クライムドッグ』小隊、民間戦力『アッシュ』、同『ザルマン』、同『アンダイナス』のいずれかである可能性を示唆。
同 1736
ミツフサ開拓村より入電。合流した戦力について、民間戦力『アッシュ』、同『ザルマン』、同『アンダイナス』であるとの報告。
合流戦力と協働し、橋梁の破壊を実施すると報告。
同 1738
ミツフサ開拓村より入電。橋梁破壊に成功、退避開始と報告。
(編集者注・現地戦力の如何様な手段で橋梁の破壊を敢行したかについては詳細不明)
同 1740
現地連絡途絶。
同 1756
救援部隊、現地到着。生存者捜索開始。残存戦力の『アッシュ』搭乗者、リーナス・ダスラッシュに対し、経緯説明を要請。
なお、現地のIMCは尽くが熱量兵器または類する機構により破壊されていることを確認。
同 1930
生存者捜索中断。重軽傷者含め20名を保護。
8月24日
警備軍査察部、およびIMC対策管理局事故調査委員会、現地入り。
以後の調査はIMC対策管理局主幹とし、当該資料について引き継ぎを実施。
◆◆◆
・資料番号 A-V142
現地輸送リム 個体識別名『ゴウテン』音声ブラックボックス文章化記録
「助けが来たって」
「駐留軍? それともヒトツバラの?」
「随分早いな、一時間はこのままだと思った」
「ヒトツバラにいる姪っ子がさ、最近結婚するって話で」
「戻ってきたら贈り物考えないとねえ」
「お、あれか。あんな白いの、いたか?」
「あれじゃないか、噂のシルバーなんちゃら」
「いるもんか、こんなとこに」
「出すぞー、全員掴まってくれ」
「どこまで行くんだよ。刈り入れ、来週なんだけど」
「それどころじゃないだろ」
「参ったな、売り上げ見込んでリムのアタッチメント発注しちまってるんだ」
「気が早いな、お宅の旦那」
「少しは貯金しろって言ってんだけどねぇ」
「おい、なんだありゃ」
「え」「まま、おしっこー」「うそ、こんなとこに」「なになにー、おっきー」「おい、逃げろ、兵隊がいるとこ
(編集者注・以降、3分54秒音声途絶。本体損壊による電力断および自己電力回復が行われたものと推察)
「ああああああ、ぎいいいいあああああぁぁぁ」「やめて、この子は、この子は」「ままー、ままー、ままー」「やめ、やめて、おなか」「いたいいたいいたいいいいいい」「おぶっ、はっ、うううう」「いやだ、来ないで、来ないで」「助けは、助け、助けて」「あ、あ、あ」
(編集者注・残存した物証により、当該時間においてグリロイデ型IMCによる捕食が行われたものと断定。なお、文章化担当者の作業拒否、および当該箇所以降は有意な資料性に乏しいことから起稿されていない。原本の音声データは、査察部記録アーカイブに問い合わせのこと)
◆◆◆
・資料番号 S-V246
非公式聴取記録0831-2
※特記事項 本資料は特級機密指定のため、参照の際は複製の上原本の所在を明らかにし、参照後は五重ビットオーバーライドにて厳重に削除を行うこと。
聴取人 IMC対策管理局 成績管理部次長 イサ・サダトキ(以後、聴と表記)
立会人 IMC対策管理局 協力民間戦力 リーナス・ダスラッシュ(以後、立と表記)
参考人 A(編集者注・参考人は未成年者かつ、当該事件被害者のため、記録上匿名として扱う)
聴「さて、長々とご苦労様。これで聴取は終わろうと思う」
A「はい。(数秒沈黙)いえ、あの」
聴「何か?」
A「いいんですか? その、一番肝心なこと、話してないんじゃ」
聴「(数秒沈黙)正直なところを言えば、聞いておきたいところではあるね。でも、いいのかい? 一番辛いことを思い出すことになる」
A「大丈夫です。それに、吐き出しておかないと、あたしの気が狂いそうで」
聴「(数秒沈黙)わかった、聴こう。(削除)君が合流して、橋を落としたところまでは話してくれたんだったね」
A「はい。(数秒沈黙)たぶん、みんな浮かれてたんだと思います。これで逃げられる、って。だから、あの細長い、」
立「ファスマトーデか」
A「そう、そのファスマトーデ、大きくて目立つはずなのに、近くに来るまで誰も気付かなくって」
聴「ふむ。しかし、仮にも戦闘用リムが数機いたというのに接近に気付かないのも妙な話だね」
A「そうなんですか? そんなにレーダーってはっきり分かるものなんですか?」
聴「少なくとも、クラス3相手に全く検知しないなんてことは無いはずだね。そんな欠陥ばかりだったら、今の倍以上のバグハンターが死んでいるところだ。ああ、いやすまない、脱線した」
A「いえ。それで、不意打ちみたいに、先頭にいた輸送用のリムが壊されました。あたしが乗ってたリムは、お兄、いえ、兄が操縦してたんですけど、それを見てすぐに引き返して」
立「(削除)らしいな」
A「でも、すぐ追い付かれました。落ちた、と思ったら、いきなり、天井が押し潰されてました。あたしは一瞬、気を失ってて。気付いたら、兄が逃げろって」
聴「お兄さんは、その時はまだ?」
A「生きてました、けど。(数秒沈黙)身体の右側が、押し潰されてて。あたしはドアの近くにいて、隙間があって、ドアが開けられて」
聴「そこから外に出れたんだね」
A「はい。(数秒沈黙)生き地獄って、ああいうのを言うんだと思います。みんな、食べられたり、潰されたり」
聴「大丈夫かい。辛かったらそれ以上は」
A「大丈夫です。兄が、(削除)に助けて貰えって、そう言われた気がします。だから、向こうにいるのが見えたから、走って、そしたら後ろの方で、潰れたり、大砲の音が聞こえたりして。兄は、たぶんその時に」
聴「(数秒沈黙)そう、か」
A「おかしいですよね、みんな、そんな酷いところ、見ないで良かったって。でも、その後の方が」
聴「その後?」
立「(削除)か。俺からは見えなかったが」
A「あたしの後ろを、あの人を食べるのがたくさん。それで、(削除)が外に出てきて、あたしを守ってくれて、そのまま食べられて。(数秒沈黙)すごいんです。足とか、腕とか、どんどん無くなって、頭が。(削除)の叫び声がして、あたしもう見たくないから、そっちを向いて」
聴「何て言っていたかは分かるかい?」
A「(削除)の名前を呼んだり、あとはお父さんとか、お母さんとか」
立「フラッシュバックか?」
聴「さあ。バイナルにもそんな症状があるかは見当も付かないけどね」
A「(数秒沈黙)あの」
聴「ああ、すまない。しかし、話を聞く限り君が生き残った理由がわからないな」
A「(数秒沈黙)言葉にすると、冗談みたいに聞こえちゃうんですけど」
聴「うん」
A「叫び声がいきなり消えて、そしたら、(削除)、でしたっけ、あのリムが開いて」
聴「開く? どういうことだい?」
A「ええと、そうとしか言えなくて。それで、いきなり光ったと思ったら、辺りにいたバグがみんな、動きを止めてました。(数秒沈黙)たぶん、これで全部です。気付いた時には、毛布を被せられて、ベッドの上で座ってました」
聴「(数秒沈黙)リーナス」
立「事実だ。こちらも同様の事象を確認している。大出力レーザーか、それに類するものではないか」
聴「まったく。規格外にも程がある」
A「(数秒沈黙)あれが、もっと早く動いてたら、みんな助かってたかも、って」
聴「それは、何とも言えないところだね」
A「ごめんなさい、わかってます。たぶん、あたしの運が良かっただけだと思います」
聴「いや、君が被害者であることには変わりは無いよ。ありがとう、よく話してくれた」
立「辛いことをさせたな。この男には後できつく言っておこう」
A「いえ、本当に大丈夫ですから。ようやく、これで泣けそうな気がしますから」
聴「それで、だ。君が言っていた、知りたいこととやらについてだけどね」
A「はい。(数秒沈黙)あの後、(削除)がどうなったか、教えてもらえませんか」
聴「それはまた、意外なことを聞くね」
A「だって、誰に聞いても、(削除)のことも、(削除)のことも、知らないって言われるんです。まるで、あたしだけが見てた幻みたいで」
聴「気持ちはわかるけど、そうだね、正直に言えばまだ僕の方でもわからないんだ。期待に添えないで申し訳ない」
A「そう、ですか」
聴「補足すれば、警備軍の救援部隊が到着するまでの間に、(削除)という名のリムごと姿を消していたそうだ。その後の足取りは掴めていない。リーナス、君の方がその辺は詳しいんじゃないか?」
立「俺の方も、対岸に渡るために大きく迂回せざるを得なかったからな。目を離した隙に、というには時間が空きすぎている」
聴「役に立たないねぇ」
立「その言葉、そっくり返させて貰う」
A「(数秒沈黙)あの、これ、あたしの邪推だったら申し訳ないんですけど」
聴「何かな?」
A「もしかして、みんな(削除)を疑ってませんか?」
聴「(数秒沈黙)また、何とも答えづらい」
立「はっきり言ってやればどうだ。このままでは落ち着かないだろう」
聴「簡単に言ってくれるね? (削除)ちゃん、もしそうだとして、君はどうするんだい? 復讐でもしようって気なのかな」
A「まさか。あたしはただ、話をしたいだけです」
聴「意外だね。君の立場なら、恨んでいてもおかしくないだろうに」
A「兄に、言われた気がするんです。誰も恨むな、って」
(編集者注・その後、参考人Aは退室。音声記録は続行)
聴「(嘆息)大変な宿題をもらった気分だよ」
立「諦めろ。今回の件は全てが裏目だ」
聴「裏目というか、裏を掻かれたというか。折角君を監視役に付けて誘い出しを掛けたつもりだったのに、こうもいいように事を動かされると自信を無くすね」
立「相手が悪かったとしか言えんな。どう見る」
聴「君の相方の見立てに、ほぼ相違ないだろうね。まさか懐に潜り込まれてるとは、思いもしなかった」
立「トラフィック無視、実態データ無しで送り込まれる情報操作、か。厄介だな。防ぎようも無いぞ、これは」
聴「君の相方でも発信元の探知が関の山だって? 発明したやつは掛け値なしの天才、かつ人間のくずだね」
立「表沙汰になった後が怖いな。間違いなくディッフェルマンの老人どもからは干渉がある」
聴「彼らにはうちも現物で借りがあるからねぇ。むげに断るわけにもいかないのが辛いね。せめて、(削除)君がまだ手の内なら遣りようもあるというのに」
立「死人に期待を掛けるな、流石に不謹慎だ」
聴「死人、ねぇ。ま、今はまだそうかな。いつまで死んだままなのやら」
立「(数秒沈黙)お前、この期に及んでまだ隠し球か」
聴「隠してたつもりはないよ、さっきの話で確信したところでね。ともかく、あれについて生体人の中で一番詳しいのは、うちだよ。近々、コンタクトを試みよう」
立「碌でなしばかりだな、まったく」
聴「そうでなければ生き残れないのさ。度し難いというのは、我が身ながら同感、おっと。録音を切ってなかった」
立「いいのか? 確か記録はライトワンスだったはずだが」
聴「構いやしないさ。どうせこの程度の情報、時間さえかければ奴らは容易く手に入れる。うちのアドバンテージは、最高の鮮度で入手できたことに尽きるね」
立「政治の世界には関わりたくないものだな。化かし合いで頭が痛くなりそうだ」
聴「だからこそ、取れる手段も増える。舐めたことをしでかしたからには、落とし前は付けて貰わないとね」
立「復讐を考えてるのはお前の方、か」
聴「親友をあんな目に遭わせておいて、のうのうとしていられるほど僕も人間性を腐らせたつもりは無くてね。まあ、今しばらく付き合ってもらうよ」
立「困ったスポンサー様だ」
聴「手駒には優秀なのがほしいところでね。リーナスも、正式にうちに就職したらどうだい?」
立「結構だ。大体、(削除)だったか? 俺よりも粒ぞろいの飼い犬ばかりらしいじゃないか」
聴「相当な極秘事項なんだけどね、それ。耳が早いというか、やっぱりうちに来ない?」
立「くどい」
(編集者注・音声データ終了)
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