第39話浮世離れした女性

 そのよく通る夜闇の紫色の陰影がある声で話しかけられた私と薫風は互いに顔を見合わせ、ふと同時に「こんにちは」と挨拶をした。

「その深紫色の口紅、あなたもしかして魔女?」紅い着物を着た女性の声から色が広がる。

 桜がチラチラと散り、時間を刻むグルーヴはダンサブルに思え、桜を無風のもとに音も無く地上に積もらせる。それは落ち葉のように山盛りに積もっているかというと、石畳の上にマーブル模様を着けたように白色とピンク色を薄く盛ってあるだけであった。

「急に桜が咲いてね、異界が開いたでしょう?あなたは異界からやってきたの?」その女性の目前にもやはり桜は散っていて、女性の瞼に桜が落ちた。

 それを女性は人差し指と親指で摘むと、石畳の上に落とした。

「未だこの神社の外には出ていないのだけど、何か変わったことはあった?」

「人形が歩いていました。それに昨夜は紫色の雪が降ったんです」薫風がそう言う。

「そうなの、テレビもラジオも新聞も私は見ていないから」紅い着物の女性は随分と浮世離れしている女性のようであった。

「お昼時だし、ご飯食べていく?作るのは私じゃなく他の者だけど、味は保証出来るわ」

「どうします、順子さん?」薫風が私にそう聞く。

「頂こうかしら、昼食を頂いてから、話をしましょう、あなたも魔女なの?私は魔女よ」私は素直にそう言った。

「私は巫女、と言いたいけれど、あなたと同じ魔女よ。さあ、いらっしゃい」女性は社殿とは別の方向へ歩いて行く。

 石畳の上を歩いてついていくと、少し大きな日本家屋があった。横開きの扉で縦に木枠が入っており、木枠の間に曇りガラスが嵌っていた。

 女性はガラガラと音を立て、扉を開けると、中は真昼の太陽に慣れた目には少し薄暗く映った。

 中は床が石組みで出来ており、壁は白い漆喰の壁、角に当たる部分に明るい茶の木組みが家を支えていた。

 家の中には靴を脱ぐ場所がないので「靴を履いたままでいいのかしら?」と私はそう聞く。

「いいのよ靴は履いたままで」女性が答える。女性は慣れた足取りで家の奥へ進んでいく。

 家の中は肉の煮込んだ匂いがしていた。私はその匂いを嗅ぐと非道く懐かしい気持ちになった。

「ここが食卓よ」白色の長いテーブルに赤色の椅子が並べてあった。「座って待っててちょうだい」女性はそう言い、匂いがする方、料理場へと思われる場所へ進んでいく。

 しばらくすると、戻ってきて「今日は牛丼のようね」

「私、牛丼大好きです!」と薫風が言った。女性はそれにニコリと微笑み赤色の椅子に座った。

「料理が出来るまで話をしましょうか?」女性はそう言い、右手の甲で頬杖をついた。それから白色のテーブルの上にあったタバコとライターを左手に取るときゅ、っと息を吸いながらタバコに火を付けた。息を吸い込む時にお腹がへこんでいた。「あ、タバコ吸ってよかったかしら?」

「私は構いませんよ」薫風が言う。

「あなたの家なんだし、私達は構わないわ」と私は言う。

 女性は唇に人差し指と中指を付けてから、タバコを挟むとタバコを口から離し灰皿のタバコを支える場所に差し込んだ後に腕を組んだ。

「一体全体この町はどうなってしまったの?」女性がそう言った。

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