第二章 Post Traumatic Stress Disorder
014.「一撃粉砕」
トキハマの南門を出て、農場として拓かれた区画を過ぎれば、海に沿って落葉樹が茂る森林地帯が広がる。ここから街道沿いに南下を続け、トキハマ傘下のサギハラ、コウヌマといった衛星都市を経由すれば、やがて中核都市ジャクリタの勢力圏内に辿り着く。
その間に経由する土地は割合肥沃なものだそうで、森林地帯はサギハラから南で一旦途切れるものの、広大な草原地帯やトキハマ南部よりもさらに大規模な熱帯雨林などバリエーションは豊かだそうだ。レドハルト丘陵とその手前のセントス山脈を境目としたトキハマ西方の岩石砂漠のような荒野と比較すると、存在するバグも小型の、比較的安全なものが多くなる。
このような傾向も、植生の改善が行われたからバグの種類がそれに合わせて変化している……って推測を元に、以前ゲンイチロウが話していた自然環境の回復をバグが担っているって説の根拠になっているそうだ。
とはいえ、生身の人間相手ではクラス1のバグだって十分な驚異だ。クラス2が人里に現れでもしたら、自衛用のリムが無ければ村が壊滅しかねない。
それもあってトキハマ南方からのエリアは、駆け出しの
「つまり、俺のゲームスタート地点は高レベル向けエリアだったわけで」
『レベルとは?』
「何でもない、こっちの話」
そして今、鉄火場のようだった西方の荒野とは打って変わったそんな土地で、俺はアンダイナスを木々の間を縫うように姿勢を低くして待機させている。
『ユート。三時方向、距離100メートル弱。
「出たか! よし、仕留める!」
森林地帯では、
手早く左手側のタッチパネルを操作、右腕の砲撃モードを選択する。モード変更が終われば、後は照準とトリガーだ。熟練者向けの設定だと、視界とは別に動くレティクルを右手側スティックの親指付近に付いてるサブスティックで操作することも出来るけど、まだまだ操作に慣れていない俺は視界連動型。
ヘッドマウントディスプレイの中の視界を、センサーで確認した獲物の方向に向け、ズーム。視点が高いアンダイナスからは、重なった葉の陰で視認が難しい。ここでエミィの助け船、感知結果から予測される対象のイメージが表示に重なる。
司会中央の
予測位置に照準が重なり。
右手の人差し指が触れるトリガーを引く。
「あっ」
『お見事』
放った砲弾は狙いを違わずに命中。砲撃地点が丁度、生い茂る木の葉の切れ目となり、粉砕された残骸が飛び散るのが見えた。
……粉々だ。
「やっちまった……」
悔やむ声と共にHMDを跳ね上げ、前方の大型ディスプレイ越しに結果を見ても、映るものは何も変わっていない。ようやく見付けた獲物に対して
『手加減無しか下手くそかノーコンか! 何やってんだァ!』
そんな声が届く。声の主がいる方向に視界を合わせると、
『何度も言ってんだろうが!
「形を出来るだけ残す、だろ! 分かってるよ!」
都市外活動用に武装済みの輸送用リム操縦席から、身を乗り出して怒鳴るゲンイチロウが見えた。
◆◆◆
トキハマに辿り着いてから二ヶ月、怪我の完治からも一ヶ月と少しが過ぎた。
療養期間中に、トキハマでの活動の拠点として部屋を借り、リハビリにも欠かさず取り組んだ俺は、復帰して早々から
別に、トキハマにいる間アンダイナスを預けているゲンイチロウの実家、カドマ・ハンティング・ファクトリーも、保管料が相場と比べて高いわけじゃ無い。全体として、中核都市にリムを保管しておくこと自体が高く付くってだけだ。
そもそも蟲狩りを生業とする人間は、基本的に都市内で身体を落ち着けることがあまり多くなく、活動拠点は開拓村周辺や野営が多いから、リムを街の中に置いておくこと自体が少ない。ただ、俺は怪我の治療で長期間トキハマに居続けざるを得なかったもので、その期間の費用が後になってしっかりとのし掛かってきた、というわけだ。
「世知辛いなぁ、ほんと」
「全くだ。あーあ、バラッバラにしちまいやがってよ……。これで、6、いや7体目か」
輸送用の
今回ゲンイチロウが俺達の狩りに同行しているのは、元々の目的地が同じだったこともあるけど、その用事の合間に必要な素材集めをすることを目的に、代わりに仕留めたバグの残骸を輸送する脚(文字通りだ)を提供する、という取引の結果だ。まぁ、結果はこの通り芳しくないわけだけど。
「難しいんだよ、クラス1のバグを原形留めたまま仕留めるのは」
「難しいってお前、毎回毎回土手っ腹に命中させる方が難しいっての。
元は人の大きさほどもあった
先ほど俺が撃った砲弾は、胴体のほぼ中心に当たり、衝撃で着弾点を中心に見事なまでに身体を砕き切っていた。比較的大きい後肢は原形を留めているものの、華奢な前肢は身体と一緒に粉々の様相。
「つーかさ、なんで前肢なの? 買取値が高いのは後肢じゃない?」
「あのな、適材適所ってもんがあるんだよ。工具の部材にこんなでかいモノ使えるか?」
元が人間サイズのバッタだから、後肢は伸ばせば俺の肩まで届くほどの長さだ。確かにこれを手に持てるサイズの道具に使うのは無理だろうな。
「ゲンさんとこなら、バッタの前肢なんて速攻で手に入りそうなもんだけどなぁ」
「それがよ、意外と出回らねぇんだよ。めぼしい部位はそのまま天然物として使われるけどよ、他の部分は大抵再利用されて
バッタの前肢はかなり小さいから、そのまま使うよりはちゃんと用途に合わせて再加工されたモノの方が使い勝手はいいんだろう。そのまま使うことなんてまずない。
ちなみに、バッタの後ろ足は都市内での個人用リムを造る時の素材としてよく使われるらしい。元々そこらにいる個体な上に、人を積極的に狙うようなやつでもないから、狩りもし易く素材としては良く出回っているそうだ。
「そんな物が何だって必要なのさ」
「欲しいのは丁度こいつの前肢で使われてるくらいのアクチュエータなんだよ。火造りした後の粗研ぎをやらせる機械を作ろうと思っててよ。これくらいが出力も微調整の幅も用途に合う。マンメイドはどうにも精度が良くなくてな」
機械任せでいいのかサムライの魂。
「そんな横着したらテツさんが激怒しない?」
「親父発案なんだよ。勿論一点物は全部手作業で作るけどよ、それ以外に一定水準のクオリティで刀を大量生産出来ねぇかって。親父の方は素延べと火造りをやらせる槌打ち機をもう仕上げちまってる」
「そういうのって職人の経験と勘が大事なもんじゃないのかなぁ……」
「意外と優秀だぜ。工程を
機械に作らせた日本刀って時点でロマンが無い、と同時にそんなに大量に刀を作っても売れるのかどうか心配になったけど、それはとりあえず言わないでおく。そこは俺が心配することじゃ無いしな。
「で、どうする? もう少し粘る?」
「おう、頼むわ。つーかよ、せめて頭狙うとかもう少し出力落とすとか出来ねぇのか?」
「頭を狙うのは努力してみるけどさ、これでも弾は30mmにしてるし出力は最低レベルまで落としてるんだって。元は120mm用の砲身だし、コイルカノンだから規格に合わない弾も使えないわけじゃないけど、精度はどうしたって落ちる」
「だったら何で毎回ど真ん中に当ててんだっての……。しかし、そんだけデチューンしてこの威力か。つくづく恐ろしい機体だな」
当たれば一撃でクラス3のバグを仕留めるアンダイナスの主装備を無理矢理クラス1の狩りに使ってるんだから、器用に原型を留めたまま……なんて使い方にはどうしたって向かない。こと火器については、大は小を兼ねる、とはいかないわけだ。
「それじゃ、索敵再開するよ」
「はいよ。積み込みは任せときな」
地面まで下ろされていたアンダイナスの手のひらに飛び乗り、端末を操作して操縦席まで持ち上げるよう設定したスクリプトを呼び出す。
いつも乗り込むときはエミィが操作してくれるけど、これくらいは自分でも出来るようにはなった。日々成長、これ大事。
高さのある腹部操縦席の入口から、リムに乗り込んだゲンイチロウが、機体上部に備わったマニピュレータを操作して、開放式の荷台に仕留めた獲物を積み込むのが見える。スペース的に、あと1体、多くて2体が限度だろう。
それを確認して中に潜り込むと、定位置ではなく俺のシートの上で、手持ち無沙汰な様子で足をぶらぶらとさせるエミィがいた。
「もう少しだけ粘るってさ。出来れば頭部を狙ってほしいって」
「では、少し照準アルゴリズムを調整してみましょう。しかし、あまり傷をつけずにバグを仕留めるのは難儀しますね」
「大物なら胴体狙うだけで特に問題無いんだけど。まあ、仕方ないよ」
「それでも、今は的に当てられているだけ長足の進歩です」
「ほんとにな。最初はまともに当たらなかったもんなぁ」
身体が治ってから、エミィは俺に歩行以外の操作についても手ほどきしてくれていた。
で、やってみてまず思った。これ、歩行なんかよりもずっと難しい。
歩行の操作についてはこの際省くとして、アンダイナスの操作は実施する
これだけだと訳がわからないから、例えば、いつぞや俺の度肝を抜いたドリフトターンしながらの砲撃をやるための操作を行う、としよう。
必要な操作は、プリセットされた歩行中のドリフトターンの動作と、砲撃態勢への移行。これを左手のタッチパネルから選択、左手側にドリフト、右手は砲撃をセットして、いいタイミングでトリガーする。
すると、現在の挙動に今トリガーした動作をどう行えばいいかを最適化して、一番安定する姿勢で実行してくれる。
その間に、こっちは照準を合わせ、砲撃を実行する。
以上の操作行程を、エミィはあの一秒にも満たない間に行っていたわけだ。電脳人ずるい。説明されても俺はもう出来る気がしなかった。
なのにこの人、俺に流鏑馬撃ちだの、超信地旋回射撃だの、ブーストダッシュで挙動ブレブレな中での両腕同時砲撃だの、そんな操作をやって目標に命中させろと申した。丸三日かかってとりあえずまともに動いたときは泣くほど喜んだね、俺は。
「……スパルタだったなあ、ほんと」
「この程度のことで何を泣き言を」
とはいえ、そのスパルタのお陰で俺も、とりあえず格好が付くような操縦が出来るようにはなったわけで。その点はエミィに感謝の言葉しか無い。
「それじゃ、次行ってみるか!」
「
心強い後部座席にちょこんと収まった相棒の声に、後押しされて。
幸先良く見付けた
粉々だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます