第44話雪に濡れた唇

その若干冷えた通りを歩き、神崎邸へと辿り着くと壁の間からぽっかりと穴の様に空いた出入り口から中を覗き込んで見る。中には誰も居ないようであるが玄関口の電灯が灯されており落ちていく雪を照らしていた。それは幾分か切実さが感じられ翌日には数センチ程積もった紫と白の模様の付いた雪が地面に埋まっていることを予感させた。

 吐く息は白く途端にここは冬になったのかと私は思う。私の体にしっとりとさらさらとした汗が冷たくなって産毛をささやかに動かし呼吸をしていた。或いはそれは私の体と一体となり小さく息をしている。

「この家なの?」夏子がそう言う。夏子の声は夜の中だと更に深紫色を深く感じた。雪に濡れた唇が妖しくてらてらと光る。それはリップクリームかもしれないし、ルージュかもしれなかった。

「ええ、そうよ」私はそう言うと中へ入っていく。倉の方へ進んでいき、「この倉の中に異界の扉があるの入りましょう」と私は言った。

 倉の扉は鍵が閉まっていないようでカラカラカラと開いた。中は真っ暗であるが夜目を利かすと異界の扉が大きな黒い布を被されて、隠されているのが分かった。

「これで異界の扉を隠したつもりなのかしら」私は奥へ行き布を取った。

 中から扉が内部を白く発光して開いていた。

「元の世界に戻ったら順子さん、私の両親にお願いしますね」と薫風が言う。

「分かってる。でもあなたの家に行く前に先に神埼のことを調べましょう」それに対して薫風が頷く。

「これ明かりかしら」と夏子が言い、天井に吊る下がった紐を引く。パチッと音がして電球の明かりがついた。

 私は眩しさを感じ、目をぎゅっとつぶった。自分の中の魔法を調整し、その眩しさと視界を合わせる。

「先に行くわよ」私はそう言い、中へと入っていった。

 異界の先は、つまり私と薫風の元の世界には始め布の感触があり私の足が床に着くと直後に布が落ちる音がした。

 こんな布切れ一枚で異界の扉を隠したと言えるのだろうか、と同僚の魔法使いを不安に思ったが床に文様が書いてあり、魔法使いではない人には異界が見えないように細工されてあった。

 まあ、これなら十分かしら、と私は考え直し、薫風と夏子が来るのを待つ。倉の電球はここにも付いているようでそこから垂れ下がった紐を引いた。パチンと明かりがつく。

「あ、明るい。順子さん電気つけたんですか?」とやってきた薫風が言った。

「ええ、一応明かりを付けたほうが良いかと思って」薫風は真っ暗だと怖いかと思ったのだ。

そして夏子もこの世界に入ってくると「何か今までの場所と空気というか夏の気配が濃厚な気がする。暑いわね」

 そう、倉の中はとてもむしむしと暑かった。

 私は倉の扉の方へ進み扉を横に引く。少し引っかかる部分があったが力づくに引くとブチブチとテープが切れる音がして扉が横に開いた。

 扉の外は朝の陽射しが差していた。私は時差ボケするがごとくその生の陽射しを体に受け、喉が渇くと同時に漸く人心地がついた気分になった。いつかのように。

 薫風はや夏子も外に出て陽射しを浴びているようで二人共の呼吸が深呼吸をしている音が聞こえた。私も体中にこの世界の空気を吸い込むとそれを吐き出し、倉の扉を閉めた。

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