第43話くしゃみ

「あなたの世界も今は夏?」夏子が階段の最後の段を下りながらそう言う。

「ええ、でも昼夜が逆転してるみたい」

「それならこの服装で大丈夫よね」その時、一陣の風がどこからともなく吹いた。それは私を自分の世界に持ち運ぶような風で、私は世界に誘われているのだと感じた。

 それからまた空から音も無く雪が振り始めた。今度は純白の雪と葡萄の皮の色をした雪の両方がちょうど半分半分に混ざり合って舞い落ちていた。ドット絵のような模様を付けて。

 私の肩に積もった雪が直ぐに溶け、Tシャツに染みを作った。決して拭えないキスマークのように。

 パラパラとその後も雪は落ち、この世界での神崎稔の家に着くまでに私の服はかなり濡れてしまった。

 家の前に着くと玄関の奥で老人が外を窺っていた。このままでは倉には入れないと思い。夜中にまた出直すことになった。

 私達は薫風の家に向かっていた。私は買い物袋が入ったリュックサックを背負っていたが、私にかかった魔法のせいか疲れは感じなかった。中の物は濡れてないだろうかと、少々不安であるが。

 薫風の家に着くと夏子が「夏でも濡れると体が冷たくなっちゃうわね。夜中まで何しましょうか?」と言った。

「そうね、薫風の持ってるCDでも聞かせてもらう?」私達は階段を上る。

「それはいいわね。どんなの聞くの?」と夏子が薫風に聞く。

「えーと、クラシックとテクノとロックですね」

「ジャズは聞かないの?私ジャズ好きなの」と夏子が言う。

「ジャズもちょっとくらいなら・・・。ビル・エヴァンズとかレッド・ガーランドとかが好きです」

「いいわね。この異常気象には合わないでしょうけど」

「たしかにね」私達は薫風の部屋に入ると思い思いの場所に散らばって座り込んだ。

 薫風がオーディオのCDトラックを開けて「それじゃあ、何を聞きます?」と私達に聞いた。

 それからジャズやクラシック音楽を聞きながら夜中まで過ごしていた。薫風の開きっぱなしのカーテンからは外から雪が降ってることが分かる。時々私はそれを見ながら音楽を聞いた。なんとなく世界が恋しさを寂しさを伝えるような雪景色だった。

 午後七時位になる「そろそろ行きましょうか」私はそう言うと立ち上がり彼女らを見回す。

「楽しかったわ。行きますかぁ」夏子が両手を上げて伸びをして、立ち上がった。

「夏子さん世界を飛び越えたことありますか?もし、ないなら結構気になるんじゃないですか?」

「私は未だないわ。そうね、ちょっと気になるかもしれない。いえ、かなりの程に」

 私達は玄関を出ると鍵を閉めて神崎稔の家に向かった。手には薫風の家にあった傘立ての傘をさしている。未だに雪が降っているのだ。やはり音も無く傘にゆっくりと雪が積もる。この時間帯は幾分かひんやりとしていた。時折ライトを付けた車が横切る。白色のカーライトに照らされた降る雪は屍肉のようで深く淀んでいるが内面が透き通ると光の点滅のように鼓動と呼吸が感じられた。

 私は鼻をひくひくとするとくしゃみを小さくした。

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