第37話ドライフラワー
私は先程コンビニで買ったシャンプーを手に取るとそれを手のひらで泡立てて頭を洗い始めた。コシコシと頭をこすり洗っていくと段々と曇りガラスの風呂場の窓から入る陽射しに目が滲んできた。私はそれから目を逸らし、それとは逆方向のドアの方向を向く。コシコシコシと洗っていく。
それからまたシャワーの蛇口をひねりお湯を出すと頭にお湯をジャージャーとかける。シャンプーの泡を落としてしまうと次はボディソープの液を手に取り(これもコンビニで買った)体を洗い始めた。
体は汗でベタベタとしていたがボディーソープの泡で簡単に落ちていく。関節部を洗うとき、ふと人形のことを思い浮かべた。あの艶めかしい球体の関節部。人間には存在しないフォルム。
体を洗い終わるとシャワーでボディーソープの泡を落とした。洗いたての素肌はするするとした指触りがする。私は手のひら側の手首から肘へとかけて指でなぞる。水滴が血潮のようにたらりと垂れていく。あの生きている人形にも血液が循環しているのだろうか、心臓の鼓動に応じて。
私は生ける人形の体内を空想してみる。それは人と同じ血液が循環しており、白骨が芯にある。心臓がバクバクと鼓動し、生ける人形は他のこの世界の人間には人形だと気づかれずに呼吸をする。もしかしたら人形は自身が人形だと自覚していないのかもしれない。
私は浴槽に浸かった。髪の毛を浴槽の外側に持ち上げ垂らしておく。墨のように黒いそれは洗いたての髪の匂い、シャンプーの匂いがしていた。私は自分の指を櫛の形にして髪の毛をとかしてみた。若干キシキシとして髪に指が引っかかる部分にくると私は指を止め、髪から手を離した。
私の色白い胸元に首から出た汗が流れ落ちた。私の胸は私の呼吸に応じ上下に動いていた。胸の膨らみは僅かに青い血管が浮き上がり何処かそれは少女的であった。まるで夜明け前に寝息を立てて眠る百合の花のように。
浴槽から上がると体がポカポカと火照っており、湯上がりにアイスコーヒーが飲みたくなった。冷たく、氷が浮かんだそれを。
風呂場から脱衣所に続く扉を開けるとタオルを探すが、それがどこにあるのかが私には分からなかった。
薫風を大声で呼ぶとガタガタガタと二階で音がして、階段を下りる音が聞こえた。
「はい、なんですか順子さん」薫風が脱衣所の外から声を出す。
「タオルは何処にあるの?」
「引き出しの二段目にありますよ」
「ありがとう。髪は乾いた?」
「乾きましたよ!今は音楽を聞いてます」
「何の音楽を聞いているの?」
「部屋にあったCDをです。不思議なもので私の持っているCDが全部揃ってました」
「不思議なものね」
「はい、それでなんですが、この世界の私は何処に行ったのでしょう?この世界の私は存在するのでしょうか?」
「さてね」
私は引き出しの二段目を開くとタオルを取り出し体を拭き始めた。まずは頭を軽く拭き、それから腕を拭く。
タオルはたちまちしっとりと水で濡れていった。
「そういえば、あなたのブラジャーだけど、私とサイズが合わなかったわ」
「あ!そうですか!順子さんちょっと大きいですもんね」
「昨日着けてたのをそのまま着ることにした」私は胸元を拭く。
「後でデパートに行きませんか?」
「デートの続き?」
「いえ、服を買いにです」
「分かったわ」
私は体を拭き終わると薫風に借りたパンツをするすると足に通らせ履いた。若干ぴっちりとしていたが、サイズはそこそこ合っていた。
パンツを履き終えた後、さっきまで着けていたブラを着ける。ブラを着ける前に匂いを嗅いでみたところ、それは私が普段つけている香水の匂いがしていた。何処と無くミステリアスな白い花の匂い。ブラジャーはまるで香り立つ花の屍蝋、或いはドライフラワーのようであった。胸に着けると私の胸の鼓動の音が強く聞こえるような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます