第22話おまじない

 私達は薫風の家に着くまで二人共無言であった。薫風の両手は時折思い出したかのように小刻みに震えていた。

 家に着くと薫風がカバンから鍵を取り出そうとする。

 「私に鍵を渡して、私が開けるから」そう言うと薫風は家の鍵を私に差し出した。

 私は手に持つと冷たい鍵を使い玄関の鍵を開けた。外の陽射しは依然と眩しいが家の中に入ると随分と落ち着いた明るさになった。鍵を薫風に返すと、薫風は何も言わずに鍵をスカートのポケットに入れた。

 白色の少し急な階段を上り薫風の部屋に向かう。家の中には私達意外誰もいないようで薄鼠色と水色を混ぜたような色合いの壁に私達の足音がやわらかいシャーベットのように反響するだけであった。

 薫風の部屋の中に入ると、薫風はくずれおちるように床に座り込んだ。スカートが花の輪のように広がる。

 私は部屋のカーテンを閉めに部屋の奥に行った。カーテンを閉めると未だ部屋は明るいが外界を遮断した気がした。

「大丈夫?」私は薫風に近寄りそう言った。薫風は黙したままで瞳はうろんに宙を眺めていた。

 私はその唇にキスをした。口を離すと薫風の目が大きく開かれているのが見えた。

「大丈夫?」私はもう一度そう言った。

「順子さん・・・」薫風はそう言って、抱きついてきた。ぎゅっと抱きしめると薫風からシャボンの匂いがした。清潔な匂い。

 私は子供を優しく抱きしめるようにそのままお互い座り込んだまま密着していた。

 しばらくすると薫風が「順子さんの唇、チョコレートとコーヒーとバニラとラベンダーを混ぜた香りがします」とポツリと唾液の音が聞こえるような至近距離で言った。

「魔法の口紅の匂いよ」

「私のファーストキスでした。まさか相手が女性になるとは思いませんでした」

「単なるおまじないよ。カウントしないで」

「私、順子さんのことが好きです」

「恋人になりたいってこと?」

「そうです」

「それは無理よ」

「どうしてです?」

「あなたと会う時いつも十七歳になる魔法をかけないといけなくなるから。私の元の年齢は二十九歳なのよ。おかしいでしょ?」

「二十九歳の順子さんでも私は好きです」と薫風は言いそれから一息入れ「でもいいです。私の事、順子さんが好きになるように仕向けますから」

「それも多分無理ね」

「とりあえず私と一緒にベッドに入って寝て下さい」

「添い寝するだけならいいけど」

「未だ怖いんです」そう言うと薫風は身震いをした。

 それから私達二人はベッドに入ると手をつなぎ只眠った。夢は見なかった。

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